175.リバイアサンの復活
「まどろっこしいですわ!」
レヴィが控えめな叫び声を上げた。
「もう少し頑張ろうね」
昴くんが根気よく教えようとしている。
「適当に飛んでもらいましたら見つかりましてよ」
「南極大陸は思っている以上に相当広いんだよ、下に降りて飛びながら探していたら何日もかかってしまうかもしれないし、パトロール艇に見つかったらややこしい事になってしまうから時間を掛けたくないんだよ」
「そうよここからだと南極大陸が一望できるでしょう何か目標物を思い出さないかしら、例えば山とか川でもいいわよ」
「愛鈴、合言葉じゃないんだからただ山とか川って言われても場所の特定にはつながらないと思うよ」
「それに僕らが操縦して回るよりレヴィさんが自分のカンを頼って操縦したほうが見付けやすいと思うんだよなー」
実はこれまでにもレヴィに操縦を覚えてもらおうとしたことがあったのだけどその度に逃げられてしまっていた。
今のクルーでスターキッドを操縦できないのはレヴィだけなので昴くんはこの機会に何とか覚えてもらおうと宥めすかしている。
「かりましたわ~、何とかやってみます。それでどうすれば宜しいのでしょうか」
「後は行きたい方向へ操縦桿を向ければいいだけよ細かいことはAちゃんがやってくれるわ」
「えっ、それだけで宜しいのですか、まあ何でもそうなんでしょうけど準備のほうが手間暇が掛かるものですわね」
(今は慣れてもらうのが最優先だから、かなり省略してるけどね)
「ディスプレイを良く見て下さい。ここだろうと思える場所にポイントしようか」
「地球の大気圏に入るのは難しいと聞いたことがありますけど私の行う操縦で大丈夫なのでしょうか」
「その辺も含めてAちゃんがやってくれるから大丈夫よ」
アイリーンは心の中で舌を出す。
(以前うちが手動に切り換えたままで大気圏へ突入した時は相当にヤバかったみたいだったけどAちゃん黙っててくれるわよね)
「ポイントですね」
「そうよ、上がったり下がったりすると時間のロスが大きいから今の内に何ヵ所か押さえて置いて欲しいのよ、優先順位は付けてね」
「そうですわね、あのー地形がかなり変わってませんかだいぶ水没してますわね、それにほとんどの氷が溶けてごつごつした岩だらけになってますわ」
「やっぱりそうよね、これじゃあ昔の記憶を探ったところで意味がないかもしれないわね」
「ブリザードの中で高い山が見えたと言ってましたよね、それだけでも絞り込みができました。昔の地図をモニターに出します」
ロボくんが言うと正面モニターに固定された地図が表示される。
それは頭でっかちのおたまじゃくしが逆立ちしたようにも見えた。
その尻尾から下腹辺りが青い線で囲まれていて下腹辺りだけ更に赤い円が描かれている。
「青い線の範囲は高い山が見える所で赤い円で囲まれた所がその中で頻繁にブリザードが発生している場所になります」
ロボくんが親切丁寧に教えてくれた。
「わあロボくんありがとう助かったわ、この線だけを今のライブ画面に重ねてもらえるかしら」
「お安いご用です」
「うへぇ~、平地と思われる場所は全部海に沈んでしまってるよ~」
昴くんが、すっとんきょうな声を出す。
「何とかならないかしら」
アイリーンが言う。
「何とかしてみようか」
ピエロが答えた。
「どうするのよ」
「レヴィとアイリーンは手を貸してもらえるかな、上手く行った時のためにアシュラは休憩室でメディカルキットを広げていて下さい」
ピエロはそう言ってアイリーンとレヴィに両手を差し出す。
「手を繋げば宜しいのですか」
レヴィがそっとピエロの手に自分の手を添えた。
「ピエロと手を繋げばいいのよね」
アイリーンは無造作にピエロの手を掴む。
「空いた手はレヴィの手を握って下さい」
ピエロが顔をしかめてアイリーンに告げる。
「レヴィはお父さんを埋めた時の姿に意識を集中して思い描いて下さい」
「傷だらけで痛々しいわ」
アイリーンにもレヴィによって思い出されている傷付いたリバイヤサンの姿が見えて思わず口をつく。
ピエロは得意の精神感応を使って三人の意識を同調させていた。
「できましたね。レヴィはお父上を思ったまま更に意識を海の霊気に重ねるのです」
レヴィが難しい顔をしているけど意識の集中は切らしていない。
「良かった、見付かりましたよ」
レヴィがもう限界と言い出しそうになった頃ピエロから声が掛かった。
「アイリーンにも見えてますよね、その場アポーツをするのです」
海の底で溶けない氷に丸くなって包まれている巨大な龍の姿をしたリバイヤサンが意識の中で見えている。
(いやまた難しいことをさらりと言っちゃって、ぶっつけ本番じゃないかしら)
氷ごとアポーツするイメージを浮かべるけど発動はさせない。
頭の中で『アポーーー』と言って止まっている。
「レヴィは今の状態でお父さんを人の姿に戻して下さい、この姿ではスターキッドに入りきれませんからね」
(いきなりですわね、ちょっと乱暴になりますけど仕方ないですわね)
レヴィが父親の意識内で頬をドルフィンキックで往復ビンタするイメージを与えた。
『う~ん、痛いじゃないか』
『お父さん! 私よわかりますか、レヴィよ迎えに来たの時間がないの、だから早く元の姿に戻って下さいませんか』
「レヴィ? 本当なのか、お前は大丈夫だったんだなタイムパトロールはどうした」
リバイヤサンは苦しそうな表情をして意識内で話をする。
「お話は人の姿に戻ってからに致しましょう。だから早くお戻りになって」
「体中が痛いぞ、レヴィお前が歌う癒しの歌を聞かせてくれ」
「わかりました」
レヴィは言われたまま意識の中で歌を歌い出す。
現実のリバイヤサンの巨体から白いもやが立ち上ぼり完全に包まれると今度は小さくなっていく。
「今だ! 休憩室にアポーツ」
アイリーンは条件反射のようにリバイヤサンを引き寄せた。
アシュラはストレッチャーの上に全裸でいきなり現れた瀕死のリバイヤサンに動じることなくテキパキと止血の処置を施していく。
「コバちゃんお願いします」
コバちゃんが入っている宇宙服のヘッドグローブを外してリバイヤサンに向けて傾ける。
ピエロの時と同じ様に銀色のゼリーが光の精霊と一緒になってリバイアサンを覆い尽くすとしばらく経ってから宇宙服へ戻っていった。
「ピエロさんの時より時間が掛かりましたけどそれだけ重症だったのでしょうね」
その時にはアイリーンと昴くんが休憩室に駆け付けていて宇宙服に戻ったコバルト妖精に二人して生気を送り込む。
当然レヴィも一緒だ。
「もう大丈夫かしら」
アイリーンが生気を送り込みながらアシュラに聞く。
「そうですね傷は塞がりましたけど血液が不足してますね、このままでは危ないです。レヴィあなたとお父さんは同じ血液型?……その前に輸血してもいいのでしょうか」
「そのようなことを聞いた覚えはありませんけど必要なら今すぐ行いましょう。何もせずにこのまま見過ごして手遅れになるのでしたら嫌です。今すぐ私の血液を残らず取ってお父様に分けて下さいませんか」
「いや全部は取らないから、その前にお父様の血液とレヴィの血液が適合しているか検査するね直ぐに終わるから」
リバイヤサンの血液はストレッチャーに付いているのをシャーレーに掬い取った。
レヴィの耳に傷を付けて同じシャーレに滴し検査機にかける。
「輸血はできそうですね」
アシュラが言う。
「早くお願いします」
レヴィが細い腕を差し出す。
「ちょっと待った」
ピエロが扉を開けて入って来た。
手に白いバケツの様なものを持っている。
「これはレヴィの緊急輸血用合成血液だ、イノマンからの預かりものだな」
「何でもっと早く言わなかったのよ、もう少しでレヴィの血を抜くとこだったわよ」
アイリーンが腰に手を当てて怒っている。
「使えることを確認してからでないとぬか喜びさせてしまうだろう」
悪びれる様子もなく言いながらセットしていく。
アシュラは輸血用針の先端から空気を抜いてピエロに目で合図を送ってからリバイヤサンの腕に刺した。
「あとはリバイヤサンの体力との勝負ですね」
「勝負ごとでしたら私の父は負けませんから大丈夫だと思います。皆さんには大変ありがとうございました」
レヴィが深々と頭を下げる。
「よく勉強してるわね、どこで頭を下げて感謝の気持ちを伝えるって覚えたのかしら、うちは謝る時以外に頭を下げた覚えはないわねー」
アイリーンは感心した。
「まだ終わったわけではないですから過去形にしたらダメだよ」
昴くんが手を差し伸べてレヴィのお辞儀を止めさせる。
「ほら昴くんのダメダメ攻撃が始まったわ」
アイリーンが揶揄した。
「全く愛鈴はそうやって直ぐに人の揚げ足を取って茶化したりするんだから、そんなことをしたらダ……いけませんからね」
昴くんの頬が赤らむ。
その場に居る皆の緊張がほぐれるように笑いが漏れた。
ストレッチャーの上で輸血されながら寝ているリバイヤサンには毛布が掛けられている。
体に付いた傷跡はコバルト妖精のコバちゃんにより塞がれて銀色に光っていた。
レヴィが輸血されている反対側の手を握って祈りの言葉をささやく。
アイリーンと昴くんは宇宙服に入って休んでるコバちゃんに生気を送り続けている。
アシュラと一緒にコクピットへ戻ったピエロは入り口横の定位置で壁にもたれて茶色の小瓶を口に含む。
「結局のところ地表には下りませんでしたね」
アシュラが言いながら副操縦席に座る。
操縦席はキャプテンの席だから代理の代理としては昴くんの席に着くしかない。
さっきまでレヴィが座っていたせいか微かに潮騒の香りがした。
「そういえば……お腹が空きましたね」
昴くんの席でアイリーンの気配を感じてかアシュラらしからないことを口にした。
これからスターキッドは南極大陸で収容したリバイアサンの治療を行うためにルナ・ターミナルの病院へ向かうことにしている。




