173.ピエロの命運
アイリーンが薄い笑みを浮かべている。
これから8時間の睡眠を取るため操縦席へ深く潜り込んだ時に艇内通信の呼び出しランプの点滅に気付く。
「キャプテンアイリーンまだ起きてましたか、あのですねカプセルベッドの中で眠っているピエロが光ってるのだけど見に来て欲しいのよ」
アシュラから連絡が入る。
「そこにレヴィも一緒に居るのでしょう何と言ってるのかしら」
「ピエロさんの中に光精霊が入ってるみたいなのです」
レヴィがアシュラと交代して話す。
レヴィは地球で眠り続けているだろう父親を助けるためにアイリーン達の援助を受けている身なので、いつも一歩引いたところに立っていてあまり率先して物事に関わらないようにしている。
「追い出したほうがいいのかしら」
「いいえ、それがヒーリングを行っている様なのです」
(光精霊が体の中をぐるぐる巡っていくと少しづつ組織が若返って健康な体に戻っていってるのですけど意図的に行っているのでしょうか)
レヴィはあまりあやふやなことは言わないようにした。
「だったらそのままにしておきましょうよ、レヴィも悪意みたいなものは感じないのよね」
「愛情みたいなものが感じられますわ」
「愛情ねえ~、何かしらピエロに一目惚れするなんて余程物好きな精霊さんかしらねー、まあそれ以外で特に変化が見られないのなら朝まで様子を見ましょうかしら……そういう訳で取りあえず寝るわ、おやすみ」
「おやすみなさい」
レヴィはアシュラと顔を見合せる。
(私はピエロさんのことを素敵な男性だと思いましてよ)
その想いもあってアイリーンは愛情が薄い人なんじゃないかしらって表情をした。
「光の精霊がピエロを回復させているのならそっとしといたほうが良いのではないかと思ったんでしょうね」
アシュラがアイリーンを庇うように言う。
「そういう考えもできますわね、アイリーンがここへ来たら声を掛けずにはいられないでしょうからね」
「レヴィは寝なさいよね朝になったら既に地球の南極大陸でしょうから忙しくなるわよ」
「朝って仰りますけど何を基準にして時間を計ってらっしゃるのでしょうか機密事項でなければお教え願いたいですわ」
レヴィが何かしら腑に落ちないみたいなのだけどと言ってくる。
「ここだけの話しにしてくれるなら話しましょうね。実はアイリーンの腹時計なのですよ、寝るのを基準にして起きた時が朝となって一日が回ってますですね、それについてですね誰が何と言おうと滅多に覆すことはできません。『腹時計ってのは医学的に認められてるんだからね』ってのが言い分です。まあアイリーンはスターキッドのキャプテンなのですから生死に関わらない限り従わなければいけないと言えばそれまでてすよね」
アシュラが昔からそうみたいなのよと諦めムードを漂わしながらカプセルベッドの中へ消えていく。
「スターキッドAIさんがいらっしゃるのにねえ、何故そのようなことをされるのかやっぱり腑に落ちませんですわ」
レヴィが一人ぼやくけど誰からの返事もない。
仕方がないですわねと思いながらカプセルベッドに入っていく。
(眠れない……)
自分の左にアシュラ、右にピエロが眠るカプセルベッドが置かれていた。
どちらも静かに横たわっているけど、ピエロが入っているカプセルベッドはほのかに光を放っている。
(さっきは光の精霊がピエロさんの体を回復しながら巡っているって言いましたけどピエロさんが消えてしまわれたりしないでしょうね、ご自分の死を公言されていらっしゃるみたいなことを仰ってたらしいですし)
レヴィは自分の言葉でみんなを安心させた手前、責任を感じていた。
(そうだわ休憩室でコバルトの妖精さんが宇宙服に入ったまま休んでましたわよね、ピエロさんを診てもらえないでしょうか)
カプセルベッドから抜け出し休憩室へと歩き出す。
その時少しよろめいてピエロさんが眠っているカプセルベッドに手を付く。
(危ないですわねー、やっぱり歩くのは気を付けていても転びますわ、私の歩くとこだけGを弱めてもらうことって……)
レヴィはカプセルベッドの覗き窓から偶然に見えたピエロの寝顔になんとも言えない切なそうな表情で応えた。
(イノマン先生は慈悲深くて残酷なお方ですわ……)
レヴィは心の中で呟く。
マッドサイエンティストと呼ばれた理由の一つにイノマンがクローン造りに励んでいたことが挙げられている。
何回もの失敗と成功を繰り返しイノマンの作るクローンの右に出るものはないとまで言われている。
ただ成長させたクローンに記憶と幽体をコピーして目覚めさせる行為はクローン倫理に反するのではないかと言い出す科学者が現れ反対運動を起こしていた。
あくまでそれは表向きの理由としてなのだけど。
イノマンもそこのところは弁えていてクローンに記憶と幽体をコピーした後は元となった体を分子還元していた。
ピエロはイノマンのそういうやり方を十分理解していたので自分も時期がくればそうなるだろうことを予想している。
だからイノマンに懇願した。
「私を分解せずにアイリーンと共に行かせてくれないだろうか」
彼女は地球で眠り続けていると思われるレヴィの父親リバイヤサンを救出するために、昴くんと地球防衛基地初代メインコンピューターの一部をアイリーンのクローンに入れたアシュラとレヴィの四人で出発しようとしていた。
復興を始めたばかりの基地にはまだカシオペアのスパイが紛れているかも知れない。
新生クローンのピエロ……いやその名前はアイリーンが勝手に付けたニックネームなのだからこれからはフリープラネットの新田を名乗るのだろう。
彼は皆を守るための諜報活動を基地内で行わなければいけない。
「幸いなことに私にはアイリーンが付けてくれたピエロという名前がある。新田剛と同一人物としては存在しないから残りわずかな時間をアイリーンの傍に居て手助けをさせてはくれないでしょうか」
ピエロが真剣に頼み込んでいる。
「アイリーンを泣かせることになるな」
イノマンは渋い顔をして首を縦に振らない。
「それまでには事情を全て説明して納得させますから。泣かせないようにすると約束します。だから最後は一緒に居させて下さい」
(若い頃たくさん自分のクローンを作ったな。こいつも私のクローンとして生まれ私の元を離れてから自分自身の人生を切り開いてここまで生きてきている。アイリーンと出会って情が移ったかな。私の娘なのだから仕方がないと言えばそれまでだな)
レヴィはピエロがスターキッドに密航した経緯を知っていた。
だけどピエロの事情は本人からアイリーンへ話す必要がある。
(知らない振りをするのは大変でしたし疲れましたわ)
首を振って気を取り直す。
「スターキッドAIさん聞こえまして、私の歩く所だけ重力を弱めて下さいませんか」
(誰もいない所で話し掛けるのはなんだか一人言を言っているみたいで恥ずかしいですわね)
〈基地の表層と同じで宜しいですか0.2Gになります。ただ他の皆さんと同じフロアにいる時は1Gに戻りますよ、そっちのほうが大変なんじゃないですか。確か竪琴が入っていたイノマンのおもちゃ箱の中に重力制御ベルトも入ってませんでしたか〉
(あっ、なんでもっと早く思い出さなかったのでしょうか)
「ありがとうごさいます。早速そちらを使わせて頂きますわ、でもイノマンのおもちゃ箱ではありませんでしてよ、正確には試作品保管箱になりますのでデータの訂正をお願い致しますわ」
(ああ残念、レヴィは冗談が通じない娘さんだったけどアイリーン達と一緒に居てそろそろ馴染んだかなと思ったんだけどな、まだまだ冗談を受け付けないままだったよ)
スターキッドAIはレヴィがまだ軽口を叩ける相手にならないのを残念に思う。
真夜中過ぎになってピエロが眠るカプセルベッドの前に二人の影が並ぶ。
レヴィが宇宙服に身を包んだコバルトの妖精ことコバちゃんを支えるようにして立つ。
「ねえコバちゃんわかりますか、光の精霊がピエロさんの体を癒してますよね、ちゃんと回復してますでしょうか」
宇宙服の首がゆっくりしかし確実に横へ振られる。
「えっ、違うのですか私はてっきり回復されているのだと思ってました。ただ光の精霊さんが同じようにぐるぐると何回も体内を回っているのが気になりましたのでコバちゃんにも見て頂きたかったのです。回復されてなかったのですね」
レヴィは肩をがっくりと落とし、カプセルベッドの蓋に両手をついた。
蓋の表面にポタポタと涙の雫が落ちていく。
宇宙服の手が伸びてきて前のめりになっているレヴィを支え立ち直らせる。
「ありがとう、慰めてくれてるのですね」
涙を手の平で拭きながらコバちゃんに半泣き笑顔を向けた。
コバちゃんは再び頭を横に振ってそのままヘルメットグローブを解放する。
「だ、大丈夫なのですか頭がプルプルとしてますよ」
(さわりたい……)
いきなりのことで驚き悲しみの感情が吹き飛ばされ涙も一瞬で乾いた。
コバちゃんがカプセルベッドの蓋を開ける。
「内側からしか開けられない筈なのに無理やり力まかせで開けたのですか」
コバルトの妖精はそれには答えず更にレヴィを驚かせる行動をした。
「キャー! あなた何をなさっているんですか!!」
プルプルと震えていた頭がおたまじゃくしの様に伸びて宇宙服から出ていきピエロの体にまとわりつく。
ピエロの体全体がコバルト妖精に包まれ銀色一色に染まったかと思うと、スーッと元の色に戻った。
(あらまあ体の中に入ってしまいましたわね)
「コバちゃんピエロさんの中に入って何をなさっているんですか」
少し怒気を込めて言う。
レヴィの手にはコバちゃんの脱け殻となった宇宙服が残されていた。
ピエロの体から銀色の光が溢れだす。
(もしかしたら光の精霊と一緒になって回復しているのでしょうか、そうだったら良いのですけど)
レヴィは悪いほうには考えず楽観視する。
程なくするとピエロの体から銀色のおたまじゃくしみたいな頭が持ち上がってきた。




