174.南極大陸のはず
レヴィは持っていた宇宙服の唯一の開口部になっている襟首を広げて、ピエロの体から抜け出ようとしてるコバルトの妖精が戻って来やすいようにかざす。
勢いよくとまではいかないにしろ思惑通りに宇宙服に収まってくれた。
「うん、良かったわピエロさんを助けてくれたのでしょう。ありがとうございました」
ヘッドグローブを展開させようとした時に頭がないのに気付く。
「ちょっとコバちゃん頭が無いのですけど」
思わず叫びそうになって、襟首から中を覗き込む。
「縮んでいらっしゃったのですね」
胸の辺りからこちらに視線? を向けているコバルトの妖精と目が合ったように思った。
縮んだままのコバちゃんがレヴィに掴まったままの状態で減圧ハッチを指さす。
「外に出たいの」
頭が縦に振られた。
「スターキッドAIさん……倉庫の減圧ハッチから外に出たいのです。宜しいでしょうか」
(やっばり独り言みたいで何か恥ずかしいですわね)
〈う~っっマンボ! いやダメンボ、こればっかりはキャプテンの許可がないと無理です。すみません直ぐに起こしますか〉
スターキッドAIが元気に返事してくる。
「コバちゃん直ぐに出ないと駄目なのでしょうか」
ヘルメットが斜めに傾ぐ。
(アイリーンさんは朝……6時に起きると仰ってましたわね)
「6時まであと何時間あるのでしょうか」
こちらの意図を察してくれている前提で話し掛ける。
〈あと2時間と15分です。地球到着はあと1時間後になります。6時までは周回して情報収集ですね〉
レヴィはコバルトの妖精コバちゃんが入った宇宙服を抱え込むようにして床に座り込む。
朝6時30分、倉庫の減圧ハッチ前ではスターキッド乗組員全員が揃ってハッチから外へ出ていこうとするコバちゃんを見送っている。
さっきまでヨレヨレだった宇宙服が減圧室の中で膨らみピシッとなった。
スターキッドの外では隕石に擬態していたコバルトの精霊と先の戦いで仲間になった光の精霊がそれぞれの領域を持って周回している。
コバちゃんがハッチから外に出るとコバルトの精霊に包まれ銀色一色になり見えなくなった。
「戻ってくるのかしら」
アイリーンが心配そうに言う。
それから30分後スターキッドの面々は元通りの大きさに戻ったコバちゃんと一緒に休憩室で休んでいる。
ピエロの目を黒っぽいサングラスで隠す。
寿命で死にかけたクローン細胞をコバちゃんの体で補完してほぼ元気に回復している。
コバルト妖精と一部とはいえ合体した体になって瞳の色までが銀色へと変化していた。
『何とかって漫画のキャラクターみたいで凄くカッコ良いんだけど……』
アイリーンは不謹慎と思いつつも思ってしまう。
おまけと言っては何だけどコバちゃんとテレパシーに似た意志疎通ができるようになったようだ。
コバちゃんが宇宙空間へ出て元いた仲間の中へ溶け込んで行くように見えた時『今、仲間から小さくなった分の体を補充してもらってます』と言ってアイリーンを安心させている。
『ピエロの内蔵も銀色になってしまっているのかしら一度開いて見てみたいものだわね』
事情を聞いて気の毒に思ったアイリーンはそう言って冷やかしていた。
「あの小さくなった分だけ私の体内にコバルトの妖精が住み着いているのですね」
ピエロがお腹をさすりながら言っている。
「お腹が空いた訳ではなさそうだけどご飯にしましょうか」
その様子を見ていたアイリーンがピエロにかこつけて言う。
「朝ご飯なのですよね」
レヴィがそうなんだろうなと思いながら聞く。
「今のがお昼寝でなければ朝ご飯なんでしょうね」
アシュラは半分笑いながら返事をしている。
「地球に向けて出発しますよ」
ロボくんが休憩室の扉を開けて言う。
珍しくコクピットから出てきている。
「そうね、あとどのくらいかしら」
アイリーンが曖昧な質問をした。
「目的地まで普通に直行すればあと1時間くらいで到着します」
ロボくんが寄り道せずに普通のスピードで航行した時の時間を曖昧に言って趣旨返しをする。
実は既に地球を周回していたスターキッドはコバちゃんが宇宙遊泳するために軌道を離れていた。
「そうなのね、だったらさっさと食事を済ましちゃいましょう」
「みんな好きなものを言ってもらえるかなあ」
昴くんがそれぞれの注文を聞きながらオートレンジに入力していく。
「ボクに言ってくれたら良かったのに」
ロボくんがぼそぼそと小言を漏らす。
(あっ、ロボくんの仕事を取っちゃったのかなあ)
「ごめんごめん僕もたまには操作しないと忘れちゃいそうでさ悪かったよ」
「別にいいですよ」
ロボくんが気にしてなさそうに言う。
「ロボくんが給仕してくれたらいいんじゃないかしら、皆は席に着いているんだしさ」
アイリーンがフォローに入った。
ピエロも普段と変わることなく食事が取れている。
(少しだけとはいえ妖精さんの体になってるのよね、食事制限とかないのかしら)
アイリーンが要らぬ心配をしながら様子を伺う。
スターキッドはコバちゃんが戻ってから地球の周回軌道に戻っている。
だから食事中は会話を楽しみながら休憩室の壁に埋め込まれているモニターで地球を眺めていた。
そこに映し出される地球の姿に違和感を覚えながらこれまでは誰も口に出していない。
「皆さん何も仰らないのですわね、私が知識として得た地球の姿は青い星なのですけれど……」
レヴィが恐る恐るといった感じで言う。
「そうだよ青い惑星地球ってのがキャッチコピーだもんね、でも海の領域が増えて青すぎるよね、ねえ愛鈴もそう思うよね」
「そうね日本列島が中央山地だけ残して沈んでるわね」
「ここは本当に僕たちの地球で良いんだよね知らないうちに別の世界に迷い込んだりしてないよね」
昴くんが青ざめてブルッと身震いしている。
「パラレルワールドの世界かしら」
アイリーンは冗談半分に言う。
「少し前に光の精霊と追いかけっこしてたでしょう。あの時に時空の狭間に落ちてもおかしくはなかったでしょうね」
アシュラがパラレルワールド説を補強した。
「ピエロさんはどう思われますでしょうか」
レヴィが意見を求めると他の三人も視線を動かす。
「・・・」
ピエロは沈黙で返事する。
「ここは僕たちの世界で間違いはないです」
ロボくんが断言した。
「ねえコクピットへ戻ろうよ」
昴くんの声が震えている。
不安で堪らないらしく表情も更に青ざめていく。
コクピットの定位置にそれぞれが座った。
ピエロの定位置は……いつもの様に出入り口横の壁に寄り掛かっていつものように茶色の小瓶を片手に持って腕組みして立っている。
「突っ込むわよ」
アイリーンが言う。
「ちょっと待ってよ状況確認を先にしようよ」
昴くんが引き止める。
「状況なんて中に入れば直ぐにわかるわ、ここであーでもないこーでもないって考えても一緒よ、地表に降りるのには間違いないんだからね」
「アイリーンと昴くんはアルファ星ドームでの教訓が生かされてないですね」
ピエロがボソッと言う。
「あっ!」
昴くんは端末を操作して調べものを始めた。
「えっ! なんでピエロが知ってるのよ」
アイリーンは操縦席をクルリと回転させてピエロと視線を合わす。
「情報は集められる時にどんな些細なものでも集められるだけ収集するものだよ」
(どうやらイノマン連絡網じゃないみたいだけど……どこまで知ってるのかしら)
「まあいいわ、でもそんなんじゃあガセも多いてしょうから発言には気を付けることね」
ピエロは返事をせず顔の前で小瓶を振って答えた。
「愛鈴、あの時のドライアイスメテオで大気成分が大きく変わってないか心配になったから調べたんだけどさ、酸素21%窒素78%で変わってないんだ不思議だよね、それでね気温がおかしくなってるんじゃないかって思われるんだよ、ねえロボくん日本は今真冬だよね」
「はい、本日は2月18日日曜日まもなく正午になるところです」
「時報は鳴らさなくていいからね、じゃなくて真冬なのに気温が30度もあるんだよ」
「今は赤道辺りを飛んでるんじゃなくって、Aちゃんどうなのよ」
「ほら、最初は地球を何回か周回して情報収集する予定だったですよね」
「わかったわ、分からないって言うのよね」
「アイリーンさん予想分布図によりますと地球全体がほぼ均一に30度になっているみたいですわ」
外部環境モニタリングをしていたアシュラが言う。
「均一にって極地もなの? 北極とか南極とか……あーっっつ!」
「愛鈴、驚かさないでよ考えていたことが吹っ飛んでしまうよ~」
「何を考えてたって言うのよ、それよりあれよ、レヴィのお父さんリバイヤサンは南極の永久氷床をコールドスリープカプセル代わりにして眠っているのよね、氷が溶けてしまってたら大変だわよ」
「そうだよね早く行ったほうがいいとは思うけどさあ、ドライアイスメテオが落ちたのは4年前だよね、それから徐々に気象が変化しているんだろうから南極大陸の氷が全部溶けてしまっていると考えるのは大袈裟なんじゃないかなあ」
「なに楽観菓子みたいなことを言ってるのよ現地に着いて見ないとわからないじゃない、だからAちゃん急いで行くわよ」
「どこへ……」
ロボくんがおろおろしだす。
昴くんは楽観ではなくて落雁だよと突っ込みを入れ損なっている。
「何を今更言ってるのよ南極に決まってるじゃない」
(その前にその楽観菓子を訂正してもらいたいのだけど、愛鈴のことだから落雁菓子をもじってるんだろうけどさなんか落ち着かないよ~)
「ねえ愛鈴、南極の広さって日本が36個入るんだよオーストラリアよりも大きいんだからさ、ここはレヴィさんに道案内を頼んだほうがいいと思うよ」
昴くんが立ち上がりレヴィと席を交代する。
スターキッドはなんやかんや言いながらも既に南極大陸の上空、高度200Kmに居た。
「操縦桿を握って……」
昴くんがレヴィに操縦のやり方を教えようとしている。
(あまり時間はないように思うけど、やれるところまでやりましょうか)




