123.桃源郷7
スターキッドは人工惑星C2の衛星軌道上を隕石のふりをして回っていた。
(こんなので大丈夫なのだろうか地上の監視レーダーに引っ掛かってないといいんだけど)
スターキッドAIは時間の経過と共に不安が募っていく。
「うちがテレポートする時には目標となる場所がしっかり見えてると安心確実だわ、あとは着地点に知り合いが居るとほぼ間違わないのだけどね、そうだわ昴くんをロケットで地上に撃ち込んでそこへテレポートするってのはどうかしら」
アイリーンが人工惑星C2の表層に建造されているクリアドーム内の着地点を外部環境モニターに映し出して指差しながらテレテレっと言う。
昴くんは冗談でもそんな事は想像したくない。
「テレポート以外で行ける方法があればいいのになあ他の方法が思いつかないよ~」
昴くんが目立つことなく地上へ降りる方法を一生懸命考えているのだけど他にいい案が思いつかない。
(こんなことならスターキッドAIから愛鈴の英雄談なんか聞くんじゃなかったよ)
昴くんはほんの少し前になってから地上へはアイリーンと一緒にテレポートで行くんだと聞かされている。
テレポートなんて始めての経験なのでワクワクドキドキしていると誰も居なくなった頃合いを見計らったかのようにスターキッドAIがひそひそと声を掛けてきた。
〈アイリーンは今まで長距離テレポートを2回行ってますけど2回とも到着時に素っ裸になっていたんですよ、今回が3回目になるのですが長距離ではないですしあれから何回も練習をしてますので大丈夫のはずですが心の準備はしておいて下さいね〉
そこまで聞いたところでアイリーンが戻ってきたので話が終わる。
(はぁー、テレポートで裸になるってのはどういうことなんだろう、それで心の準備って何をどうしろっていうのだろうか、もう少し具体的に言ってもらいたかったなあ)
昴くんが悩んでいる間にアイリーンが腕に絡み付いてきた。
「行くわよ!」
アイリーンが極めて簡単に言う。
「ちょっとまって、裸は嫌だからね!」
昴くんは心の準備が整っていなかったせいもあり言わなくていいことをつい口走ってしまった。
「着いたわよ裸がどうしたって?」
(テレポートって目の前が暗くなるとか、何か特別な感覚があるのだろうかと思っていたのだけど意識して瞬きを行う程度の事でもなかったなあ)
「いや、何でもないや」
昴くんは目的地に無事に着いたことを先に確認したいので辺りを見渡す。
(ここが桃源郷かあ、愛鈴が勝手に名付けた場所だけどまあ名前負けしてないかもなあ)
アイリーンは桃源郷の事を地球人の強制移民先だと言っている。
彼女が言うには東域宇宙和平維持連盟地球防衛基地(あくまでも地球を人類から守るために造られた宇宙人による地球防衛基地)で、宇宙人として生活をするための教育を受け終えた地球人の中から『ケンタウルス座アルファ星行きを希望する者たち』と言ってはいるが、基地内での地球出身者の割合が一定数以上になるとふるい分けが行われ、ふるいに残った人たちがほぼ強制的にケンタウルス座アルファ星の公転軌道上に造られた人工惑星C2へ送り出されている事を基地の中で神出鬼没に遊び回っていた時にたまたま盗み聞いて知っていた。
ただC2へ降り立った人たちが最初に行うべき事は何事もない毎日を何もせず穏やかに生きる事だけだった。
そこでの生活は緑のジュウタンを敷き詰めた広いホールで男女を問わず雑魚寝していた人たちの目覚めからはじまる。
眠りから覚めると思い思いに動き始め、食堂で食事を取りしばらく室内で過ごしてからドーム内にバラバラと出て行く。
そして温暖なアフリカの自然公園を思わせるような広大な敷地を裸足で歩き回り一日の大半を過ごす。
彼ら彼女らは川のせせらぎで水浴びをしようと木陰で木の実を食べ木の実のジュースを飲み芝生の上で寝て一日を過ごしても文句を言われることはない。
中央の建物から四方八方に散っていった90名ほどの人たちは何処からともなく聞こえてくる音楽(ドボルザーク交響曲第5番〖家路〗だったりする)を耳にすると、もと来た道を引き返しドーム内の食堂でテーブルに用意されている食事を取り、好き好きに過ごしたあと入浴し就寝する。
毎日がそれの繰り返し。
なぜエム08に乗船した最初の人数100人ではないのか、それは長期間のコールドスリープから目覚めなっかったり穏やかな生活が出来なかった人が毎回10人程度いたから。
アイリーンはそれを聞いた時に『桃源郷』だねと言い、昴くんは『ユートピア』だろうと思った。
いまアイリーンと昴くんがテレポートで降り立っている場所はとても人工物とは思えない瑞々しい緑の芝生が視界の限りびっしりと敷き詰められている。
近くの小川で水浴びをしている人、その横に生い茂っている木々の木陰で木の実を取って食べている人たちの姿がまず目に入った。
(目的の地上ドームの中で間違いなさそうだ。ひとまず良かったよ)
昴くんの安堵のため息が横で聞こえたのも束の間。
「あっ、愛鈴あそこ見てみんな裸だよ!」
緊張した声を掛けて腕を伸ばす。
その指差す方向を見ると数人の男性と中には女性も居たけど全員が裸で水浴びをしていた。
「昴くん頭は大丈夫? あの人たちは水浴びしてるんだから裸なのは当たり前だの……でしょうよ」
アイリーンは水浴びをしている人たちをチラ見しただけで視線を昴くんに向ける。
「きゃっ! 昴くんあんたなんで裸なの、パ、パンツまで、いつの間に脱いだのよ水浴びをしたいって意思表示なら言葉で言ってよね」
昴くんがアイリーンを改めて見ると彼女も同じ様に裸になっていた。
(恐れていた事が起きてしまった)
「愛鈴も裸だよ」
昴くんは出来るだけ落ち着いて言う。
そして、素早く今の状況を把握し考えた。
「僕たちも水辺のほうへ歩いて行こうよ」
開き直るのに時間は掛からない。
(スターキッドAIが言っていた心の準備ってものの意味が分かった気がする)
アイリーンは自分の失敗に気付き言葉を発することなくしゃがみ込んで頭を抱えていた。
(テレポートする時には一人一人の体と着ている服それに空気をイメージするようにと散々イノマンから言われてたわ、それさえしっかりできれば何人で同時にテレポートしても全く問題はないだろうって、昴くんとが始めてだったけど自信はあったのよ)
「ほら、考えるのは後にして行くよ」
昴くんはアイリーンの手を取り引っ張って歩き出そうとする。
「昴くんあまり引っ張らないでよ、ねえ服がその辺に落ちてないか見てくれないかしら」
「ざっと見たけど服なんかないね、僕たちのも彼等のもどこにも見当たらない、それにご覧よあの歩いている人たちも裸だよ、このドームの中はみんな裸族なんだ」
(僕たちも裸になってて良かったんじゃないかなあ、愛鈴は気付いているのかなあ服を着たままていきなり現れたりしてたらパニックになっていたかも知れないって)
昴くんは心の中で安堵する。
「上からだとドームの中の人が着衣してるのか裸なのかまでは分からなかったわね」
アイリーンが歩きながら言う。
(人が居ることは見えて分かってたのよねー、でもまさか裸で生活してるなんて思いもしなかったわよ。オビスのおっちゃんも『私の管理下ではないので詳細は不明だ』としか言わなかったものね。だから『うち達が直接見てくるわ』って言って半分飛び出すように出て来たんだもんなあー)
アイリーンはグチグチと悩みだしたのに自分で気付き首を振って気持ちを立て直す。
「昴くんは上にいる時から裸の人が見えてたの?」
(うちには見えなかったけど裸がどうとかって言ってたわね、予知か遠視能力に目覚めたのかしら、昴くんのことだからそんなことになってたら直ぐに言ってきてるはずだわ)
アイリーンは一人で考えていても埒が明かないと思い直接本人に聞くことにした。
「えっ、僕も愛鈴と一緒にコクピットから地上モニターで見ていたけど地上の人が裸だとは分からなかったよ」
(スターキッドAIから聞いた昔話のことはアイリーンには話さないほうが懸命だろうな)
「うちがテレポートする時に『裸が…』とか言ったでしょう。その言葉がトリガーになって裸になっちゃったみたいなんだけど」
「ごめんよ~」
ここは素直に謝っておく。
「わかってればいいのよ、だから昴くんにも半分くらいは責任があるんだからねちゃんと覚えといてね」
(後から仕返しがくるんだろうなあ~)
昴くんはあまり酷いことをされませんようにと握ってる手に願いを込めた。
「おまけにロボちゃんまで居ないわスターキッドにちゃんと残っていればいいのだけどこれじゃあAちゃんに連絡のしようもないわね、まあ何とかなるでしょうけど」
(テレポートする時にロボちゃんのことをすっかり忘れちゃってたわ、うちの体の一部だと思ってたって言い訳が通用するかしら)
「そうだよ何とかなるしここはやっぱりユートピアだよ、ここで何もしない何も考えないで生きていくのなら生きながら天国が味わえるかもしれないよ」
昴くんはもっと楽しい話をしようと誘導する。
「うちはこんな変化のない生活なんて真っ平御免だわ、まるでブロイラーの生活じゃない。それにここの空気は甘過ぎるわ体がだるくなってきたし何だか頭までぽーっとするのだけど……すー、昴くん」
アイリーンはそう言いながら近くの木を背もたれにして座り込む。
「愛鈴どうしたの、いいや僕も眠い……や」
(しまったかも知れない空気成分を分析してなかったな、あの人たち何で平気なんだろう)
朦朧とする頭を抱えアイリーンの横に一緒に座る。
そして、薄れいく意識の中で後悔という二文字をもっと早く思い出せば良かったと後悔し始めている。




