第22話「割れた窯」
陶器の技術が村に定着してから、湊は次なる段階として、レンガの開発に着手していた。
原理は、陶器の延長線上にあった。粘土を型に入れて成形し、それを焼き固める。ただし、陶器のような複雑な形状ではなく、単純な直方体を、より大量に、効率的に生産する必要がある。
湊はタギとイワ、そしてドウを交えて、レンガ製造のための新しい窯の設計に取りかかった。これまでの陶器用の窯よりも規模を大きくし、一度に多くのレンガを焼けるようにする。同時に、より高い温度を、より長時間維持できる構造が求められた。
窯の規模拡大には、当然、これまでにない技術的な挑戦が伴った。大きな窯は、内部の温度分布が不均一になりやすい。また、燃焼室と焼成室の位置関係、送風の経路など、細部の設計次第で、成否が大きく分かれることになる。
タギは、これまでの経験を頼りに、試行錯誤を重ねながら、新しい窯の建設を進めていった。だが、規模が大きくなるほど、失敗した際の被害も大きくなる。それは、湊も、タギ自身も、頭では理解していたはずだった。
事故が起きたのは、三度目の大型窯の焼成試験の最中だった。
その日、タギは窯の温度をこれまで以上に上げる試みを行っていた。より硬く、より耐久性の高いレンガを得るためには、さらなる高温が必要だという判断からだった。
窯の脇には、送風のための鞴を操作する係として、若い青年――村に加わって間もない、レイという名の青年が配置されていた。レイは真面目で、この新しい技術に強い興味を持ち、自ら志願してこの役目についていた。
異変が起きたのは、突然だった。窯の内部で、これまでにない激しい音と共に、亀裂が走った。過度な加熱によって、窯の構造そのものが、内部の圧力に耐えきれなくなったのだ。
崩壊は、一瞬の出来事だった。窯の一部が崩れ落ち、高温の破片と熱気が、周囲に飛び散った。作業をしていた者たちは、とっさに身をかわしたが、鞴の操作に集中していたレイは、逃げ遅れた。
湊が駆けつけたとき、レイはすでに、重い火傷を負って倒れていた。シラが急いで駆けつけ、治療を試みたが、この時代の医療技術では、深刻な火傷に対して施せる処置には、限界があった。
三日後、レイは息を引き取った。
湊にとって、これは、この世界に来てから経験した、最も深い挫折だった。
自分が持ち込んだ知識、自分が背中を押した技術発展が、直接的に、一人の若者の命を奪う結果を招いた。頭では、技術の発展には常にリスクが伴うことを理解していたつもりだった。だが、実際にそれが現実となったとき、湊はその重みに、押しつぶされそうになった。
タギもまた、深く責任を感じていた。彼は自らの判断で温度を上げ、その結果として、事故を招いてしまった。誰よりも技術に真摯に向き合っていたタギにとって、この出来事は、計り知れない痛みを伴うものだった。
レイの葬儀の日、村は静かな悲しみに包まれた。オルガが、彼女の信仰に基づいた儀式で、レイの魂を送る言葉を紡いだ。湊は、その儀式に、これまでのように懐疑的な目を向けることはできなかった。今、村に必要なのは、実証された知識だけではない。人々の心を癒し、悲しみに寄り添う何かも、確かに必要だった。
その夜、湊は一人、火のそばに座り込んでいた。レポート用紙を開いたが、何も書く気になれなかった。何時間も、ただ紙を見つめ続けた。
やがて、湊はゆっくりと筆を取った。
『レイ、逝去。窯の崩壊事故による』
書けたのは、それだけだった。原因の分析も、今後の対策も、その夜の湊には、書き記す気力が湧かなかった。
数日後、湊はタギのもとを訪れた。タギは、事故以来、窯の作業から距離を置いていた。彼の目には、これまで見たことのない、深い迷いが宿っていた。
湊は、タギに向かって、慎重に言葉を選びながら、身振りを交えて伝えた。技術の発展を止めるべきだとは思わない。だが、これからは、もっと慎重に、もっと安全を優先しながら進めるべきだ、と。
タギは長い沈黙の後、小さく頷いた。彼の目には、まだ深い悲しみが残っていたが、同時に、何かを再び前に進めようとする、静かな意志も見て取れた。
湊はこの日を境に、村の技術開発における、ある原則を明確にすることを決意した。新しい技術を試す際には、必ず段階を踏み、危険を最小限に抑える手順を踏むこと。作業に当たる者には、常に安全な退避経路を確保すること。そして何より、「急がない」こと。
湊はレポート用紙に、改めて筆を取った。
『技術には、常に犠牲が伴う可能性がある。それを忘れてはならない』
『これからは、安全な手順を必ず定め、段階的に発展を進める』
『レイの死を、無駄にしないために』
この一件は、村の技術発展のあり方に、決定的な影響を与えることになった。以降、新しい技術を試す際には、必ず小規模な試験を重ね、安全性を確認してから本格的な導入に移るという慣習が、村に根付いていくことになる。
湊は、レイの墓標――イワが彫った、簡素だが心のこもった木碑の前に、しばらくの間、佇んでいた。この世界に来て以来、初めて直接的に失った命。その重みを、湊は生涯忘れないだろうと、静かに誓っていた。
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【第22話 時点 文明発展状況】
人口:33人/漂着後 285日
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01 生存・サバイバル ★★★★★ 継続中
02 食料・農業 ★★★★☆ 継続中
03 畜産・動物 ★★☆☆☆ 継続中
04 漁業・水産 ★★★☆☆ 継続中
05 狩猟・採集 ★★☆☆☆ 継続中
06 水・衛生 ★★★★☆ 継続中
07 医療・薬学 ★★☆☆☆ 重度火傷への対応の限界を痛感、治療技術向上の必要性が浮上
08 住居・建築 ★★★★★ 継続中
09 土木・インフラ ★★★★☆ 継続中
10 火・エネルギー ★★★★☆ 大型窯の危険性が明らかに、安全基準の必要性を認識
11 鉱業・金属 ★★★☆☆ 継続中
12 製造・工業 ★★★★☆ 窯崩壊事故により、安全な作業手順の確立が急務に
13 科学・技術 ★★★★☆ 継続中
14 言語・文字・出版 ★★★☆☆ 継続中
15 教育・研究 ★★★☆☆ 継続中
16 経済・商業 ☆☆☆☆☆ 未着手
17 政治・法律・行政 ★★★★☆ 安全な技術発展の原則が村の慣習として定着し始める
18 外交・交通・情報 ★★☆☆☆ 継続中
19 軍事・防災・治安 ★★★★☆ 継続中
20 文化・娯楽・思想 ★★★★☆ オルガの弔いの儀式が、村の心の拠り所として再評価される
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【新規記述書物】なし(記録より、村全体の弔いと再起が優先された)
【次なる課題】安全な窯技術の再構築、レンガ生産の再開】
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