125.桃源郷9
ケンタウルス座アルファ星は地球から一番近い恒星系で三つの恒星を持つ三重連星になっている。
その中でもアルファ星C、別名プロキシマケンタウリと呼ばれる恒星は地球から一番近く4.2光年しか離れていない。
プロキシマケンタウリまでの4.2光年を近いと感じるか遠いと思うかはその人が持つ物差しの長さに影響されるだろう。
ちなみにハレー彗星やエンケ彗星などの生まれ故郷、氷の屑が無数に漂うオールトの雲までを入れた太陽系の直径は一番長い所で6光年あるらしい。
アイリーンと昴くんはそこに建造された人工惑星C2で生活している地球人の様子を自分達が直接確認するため来ていた。
施設の関係者に案内させると都合が良いように誤魔化されるのではないかと危惧したアイリーンは惑星表層にある生活ドームの中へ昴くんと一緒に極秘でテレポートする。
そこでは全ての人達が人工的に造られた亜熱帯地域の様な自然の中を全裸の裸足で自由気ままに歩いたり寛いだりしていた。
アイリーンはテレポートする際に昴くんが『裸は嫌だからね』と言った言葉で裸をイメージしてしまい、いみじくも二人は全裸で地表に降り立ってしまう。
幸いにして移民者たちと同じ振る舞いをして目立つことなく観察していた二人だったがしばらくするとほぼ同時に意識を失い大きな木を背もたれにして眠り込む。
アイリーンと昴くんは極秘潜入に成功したと思っていたけどその行動の一部始終はC2の中央管制塔へ筒抜けになっているのだった。
アイリーンの遺伝子学的父親のイノマンと人工惑星C2の総括支配人シュタイン、それとウッディ族妖精のエントリーは人工惑星のコントロールルームから二人を監視していて、木陰に倒れ込んだのを見てから救助のために保安員を向かわせる。
アイリーンは昴くんと一緒に救助されメディカルルームのベッドに二人並んで安らかな眠りに包まれていたのだけど体を揺すられていま目を覚ます。
目の前でここに居るはずのない九論が薄笑いを浮かべているのを見たアイリーンは気が動転してあらぬことを口走った。
「昴くんごめんね、うちたち死んじゃったみたいだわ」
昴くんは隣で半身を起こしてべそをかいているアイリーンとその横で慈愛に満ちた顔付きで見下ろしている九論を見比べてそっと声を掛ける。
「大丈夫だよ愛鈴、僕たちちゃんと生きてるから彼は九論だよ中身は正真正銘のイノマンになってしまってるかもしれないけどね」
「だからイノマンでしょう、うちのパパだよねアンバ隊長に預けてきたはずなのにどうしてここにいるの?」
九論はイノマン研究所へ帰ると言ったので冥王星への帰途に就こうとしていたアンバ隊長と行動を共にすることになっていた。
アイリーンはグチグチと言いながらベッドから下りていく。
一応ガウンだけ着せてもらってるようなので前が乱れてないかとかをチェックしている。
(九論は冥王星にあるイノマン研究所で培養中だったイノマンのクローンに愛鈴がまだ幼い頃から一緒に生活していたバイオロイドキッドの幽体と記憶を追加コピーして誕生させたんだと聞いた覚えがあるのだけど、だったら最初から父親と一緒に生活していたと言ってもいいんじゃないかと僕は思うのだけど何が違うのだろう)
昴くんはこれも乙女心の一つなんだろうかと考えてみる。
九論の姿をしたイノマンが優しく語りかけてきた。
「だからその『パパ』と言う呼び方はやめてくれないか」
「わかったわイノマン、だったらうちはあなたの事をこれからも今まで通り九論として見るからね、だからあなたも九論として行動なさいよわかりましたか」
「ああ、努力はしてみるつもりだがそれなら今まで通りの振る舞いをすればいいということだな」
(そうよねそういうことになるのかしら、そうだったらうちが意識しすぎてるだけなのかしらね)
昴くんはアイリーンと九論がやりあって話を聞いてもらえそうにないと思って他に誰か相談に乗ってもらえる人が居ないか辺りを探す。
そして部屋を出ていこうとしてドアノブに手を掛けたまま動かずにいるサロメと目が合った。
「すみません、何か洋服みたいな着るものはないでしょうか、折角ガウンを用意して頂いてるのに申し訳ないのですけど少し落ち着かないものですからジャージでも何でしたら宇宙服でも良いのですけど貸してもらえないでしょうか」
昴くんはサロメに歩み寄ってお願いする。
アイリーンと九論はまだ言い合いの最中だった。
「ヘンナ私兵艦隊を撃滅した後でそのままスターキッドから下ろされた時は流石に落ち込んだぞ」
「あなた戦勝記念パーティーで地球防衛基地のお偉いさん方々や辺境艦隊の隊長さんからちやほやされていたじゃない、もううち達とは違う立場の人になっちゃったと思ったのよだから声を掛けずに出発したんじゃない」
「違う立場の人とはどういう意味に取ったらいいのか分からないのだが……そんなことになる訳がないじゃないか寂しいことを言うなあ」
九論は手の平を上に向けて肩の辺りで上下に動かす。
「そのポーズはイノマンそのものだわ九論はそんなことしなかったわよ」
アイリーンは胸の前で腕組をして九論を睨み付けた。
そしてサロメと歓談しそうになってる昴くんを見つけると注意する。
「昴くん、サロメとあまり仲良くならないことを忠告しとくわ」
(だいたいさあ何でサロメまでここに居るの、そう言えばジベルは助からなかったって聞いたわ、お悔やみを言うべきかしらイヤイヤここはそんな場所じゃないしね、そうかここにお墓を建てたのかもしれないわね、冥王星のあんな殺風景な所じゃ嫌だものね)
アイリーンは一人で考え込んで険しい顔付きになっていく。
「何だってそんなに怖い顔してるんだい昔の事は水に流してくれるって言っただろう」
サロメは昴くんに自己紹介をして『これから宜しく』と挨拶の手を差し出していたところを遮られたので行き場を失った手は振るしかない。
「そうよ昔の事は水に流すと言ったわ昴くんにはこれからの事を忠告したのよ、それにねうちの背中にはあの時の傷跡がまだ残っているわ」
(本当は残ってないんだけどさ……サロメの前でどこかのお奉行さまみたいに諸肌脱いで見せることはないでしょうから問題ないよね)
「ごめんなさいと改めて言わせてもらうよ、でもあんな傷跡は簡単に消せるはずだけどどうして残してるんだい、毎回私に詫びを入れさせるためなのかいそうだったら蛇のような性格だったんだな」
サロメは少し膨れっ面になりこれからのアイリーンとのつきあい方を変えなくてはいけないのかなと考え出した。
「そんな軽い理由で残してなんかいないわ、あの傷はお兄ちゃんの形見なんたから」
「お兄ちゃん? また訳が分からないことを言い出した。でもこれ以上は聞かない折角白紙に戻してくれると言ってるのだしね、ただこれから先困ったことがあったら私を頼るといい私にできる最大限の助力を約束しよう」
サロメはこれ以上ゴタゴタが起きないように話を切り上げる。
「わかったわ、ありがとう」
アイリーンもイノマンとお兄ちゃんの精神体が入れ代わった事の説明を理路整然と話すことなんかとてもできそうもないのでこれ以上口論を続ける気はない。
(だいたいさあ九論……イノマン本人がここに居るんだから少しは助けてくれてもいいんじゃない)
九論をジト目で睨む。
「私は九論だからなあ」
九論は怯むことなくさっきと同じポーズを二度行った。
実は前から時々やっているポーズなんだけどアイリーンにしてみれば改めて気に障ったみたいだ。
アイリーンは片手をまっすぐ伸ばして手の平をヒラヒラさせ『わかったわ』の合図を送る。
「それで九論さんはどうやって来たのですか、宇宙船で僕たちを追い越せるはずはないし妖精さん達のシュー・ウォッシュナビはトリガー役のスーちゃんがここに居るから出来なかったですよね」
昴くんがようやく会話に入れた。
その時アイリーンが『全ての謎が解けたわ』みたいな顔をして手を叩く。
「あなた別人よね、この宇宙に何体も居るはずのイノマンクローンの一体だわ」
しかし九論は平然と反論を行う。
「数あるイノマンのクローンの中でもアイリーンの過去を知っているのは私だけだと思うがな、何なら一つ話してみようか昴くんに知られたら恥ずかしいのがいいかも知れんな、まあお前が何とも思わなければそれまでだが、その一つめはドロンパ号に初めて乗った時のことで最初にトイレの場所を聞いたのは賢明な判断だ、しかし扉の開け方を教わらなかったのは間が抜けていたとしか思えないな、お前は扉の前で……」
九論がそこまで話した時アイリーンは真っ赤になって九論の口を押さえた。
「わー! わー! わかったから、あなたは正真正銘私の中に居たイノマンだわだから九論でいる時は昔のイノマンが持つ記憶も封印するのよわかった!」
『わかった』
口を押さえられている九論はもごもごと言う。
(そうだな折角なんだから九論と私の人格で二重人格者として生きてみるのも退屈しのぎになって面白いかもしれないな)
九論は心の中でほくそ笑む。
アイリーンは顔を赤らめながら昴くんを見た。
昴くんは『なにも聞いてません!』と言わんばかりにそっぽを向いている。
サロメがニヤニヤしていたのだけどアイリーンは墓穴を掘りそうな気がしたので無視した。
「昴くんちょっと聞きたいのだけど……まさかとは思うけどあなた、ちょこっとでもお兄ちゃんの記憶を持っていたりはしてないわよね」
昴くんが最近になって時々ボーッとして心ここにあらず状態になっているのを見掛けていた。
(お兄ちゃんの魂はあの時完全に昴くんの中へ溶け込んでいっちゃってるのよね)
その時の事をアイリーンは思い出す度に後悔している。




