127.桃源郷11
アイリーンが宇宙に出てあまり違和感を感じなかったのも地球人の物差しで物事が推移していた恩恵もある。
だがしかしここは太陽系の外、強いて言えばケンタウリアルファ星系となり地球時間は当然適用されていない。
だから自分を基準とした腹時計で時間を計ろうとしていた。
眉間にシワを寄せて真剣な表情をしている。
(ダメだ分からない。目が覚めたばかりなので朝の6時頃かと思うのだけど昼寝だったのかも知れない、でもお腹は空いてるのよねそれにみんなの表情を見る限りとても早朝とは思えないし夕方とも思えないわ、仕方がないから今は10時30分ってことにしとこうかしら)
アイリーンが現在時刻を自分の物差しで勝手に決めた。
人工惑星の衛星軌道を周回するスターキッドのコクピットではスターキッドAIが音信不通になっているアイリーンと昴くんの消息をつかもうとやっきになっていた。
そんな中にあってコクピットの中央でまんじりともせず佇んでいたフレア族妖精のロースさんがいきなり喋りだしてくる。
「今、下からテレパシーがあった。アイリーンと昴くんはあの建物の中に無事で居るらしい。そしてビーコンの誘導に従って来てもらいたいと言っている。わかったと返事していいか」
〈お願いします〉
スターキッドAIは自分に話し掛けてくる人の居ない室内でいきなり話し掛けられたのとその内容に驚き、もう少しでバグを発生させるところだった。
(無事で何よりですよ)
記憶メモリーの中で独り言ちる。
殆んど話したことがないロースさんからいきなり話しかけられて『ビックリした』とか『えっ何て言ったのですかもう一度お願いします』なんてことを言ったりするスターキッドAIではなかったのだけど、ただ話し掛けてきたのがアイリーンだったらもっと会話が長く続いたかも知れない。
そんなやり取りを経てスターキッドが『桃源郷』の中央管制塔上空に姿を現したのはちょうどアイリーンが10時30分と心の中で呟いた時だった。
そしてスターキッドのみんなと再会したのがアイリーンの体内時計で11時30分を過ぎた頃。
「そろそろお昼ご飯かしら」
着替えが済んでアイリーンの左肩にロボちゃん、昴くんの右肩にスーちゃんをそれぞれの定位置に乗せてシュタインが待つ中央管制塔屋上の宇宙船送迎デッキへと向かう。
アイリーンが良く口に出しているロボちゃんとはイノマンが製作したスターキッドAIの外部端末通信人形型ロボットのこと。
スーちゃんと呼んでいるのはフレア族精霊獣フレアホースのことだ。
何でスーちゃんと呼ばれるようになったかと言うと、スターキッドの中で出会った時に力を使い果たしてぺちゃんこのスライム状になっていたから。
今は体力を回復させ小さな焔を纏った仔馬の姿をして昴くんの肩に乗っている。
どれも彼女が勝手に付けた愛称で他にはスターキッドAIのことをAちゃんと呼んでいる。
如何にも妖精族という姿を持つロースさんはフレアホースの護衛をしているらしく決してその側を離れようとしない。
今も昴くんから貰った宇宙服を着込んで付いてきている。
「お腹が空いたわね」
シュタインの所へ戻ってきたアイリーンが開口一番で自分の欲望を口にする。
本来ならみんなの顰蹙を買っているところだけどタイミング良く昴くんのお腹が『ぐぅ~』っと鳴ったので明るい空気が広がる。
「よくやった!」
九論が昴くんの肩に手を掛けてポンポンと叩く。
「お腹がすいたのかい分かってるよ、でもここでの食事にはあと8時間ほど待ってもらわなくてはいけないのだけどね」
シュタインがわざと意地悪そうな表情をして言う。
アイリーンと昴くんは今にも泣きそうな表情をした。
「とても無理みたいですね、まあ最初から予想はついてましたよ、だからおやつを用意してますから行きましょう」
エントリーが笑顔を見せながらそう言う。
シュタインが歩き出したのでその後をみんなで付いて行く。
コントロールルームの奥にミーティングルームと表示のある部屋へと入る。
「扉が無いわコントロールルームと一体化された部屋みたいね、あっちが丸見えじゃない」
「そうよ向こうからも見られてるけど気になさらないで、さあお食べなさい」
部屋の真ん中に縦長の楕円テーブルがある。
その上に色々な飲み物が5つのピッチャーに入って置かれて、その他にはサンドイッチ、ドーナッツ、クロワッサン、大き過ぎるクッキー、あと何だか分からないものが個々に盛られていた。
「どうぞご自由に召し上がって下さい」
エントリーさんが促してくる。
アイリーンは疑いの目を向けた。
「大丈夫です。アイリーンさんが危惧するような物は入ってませんよ」
「そうね九論も居るし遠慮なく頂くわ、ありがとう」
シュタインさんとエントリーさんが飲食を始めたのを見届けてから、サンドイッチに手を伸ばす。
みんなが無言で食事をしてるとシュタインさんが独り言のように話し出した。
「この人工惑星は自転してないから太陽は沈まない、一日中真昼なんだその方が太陽光エネルギーが十分得られるしエネルギー消費も少ないからだ」
シュタインが昴くんに目を向け発言を促す。
「そうなのですね、1日の目安となるものがないのだから時間を知らせないと外に出てる人には分かりませんね、それでどうやって時間を知らせてるのですか、あっ鐘を鳴らすとかですか」
昴くんは何か言わなくてはと焦って少しズレたことを言ってしまう。
「ここで生活している人間には時間を計る物を与えていないんだ、自分たちの生活リズムを作ってもらうためにね、最初の頃は地球時間での生活リズムだったのがだんだんと起きている時間が長くなってきてね、そうして落ち着いたのが今の生活リズムになっている」
今度はアイリーンに目を合わせた。
「小さい頃テレビで見たことがあるわ、ディープタイムって言うんでしょう、今の地球人類は他の星からやってきた宇宙人なんだっていう説、それを実証するために色々な実験をやってるんだって、その中の一つに人を暗い洞窟の中に閉じ込めて何ヵ月も生活させると大体24時間起きて36時間寝るんだってね、そういう天体が故郷なんじゃないかって言ってたわ」
アイリーンが食べながら器用に喋っていたけど、とうとうドーナッツを喉に詰まらせてコップに入ってる水で慌てて流し込んでいる。
「そうだなその実験の事は知らなかったが、まあバラツキがあるとしても36時間寝るってのは普通のライフサイクルの中では疑問符が付くと思うな24時間起きてるのはここと同じだ、ここでの睡眠は概ね12時間だけど私たちが時間を教えて行動させているのではなくて彼らの体内時計で生活させている。彼らの1日は36時間になっているんだ」
シュタインが答える。
(うちは36時間ぶっ続けで寝てた事があるけどあれは長距離テレポートの影響だったのよね)
「24時間も起きてるんだったら食事は6回必要ですよね、朝食と夕食はここでするって聞きましたけど昼も4回食べに戻って来てるのでしょうか」
昴くんがこれは何だろうと得たいの知れない食べ物に手を伸ばしながら聞く。
「彼等や彼女たちがそれを望めばそうしたさ、でもそうはならなかった眠りから覚めて食事をして外に出たら12時間は帰ってこない、帰ってきて直ぐに食事をして風呂に入ったり寛いだり大体6時間後に就寝する、そして睡眠を12時間位取ったらバラバラと起き出す。これがここでのライフサイクルになっている」
「ふ~ん、外の庭園みたいなところでは果物とか自由に取って食べていいんだよね、魚はさすがに取って食べたりしないよね」
(ここの人達の体内時計とうちの腹時計には決定的なズレがあるわ、合わせるのは絶対無理な話しだわねあれ……定番の果物が無いじゃない)
「このドーム内にあるものは全て自由にしてもらって良いんだ。束縛はない」
(魚を取って食べていいのなら焼くための火も起こしていいのかなあ)
昴くんは疑問に思ったけど今は聞かずにいた。
(何で果物が出てないのよ、庭園にはいっぱい実ってたしそれを食べてる人も見たわ、 あっ!)
「それでさあ一番大事なことをまだ聞いてなかったんだけど……うち達なんで気を失ったのかなあ」
アイリーンが何故今まで忘れてたんだろうと気にして強い口調で言う。
エントリーは『ああ、思い出してしまったのね』と言う様な顔をして話し始める。
「あなた達が無断侵入した場所は受入れ初期生活ドームと言ってねコールドスリープから目覚めたばかりの地球人が最初に滞在する場所なのよ、みんな新しい環境に慣れるまでの間は感情のコントロールが不安定になるわ、一人でも暴走を始めるとそれは直ぐに拡大して集団パニックに陥るのだからここの空気には安息成分が多少含まれているのよ、最初は濃くそして皆の様子を見ながらだんだんと薄くしていくのだけどアイリーンさん達には少し強かったみたいね、普通の空気と同じになっても問題が起きなければ別の場所で社会復帰のためのリハビリをするの」
エントリーが抑揚の効いた言葉で話す。
「そうだったんだ僕たちが降り立った場所は愛鈴が前に来た時に移民船の脱出艇が向かった先を上空から見ていた場所だったからそこへテレポートして……」
「何をペラペラ喋ってるのよちょっと黙りなさい!」
昴くんがエントリーに見とれてぼーっとしながら話し出したが、アイリーンの言葉で現実に戻る。
「エントリーさんあなた今うち達に催眠術を掛けたでしょう誤魔化してもダメだからね」
「あら、アイリーンさんは他人の言葉を素直に受け入れないお人だったのですね、それはいけないことですわ」
エントリーが何の悪びれもなく言う。
「何でそんなことをするのよ九論も黙って見てないでなんとか言ったらどうなの!」




