第1話「三分、三時間、三日、三週間」
白亜のノートがゲームなった。
https://itanaka66.github.io/Hakua-note/hakua_simulation.html
光が世界を撫でた、としか言いようがなかった。
佐倉湊は、体育館裏の焼却炉のそばで理科の課題――恐竜の絶滅について調べたレポート――を丸めて捨てようとした瞬間のことを覚えている。空が一瞬だけ、昼と夜が混ざったような色になった。それから、記憶がない。
次に感覚が戻ったとき、湊は湿った土の上に横たわっていた。
空気が違う。湿度が高く、青臭く、それでいてどこか鉄錆のような匂いが混じっている。頭上を覆う木の葉は、教科書で見た「シダ植物」に似ていたが、どれも見上げるほど巨大だった。
――ここ、どこだ。
混乱が喉元までせり上がってきたところで、湊の体は勝手に動きを止めた。理由はすぐにわかった。夏休み前、母に無理やり連れて行かれた防災イベントで聞いた言葉が、頭の中で勝手に再生されていたからだ。
『パニックになったら、まず**S**――止まりなさい』
湊は動かなかった。仰向けのまま、指先ひとつ動かさず、まず自分の呼吸の音だけを聞いた。
『次に**T**――深く息を吐いて、考える』
鼻から吸って、口からゆっくり吐く。三回繰り返す。頭の芯にかかっていた薄い膜が、少しだけ晴れた気がした。
『**O**――観察しなさい。周りの状況、持ち物、自分の怪我』
湊はゆっくりと首だけを動かし、自分の体を見た。制服のシャツが土で汚れている以外、目立った外傷はない。左肘に擦り傷。右足首に鈍い痛み――だが体重をかけられないほどではない。ポケットには、シャープペンシル一本、消しゴム、そして丸めたままのレポート用紙が数枚。それだけだった。
視線を巡らせる。密生した大型のシダ植物。湿った空気。遠くから聞こえる、低く長い、地面を伝ってくるような唸り声。
鳥にしては大きすぎる影が、木々の隙間を横切った。
『**P**――プランを立てる。三の法則に従って』
湊はゆっくりと体を起こした。全身がまだ震えている。だが、震えながらでも、頭の中では防災イベントの講師の声が、平坦な口調で続きを語っていた。
「人が生きられる限界には順番があります。三分、三時間、三日、三週間――この順番で対策してください」
三分。呼吸ができない、あるいは大量出血している場合の限界。湊は自分の体をもう一度確認した。呼吸はできている。出血もひどくない。ここはクリアだ。
三時間。体温を保てない場合の限界。夏だからと油断してはいけない、と講師は言っていた。雨や風に長時間さらされれば、真夏でも体温は容赦なく奪われる。
空を見上げる。厚い雲が低く垂れ込めていた。湿度の高さからして、いつ降り出してもおかしくない。
――今、最優先すべきはこれだ。
湊は近くにあった大きな倒木の根元に、雨風を防げそうな窪みを見つけた。岩ではなく木の根が絡み合った空間だったが、上部にシダの葉が覆いかぶさっていて、簡易的な屋根の役割を果たしそうだった。
地面に直接寝ると体温が奪われる――これも講師が繰り返し言っていたことだ。湊は近くに落ちていた枯れた葉を両手いっぱいにかき集め、窪みの底に敷き詰めた。厚みが出るまで何度も往復する。手のひらに葉の縁で細かい切り傷ができたが、構っていられなかった。
作業をしながら、湊は自分に問いかけていた。
――これは訓練か。それとも本当に、あの光で、どこかに飛ばされたのか。
答えは出なかった。出なくても、体は止まらなかった。止まったら、三時間の壁に負ける。
シェルターの原型ができたところで、湊は次の課題に取りかかった。三日。水が飲めない限界だ。
幸い、さっきから小雨がぱらつき始めていた。湊は制服の上着を脱ぎ、木の葉の窪みに広げて雨水受けにした。集まった水はわずかだったが、ないよりはましだ。もっと大きな葉を組み合わせれば、貯水量は増やせるはずだった。
――雨水は最優先で集める。川の水は煮沸しないと飲めない。
これも講師の言葉だった。あのときは正直、話半分に聞いていた。まさか自分がこの知識にすがることになるとは思っていなかった。
三週間。食料の限界。これは今すぐの課題ではない。体温と水さえあれば、人はしばらく生きられる。湊は自分にそう言い聞かせ、優先順位の外に追いやった。
残るは、この場所そのものの危険度だった。
遠くの唸り声は、まだ止んでいない。むしろ、少しずつ近づいているようにも聞こえた。湊は倒木の陰に身を潜め、レポート用紙とシャープペンシルを取り出した。
何か書き記しておきたかった。誰に読ませるためでもない。ただ、自分の頭の中にある知識を、目に見える形にしておかないと、不安で押しつぶされそうだったからだ。
湊は震える手で、紙の端にこう書いた。
『3分=呼吸・出血 3時間=体温 3日=水 3週間=食料』
それから、少し考えて、その下にもう一行付け加えた。
『生きる。絶対に。』
字は震えていた。それでも湊は、その紙を折りたたんでポケットの一番深いところにしまった。
雨が強くなってきた。木の葉の屋根から水滴が落ち始める。湊は膝を抱え、倒木の窪みの奥へと体を押し込んだ。
遠くの唸り声は、依然として止まない。それが何の声なのか、湊はまだ知らない。ただ、その声の主が、自分の知っているどんな生き物より大きいだろうということだけは、本能的に理解していた。
夜が来る。湊にとって、この世界での最初の夜が。
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【第1話 時点 文明発展状況】
人口:1人/漂着後 0日
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01 生存・サバイバル ★☆☆☆☆ 簡易シェルター確保、優先順位判断完了
02 食料・農業 ☆☆☆☆☆ 未着手
03 畜産・動物 ☆☆☆☆☆ 未着手
04 漁業・水産 ☆☆☆☆☆ 未着手
05 狩猟・採集 ☆☆☆☆☆ 未着手
06 水・衛生 ☆☆☆☆☆ 雨水簡易採取のみ
07 医療・薬学 ☆☆☆☆☆ 未着手
08 住居・建築 ★☆☆☆☆ 倒木の窪みを利用
09 土木・インフラ ☆☆☆☆☆ 未着手
10 火・エネルギー ☆☆☆☆☆ 未着手
11 鉱業・金属 ☆☆☆☆☆ 未着手
12 製造・工業 ☆☆☆☆☆ 未着手
13 科学・技術 ☆☆☆☆☆ 未着手
14 言語・文字・出版 ★☆☆☆☆ メモを記録(記録行為の萌芽)
15 教育・研究 ☆☆☆☆☆ 未着手
16 経済・商業 ☆☆☆☆☆ 未着手
17 政治・法律・行政 ☆☆☆☆☆ 未着手
18 外交・交通・情報 ☆☆☆☆☆ 未着手
19 軍事・防災・治安 ☆☆☆☆☆ 未着手
20 文化・娯楽・思想 ☆☆☆☆☆ 未着手
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【新規記述書物】なし(レポート用紙への走り書きのみ)
【次なる課題】火の確保、水源の探索
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