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―異質― 邂逅の編/日本国の〝隊〟 その異世界を巡る叙事詩――  作者: EPIC
チャプター14:「衝撃と畏怖」
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14-7:「デストロイヤー自由Ⅱ」

 地上で立ち構える制刻は、右腕を軽く持ち上げている。右手の手の平は血で染まり、人間の脳漿の一部が付着していた。制刻は上空より突っ込んで来たランスを、間近まで迫った所で張り倒して撃退。その際に爆ぜたランスの頭部が、制刻の手を血と脳漿で染めたのだ。


「これで一匹分静かになった」


 足元に四散する敵傭兵の死体に一瞥をくれながら、微弱なため息混じりに制刻は一言呟く。基本的に傭兵達の茶番劇には興味を示さずに、その間、態勢の再構築に専念していた制刻。しかし度重なる鉱石柱や鉱石針による攻撃や、聞こえてくる傭兵達の会話に、やはり嫌悪感はつのっており、その要因の一部の排除成功に、わずかながら安堵感を覚えた事により、吐き出されたため息と呟きだった。


「こほっ……おぁぁ……」


 ちなみに鳳藤は、命に別状は無い様子であったため対処を一番後回しにされ、未だに制刻の足元やや後ろでダウンしたままウロウロ這いつくばっていた。


「……ラ、ランス!?」

「嘘……でしょ……」


 一方の若い傭兵達は、衝撃に包まれていた。

 突如、目の前で起こった仲間の無惨な死。

 敬愛する隊長が苦戦した敵、決して油断していたわけではない。むしろ誰もが皆、全身全霊を持って挑んでいた。現に先のランスの魔法剣技は、雑兵や低級の魔物はもちろん中級の魔物ですら、受け止めることも回避することも許さずに屠る事が可能な、速さと力を兼ね備えた、彼自慢の大技であった。

 しかしそのはずの大技は易々と回避され、そしてランスは、制刻の手によりまるで羽虫のように叩き落され、潰された。


「ランス……さん……!」


 想定の遥かに上回る惨劇を見せつけられ、一様にその身を凍らせる傭兵達。


「ッ……お前達、恐れるな!」


 しかし、大柄の傭兵エリマが声を上げ、傭兵達はハっと気を取り戻した。


「……ッ!そうだ、あたしらは猟犬!恐れて立ち止まったりはしないッ!」

「そうだ、立ち止まっちゃいけない!ルカ、支援魔法は!?」

「は……はい!後は、完結詠唱を行うだけです!」


 ヨウヤの声に、ルカは泣くのを堪えながら答える。


「大丈夫、今までも乗り越えてきた!僕達ならできる!クリス、行けるかい?」

「当り前さ!猟犬の底力、見せてやる!」


 傭兵達はそれぞれ、恐怖を抑え込み、嗚咽を抑え込みながら、己を鼓舞する言葉を発する。そしてクリスとヨウヤは止まり木としていた鉱石柱を足場に、再び中空へと飛び出した。


「今一度乞う、万物の命に祝福と光があらんことを!――皆さん!支援魔法、詠唱完了です!」


 その直後、後方で魔法詠唱を完了したルカが声を上げる。それを合図に、ヨウヤ、クリス、ルカの三人は同一の行動を始めた。


「未だ眠りし鋼たちよ、声に答え、我が身元に集いたまえ――」

「舞を求め、獲物を求めし鋼のたち、我の眼下で注ぎ舞い散れ――」

「神より分け頂きし、愚者を滅する聖なる力よ。裁の槌となりたまえ――」


 三人はそれぞれが持つ魔法を発動するための異なる詠唱呪文を、しかし全く同じタイミングで詠唱し、そして完了させる。


「「「〝絡み合い奏で合う光と鋼の演舞――<<ニアリュート・ソフリィ=アルメゥ・ユ・アーリュ=エデュフ>>!!〟」」」


 次の瞬間、三人は十代独特の通る高らかな声で、共通の呪文を一斉に紡ぐ。ルカにより事前に詠唱された支援魔法の元に、同時詠唱された三種の攻撃魔法は、一体となって強大な攻撃魔法となり、上空にその姿を現した。ヨウヤとクリスの紡いだ魔法は、無数の鋭利な鉱石を生み出し、先の5倍以上の数の鉱石針、そしてその数に負けない程の鉱石の杭、一部には攻城槌に匹敵する大きさの鉱石までもが出現。それらは三重の円を描くように並び揃うと、ゆっくりと回転を始める。そして、ルカの発動した光系魔法が鉱石一つ一つにその力を宿らせ、全ての鉱石は内部より発光し、まばゆい光を放っていた。

 発光する無数の鉱石が織りなす円形は、まるで中空に浮かぶ巨大な魔方陣のようだ。

 この本来は、凶悪な魔物等との戦いの際に使用される、強大な連携魔法だ。一本一本が生半可ではない殺傷力を持つ、光魔法の宿った鋭利な鉱石の大群が、標的の四方の逃げ道を完全に塞ぎ、獲物を八つ裂きにする脅威の魔法。その脅威を織りなす鉱石たちが、その内に宿す光を一際大きく瞬かせた瞬間、全ての鉱石がその切っ先を制刻へと向け、一斉に降り注ぎ出す。

 そして轟音が響き渡った。

 光を宿す鉱石の群れが、一斉に降り注ぎ、打ち下ろされた事によるそれは、まるで落雷のようだった。盛大な土砂と砂埃が上がり、地上の様子が見えなくなる。


「………」


 固唾を飲みながら、眼下を見守る傭兵達。しばらくして砂埃が次第に散ると、そこに、様々な大きさの鉱石が生えそろう、鋼の草原と化した光景が姿を現した。


「どう……かな……?」

「決まった……よね?」


 数多の鉱石で対象を貫き、押しつぶし、極めつけに光系魔法によって、邪な魔を宿す存在を浄化する。たとえ巨人型の魔物であっても、この魔法の前で無事でいることはできない。


「あぁ……生きていられるわけないさ……!見たかッ!あたし達の力!」


 醜悪な仇敵が、眼下で鉱石に押しつぶされたであろう事を半ば確信し、傭兵達は声を上げた。


「――ごぼぉッ!?」


 だが次の瞬間、そんな彼らの元へ〝何か〟が飛来。そして悲鳴と共にヨウヤの姿が消える。


「………え?」


 何が起こったのかも把握できぬまま、クリスはその何かが飛び去った方向へ視線を向ける。振り向いてまず見に映ったのは、クラレティエが残した巨大な鉱石柱。

 そしてその側面には、ヨウヤの無惨な姿が打ち付けられていた。

 彼自身が生成した攻城槌クラスの鉱石が、彼の上半身を貫き潰し、まるで鉱石の槌に抱き着くような格好で息絶えていた。一方地上では、砂埃のわずかに残っていた部分が全て消え去り、同時に鈍い炸裂音が響き、傭兵達の生み出した魔法とは別の、強烈な光が上空で瞬く。


「返す」


 そして鉱石の草原と化した地上の中心部に、いまだ健在の制刻が姿を現した。見れば、制刻の立つ地点とその周囲だけ、鉱石の草原が形成されずに足場が出来ている。そして足場の周りには、ひしゃげたり砕けたりした、様々な大きさの鉱石が散らばっていた。

 ――先の攻撃の様子を、制刻等の視点でもう一度見る。

 制刻へと殺到した光を宿す鉱石の大群。しかしその内、真っ先に迫った初手の数十本は、その大きさに関係なく、制刻の振るった鉈により叩き落された。役目を全うすることなく地面へと墜落した鉱石達は、やがて込められた魔力を使い切り、熱を失い眩い光を儚く消失させた。

 光魔法は副次的に、熱と閃光により対象を殺傷するという効果を有するが、その真価は、内に宿る聖なる力によって、邪な魔力を宿す存在を滅する事にある。弱い魔物の類であれば近づいただけでも弱体化し、触れればそのまま浄化消滅してしまう程の効力を持ち、強力な魔物であってもその力を前に、平然とはしていられないはずだった。


「テカテカうぜぇ」


 だが、制刻は聖なる光を宿す無数の鉱石に囲まれながらも、別段異常をきたした様子も無く、悠然と立ち構え、埃でも払うかのように片手で鉈を振るっていた。どのような存在が邪なそれと見なされ、浄化の対象とされるのかの線引きは不明瞭だが、少なくとも制刻という醜悪で異質な存在の前に、聖なる力は無力であることが証明された。

 殺到する眩い鉱石の群れはその役目を満足に果たせぬまま、次々と地面へ叩き落されて光を失ってゆく。やがて鉱石の雨は打ち止めとなり、代わりに周辺は立ち上った砂埃で覆われた。


「終わりか。で、現象は熱と発光だけか?時限炸裂式とかじゃねぇだろうな」


 鋼の雨が止んだことを確認した制刻は、発光鉱石にたいする考察を口にしながら、地面に突き刺さった鉱石を脚で蹴散らし、足場を広げてゆく。


「放射性物質だと洒落にならねぇが――まぁ」


 制刻は考えを巡らせながらも、砂埃の向こうに敵の気配を感じ取る。


「考えてもキリが無ぇ」


 制刻は一言言い切ると、近場に突き刺さる攻城槌クラスの鉱石を目に留め、おもむろに片手で引っこ抜く。そして引っこ抜くや否や、鉱石を敵の気配のする方向にぶん投げた。やがて土ぼこりが晴れ、代わりに姿を現した相変わらずの曇天の夜空に、信号けん銃の銃口を向けて引き金を引く。打ち上げられ、炸裂した照明弾が周囲を照らし周囲が若干明瞭になると、制刻は遠くに見える鉱石柱の一つに目を止める。


「命中か、そいつぁいい。二匹分、静かになる」


 そこに傭兵の一人が投げた鉱石に貫かれ、打ち付けられている姿を目視し、制刻はその醜悪な顔に不気味な笑いを浮かべて、純粋に感想を呟いた。


「ヨウヤ……あ……こ、こんのぉぉぉぉぉぉッ!!


 一方、状況に対してようやく理解の追いついたクリス。大切な仲間を二人も無惨に殺され、彼女の怒りは頂点に達した。


「クリスさん!?危険です!」

「いいや、殺してやる!他の奴らは倒せたんだ!こいつだってきっと倒せる!仇を打ってやるッ!」


 ルカの制止の声を振り切り、クリスはヨウヤの残した鉱石柱を足場に、思いっきり踏み切り、飛び出した。クリスは剣狼隊内でも有数の素早さを誇り、それは主であるクラレティエも認め、関心する程のものだった。そのすさまじい速さで、生えそろう鉱石柱を渡って飛び交い敵を撹乱するクリス。そして、彼女を見失った醜悪な敵の側面に隙を見止めると、再度鉱石柱を足場に踏み切り、一気に敵の懐へと突貫、がら空きの脇を取る。


「他の奴みたいに――お前も真っ二つになれぇッ!」


 そして敵の胴を切断するべく、目にも止まらぬ速さで戦斧を大きく横に薙いだ。


「―――?」


 しかし、手ごたえがない。

 視線を上げれば、目の前の醜悪な敵は依然健在であり、人の者とは思えない鋭く異質な左腕で手刀を作り、その腕を軽く持ち上げ翳している。そしてクリスは、敵を仕留めた手ごたえがない所か、握っていた戦斧の感覚が消え、自身の腕が妙に軽くなった事に気が付く。


「あれ?」


 再び視線を降ろして見れば、クリスの両腕は肘から先が無くなっていた。そして少し先の地面に、主の手元を離れた戦斧が、ドスっと突き刺さる。

 いや、正確言うならば、戦斧は主の手を離れてはいない。切断されたクリスの両腕は、切断面から血を滴らせながらも、戦斧の柄を未だに握ったまま、ぶらりと垂れ下がっていたからだ。


「あれ……え……」


 状況を理解できずに、目をぱちくりさせ、間の抜けた声を出すクリス。


「つまり、お前も観測壕の面子を殺ったグルか」


 その彼女の頭上から、声が降り注ぐ。その瞬間、クリスの頭にトンッという奇妙な衝撃が走る。


「びゅッ」


 その直後、クリスからおかしな声のような音のようなものが上がる。そしてそのままクリスの体は、ヨタヨタと千鳥足で制刻から離れて明後日の方向へゆく。そんな彼女の首の付け根から上には、そこにあるはずの頭部が無かった。彼女の頭はどこにも見当たらない。


「………?」


 答えはクリスの体を上から見れば分かった。

 彼女の頭部は――まるごと彼女の胴体へとめり込み埋まっていた。

 制刻が金づちのように振り下ろした拳が、クリスの頭部は内臓を押し分けて、胴へと叩き込まれたのだ。頭頂部をわずかに残してそのほとんどが胴に埋まり、眼孔から飛び出してかろうじて血管や神経でつながっている眼球が、鎖骨辺りにぶら下がっている。そして頭部そのものは、脳天がばっくりと割れて脳味噌が見え、いくらかがほぐれてはみ出ている。まるで割られたウニのようだった。


「――びゃッ!?ぼぼびょ!あばばじゅびょぽぽぽッ???」


 一瞬動作を停止した後に、クリスの体は元々首が座っていた部分から、盛大に血を噴き出した。そして埋まった頭部が体内で呻いているのか、声とも音ともつかない音がそこから上がっている。


「あだば、あびゃばッ!?あっ、ベっ、ばりゃばばばっ!?びょッ、びょーーッ!?」


 おかしな音声を上げながら、足はガニマタでガクガクと、全身はブルブルと痙攣し、全身はブルブルと痙攣し、股間から漏れ出た汚液が皮製の黒い装束を汚す。肘から先を失った両腕は、ついさっきまで己の頭があった箇所を、あわあわと探っている。しかし脳からの指令を受けられなくなった体は、やがて平衡感覚を失い、クリスの体は阿波踊りのようにフラフラとした動きを少しだけ見せ、最後にはバタンと地面に倒れ込んだ。

 横たわる死体は可笑しいまでに凄惨であり、元は男勝りながらも整った顔立ちの美少女であったことなど、もはや誰も信じないだろう。お寒い暴力女の無惨な末路だった。


「個性あふれる、死に方だな」


 クリスの無惨な死体を見下ろしながら、その個性あふれる姿を作り出した張本人は他人事のように口にする。しかしその時、背後にズオっと巨大な人影が現れた。


「ぬおぉぉぉぉッ!」


 若手の傭兵の一人、エリマの姿だ。クリス同様、怒りに駆られ突貫して来た大柄の傭兵は、敵の注意がクリスに見ている内に、背後を取る事に成功。制刻をも凌駕するその巨体をもって背後を完全にふさぎ、屈強な腕に支えられた戦斧を、今まさに振り降ろそうとしていた。


「俺の一撃を食らぇぇ!」


 そして雄たけびを上げながら、敵の脳天をかち割らんと、戦斧が振り下ろされる。


「――あ……!? 」


 しかしその戦斧は空を切り、そして地面にドスンと落ちる。


「あ……がぁぁぁぁッ!?」


 そしてエリマの口から、無理やり絞り出されたような苦し気な声が上がった。見れば、エリマの巨体は、まるで地面に落ちた戦斧と反するように、地面から浮き上がっている。エリマは、制刻の右手に顔面を鷲掴みにされ、そのままその巨体を持ち上げられていたのだ。


「ぎぃッ……は、放ぜ……!」


 制刻の右手の五指がエリマの頭部を圧迫する。エリマは顔面を締め付けるその手を引き剥がそうと必死に抵抗するが、宙に浮いたエリマの体が揺れるだけで、制刻の右手はビクともしない。


「よぉ。お前ぇの戦い、図体まかせだな?」


 制刻はそんな巨漢の傭兵に向けて一方的に呟きながら、その手にさらに力を込める。


「いぎぁああああああッ!?」


 すさまじい締め付けに、エリマの頭蓋骨からは鳴ってはならない音が聞こえてくる。そして直後、エリマの頭部はパァンと爆ぜた。

 脳、眼球、歯、頭蓋骨の破片などなど、頭を形成っていた様々な部品が綺麗に飛び散り、支えを失ったエリマの体は、ボトリと地面に落ちる。


「デカくても俊敏っていう、意外性が大事だ」


 独り言を呟き切った制刻は、落ちた死体には一瞥すらくれずに、右手を軽くピッピッと振るった。


「みんな……みんな……そんな……」


 方や、傭兵達の血肉が散らばる阿鼻叫喚の光景に、一人離れた後方で支援に徹していたルカは、呆然と立ち尽くしていた。長い間共に戦い共に過ごし、そしてほんの少し前までじゃれあい笑い合っていた仲間たちが、一様に無惨な亡骸となって倒れている。


「許さない………絶対に、許さないッ!!」


 そしてその元凶たる醜悪な存在が目に映った時、彼女の心に火が灯った。


「光よ!聖を宿す光よ!汝、我の元へ集いて矛となり、邪を滅したまえ!」


 怒気のこもった声色で、ルカは詠唱する。彼女の周囲で一瞬閃光が瞬いたかと思うと、その次の瞬間、彼女の体の前に巨大な発光体が現れる。

 それは光でできた巨大な剣身だった。

 ルカの発動させた、光で剣を形成するアーリュ・ソブレティと呼ばれるこの魔法。本来ならば形成される剣は標準的な大きさの物であるはずだったが、今ルカの前に現れたそれは、剣幅が人の身長に達し、剣の長さに至っては5mを超える巨大な物であった。

 術者の精神状態は、魔法の発動条件や魔力の限界に根強く関係する。術者の精神が不安定であった場合、魔力の安定や術式詠唱に支障をきたし、時に発動失敗の原因ともなる。しかしそれが怒りと言った感情であった場合には、リスクと引き換えに魔力そのものを増大させる場合があった。

 まさにルカの今の状態が、後者のそれであった。仲間を死に追いやった仇敵に対する強い怒りが、彼女の内包する魔力を増大させ、標準を超えた破格の大きさの光の剣の形成を実現したのだ。剣の姿を形成した光の魔法は、次の瞬間に凄まじい勢いで撃ち出され、そしてその先にいる憎き醜悪な存在へと猛進する。光の剣が突き進むその様子は、視覚的にはまるで光線が照射されたように映り、そして巨大な光線は、醜悪な存在を飲み込んだ。


「ハァ……ハァ……」


 少女は思い切り見開かれた本来はかわいらしいその瞳で、逃げる隙も無く、確実に光の剣に飲み込まれた醜悪な存在を見た。鉱石と違い、質量を持たない光の剣を、物理的に弾くことはできない。そして怒りにより増大した破格の魔力で成型された光の剣は、すさまじい熱を持ち、浄化の力が効かなくとも、飲み込まれた対象がその熱により焼かれる事は必須であった。


「やった……」


 その光景を目にしながら、ルカは今にも泣き出しそうな声を漏らした。やがて光の剣が周囲に放った強烈な瞬きが収まり、周辺の様子が露わになる。


「え?」


 はずだったのだが、瞬きが収まっても周辺の様子はルカの目に映らなかった。代わりに、黒い景色が彼女の視界の全面を覆っている。そして、香ばしくも少しツンと来る臭いがルカの鼻をついた。

 目の前に立ちふさがる黒い景色の正体は、ルカ自身も身に纏う黒い服を来た、何者かの大きな体。それは、頭が爆ぜて無くなり、さらには全身が焼け焦げたエリマの体だった。


「やってねぇよ」


 そして禍々しい声色が、焼け焦げた死体の向こうから聞こえる。そこには死体の首根っこを掴んで掲げる醜悪な存在――すなわち制刻の姿があった。制刻はエリマの死体を肉の盾とし、ルカの放った魔法をやり過ごしていた。


「――ぎょッ!?」


 次の瞬間、ルカの腹に衝撃が走る。

 その衝撃の正体が何なのかルカ本人は理解できず、口から洩れたのは悲鳴ではなく、もはや音。ルカの体はくの字に折れ曲がり、宙に浮かんでいる。制刻の蹴り上げた片足のつま先が、彼女の腹へとみごとに入ったのだ。そして気づいた時にはルカは思い切り蹴り飛ばされ、上空へと高く舞い上がっていた。


「お前らの許しなんぞ、こっちからお断りだ」


 制刻は舞い上がるルカには目もくれずに呟くと、肉の盾にしていたエリマの体を放っぽって捨てた。それから数秒経過し、勢いを失ったルカの体が、重力に引き戻されて地上へと落下。落下の際、ボト、ボトと二つの音が響いた。見れば、ルカの体は上半身と下半身が、蹴りを入れられた腹部から、真っ二つに千切れていた。


「か……ぼぇ……ごぽぉ……」


 ルカの上半身、下半身、それぞれの切断面からは大量の血が流れて周囲の地面を染め、口や鼻から垂れ流しになっている赤黒い液体は、彼女の顔を汚した。そしてやがて、ルカは失血多量により絶命した。


「ひとまず、綺麗になったな」


 制刻は、一度周囲に視線を送って、五人の傭兵達が全員無力化された事を確認すると、軽く息を吐きながら呟いた。制刻は涼し気に綺麗になったと言ったが、周辺の地形は度重なる魔法で荒れ、その上には蹴散らされた傭兵達の無惨な体が横たわり、飛び散った人体の〝部品〟がそこかしこに散らばっている。

 そして何より制刻自身の戦闘服は、真っ赤に染まっり、臓物や部品の一部が付着していた。


「頼む……手を貸してくれ……」


 そして結局この戦闘の間、鳳藤はダウンしたまま終始放っておかれたままだった。


「ったく、しっかりしろ」


 制刻はそんな鳳藤の姿をようやく気に留めると、這いつくばる鳳藤へと近寄り、彼女の体をまず強引にひっくり返して仰向けにさせる。


「かほッ……!ぅぁッ……息が、体が……」

「――どこも折れてはいねぇ、内臓破壊の様子も無し。打ち付けて麻痺してるだけだ、落ち着いて呼吸しろ」


 制刻は鳳藤の体を我流で荒々しく診察し、大きな異常が無い事を再確認すると、鳳藤へそう促す。


「はっ……はっ……はぁぁ……」

「落ち着いたか?」

「はぁ……あ、ああ……少しは……」


 痛みが若干引き、呼吸が少しづつ回復して来た鳳藤は、上半身を起こしながら、ようやく返事を返した。


「ッ……とんでもないことばかりが――うッ!?」


 そして、立て続けに起こった常識外れの事態に対する愚痴を漏らしかけた鳳藤。しかし、次の瞬間目に飛び込んで来た周囲の鉱石に、彼女はその言葉を飲み込み、目を見開いた。

 彼女の近場だけでも、頭を失い体の部品を撒き散らした、二人分の死体が転がっている。照明弾の光に照らされるその体は、背格好から十代の少年少女のそれだと察しがついた。鳳藤はまだ痛む体に鞭を打ち、立膝をついて視線を高くし、さらによく周囲の様子を観察する。少し先に見える鉱石柱には、そこに打ち付けられ、鉱石柱を己の血で飾る少年の姿。鋼の草原を越えた向こう側にも、横たわる死体が見える。


「嘘だろ……こんな……いくら襲い掛かって来たからって……」


 状況に愕然とし、少しの間、体を硬直させてその惨状を眺めていた鳳藤は、ようやく震える声で言葉を絞り出す。


「どうしたブツクサと」


 対する制刻は、動揺する鳳藤にいつもの調子で声を掛ける。


「どうしたって、お前何か思わないのか!?……この子たち、まだ……まだ子供じゃないかッ!」


 鳳藤は制刻をその鋭い目つきで睨みつけ、片手を大きく広げて傭兵達の死体を示し、悲痛な声色で言い放つ。


「だから?」


 しかし、制刻はたった一言そう返した。


「――ッ!?だから………って………」


 凄惨な状況に衝撃を受けながらも、この状況に対して、制刻の口から何らかの正当性を主張する言葉が出ることを予想していた鳳藤。しかし鳳藤の感情は、今しがた制刻が発したあまりにも〝純粋〟な疑問形の一言にあっさり上書きされ、彼女は次に紡ぐべき言葉を失った。

 これだけの惨状を自らの手で作り出したにも関わらず、その正当性を主張するでもなく、しかし悔いるでもない。犠牲になった隊員の復讐を訴えるでも、勝者の優越に浸るでもなく、しかし自らの感情を押し込めて殺しているわけでもない。

 制刻は純粋に、自らの意思で何も思っていなかった。

 制刻とは短かくはない付き合いの鳳藤だが、彼女は今この時、制刻が根本的な所から異常性を有している事を改めて再確認し、そして得も言われる歪な恐怖を覚えた。


「この取り巻き共、このおもしれぇ格好にしろ性質にしろ、谷で相手したヤツ等とは色々と違うっぽいな」


 制刻はそんな鳳藤をよそに、敵の死体へと興味を移しており、横たわる傭兵達の体を観察しながら呟いている。


「よぉ、剱。オメェ、刀とか使えたな?」


 そして制刻は、鳳藤へ唐突にそんな言葉を寄越す。


「は……?わっ!」


 言葉の意図か理解できずに、ぽかんとした顔を浮かべた鳳藤へと、何かが投げ寄越される。


「奴らのふざけた得物相手に、銃剣じゃあぶねぇ。それ使いな」


 鳳藤へと投げ寄越されたのは、片刃でやや細身のシャムシールに似た剣。これは傭兵の一人のクリスが、予備の武器として背負っていた物だった。


「いや、使えって……これはその子のじゃ……!」

「四の五の言ってる場合か。抗う手段を持たなきゃ、真っ二つにされるぞ」

「………」

「この取り巻き共に時間を食われ過ぎたな。見失ってる隙に、あの女に観測壕の方に回り込まれると厄介だ。俺はヤツを追うが、オメェは、キツイようならここで待機してろ」


 制刻は言いながらクラレティエが逃走した方向へと歩き出す。


「……おい!……行くさ、私も……!」


 鳳藤は一瞬戸惑いの色をみせたが、声を上げながら慌てて立ち上がると、制刻の後を追いかけた。

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