126.桃源郷10
昴くんが自分の中に居るらしいお兄ちゃんの魂についてどう説明しようかと考え込む。
アイリーンはその目を覗き込むようにしている。
「あー、僕の中に居るんじゃないかって言ってた石井光一さんのことなんだけどね、初めてなのに懐かしく感じることがたまにあるだけなんだよ大したことではなくてごめんね、それと何時か言おうと思ってたんだけどかなり以前にアイリーンが『出てこないで』言った時に僕の中から気配が完全に消えたと言ったよね、だけど最近『お兄ちゃん』を感じる時がたまにあるんだまだ僕の中に残ってるみたいだからイノマンあたりに言えば何とかしてもらえるかなって思ってるのだけど、もう聞いてしまったよね……九論さん」
昴くんは九論に話の続きを振る。
「よかろう、聞いてしまった以上頼み事を何とかできないかと知恵を絞るのも科学者の努めと言うものだな」
アイリーンの目を気にしながら言う。
九論はしかめっ面をして返事をしたけどこの事は前々からエントリーに相談するつもりでいた。
それもここへ来た理由の一つになっている。
「それでうち達がここへ来るってどうって知ったのよ?」
「赤い絆で結ばれた者たちの間には極秘の連絡網が存在することをアイリーンはまだ知らないのかな」
(赤い絆ねぇ~、クサイわ! イノマン連絡網ってことかしら、そいつらが更に第三者へ情報漏洩しないって信じてるのなら余程固い絆で結ばれているのよね)
「そうだったのねオビス司令官とアンバ隊長だけには『内緒だけど』と言って話したのだけど、やっばり内緒話にはならなかったみたいね」
話ながら段々と半べそ顔になっていく。
「愛鈴、今回のことは僕たちの安全を考えて知らせたのだろうからあまり悪いように考えてはいけないと思うよ」
昴くんはアイリーンが落ち込んでしまう前にフォローする。
「黙って行っても分かると思うぞ、本当に行方を消そうと思ったら最初からシュー・ウォッシュナビを使うしかないな」
九論も昴くんの言葉に言い添える。
「テレポートでもいいんじゃない」
アイリーンは気を取り直そうと九論の言葉にすがった。
「テレポートでは残留思念を読める強いテレパシストなら軌跡を追うことができる。しかしシュー・ウォッシュナビなら誰にも行き先を知られることはない」
(まあ確かにここに居るエントリーは古参の妖精だから難なく見つけ出すことができそうだけどな)
そのことを九論はわざわざ口に出してまで教えようとしない。
「そうなのね覚えておくわ、それで九論はうち達を追って来たってことでいいのよね、それとも何か全く別の悪巧みをするために来てるのかしら」
「どちらとも半分づつ正解としておこうか」
(九論が居てくれるならうちも心強いし何とか割り切れるように努力をしてみるわ、それより悪巧みって何かしらそっちの方が気になってきたけど聞いても素直には教えてくれないでしょうね)
「それで九論はどうやって来たってのよ」
アイリーンが気を取り直して尋ねる。
「私は以前ここに来たことがある、まあイノマンの記憶だけどなだからテレポートでやって来た」
九論は薄笑いを浮かべていた。
「ふ~ん、九論がテレポートできるなんて知らなかったわ」
疑いの眼差しを九論に向ける。
「さあ本当の事を白状なさいな、うち達は普通の宇宙航路を通るしか方法がなかったけどそれこそ秘密の抜け道でも通って来たんでしょう。誰に送ってもらったのアリオンさんあたりかしら」
九論の首根っこを掴みそうな勢いで言う。
(あっ、イノマンはテレポートできてたかしらね今は一緒の身体なんだからできるのかもしれないわね)
アイリーンが謝ろうとする前に九論が話し出す。
「まあ本当の事を言っても問題はないだろう、実は長年研究を続けていたテレポートマシーンがこの程やっと完成したんでな実地試験を兼ねて跳んで来たんだ。お前もここへ来ることが分かってたしな」
「イノマンってテレポートできてたでしょう違ったかしら」
「そうかな、お前の前にテレポートしたことはなかった様に記憶してるのだが私の媒体となっているお前の体内に精神体だけは飛ばせていたけどな、その事はテレポートとは言わない精神共鳴なんだよ、そもそももごっ!」
アイリーンが九論の口を押さえた。
「もういいわ長くなりそうだから別の機会に改めて聞かせてもらうね」
昴くんが親指を立てて『良くやった! 』のジェスチャーをする。
(でもテレポートマシーンの話はもう少し聞きたかったかな、昴くんにも使えると良いんだけど)
「あと内緒だが別のイノマンクローンもここで生活しているはずだ、会うことはないだろうから誰だかは教えない」
九論は最後の方は声を小さくして話す。
(やっぱりイノマンも『内緒だからな』って秘密を漏らす。なんなら全員が秘密を全部話してくれたらいいのに……アハハそしたら秘密なんて存在しないじゃん)
小首を傾げながら一人笑いを押し殺して再び聞く。
「何よ意味深な言い方をして、それじゃあはっきり説明してもらおうかしら、会うことがないってのは会えないってことよねここで一体何の研究をしてるのかなあ」
鎌を掛けてみる。
「クローンってのはな、そのなんだアイリーンに解り易く話すとだな、その……たい焼きだな出来立てはみんな同じだがいつまでも鉄板の上にあったりはしない、人の手に渡り時間と共に変化していく。置かれている場所や環境なんかが大きく影響されて見かけや味が変わりそれから もごっ……」
再び九論の口を封じる。
「だいたい分かったからもういいわ、つまり彼がいま何をしてるかまでは分からないってことね」
(そうよねクローン同士で繋がってたらそれこそ大変よね、あれ? ピエロのことをイノマンも知らなかったわねそういうことかしら)
「科学者って寡黙なイメージがあったんだけど結構お喋りなんだね」
昴くんが疲れた様子を見せて言う。
(やっぱり自分が持つ知識ってのは他人にも理解してもらいたいものなのかなあ)
「九論とイノマンが合体して別の人格になったみたいね、うちがイノマンに出てこないでって言ったせいかしら」
(お兄ちゃんの時に懲りて反省してたんだけど又やっちゃったのよね)
アイリーンの表情が暗い。
「愛鈴そろそろ服を着替えようよ、ねえ九論僕たちにちゃんとした服がないかなあ、その~バスローブみたいな物じゃないのがいいんだけど」
昴くんが前を押さえながら提案する。
(サロメさんに頼むと嫌がるだろうからな、でも僕と愛鈴はこの下に何も着けてないんだよな)
「元々着ていた服はスターキッドの中に取り残されたんだろう、もうここへ呼んでも差し支えないと思うが」
九論が当たり前のように言う。
「それもそうねでもロボちゃんも居ないしどうやって連絡しようか」
アイリーンは改めて辺りを見渡す。
「ここは休憩室なのかしら」
「いや救護室……メディカルルームだな」
(使えそうな通信機はないかしら)
「その役目、私が引き受けましょうか?」
いきなり扉が開き深緑色の迷彩服を着た美人が入って来る。
(カッコいい戦闘服だ!)
アイリーンの第一印象だった。
メディカルルームに入って来たのは2人だった。
「名乗るのが後になってしまいました私はエントリーと申します。彼はここの最高責任者のシュタイン総括支配人です」
エントリーが後ろの男性を紹介する。
その男性はやはり細身で彼女より少し背が高い、白を基調とした軍服風の制服を着ていてアイリーンに手を差し出してきた。
「シュタインと言う、こんな形でなければもう少しましな歓迎ができたのだがな、君の活躍話は聞いている。アイリーンと呼ばせてもらっていいかな」
アイリーンはシュタインの手を取って挨拶を交わす。
「自己紹介の手間が省けて良かったわ、あなた優しいのね手を握った瞬間わかったのこんなことなら正々堂々と正面から来るべきだったわ」
アイリーンが握手しながら言う。
「その通りだ最初から見てたけど想像してた以上に……幼かったな」
シュタインは言葉を選ぶのに迷った。
「失礼な言い方ね」
「お返しだ、お互い様だろう」
「まあまあ、堅苦しくない挨拶はそのくらいにしてさっさとスターキッドを呼びましょうか」
エントリーが割り込んでくる。
「ねえ、スターキッドAIにどうやって連絡するの? この部屋のどこかに通信機があるのかしらね」
アイリーンはメディカルルームと言う割にはベッドしかない殺風景な室内を見渡しながら言う。
(この人何でうちがスターキッドと連絡したがってることを知ってるのかしら、そうね扉の外で聞いていて入ってくるタイミングを見計らっていたのよね、たぶんね)
エントリーは扉の外で聞き耳をたてずとも優れたテレパシストなのでアイリーンのだだもれの思考ならば一瞬で読み取ってしまっていた。
「スターキッドにはフレア族のロースさんが残っているのでしょう、私はウッディ族なのです相性はあまり良くないのだけど彼には一度テレパシーでメッセージを送ったことがありますから今回も同じようにできると思います」
(もしかしてこの女の人って……妖精さんだったの! 見た目は普通の美人さんと変わらないのだけどね、でも今は肌の色のことを言えない時代になってるのよね、しかしどうして戦闘服がやけに似合ってるじゃない)
アイリーンは目をパチクリさせてそれからのエントリーさんが行う仕草をずーっと見守っていた。
人工惑星は自転をしてないので1日24時間なんてのは存在しない。
そもそも宇宙においては時間の概念そのものが曖昧になってしまっている。
多くの宇宙人達が太陽系にやってきた時、対象物が地球で対象者が地球人だったので郷に入っては郷に従えの習わしの通り地球人の物差しを使用するようにしていただけのこと。




