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―異質― 邂逅の編/日本国の〝隊〟 その異世界を巡る叙事詩――  作者: EPIC
チャプター14:「衝撃と畏怖」
154/224

14-5:「膝蹴り食らった先の、死ねる泥」

 時間は十数分ほど遡る。


「クソ、これじゃ進めねぇ!」

「どうすればいいんだ!」


 竹泉と多気投の陣取る岩場から少し離れた場所で、地形に身を隠して銃火をしのぐ剣狼隊の傭兵達の姿があった。一度態勢を整えるため、クラレティエの命により後方へと引いた剣狼隊の傭兵達。だったが、そのクラレティエ当人がなかなか戻らず、彼女の身を案じた傭兵達は、隊の一部を応援のために先立って差し向けた。

 しかし差し向けられた応援の傭兵達は今、竹泉等によって進路を妨害され、クラレティエの元にたどり着けずにいた。


「えーい、鬱陶しいなぁ!」

「これをなんとか潜り抜けないと、隊長の元にたどり着けないぜ!」

「隊長みたいに、敵の攻撃を跳ね除けて突っ込めればいいんだけど……」


 物陰の端には、クリスやランス、ヨウヤといった若手の傭兵達の姿もある。彼等もまたクラレティエの身を案じて舞い戻り、そしてこの場で足止めを受けていた。


「ちょっと、あんたら一体何をやってんだい!」


 攻めあぐねていた傭兵達の背後から声が響く。そして同時に、二人分の人影がその場に駆けこんで来た。


「キウル!それにリムリス!」


 現れたのは二人の女傭兵。両者とも、他の傭兵達と同じ特徴的な黒い服を纏っていたが、彼女達の体には、それ以上に目を引く部分があった。

 キウルという、最初に声を発した女の頭部には白色の狼の耳が、その後ろにたたずむリムリスという女傭兵には、黒に近いグレーの狼耳が生えていた。そして、それぞれの首元は、耳と同色の毛で覆われ、服の腰の部分に開けられた隙間からは、同色の尻尾が覗いている。両者は共に狼の獣人だった。


「隊長が一人で戦ってるかもしれないってのに、何をこんな所でクズグズしてんのさ!」

「奴らの放ってくる鏃のせいで、前に進めねえんだ!」


 キウルの怒り声に、相手の傭兵は物陰から進行方向を指し示す。開けた場所では銃火が飛び交い、地面には数人の傭兵達の亡骸が見えた。


「もう何人か餌食になった。下手に飛び出したら、串刺しにされちまう!」

「まったく、だらしない男たちだねぇ……!あんたらには任せておけない、あたしが突っ込んで敵を片づける」


 状況に痺れを切らしたキウルは、勢いよく抜剣し、敵のいる方向を睨んだ。


「そっか!キウルの姐さんの速さなら、あの中を駆け抜けられる!」


 キウルの言葉とその姿に、クリス達若い傭兵は沸き立った。


「リムリス、〝いつも通り〟にやるよ!」

「分かったわ」


 キウルの威勢の良い声に、相方のリムリスは微かに笑みを作って静かに答える。相棒同士となって長い彼女等は打ち合わせ、たった一言言葉を交わしただけで完了した。


「坊主たち!」


 相方との意思疎通を終えると、キウルはヨウヤ達若い傭兵に振り向き、声を上げる。


「敵の目があたし等に向いてる隙に、坊主たちは隊長の所まで行きな!特になついてるあんた達が行けば、隊長も喜ぶだろうさ」

「はい!」

「了解、姐さん!」


 キウルの言葉に、ヨウヤやクリスは意気揚々と返事を返す。


「良い返事だよ。よし、ちょいと行ってみようかね!」


 若い傭兵達の返事に気をよくしたキウルは、白い尻尾をファサリと揺らす。そして物陰から飛び出し、敵のいる方向に向かって駆けだした。




 竹泉と多気投は周辺の岩場や小さな崖を遮蔽物を利用し、周囲を時に身を隠し時に飛び越えと縦横無尽に動き回りながら、突破を試みようとする傭兵達の妨害を続けていた。


「チッ、また一匹!多気投、お前の方向だッ!」


 遠方の地形の影から一人の傭兵が姿を現し、こちらに向けて直進して来る。その姿を見留めた竹泉は、少し離れた場所で陣取る多気投に向けて叫ぶ。


「よっしゃあ、ご案内だなぁ!」


 多気投は直進して来る敵影を確認すると、MINIMI軽機の銃口を向け、引き金を引いた。放たれた弾頭の群れが傭兵へと襲い掛かる。しかし着弾する直前に、傭兵は軽やかに飛び上がった。そして全ての弾頭は空を切り、明後日の方向へと飛んで行った。


「ファオ!?」


 傭兵は空中で一回転して着地すると、すかさず駆け出しこちらへと迫る。多気投は驚きの声を上げながらも、敵の姿を追いかけ、発砲を続ける。しかし傭兵は上下左右へステップを頻繁に行い、こちら狙いを翻弄しながら着実にこちらへと迫っていた。


「でへー!敵ちゃん、動き早えぞ!」

「一々狙うな!正面全域にばら撒きまくれェッ!」


 竹泉は多気投に指示を飛ばしながら、最初に装備を集積した岩場の影に滑り込み、岩に立てかけてあったカールグスタフ無反動砲を掴む。無反動砲を構え、接近する傭兵とその周囲を照準内に覗くと、微調整もそこそこに竹泉はトリガーを引いた。装填されていた多目的榴弾が撃ち出され、竹泉の背後にバックブラストが噴き出す。多目的榴弾は傭兵の進行方向に着弾し、炸裂。爆煙を上げた。


「どうよ?どうなったよ?」


 竹泉は目を凝らして着弾地点を睨む。煙が掻き消え、そこから敵の亡骸が現れる事を祈りながら。

 しかし次の瞬間、傭兵は煙の中から勢いよく飛び出してきた。致命傷を負った様子は無く、傭兵は衰えぬ素早さでこちらに向かって接近続ける。


「ケッ!なこったろうと思ったよ。多気投、ありゃあ少しヤバそうだぞッ!」


 竹泉は悪態を吐き出し、同時に多気投に向けて警告を発する。


「どうするべー、竹しゃん?なんぞ他のプランを考えるかぁ?」

「いや、もちっとばら撒け。距離が縮まりゃ、当たるかもしんねぇ」


 敵傭兵はみるみる距離を縮めて来るが、それは同時に速度と威力の衰えぬ弾頭に晒される事を意味する。竹泉は近距離で傭兵が被弾することを期待し、射撃継続の指示を出した。


「オーイェーッ!」


 陽気に軽機を撃ち続ける多気投と、接近を続ける敵影を交互に見ながら、竹泉は無反動砲を投げ捨て、下げていた小銃を手繰り寄せる。敵の予測進行方向に銃口を向けて構えると、三点制限点射に設定された小銃の引き金を引いた。射線が交わり、十字砲火が形を成す。

 一方、攻撃が二方向からになった事を察し、傭兵は速度を上げた。進行方向は多気投の陣取る岩場、肉薄攻撃の対象を彼に定めていた。

 多気投の元へ肉薄を許す前に敵を止めるため、竹泉は死に物狂いで引き金を幾度も絞る。しかし獣人は十字砲火の交点を巧みにくぐり抜け、どんどん距離を詰める。


「ッ!」


 だが直後、一発が傭兵の足元を掠める、傭兵は微かにバランスを崩した。それはほんの一瞬の出来事で、傭兵はすぐさま体制を立て直す。

 しかし竹泉はそれを見逃さず、接近と弾速の上昇に、傭兵にも余裕が無い事に気が付いた。あと一歩だと思った竹泉だが、しかしそのタイミングで、小銃の弾倉が空になった。


「でぇチキショ、リロードする!多気投、お前は撃ち続けろ!奴も余裕はねぇみてぇだ、どーにか当てろ!」

「と、行きてーんだけどよ竹しゃぁん。俺の方もそろそろ、リロードしねぇとやべーんだわぁ!」

「あぁ!?」


 緊張感の無いふざけた声で言う多気投に、対する竹泉はこめかみに青筋を浮かべて声を上げる。今、多気投の軽機が弾切れを起こせば、そのまま肉薄されるのは必須だ。


「こりゃあ、ヒットが先か弾切れが先かの勝負だぜぇ!ウィーーッ!」

「はしゃいでんじゃねぇ!ダボかお前は!ゲボカスだぜ――」


 竹泉は緊張感の無い多気投に罵倒の言葉を送りつつ、足元に置かれた予備弾倉を拾い上げて、弾倉の交換にかかる。

 ――その竹泉の背後に、忍び寄る女の姿があった。




 一人の女が、竹泉の陣取る岩場の背後に、ふわりと降り立った。漆黒の服と、体の各所を覆う黒に近い灰色の毛により、その姿は暗闇に溶け込んでいる。


(――みつけたわ)


 その正体は、キウルの相方のもう一人の獣人、リムリスだ。

 素早く、過激な立ち回りを得意とするキウルに対し、リムリスは隠密行動を得意する傭兵だ。キウルが敵の正面で暴れている隙に、リムリスが背後に回り、両者の挟撃によって敵を無力化する。要点突破の際に、二人が好んで行う戦法だった。

 竹泉の姿を確認し、接近を始めるリムリス。狼獣人特有の素早い動きを見せるリムリスだが、その際、足音を始めとする物音は一切上がっていない。それは彼女の卓越した身のこなしによるものだった。加えて、サイル・コーティと呼ばれる気配を希薄にする魔法の効果も相まり、音も気配も立てずに動く彼女の姿は、まるで幽霊を思わせた。


(まったく、いけないおいたする子がいたものね……隊長に楯突いた上、頼りにならないとはいえ、仲間にも手を出すなんて)


 音も立てずに接近を続けながら、リムリスは心の中でそんな事を呟く。


(でも、くすす――そんなおいたもここで終わり。あなたはこの手の刃の餌食になるの)


 心の中で加虐的に笑うリムリス。獲物を目の前に彼女の口許は緩み、狼の尻尾は音を抑えつつも、ゆらりゆらりと揺れて彼女の興奮を現していた。そしてリムリスは艶めかしく、しかし目にも止まらぬ動きで、竹泉の背後まで急接近。


(さぁ、凄惨な悲鳴で、私を喜ばせて――)


 怪しい笑みを浮かべながら、竹泉の半身へ両腕をぬるりと回すリムリス。そしてそのダガーの切っ先を、竹泉の首元へと突き立てる――


「――ごぉぼッ!?」


 しかしダガーの切っ先が竹泉の喉を貫く前に、リムリスの口から鈍い悲鳴が漏れた。そして彼女は口から胃液が吐き出し、耳や尻尾の毛を逆立てる。

 リムリスの鳩尾には、後方に突き出された竹泉の肘がめり込んでいた。


(ぉごぉ……ぇ、なん――?)


 目を見開き舌を突き出し、腹に走る鈍痛に意識を持っていかれながらも、リムリスは脳裏に疑問が浮かべる。奇襲は成功したはずだった。

 実際、敵はリムリスが背後に立ってなお、彼女の存在に気付く様子すらなく、そのままダガーの餌食となる事は確実だった。しかし現実にはダガーは敵の首元に届かず、逆に彼女の腹部に肘による打撃が加えられている。


「気付くわッ!んなもんッ!」


 そして苦痛と困惑の中にあるリムリスの耳に、竹泉の怒声が響いた。




 竹泉の肘は、見事にリムリスの鳩尾に命中した。

 命中と同時に罵倒を飛ばした竹泉は、続けて、鳩尾にめり込む肘を支点に、その右腕をバネ仕掛けのように振り上げて、追撃の拳骨を放つ。


「ブギュィッ!?」


 拳骨はリムリスの顔面に直撃し、彼女は悲鳴を上げて上体をもんどりを打つ。その隙に竹泉は腰のホルスターに手を伸ばし、そこに収まる拳銃を掴み、引き抜く。そして振り向くこともせずに銃口だけを後ろへと向け、引き金にかかる指に力を込めた。


「びゃぇッ!?」


 銃声と共に悲鳴が上がる。

 撃ち出された9mm弾はリムリスは顔面に命中。彼女の片目と脳漿を飛び散らせた。そして支えの力を失った彼女の体は、背後へゆっくりと倒れてゆき、雨で濡れた地面にドサリと倒れ込んだ。彼女の体は少しの間、手から足、果ては尻尾や耳までもをビクビクと痙攣させていたが、やがて完全に動かなくなった。


「殺意がダダ漏れなんだよ、嫌でも気づくわボゲェ!」


 一連の行動を終えた竹泉は、そこで初めて背後に振り向き、倒れたリムリスに向けて吐き捨てるように言った。

 リムリスの身のこなしと魔法の組み合わせによる隠密行動は、決して最初から竹泉にばれていたわけではなかった。実際、竹泉はリムリスがダガーを己の首筋に向けるその瞬間まで、彼女の接近に気付けなかった。しかしダガーが首元に突き立てられようとする直前、己に向けられた殺意から脅威の接近を直感的に察知し、モーションを起こしたことが竹泉の勝因となった。


「しかしだ……気配や音は完全に消してやがった。こいつも摩訶不思議な魔法ちゃんか?」


 撃退には成功した物の、警戒していたにもかかわらず背後に回り込まれ、接近を許したことに冷や汗をかきつつ、竹泉は横たわる獣人女の死体を訝し気に観察する。


「ついでのおまけに耳尻尾付きと来た、意味不明にも程が――」


 しかし直後、竹泉は別方向での動きを察知し、そちらの上空へ視線を向ける。そこで目に飛び込んで来た光景に、竹泉は思わず「げ!」と濁った声を上げた。彼が陣取る場所を避けるように飛びぬけてゆく、5~6名程の人影がそこにあったからだ。


「やべぇッ、奴等の本命はこれかッ!」


 足元で横たわる獣人女の奇襲が、上空を通り過ぎてゆく傭兵達のための陽動なのだと理解し、竹泉は悪態を吐いた。

 そして同時に、追いかけて排除しなければという考えが、竹泉の脳裏をよぎる。しかし振り返って見れば、突撃を慣行して来た先の傭兵は、すでにこちらの懐にまで潜り込み、多気投と白兵戦状態にあった。


「……チッ!」


 それを見た竹泉は傭兵の追撃を断念し、舌打ちをすると同意に多気投の方へと駆け出した。




「らぁッ!このッ!」

「フォゥッ!危ねえぇッ!」


 多気投は獣人傭兵のキウルと白兵戦を繰り広げていた。正確にはキウルが一方的に剣を振り回し、多気投は回避に徹している状況だ。


「ファーオ!ハッスルしてるなビーストちゃぁん!」

「このデカブツ!見た目の割にちょこまかと!」


 しかし状況に反して、多気投は薄ら笑いを浮かべて悠長にキウルを煽っている。


「こんのぉッ!大人しく切られなッ!」


 対するキウルは優勢にもかかわらず、その表情に焦りと苛立ちを浮かべていた。先程から放つ剣撃を軒並み回避され、一太刀も浴びせられていない事が、彼女の焦燥の原因だった。多気投はその巨体に似合わぬ俊敏さで、半身を捻り、跳躍を混ぜ込み、キウルの放つ剣撃を確実に回避してゆく。

 キウルはこれまでの戦いでも、自身よりも体躯や力に勝る男やモンスターを、得意の剣技と身のこなしで幾度も打倒してきており、それが彼女の自慢でもあった。しかし破格の巨体からは想像のできない機敏さで、小馬鹿にするように剣撃をよけ続ける、目の前の得体の知れない存在は、キウルのプライドを逆なでした。


「クソッ、バカにして!この変色トロルッ! 」

「ウォーウッ!スリリングだぜぇッ!」


 苛立ちの声と共に、首を狙って横に薙ぎ払われた剣撃。しかし多気投は上体を反らして回避して見せる。


(ゆーて、困ったちゃん。このままじゃジリ貧乏だぜ)


 持ち前のセンスを活かして見事に回避を続ける多気投だが、次の一手を決めかねていた。

 キウルは苛立っているもののその動きは警戒であり、今の不安定な状況からヘタに攻勢に出れば、隙を見せる事になるだろう。

 片手間に剣撃を回避しながら、周囲に目を配りつつ考えを巡らせていた 多気投だったが――


(んー………やるべぇ)


 しかし何度目かの剣撃を避けた所で、多気投は行動に出た。


「さぁワンちゃん!遊びはここまでだッ!」


 大げさに言葉を発しながら、地面を踏めしめて後退の動作を停止。両手を大きく広げて、キウルを捕まえようと襲い掛かった。しかしその動作は無駄な振りが多く、お世辞にも軽快な動作とは言えない代物だ。


「ヲウ!?」


 そして多気投は驚きの声を上げる。

 案の定、キウルは襲い掛かって来た多気投に即座に反応。真上に跳躍し、多気投の腕からするりと逃れてみせた。


「ふふん!そんなトロイの、食らうもんかい!」


 中空で不敵な笑みを浮かべながら発するキウル。

 それまでの機敏な回避運動と打って変わった、無駄の多く粗だらけの攻撃を回避することは、彼女にとって造作も無い事だった」


「ちょっとはチョコマカ動けるみたいだけど、結局それだけの単純野郎かい。所詮、男なんてこんなもんさッ!」


 多気投の体は復元が間に合わずに大きな隙を見せ、キウルにとって絶好のチャンスが現れる。


「ほうら!できるもんなら、こいつを避けてみな――!」


 勇ましい掛け声と共に、キウルは多気投目がけて愛用の剱を振り降ろした。無駄のない軌道を描いた剣が、多気投の胴を両断する――


「ぁ――ぎゃびぇぼッ!?」


 事は無かった。

 剣の刃が多気体投の体へと届くその前に、キウルの横顔を衝撃と鈍痛が襲い、彼女の口からは名状し難い悲鳴が上がる。


「――ウッゼんだよォッ!主に発言がァッ!!」


 そしてキウルの姿に重なるように、宙空でキウルの横顔に膝を叩き込む竹泉の姿があった。

 顔の真横、頬付近から膝蹴りを叩き込まれたキウル。その唇は衝撃で裏側が見える程に揺れて歪み、頬の肉が盛り上がってキリっとした目元を不細工に変え、おまけに白目を剥いている。見るも無残な姿を晒しながら、キウルは多気投の直上から吹っ飛ばされ、そのままの勢いでうつ伏せに地面へと突っ込んだ。


「びぇびゅぼッ!?」


 そしてほぼ同時に、竹泉は地面に叩きつけられたキウルに上に着地して見せる。竹泉の左右の足が、まるでスケートボードにでも乗るかのように、キウルの頭と胴をそれぞれ踏みつけ、踏みつけられたキウルは妙な声を上げ、尻尾と耳をビクリと跳ね上げて全身の毛を逆立てた。


「フゥッ、ナーイス」


 一方、うまくバランスを取り直し、姿勢を復元させた多気投は、ニヤけた表情とふざけた口調で賞賛の言葉を口にした。

 多気投の狙いはこれだった。

 こちらへと向かってくる竹泉に気付いた彼は、わざと粗の多く隙だらけの動きで囮となり、キウルの注意を引き付けたのだ。一歩違えば本当に両断されていたかもしれなかったが、目論見は成功し、キウルは竹泉の襲撃を諸にその身に受けることとなった。


「ぶぅ……!ぐぅッ!?」


 強烈な一撃を受けた挙句、泥と化しつつある地面にカエルのように踏みつけられたキウル。しかし人よりも強靭な体と、野生の闘争本能を持つ獣人はなおも抵抗しようともがいている。だがその時、彼女の後頭部にゴリと拳銃の先端が突き付けられる。

 そして数発分の発砲音が木霊した。

 拳銃弾が立て続けに後頭部から撃ち込まれ、キウルの後頭部からブシュ、ブシュっと何度も血飛沫が上がる。キウルはほんの一瞬、ビクリと体を硬直させ、そして顔面を濡れた地面にべちゃりと落とす。それは彼女が絶命した証に他ならなかった。


「ッ――あんだこのゲロうぜぇイキりは!?」


 キウルの絶命を確認し、薄い煙の上がる自身の拳銃を標的の後頭部から放すと、竹泉はこめかみに青筋を立てながら吐き捨てた。


「ヴぉへーっ、相変わらず容赦ねぇなあ」

「ぺっ、こんな気色悪ぃ奴にしてやる必要はねぇよ!それよかお前よぉ、危ねぇ真似してんじゃねぇ!」

「悪ぃ悪ぃ、でもおめぇがナイスタイミングでぶっ飛んで来たしオールオーケーだろぉ?」


 竹泉は自らを囮にした多気投の行為を咎めるも、多気投は悪びれる様子も無く、いい笑顔で言ってのける。それを見た竹泉は怒る気も失せたのか「ったく……」とため息交じりの言葉を漏らした。


「ヨォ。ところでこのビーストちゃん、内で拾った狼ちゃんと同類じゃねぇか?敵にも現れるたぁ、諸行無常だずぇ」


 多気投はキウルの体を、わざわざ両手の指先で指さしながら、その姿に似合わぬしみじみとした表情を作る。


「どうでもいい。それよか聞け、この二匹は陽動だ。これと遊んでる隙を突かれて、自由等の方向に敵が数匹こぼれたぞ」

「アウ!そりゃ追わねぇとまずくねぇか?」

「無理だな、見ろ」


 竹泉は拳銃に新しい弾倉を装填しながら、岩場の向こうを顎でしゃくる。キウル達の突撃する姿に当てられたのか、隠れていた傭兵達が次々飛び出してくる様子が見えた。


「おーう、アイドルの追っかけちゃん達が、ムラムラきちまったみてぇだな!」

「あれ全部ダダ漏れにしたら、自由がうぜぇぞ」

「じゃあ通せんぼして、通っちゃ〝メッ〟ってしねぇとなぁッ!」


 竹泉と多気投は再び近くの岩場に身を隠し、散らかった装備をかき集めて態勢を整える。


「多気投、お前はとりあえず周辺にばら撒いて牽制しろ。俺は自由にこぼれた奴等の事を伝える」


 多気投に指示を伝えると、竹泉はインカムに向けて発し出した。

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