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白亜のノート ―元中学生、文明を書く―  作者: 伝説の男前
第二部 村を築く

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第35話「千のしくじり」

 ロウが少しずつ共通語を身につけ始めた頃、湊は、もう一つの、長らく温めてきた構想に、本格的に取り組もうとしていた。


 紙だ。


 これまで湊は、レポート用紙という、現代から持ち込んだ有限の資源に頼って、記録を続けてきた。だが、その紙は、すでに残りわずかになっていた。もし紙が尽きてしまえば、湊が最も大切にしてきた「書き記す」という行為そのものが、立ち行かなくなってしまう。


 湊の記憶にあったのは、紙が植物の繊維から作られるという、ごく基本的な原理だけだった。だが、その原理を、実際に「使える紙」へと形にするまでの道のりは、湊が想像していたよりも、はるかに長く、そして、村のほぼすべての専門分野を巻き込む、大がかりな試行錯誤の連続となった。


 湊が最初に頼ったのは、ミオだった。植物に関する知識と観察眼において、村で並ぶ者のないミオに、繊維の原料となりそうな植物を、村の周辺から探し出してもらうことにした。


 ミオは、この構想に、大きな興味を示した。彼女は、村の周りに生える、様々な植物の茎や葉を、片っ端から集めてきては、それぞれの繊維の強さや、裂きやすさを、根気強く確かめていった。


「これは、繊維が太すぎます。こっちは、逆に、すぐに切れてしまいます」


 ミオは、十数種類の植物を試した末に、ようやく、比較的扱いやすい繊維を持つ、二種類の植物候補に絞り込んだ。一つは、以前から蔓として利用されてきた、若い茎の植物。もう一つは、湿地帯に多く自生する、背の高い草の一種だった。


 だが、この段階では、まだ、どちらが紙作りに適しているのか、判断がつかなかった。


 湊は、まず、この植物を、どう繊維状に加工するかという課題に取りかかった。ここで頼りになったのが、イワだった。彫刻という、細やかな手作業を得意とするイワは、繊維をほぐし、細かくする作業においても、確かな器用さを発揮した。


 最初の試みは、単純に、植物の茎を、石で叩き潰すというものだった。だが、この方法では、繊維が十分に細かくならず、できあがった紙のようなものは、ぼろぼろで、すぐに崩れてしまった。


 イワは、何度も方法を変えていった。まず、茎を水に浸してふやかしてから叩く。浸す時間を、半日、一日、二日と、少しずつ変えて試す。叩く道具も、平らな石から、より重みのある木槌へと変えてみる。


 この過程で、湊は、タギにも協力を仰いだ。より効率的に繊維を細かくするための道具――複数の突起をつけた、専用の木槌のようなものを、タギに作ってもらうことにしたのだ。


 タギは、最初、単純な突起付きの槌を作った。だが、これでは、繊維が均一に潰れず、部分的に粗いままの箇所が残ってしまった。タギは、突起の形や配置を、何度も調整し、ようやく、繊維を比較的均一に潰せる道具を作り上げた。


 繊維がある程度細かくなったところで、次の課題――「漉く」という工程が、湊たちの前に立ちはだかった。


 湊の記憶にあったのは、細かくなった繊維を、大量の水と混ぜ合わせ、薄い網状のもので、水を切りながらすくい上げるという、ごく大まかな手順だけだった。


 この網――漉き枠を作る役目も、イワが担うことになった。最初、イワは、細い蔓を編んで作った、簡素な網を試してみた。だが、目が粗すぎて、繊維がそのまま水と一緒に流れ落ちてしまい、紙の形にならなかった。


 イワは、より細かく編む工夫を重ねた。だが、細かく編めば編むほど、水はけが悪くなり、今度は、繊維が均一に広がらず、厚みにむらのある、塊のようなものしかできなかった。


 この試行錯誤は、数十回にも及んだ。イワは、来る日も来る日も、川辺に座り込み、繊維と水と枠と向き合い続けた。


 湊も、この過程に、できる限り立ち会うようにしていた。だが、湊自身、具体的な技法についての知識は、ほとんど持ち合わせていなかった。湊にできることは、せいぜい、「繊維をもっと薄く広げてみたらどうか」「水と繊維の割合を変えてみたらどうか」といった、大まかな方向性を示すことだけだった。


 実際に、その方向性を、手先の感覚と根気で、確かな技術へと磨き上げていったのは、イワ自身の力だった。


 ある日、ケイが、この作業に、思いがけない形で貢献することになった。ケイは、これまでの数十回にわたる試行錯誤の記録――どの植物を、どれくらいの時間浸し、どれくらいの水と繊維の割合で、どんな枠を使ったか――を、一つ一つ、丁寧に数字として記録し始めたのだ。


「感覚だけでは、同じ結果を、繰り返し出すことができません。何が違うと、何が変わるのか、数字にして残しておけば、次に活かせるはずです」


 ケイのこの提案は、それまで、感覚と根気だけに頼っていた紙作りの試行錯誤に、初めて、確かな「記録に基づく改善」という視点をもたらすものだった。


 湊は、ケイのこの姿勢に、深く感銘を受けた。技術の発展は、単なる偶然や、個人の勘だけに頼るものではない。試行錯誤を、正確に記録し、比較し、改善を積み重ねていく。それこそが、確かな技術として、根付いていくための道筋なのだと、湊は改めて実感していた。


 ケイの記録をもとに、イワは、繊維と水の割合、浸す時間、枠の目の細かさを、より体系的に調整していくようになった。試行錯誤の回数は、依然として多かったが、以前のような、行き当たりばったりの試みではなく、一つ一つの結果を踏まえた、着実な改善へと変わっていった。


 こうした過程を経て、ようやく、それらしい薄いシート状のものが、漉き枠からできあがるようになったのは、最初の試みから、実に二ヶ月近くが過ぎた頃のことだった。


 だが、まだ完成ではなかった。漉きあがったシートを、どう乾燥させるかという、新たな課題が待っていた。


 最初、イワは、漉いたシートを、そのまま地面に置いて乾かそうとした。だが、これでは、地面の土や小石がくっつき、乾燥にもむらが出た。


 ここで、ドウが、新たな工夫を持ち込んだ。ドウは、平らな板を何枚も用意し、その上にシートを広げて乾かす、簡易的な乾燥台を作った。さらに、板を少し斜めに立てかけることで、風通しを良くし、乾燥時間を短縮する工夫も加えた。


 それでも、天候によって、乾燥の具合は大きく左右された。雨の日には、なかなか乾かず、カビが生えてしまうこともあった。この課題に対しては、タギが、簡易的な乾燥小屋――弱い火を使って、室内の湿度を下げる仕組みを提案し、ドウと協力して作り上げた。


 こうして、幾つもの分野の知恵と技術が、少しずつ積み重なっていった末に、ようやく、安定して紙を作り出せる工程が、確立されていった。


 完成した紙は、湊が知る現代の紙とは、まるで似ても似つかないものだった。厚みがあり、表面はざらつき、色も茶色がかっている。それでも、木の板や粘土板とは違い、軽く、折りたたむことができ、そして――墨のようなもので文字を書きつけることができた。


 湊は、木炭を細かく砕き、水と混ぜて作った簡易的な墨で、その紙に文字を書いてみた。滲みはあったが、確かに文字は残った。


 湊はレポート用紙――今や、残りわずかとなっていたそれに、この長い試行錯誤の記録を、丁寧に書き記した。


『紙の製法、ついに確立。ミオの植物選定、イワの漉き技術、タギの道具作り、ドウの乾燥設備、そしてケイの記録による改善――すべての分野の知恵が結実した成果』

『試行錯誤の総数、記録に残るだけでも百数十回。感覚だけでなく、記録と比較による改善の重要性を、村全体で学んだ』


 書きながら、湊は、これまでの村の発展の中で、最も多くの人の手と、最も多くの失敗を要した技術かもしれない、と感じていた。骨の針や、火起こしのような、個人の工夫で乗り越えられるものとは違い、紙作りは、最初から最後まで、複数の専門分野が、それぞれの持ち味を発揮し合わなければ、決して完成しなかった技術だった。


 その夜、湊は、完成したばかりの紙の束を、イワ、タギ、ドウ、ミオ、ケイ――この技術に関わったすべての人々と共に、囲んでいた。誰からともなく、静かな、しかし確かな達成感に満ちた笑みが浮かんでいた。


「これで、これからは、みんなで記録を残せる」


 湊の言葉に、ミオが、少し照れくさそうに応えた。


「私は、植物を集めただけです。形にしたのは、イワです」


「いや」とイワが首を振った。「お前が、繊維の強い植物を見つけてくれなければ、そもそも始まらなかった。それに、タギの道具と、ドウの乾燥台がなければ、こんなに早くは、うまくいかなかった」


 ケイが、静かに付け加えた。


「一人の力では、ここまで来られなかった。それぞれが、それぞれの持ち場で、根気強く向き合った結果です」


 湊は、この言葉を、深く胸に刻んだ。これこそが、湊がこの村で、ずっと目指してきたあり方だった。自分一人がすべてを成すのではなく、それぞれの得意分野を持つ人々が、互いに補い合いながら、一つの技術を、確かな形へと育て上げていく。


 夜が更けても、五人は、完成したばかりの紙を、何度も手に取り、その手触りを確かめ合っていた。湊は、その光景を見つめながら、この村が、これから先も、こうした「多くの手による、地道な積み重ね」を、大切にし続けてほしいと、静かに願っていた。


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【第35話 時点 文明発展状況】

人口:58人(本村50人・河口拠点8人)/漂着後 875日

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01 生存・サバイバル ★★★★★ 継続中

02 食料・農業    ★★★★☆ 継続中

03 畜産・動物    ★★★☆☆ 継続中

04 漁業・水産    ★★★★☆ 継続中

05 狩猟・採集    ★★★☆☆ 継続中

06 水・衛生     ★★★★☆ 継続中

07 医療・薬学    ★★★☆☆ 継続中

08 住居・建築    ★★★★☆ 乾燥小屋を新設

09 土木・インフラ  ★★★★☆ 継続中

10 火・エネルギー  ★★★★☆ 乾燥用の弱火管理技術が加わる

11 鉱業・金属    ★★★☆☆ 継続中

12 製造・工業    ★★★★★ 紙の製法を、複数分野の協働により確立

13 科学・技術    ★★★★☆ 記録に基づく試行錯誤という手法が定着し始める

14 言語・文字・出版 ★★★★☆ 紙の完成により、記録文化がさらに発展する土台が整う

15 教育・研究    ★★★★☆ 継続中

16 経済・商業    ★★★★☆ 継続中

17 政治・法律・行政 ★★★★☆ 継続中

18 外交・交通・情報 ★★★★☆ 継続中

19 軍事・防災・治安 ★★★☆☆ 継続中

20 文化・娯楽・思想 ★★★★☆ 複数分野の協働による達成感が、村の一体感を強める

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【新規記述書物】『紙漉きの書・第一葉』(百数十回に及ぶ試行錯誤の全記録)

【次なる課題】文字体系の確立、紙の量産体制の構築】

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