第37話:物騒事は大抵朝に起こる
翌朝、時計の短針が八を指した頃。トカゲとアヤメは普段通りの朝の身支度を済ませようとしていた。トカゲが部屋の出入り口の前で立ち止まり、後ろを振り返る。
「よし、忘れ物なーし。そっちはどう?」
一応尋ねるが、そもそもアヤメは基本的に荷物を持っていない。忘れるようなものが思い当たらないのも事実である。
「大丈夫です」
「オッケー。じゃ、向かおっか」
トカゲは頷き、ドアノブに手を伸ばす。
今日の予定も相変わらず支部へ向かうことだった。昨日行ったメギラナへの尋問に続きがあるかの確認、もしあった際に即座に対応するために足を運ぶ必要がある。
扉を開け、廊下を一歩踏んだ時。予期せぬ客人が目に入った。
「……おはよ。ガッツじゃん。迷子にでもなった?」
扉を開けて右側に立っていたのは赤い鎧を身に纏った大柄な男だった。珍しく単独行動である。それだけでも普通は異変なのだが、異常はそれだけに留まらない。額には薄く汗をかいており、多少の呼吸の乱れがあった。
「トカゲ、丁度良かった」
「丁度いいって、何が? 昨日は帰ったんじゃ……」
事態を知らずに悠長なトカゲに対して、ガッツは目を見開いた。
「今から言うことに従ってくれ。特にトカゲ、お前は絶対に取り乱すな」
「そんな勿体ぶっちゃって、一体どーしたわけ?」
トカゲは息を吐くように軽口を叩く。けれどもガッツの口を突いて出た言葉は、軽い冗談で笑い飛ばせるものではなかった。
「地下牢に捕えていたメギラナが、恐らく何者かに殺された」
「……は?」
雷の直撃を受けたような衝撃で、言葉が出ない。同時に、トカゲの脳内には様々な憶測が飛び交った。
――捕まったメギラナからの情報流出を防ぐため? いや、殺せる距離まで接近出来たなら連れ去って逃亡も出来るはず。なら――。
「ボクたちも知らない、第三勢力ってこと?」
トカゲの導き出した推測に、ガッツは首を横に振った。
「それは分からんが、霊力保持者の犯行なのは確かだ。ここで話すよりも、現場に行った方が早いだろう」
ガッツが腕を伸ばし、有無を言わさずトカゲを拉致していく。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
トカゲの抵抗は無意味。簡単にガッツに連れ去られる。アヤメは一人にならぬよう、慌ててそれについていった。
♢ ♢ ♢
宿を飛び出すと、空は至って普通の日常を描いていた。太陽が大地を照らし、風が空から降ってくる。穏やかな空の下を通り抜けて支部へ向かう道すがら、トカゲは状況整理を始めた。
「殺されたかもっていうけどさ、夜の支部にも人はいるよね? なら犯人は特定出来るし、捕まえられると思うんだけど」
「そこが不可解なのだ。支部の人間で残滓と同じ霊力を持った人間はいない」
「じゃあ犯人は完全に外部のヤツ?」
ガッツは眉をひそめた。
「そこは不明だが……。ただ、不可解なのはまだ続くのだ」
先に続く言葉を予測して走る傍ら、トカゲは唾を飲んだ。
「メギラナの点呼時に反応がなく、それでいて血の匂いがしたから死亡と判断されたようだが、ヤツの独房から漏れ出る残滓が異常な程に強すぎたのだ」
「強すぎた?」
「ああ。強すぎた。そのせいで、支部にいた人間が次々に体調不良を訴え始めてな。皆、頭痛やら腹痛やら……症状も様々だ」
現場の状況を告げるガッツは、とても体調不良を起こしているようには見えない。トカゲは引っかかったことを口にした。
「でもさ、ガッツは元気そうだよ? その時のガッツはどこにいたのさ?」
「俺も支部にいたぞ。そこもまた不思議な話なのだが、俺は大して問題なかった。加えて、支部長もな」
やや視線を下げながらガッツは言葉を紡ぐ。
「支部では俺と支部長だけが、霊力による体調の変化がそれ程見られなかった」
「何で二人だけ?」
「分からん。だが例外がいると分かった以上、他にも同じ人間がいてもおかしくない」
「……なるほどね」
犯人の犯行動機も、体調不良の原因も何も分からない。だがトカゲは自分が呼ばれた理由だけは理解していた。
トカゲは視線を前に据えると、大きな一歩で支部を目指していく。そこから先は、三人は一言も交えずに支部へと一直線に駆けて行った。
♢ ♢ ♢
支部の建物が徐々に三人の視界に入っていく。遠目から見ても、異変は明らかだった。
建物の壁に怠そうに体をもたれさせる人。地面に横になったまま遠い目をしている人。熱中症患者の如く天を仰いでいる人。それらの人々を同じく肩で息をする白衣の救護人員たちが、慌ただしく看ていた。
そして支部の扉の前には――ルコールが支部の建物に人が立ち入らぬよう、立ちはだかっていた。
ガッツは彼を見つけると、寄り道挟まず合流する。ルコールは自分の元へ帰って来た職員を見つけると、軽く挨拶をした。
「ご苦労様です、ガッツ殿。突然無理を押し付けてしまって、申し訳なかった」
ガッツに頭を下げた後、ルコールはトカゲとアヤメのいる方向に体を向け直した。
「おはようございます、お二人とも。早朝からご迷惑をお掛けしております」
「いえ、そんなことは。事情はガッツから聞きましたけど、ボクたちはこの後どうしたら? 取り調べ?」
「いや、現場の残滓と霊力が一致しておらんから、それはないだろう」
トカゲとガッツがアリバイ云々を語る横で、深呼吸をしながら目を閉じるルコール。息を吐くと、指示を出した。
「トカゲ様には、この後ガッツ殿と共に支部内に入ってもらいたいと思っております。まだ調査が済んでいないため、調査をお願いしたい。もし仮定通りメギラナ・ゼイユが死亡していた場合は、死体の回収もお願いします」
続いて視線はアヤメの方へ。
「アヤメ様も出来ることであればご協力を願いたいのですが、一先ずはここで待機を」
アヤメを待機させる理由は単純で、最小限の被害で事を解決するためである。もしトカゲが体調を崩しても、次の砦があれば多少は次の手が出せるのだ。少なくとも二人同時に突撃させて、二人同時に体調を崩されるよりは現場を切り抜けられる可能性が見込める。
ルコールが待機を告げると、アヤメの顔が曇った。護衛がいなくなり、一人になることを危惧したのだろう。
しかし支部長はそんなことは見越していたため、即座に案を提示した。
「ご安心ください。その間の護衛はわたくしめが直々に行いますので」
「……分かりました」
アヤメは一瞬の躊躇の後に承諾し、小声で答えた。そして、支部の扉の前に立っているトカゲの元へと静かに歩み寄り、彼の裾を抓んだ。
「その、気を付けて」
アヤメの声を聞いたトカゲが振り返る。アヤメが捉えた顔は、いつものように緊張感のない笑いをしているトカゲだった。
「任せなって。大丈夫、どーにでもなるよ」
少しずつ力が抜けたようにアヤメの指先が離れていく。それを見届けたルコールは、扉に手を伸ばした。
「ではお入りください。体調に異変を感じた際は、すぐにご退避を」
「オッケー。じゃ、そちらはお願いしますね」
扉が少しずつ開いていき、その先には人のいない静かな支部の姿が露わになる。トカゲはガッツと並ぶと、中へ中へと足を踏み入れていった。
今日の一言:ガッツの相棒はネス、という訳でもないですが普段はネスとの行動が目立ちます。ネスの話題が出ましたが、思い返せばネスの台詞は今まで登場していませんでしたね。いずれ喋らせたいところです。
それと次話以降、作者の生活環境変化のため、投稿時間が変わります。今までは18:00投稿でしたが、15:00になります。よろしくお願いします。




