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20-8:「終結」

「――信じられん」


 警備隊本部古城の前。車輛隊及び第1分隊からなる、展開隊本隊。

 そこで長沼は上空を仰ぎながら、町の上空で巻き起こる光景に、呆気に取られていた。

 いや、長沼だけではない。

 他の隊員や、警備隊警備兵達。さらには騒ぎを聞きつけ出て来た近隣住民。その全てが、突如として現れたF-1戦闘機の存在に、目を奪われていた。

 町の上空で離脱、再進入を幾度も繰り返してはその都度、町を襲っていたはずの鳥獣グルフィ達を屠り蹴散らしてゆくF-1戦闘機。町の上空を引っかき回す、その異質な飛行物体の姿に、最早人々は驚愕を通り越していた。


「――襲来ーッ!」


 しかし呆気に取られていた長沼の意識は、隊員の誰かの警告の声に寄り、引き戻される。

 ドシン――と、何か巨大な影が、砂埃を立てて長沼の近くに降り立ったのは、その瞬間であった。


「ッ――!」


 長沼が視線を起こせば、彼の前には、2~3mクラスの比較的小型の、鳥獣グルフィが地上に脚を着いていた。


「おのれッ!面妖なヤツ等めッ!」


 そしてその背には、憤慨した様子を見せ声を発する、小柄な女エルフの姿が見えた。


「せめて、一人でも多く道連れにしてくれるッ!」


 そんな言葉を吐き降ろして来ると同時に、手綱を強く引こうとする女エルフ。それが、跨る鳥獣に攻撃を命じようとする動きである事は、長沼にも分かった。


「ッ!」


 まずい。そう思い、手にしていた9mm機関けん銃を構えようとする長沼。

 ――しかし引き金を絞る前に長沼は、エルフ女の首に、襲い何かが飛び来て巻き付く光景を見た。


「え――クェッ!?」


 長沼に遅れて、自身の首に巻き付いたそれに気づく、エルフの女。しかしその時には、すでに遅かった。

 瞬間、エルフの女から締められた鳥のような声が上がる。そしてエルフの女は、何かに引っ張られるように、鳥獣の背から引きずり降ろされる。


「ぎぇッ!?」


 そしてエルフの女は宙空を飛び、その飛んだ先に止まっていた、大型トラックのキャビン側面に、その頭部顔面を思い切りぶつけた。そしてエルフ女から悲鳴が上がり、そのままずり落ち、地面にベシャリと崩れ落ちた。

 そして同時に、重々しい射撃音が響く。82式指揮通信車の、12.7mm 重機関銃からの発砲音だ。その銃口は主を失い暴れる鳥獣グルフィに向いており、グルフィはその身に多数の12.7mm弾を受けて、崩れ落ち沈黙した。


「ッ……!」


 一連の事態に驚き、そして冷や汗を掻きながらも、長沼は無力化されたエルフの首に巻き付いた、黒く細いひも状のそれを辿って追う。その先にいたのは、その黒い紐――長い一本鞭の柄を持った、峨奈であった。

 その一本鞭は、昨晩相手取った剣狼隊の内の、傭兵兼メイドの女、シノが用いていた物。峨奈はそれを鹵獲して今作戦にも携帯して来ており、今しがたも、その一本鞭を用いて襲い来たエルフの女を捕まえ、引きずりそして飛ばして、無力化したのであった。


「長沼二曹、大丈夫ですか?」


 その一本鞭をエルフの首より解いて回収しながら、峨奈は長沼に無事を確認する言葉を寄越す。


「あぁ……すまない、助かった」


 長沼は、峨奈のその少しえげつない無力化の仕方に、若干引きながらも、危機を救われた事に礼の言葉を返した。


《――各ユニットぉ。こっちゃぁランダウンっ》


 そんな所へ、また独特の声色で、長沼始め各員の装着するインカムや無線機に、声が届いたのはその時であった。


《町が見えて来たぁ、あとちっとでそっちに到着するからヨぉ!》


 それは、野砲科所属で87式砲側弾薬車のドライバーである、歩綴三曹の声。その通信は、増援である第2車輛隊の接近到着を告げる物であった。




 凪美の町を囲う城壁の、南東側に設けられた通用のための城門。

 その城門の真上に渡る通路上でも、目まぐるしく動く町上空に目を奪われ、空を仰ぐ警備兵達の姿が散見される。


「了解ランダウン、こちらケンタウロス4-1。南東側城門は、駐留警備隊との停戦の合意が得られている。そのまま通過してくれ」


 一方その傍らでは、インカムで増援の第2車輛隊と通信調整を行う、野砲科の田話三曹の姿が。そして彼を長とする、増強第4戦闘分隊1組の、近子、威末、門試等の姿があった。田話以外の各員は、戦闘警戒姿勢を取りながらも、上空に視線を向けている。

 今いる南東側の城門を抑えるために城壁上を進行していた田話等は、しかしその途中で警備隊より戦闘停止の申し出があったとの、報を受けた。そしてその上で、田話等はこの南東城門へと到達。門に駐留する警備隊との接触し、戦闘を回避しての門の確保に成功したのであった。

 通信を終えた田話は、城門の外へと視線を向ける。

 城門より町の敷地外へと延びる轍の先。そこに、砂埃を上げてこちらへと向かう、第2車輛隊の姿が見えた。


「警備兵長さん、あれがお話ししたこちらの増援です。あれを通してください」

「あぁ……分かった」


 田話はそこから自身の隣に視線を移し、そこに立っていた、この場の責任者である警備兵長に告げる。警備兵長は、戸惑う様子を見せつつも、了解の返事を返す。

 まもなくして、第2車輛隊の車列は町へ、城門へと到達。

 先頭の87式砲側弾薬車をはじめとし、数輛の大型トラックからなる車列は、開放された城門を潜り、田話等の足元を通り抜けていった。




「――来たぞ、増援だッ!第2車輛隊だーーッ!」


 場所は再び展開隊本隊へ。

 隊員の誰かの発し上げた声が、長沼の耳に届く。そして長沼が町路の先に視線を向ければ、そこに姿を現し、こちらへと向かってくる87式砲側弾薬車の姿が見えた。

 87式砲側面弾薬車を先頭に編成される車列は、程なくして長沼等本隊の元へと到着。ゆっくりとした走行速度で走り込んでくる。砲側弾薬車のターレットや、編成に組み込まれた数輛の対空大型トラックは、すでにその上に搭載した重火器を上空に向け、砲火を発し対空戦闘を始めていた。

 走り込んできた第2車輛隊の各車は、展開隊本隊の車列と隣り合うように各所に停車する。長沼が内の先頭に位置する砲側弾薬車に目を向ければ、ちょうどそのドライバー席の扉が開き、そこから飛び降りた歩綴三曹の姿を見た。歩綴は一度周囲を見渡した後に長沼の姿を見つけたようで、こちらに歩んでくる。


「どぉもォッ、長沼二曹ぉ。お待たせしちまったよぉでぇッ」


 そして長沼の前まで来た歩綴は、独特の陽気な声色で言葉を発しながら、敬礼を寄越した。


「いや、よく来てくれた」


 そんな彼に、長沼も発しながら敬礼を返す。


「しっかし、ずいぶん賑やかでビックリなことになったよォでぇ」

「まったくだ」


 続け歩綴は、上空を仰ぎながらそんな言葉を寄越す。それに長沼も、同意の言葉で返した。


「戦闘機のおかげで敵航空勢力は大分減ったが、しかしまだ残存している。対空チームは?」

「えぇェ、一緒に来てます」


 長沼の尋ねる言葉に、歩綴は返しながら、増援の車列中の、一輛の大型トラックを示す。

 その大型トラックの荷台から、91式携帯地対空誘導弾――通称、携SAMを装備した隊員のチームが、2チームほど降車してくる様子が見えた。

 それぞれのチームは適切な位置に配置すると、携SAMを展開準備させて、発射姿勢を取る。

 そして次の瞬間、携SAMの発射機本体より噴射音が上がり、その砲口より上空の目標向けて、ミサイルが撃ち出された。




「何なの……どういう事なの、これは……」


 凪美の町、上空を滞空する4~5mクラスのグルフィ。その爪に足を乗せて乗り、周囲に視線を走らせているマイリセリア。先までは加虐的な微笑を作っていた彼女の顔であったが、今それは、驚愕の色に変わっていた。

 眼下では、召喚した自らの配下軍勢により、裏切り者の町に対する、一方的な殺戮劇が始まったはずであった。

 いや、一方的な殺戮劇なら今も起こっていた。

 その犠牲者を、彼女――マイリセリア達として。

 突然瞬いた閃光と同時に、突如として現れた、異質で、あまりにも速すぎる飛行物体。今もマイリセリアの視線の向こうを飛ぶそれにより、蹂躙する側であったはずのマイリセリアの軍勢の立場は、一転。鳥獣グルフィ達とそれに跨るエルフ達は、その速度と強力な攻撃を前に、追撃も反撃もままならず、飛行物体が飛び抜ける度に穴だらけになり千切れ飛び、墜落していった。


「――あり得ない……こんな事、あってはならない……ッ!」


 目の前で起こる光景を、現実を否定するかのように、目を見開き張り上げ叫んだマイリセリア。


「姫様ッ!下から何かが来ますッ!」


 しかし瞬間、彼女の耳に訴える声が届いた。声の主は、グルフィの背に跨り、手綱を操る配下のエルフ。その声の示す通りに眼下へ視線を向けるマイリセリア。その彼女の眼が捉えたのは、何か異質な飛翔体。それは、細長いその身の尾より火を吹き出し、そしてマイリセリア達へ向かって迫っていた。


「ッ!?スティア・ハルス――いえ、違う……ッ!」


 マイリセリアはその飛翔体を前に思い当たる魔法の名を口にするが、すぐさまそれを自身で否定する。


「回避しますッ!」


 そしてグルフィの背に跨るエルフから、回避行動を取る旨が寄越されると同時に、グルフィはその巨体を大きく動かした。

 しかし眼下の飛翔体は、そのグルフィの動きを追うように、その軌道を変える姿を見せた。グルフィがどのように位置を変え、動きを取ろうとも、その飛翔体はその頭をこちらへと向け続ける。


「ッ――リムントがかけられてる!?」


 それが誘導魔法の効果である事を疑う、手綱を操るエルフ。その言葉の間にも、その飛翔体は恐るべき速さで、彼女達の乗るグルフィへと迫る。


「早すぎる、来る――姫様!箒でお逃げを――!」


 エルフの女は、マイリセリアに向けて叫ぶように発する。それを聞きマイリセリアは、グルフィがその胴下に付けていた、箒に手を伸ばそうとした。

 しかしそれよりも早くその飛翔体――ミサイルは飛来し、グルフィのその胴に直撃。

 ――瞬間、巻き起こった爆発が、マイリセリア達の身を襲った。




 警備隊本部古城の敷地内。その正門前。


「こんな事が……」


 そこでは、ポプラノステクやヴェイノ、ヒュリリ達、警備隊の面々。


「もう、ワケわかんないよ……」


 そしてファニールやクラライナ達、勇者一行。

 その全員が、もはや驚愕も通り過ぎた様子を見せながら、空を仰ぐ姿があった。

 それも当然。

 突如として現れ、町を襲いだしたエルフの操るグルフィの大群。それにより、凪美の町は窮地に陥ったはずであった。

 しかしそこへ、同様に突如として、衝撃を体現したような飛行物体が出現。それだけでも驚くべき事であったのに、その飛行物体はグルフィの大群を瞬く間に蹴散らし、状況を覆し、町を救ってみせたのだから。


「フゥゥゥゥゥッッ!!トぉンデモねぇフレンドの、登場だなぁッ!!」

「あぁ、まったくッ!衝撃的なプレゼントだコトでぇッ!」


 少し離れた所では、同様に空を仰ぎつつ、しかしいつものようにハイテンションな声を上げる多気投と、いつものように皮肉気な声を上げる竹泉の姿が見える。

 二人が発し上げた瞬間、古城の真上を、再びF-1戦闘機が轟音を轟かせて、低高度で飛び抜けていった。


「――あれも、君たちの?」


 しばし上空に目を奪われていたポプラノステクは、しかしやがて少しの落ち着きが戻ってきたのか、その視線を降ろして隣に向け、そこに立ち構えていた制刻に尋ねる。


「あぁ。チト、イレギュラーだがな」


 その問いかけの言葉に、制刻は言葉を付け加えつつ、肯定の言葉を返した。


「そうか――」


 最早多く言葉を紡ぐ事も気だるく感じているのか、ポプラノステクはそんな一言を返し、再び上空を仰ごうとした。


「――ッ!」


 しかしその時、ポプラノステクは別方より気配を――いや、敵意、殺気を感じ取った。


「あ?」


 それは、横に立つ制刻も同様であった。

 両者の視線は、向けられた敵意を辿り、その元へと向く。

 その先にあった、古城建物の角部分の死角。そこに立つ、人影があった。


「彼女だ――ッ!」


 発し上げるポプラノステク。それは、マイリセリアであった。

 同時に周囲の警備隊のヴェイノやヒュリリ。そして勇者のファニールやマイリセリアもその存在に気付き、視線を降ろして彼女を見る。


「フフ……ほんとうに、忌々しいわ……」


 掠れた言葉を零しながら、ユラリユラリと歩き、距離を詰めだすマイリセリア。彼女はその手でもう片方の腕を押さえている。その押さえた腕には、少なくない量の流血が見えた。

 先に対空ミサイルによる攻撃を受けたマイリセリアは、寸での所で乗っていたグルフィから箒により脱出離脱。しかし直後に起こったミサイルの炸裂から、完全に逃げ切る事はできず、その身に浅くない傷を負っていたのだ。


「もうよしなさい!彼等の手により、君の配下はほとんど墜とされた。悪いことは言わない、投降するんだッ!」


 しかしマイリセリアはその傷にも関わらず、歩み、そしてこちらに敵意を向け続けている。今だ抵抗の意思を見せるマイリセリアに、ポプラノステクは投降を促し発し上げる。

 だがなお、マイリセリアに様子の変化は見られない。


「君、すまないが離れてくれ。仕方がないが――拘束する!」


 ポプラノステクは苦い顔を作りながらも、まず隣の制刻へ要請。

 そして、一度納めていた漆黒の大剣を再び抜剣。腕を掲げてその切っ先を、マイリセリアへ向けた。その瞬間、ポプラノステクの足元より、黒い影が発現。影は彼を中心に、零した水のようにみるみる周囲へ広まってゆく。

 やがて黒い影は、マイリセリアを遠巻きに包囲。そして直後、黒い影の各所より、巨大な指を模した物が突出出現。現れた黒い影の指は、マイリセリアを拘束すべく、その先端を一斉に彼女へと伸ばした。

 ――しかし瞬間、マイリセリアの周囲に、それは出現した。


「何!?」


 ポプラノステクは目を剥く。

 マイリセリアの周りに地面よりせり上がり、彼女を囲うように出現したのは、黒い影。そう、ポプラノステクの操る物と、まったく同じ物だ。

 ポプラノステクの発現させて差し向けた黒い指の群れは、その全てがマイリセリアを囲った黒い影にぶつかり、受け止められた。


「な!?隊長と同じ物だと!?」


 背後で、ヴェイノの驚く声が上がる。


「ふふ……残念でした。ソレは、私も使えるの」


 そして、マイリセリアを囲う黒い壁の合間の隙間から、彼女の笑う声が聞こえ来た。


「気づかなかったでしょう、隊長さん?あなたと違って、気配はずっと隠し押さえていたもの。気配を扱いきれずに零していたあなたは、まだまだ未熟よ」


 嘲笑う声を寄越すマイリセリア。

 そして直後、マイリセリアを囲っていた黒い壁は、いくつもの巨大な指の形へと、その姿を変える。そしてそれぞれの先端は、ポプラノステクの側の黒い指に絡み、押し返しだした。

 ポプラノステクの側の黒い指は、そこからじりじりと押され押し戻されてゆく。


「隊長……!?」


 押されている様子に、ポプラノステクの横に立っていたヒュリリが、彼の様子を見る。そしてそこでヒュリリは、ポプラノステクの異常に気付いた。彼の顔は苦し気に顰められ、そして脂汗が浮かび上がっていた。


「いかん、限界だ!隊長!」


 そしてヴェイノから声が発し上がる。

 この黒い影を発現させる術は、その都度多大な魔力、体力、そして精神力を消費する。ここまでの戦いによる術の使用で、ポプラノステクのそれらの損耗はかなりの物であり、彼の身体は限界であったのだ。


「ふふ……正直、あなたの魔力や精神力は、なかなかの物のようだったから、警戒してたのよ」


 マイリセリアから、そんな言葉が飛んでくる。


「でも……それも底をつき、限界のようねッ!」


 そして強く発し上げるマイリセリア。同時に彼女は腕を突き出し、それを合図に、彼女の操る影の巨大な指は、より強くポプラノステクの側の影の指を、押し始めた。


「させないッ!」


 そこで動きを見せたのは、ファニールやクラライナ。彼女達はそれぞれの武器を手に、その場よりマイリセリア目がけて飛び出そうとする。


「隊長!」


 同時にヒュリリやヴェイノが、ポプラノステクを庇おうと動きを見せる。


「――愚者共よ。負に囚われ、膝を折れ――」


 しかし、マイリセリアより囁くような詠唱が聞こえ来たのは、その時であった。


「え――あ……!」

「しまッ……!」


 マイリセリアが詠唱したのは、発動範囲内に居る者の力を奪い取る魔法、ミル・ダーウ。

 発動されたそれがファニール達を襲い、彼女達は飛び立つ前に、その身を崩して地面に倒れ込んだ。


「ぁ……」

「ッ……ぬぁ……!」


 さらにポプラノステクを庇おうとしたヒュリリも崩れ倒れ込む。ヴェイノだけは気力を振り絞り、膝を着く寸での所で踏みとどまる。しかし、戦うことができる様子では無いのは、明らかであった。


「大人しくしててちょうだいな」


 マイリセリアから、そんな子供に言い聞かせるような言葉が飛ぶ。


「ッ……!」


 ポプラノステクは耐性を有するのか、ミル・ダーウの影響を受けた様子は無い。しかしその顔は苦痛の色を増し、彼の操る影の指は、マイリセリアの側の指に、みるみる押されてゆく。


「ふふふ、苦しそうね。惨めな姿――いいわ……下等な人間には、お似合いの姿よッ!」


 そんなポプラノステク達を前に、マイリセリアは口角を釣り上げ微笑を零し、その次には、高らかに発し上げた。

 そして彼女の操る影の指は、ついにポプラノステクの側の影の指を、押し切り退ける。


「あっはは!このまま飲み込んで、無様な姿にしてあげるッ!」


 マイリセリアは加虐的に笑い上げる。そして、彼女の操る巨大な影の指の群れが、ポプラノステク達を覆い、一斉に襲い掛かる――



「――ストップだ」




 唐突にそんな淡々とした声が響いたのは。

 そして、襲い掛かろうとしていたマイリセリアの影が。それを必死で防いでいたポプラノステクの影が。突如として音もなく消え去ったのは、その瞬間であった。


「――え?」


 マイリセリアの方から、先程までと一転した、呆けた声が聞こえ来る。

 無理もない。今まさに忌々しい敵に牙を剥こうとしていた影の指達が、その先端から大部分を、突如として音もなく、大きく欠くように消失させたのだから。


「ッ!」


 一方のポプラノステクは、その脂汗の浮かぶ顔でしかし目を剥き、自身の前に視線を送っている。彼の前に、一人の立つ者の姿がある。

 他ならぬ、制刻であった。

 制刻は、ポプラノステク達へと襲い掛かった影の前へと、歩み立ちはだかった。そして制刻の持つ、魔法現象に対する耐性。魔法現象を無力化する特性が、襲い来た影を消失させたのであった。


「君……!」

「俺がやる」


 苦し気な声色で、驚きの声を発したポプラノステク。対する制刻は、端的に発し返す。


「おぉいッ!こんどはあんだよッ!?」

「ヨォ!なにぞなにぞぉ!?」


 そんな所へ、異常事態に気付いた竹泉や多気投が、騒がしく発しながら駆け付けた。


「竹泉、投。おっさん達に手を貸せ」


 駆け付けた二人に、制刻は詳細説明は省いて、指示の言葉だけを発して投げる。そして制刻は、視線の先にいるマイリセリアに向けて、ユラリと歩み出した。

 一歩、一歩とマイリセリアとの距離を止める制刻。制刻が歩幅を詰める度、その距離分、マイリセリアの操る影は消失する。


「な……くッ!」


 信じられぬ光景に呆気に取られていたマイリセリアは、しかし近づく制刻に気付き、影を操るべく腕を振るう。主の名に応じ、影は地面を這い制刻を囲う、そしてその各所から、再び巨大な指を形作る影が出現。四方より、制刻に向けてその切っ先を向けて襲い掛かる。

 しかし、無意味であった。

 突っ込んできた影の指の群れは、しかし一つとして制刻に届く事すら叶わなかった。影の指達は、制刻より一定の距離の所で、端から次々に消失していった。


「そんな……ありえないッ!?」


 叫ぶように発される、マイリセリアの言葉。

 一方の制刻は悠々と歩み続ける。制刻が進むたび、地面に広がった黒い影は、まるで制刻のために道を作るように消失してゆく。


「ッぅ!風よ――!」


 マイリセリアは別手段を試みる。

 短く詠唱し、その手中に大きなぼんやりと発光する刃を発現させる。エルフの本来得意とする風魔法。魔力により可視化された、風の刃。マイリセリアはそれを、制刻に向けて放った。

 しかし、それもまた無意味であった。

 放たれた風の刃は、しかし制刻に届くことなく、その数歩分手前で、消失した。


「なんなの……なんなの……なんなのよッ!?」


 最早狼狽に近い様子で言葉を零すマイリセリア。彼女は講じる手段を必死に模索する。

 しかし、混乱する頭は最適解を導き出さず、逆に時間を浪費し、隙を作った。


「――ぇぅッ!?」


 次の瞬間。マイリセリアの首が衝撃を覚え、そして彼女の口からえずくような声が上がった。そして彼女の首は圧迫される感覚を覚え、気づけばマイリセリアの身体は宙に浮かびぶら下がっていた。


「ぁ……!?」


 マイリセリアは苦し気な声を零しながら、視線を降ろす。そこに見えたのは、口に出して形容する事も憚られる、歪で禍々しい存在。

 制刻であった。

 判断の遅れたマイリセリアの隙を突き、制刻は彼女の目の前まで踏み込み、そして右腕で彼女の首を捕まえ、掴み上げたのであった。


「決まりだ。観念しろ、ねーちゃん」


 掴み上げたマイリセリアに向けて、告げる制刻。

 そして警告と脅しを含めて、マイリセリアの首を掴むその手に、微弱に力を込める。


「ぅぁ……ひぃ……やめ……!わか、わかりましたぁ……!降伏……します……ッ!」


 それの前に、マイリセリアの口からはあっさりと降伏を受け入れる言葉が紡がれた。

 それを受け、制刻はマイリセリアの首を解放。彼女の身体は、ドサリと地面へと落ちる。


「こほ、こほ……――ふえぇ……」


 その場にへたり込み、せき込む様子を見せるマイリセリア。しかし直後に彼女は、制刻を見上げると、その顔をくにゃりと歪めて目尻に涙を浮かべ、まるで少女のような泣き声を漏らした。


「ごめんなさぃぃ……わたし、わたしぃ……本当はこんな事ぉ、したくなかったんですぅぅ……!」


 そして次に、そんな事を制刻を見上げて訴えだし始めた。


「魔王に、魔王軍に、脅されていたんですぅ……従わないと、故郷が……森がぁ……!」


 言葉を媚びるような声で紡ぎながら、マイリセリアは制刻に這いより、その足元にすがりよる。


「あなた様はぁ、とてもお強い方とお見受けしました……どうかお慈悲をぉ。そして、民を救うため、お力添えをいただきたいのですぅ……」


 マイリセリアは、その露出の多い扇情的な衣装で強調された、抜群のプロポーションを誇る体を、制刻の脚へと押し付け密着させる。そして猫なで声で、制刻を称え、そして懇願する言葉を紡ぐ。


「お願いですぅ……どうか――」


 ――ドス――と、

 何かが貫かれる、鈍く気味の悪い音が響いたのは、その瞬間であった。


「ッ――!?」

「え……ッ!?」


 続け、驚きの色が含まれた声が、いくつか上がる。

 制刻の背後で状況を見守っていた、ポプラノステクやファニールの物だ。

 皆の視線は制刻の、正確には制刻の翳した、特徴的なその左腕に向いている。


「……ぁ……ッ」


 大きく鋭く、しかし老婆のような表面をした、制刻の異質なまでの特徴的な左手。

 そこに、その尖った指先に胴を貫かれ、宙に浮かび、掠れた声を零す、マイリセリアの身体があった。

 降伏を受け入れたはずのマイリセリアに対する、制刻の行動に、ポプラノステク達は驚愕の眼を向けたのだ。

 しかし、その理由はすぐに明らかになる。

 制刻の左腕に貫かれたマイリセリア。その彼女の手から、何かが床に落ちて、カランと音を立てた。


「ッ――ナイフ……!」


 ポプラノステクが、それを見止めて言葉を零した。それは一本のナイフであった。


「んなこったろうたぁ、思った」


 一方、制刻からは淡々とした声が上がる。

 マイリセリアは、心の内では降伏など受け入れていなかった。彼女は媚びへつらう姿を演じ、相手の油断を誘い、懐に入り込みそのナイフを突き立てる腹積もりだったのであった。

 最も、制刻に対しては全く意味のない策略であったが。

 制刻は自身の左腕を突き出し、その勢いでマイリセリアの身体を抜き、放る。マイリセリアの身体は一瞬宙を舞い、そしてドサリと床に投げ出された。


「……お、のれ……」


 マイリセリアの口からは、掠れた声で呪詛の言葉が紡がれる。それが最後であった。

 彼女はその頭をカクリと横に垂れ、それを最後に、動く事はなくなった。


「やぁれやれ」


 マイリセリアの無力化を確認し、そんな気だるげな一言を零す制刻。


「最後まで、〝堕ちた身〟を貫いたか――」


 そんな所へ、制刻の背後より声が聞こえ来る。制刻が振り向けば、そこにポプラノステクの姿があった。多少落ち着いたようだが、まだその顔は少し辛そうであった。

 さらにその向こうを見れば、ヴェイノやヒュリリ。ファニールやクラライナ達が、竹泉と多気投に手を貸され、身を起こす姿が見えた。


「これで、ボス戦が終わったとみていいか」


 制刻はマイリセリアの亡骸を一瞥して、そんな呟きを零すと、ポプラノステクに向き直る。


「おっさん。しんどい所だろうし、色々思う所もあるだろう。だがまず、ゴタゴタを収めたい。ウチの上長と会って、調整をしてくれるか」


 そして彼に向けて、そう要請の言葉を紡いだ。


「あぁ――」


 その言葉に、ポプラノステクの肯定の一言を返す。

 そして二人はその場より、身を翻した――

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