171.ヘラクレスの雲孫2
昴くんが折り畳んでポケットに入れていた避難経路図を取り出して改めて見ている。
「本当だねこの部屋は艦橋にしか通じてないや、いやまてよ、この造りからしてここがシェルターになってるのかも知れないね、多分この船が爆発してもここは無事なんじゃないかなあ」
「それは凄いところに案内されたものね、この部屋の外で何が起きていてもわからないってことじゃない、扉を開けたら宇宙空間でしたって事になるかもよ、どうする昴くん?」
アイリーンが昴くんの目を覗き込むようにして言う。
「……愛鈴のいじめっこ」
昴くんがアイリーンの頬をつねろうと手を伸ばす。
『ゴホン……』
ロボちゃんの咳払いがどこからともなく聞こえてきた。
ハッとして我に返ると取り残されていた二人が暖かい眼差しで見ているのに気付く。
アイリーンもばつが悪そうにしている。
「そ、それじゃあ、あなた達二人は艦橋で一緒になって戻ってきたのね、レヴィは艦長と一緒に艦橋に居たのかしら」
「いいえ、艦長の私室に招かれましたの」
「二人っきりでですか?!」
昴くんの声が大きい。
「あなた何を興奮してるのよ、何かいやらしいことでも想像したんじゃないかしら」
「いや、そんなことがないにしろですよ大きい大人の男性が若い小柄な女性を私室に招き入れるってのは倫理上問題があるんじゃないかと思うのですけど」
「あなたの発言こそ色々と問題があるんじゃないかしら、この場合大きい小さいは問題にならなくてよ逆なら良いってことでもないでしょう。それと以前言ってた『レヴィは平均寿命350歳の中での65歳なのだから地球人年齢に換算すると16歳だね』の発言もこの際撤回してもらうわ、だって65年間生きて来てそれから更に知識と経験を積上げて進化するのが彼女達宇宙人であって、地球人はその同じ年齢になったら前期高齢者扱いになって殆んどの人が最前線からリタイアしてしまうの、よっぽど上手くその人の知識と経験を後世に引き継がないと現状維持のままで機能や創造物が今以上に向上することはできない、だから宇宙人の間では欠陥種族と言われているのよ本当に嫌なことだからね、だからレヴィの65歳は立派な大人の証なのよ」
(お酒を飲んでも良いのだからね)
「わかってるよ千年のコールドスリープ期間を入れると1065歳なんだよね」
「その通りなんですけど昴くんの言い様には何か悪意が感じられる様に思いますわ」
「そのままだよレヴィは僕からすると大人の年齢で間違いないよ、でもまだまだ成長途中なんだよね、僕も本の知識しか持たないけど『大人と同じことをすると成長ホルモンの分泌が止まる、だからいつまでも子供でいることが大きな大人になる秘訣だ』みたいなことが書いてあったんだ。だからレヴィはこれからも成長するために子供でいなくっちゃいけないんだと思うよ」
「それが本当ならアイリーンは将来大きな大人になるのよね、いつまで続ければいいのかしらね」
アシュラがやっと割り込む。
その表情が今まで見たことがないほど明るい。
「それは僕にもわからないよ、僕たち二人は不老になってしまっているから大人の定義が当てはまらないかもしれないなあ」
「何よ、うち達がいつ不良になったんだって言うのよ」
「愛鈴聞き間違いだから不良じゃなくて不老だからね」
「どっちも似たようなもんじゃないかしら、自分の寿命がいつ尽きるか分からないままに過ごしてある日ポックリ死んでしまったらそりゃあもう不良だわ」
「私は不良扱いされるのはものすごく嫌ですわ、だからヘラクレス艦長の私室に入った時は手前の応接用椅子に座らせてもらって扉はこれ以上できないというほどに開けさせて頂きましたの、少ししてから女性秘書官のかたが食事をカートに載せて持って来られましたのですけど大変困惑されてましたわ」
レヴィが大きく脱線した会話を無理矢理に元へと戻す。
「わかったよ、ごめんね変なことを言い出してしまって」
「そうですよ、昴くんはレヴィのお父さんでもお兄さんでもないんですからね、でも今まで妹みたいな扱いをしてませんか」
アシュラがクスクス笑いながら言う。
「酷いよアシュラさん、何か性格が変わってないですか」
(愛鈴じゃないんだから変な物をつまみ食いしてないだろうから艦橋で洗脳でもされたんじゃないだろうか)
「アシュラは一人で艦橋にずーっと居ただけなのかしら」
アイリーンも何かが変だと心配しだす。
アシュラの表情や喋り方がいつもと違っているので落ち着かない。
「あなた本物のアシュラよね、偽者じゃないのかしらって思ってしまうのはうちだけかしら」
アイリーンが横目で睨む。
「あら嫌ですわ、アイリーンはそうやって簡単にお仲間を疑われてしまうのですのね」
アシュラの後ろに来てからレヴィがオホホってな感じで笑いだす。
もし扇子を持っていたら口の前で広げていたに違いない。
「レヴィが庇うのならアシュラで間違いないんでしょうけど急にどうしちゃったの、何か心境の変化でもあったのかしら」
「艦橋でここのメインコンピューターと話をさせてもらうことができたのだけどね、みんなが私のことをじろじろ見るのよ、ほら私って外見はアイリーンのクローンじゃない、やっぱりそれらしくしなくっちゃって思ったのよねー、それでしばらくアイリーンの口真似して喋ってたら元に戻らなくなっちゃったのよ、どうしよう」
アシュラがイノマンのポーズをしている。
「べつに無理してうちの真似しなくてもアシュラのままで良かったんじゃないかしら、何も問題はなかった筈よ」
アイリーンはそんな些細なことで頭を悩ませたくないらしい。
「私が最近まで稼働してた地球防衛基地メインコンピューターアシュラのデータを持っているクローンだってのは気付かれたくないのよ」
アシュラが青ざめていく。
想像もしたくないみたいだ。
「そうね十分に拉致られて監禁される危険性があるわね、それだったらうちのクローンってことをアピールしとけば安全なのかしら……」
アイリーンは喋っていて何かしら理不尽な思いに駆られた。
「愛鈴とアシュラが同じ喋り方をしたら声だけを聞いて今のが愛鈴かアシュラなのかを判別するのが難しくなってしまうよー」
昴くんはそんなことになったら絶対にからかわれる種が増えること間違いなしだと思う。
「あら昴くんにとっては双子の姉ができたと思ってもらっていいのよ、それに今まで以上に親密な感じになって嬉しい限りじゃないのかしら」
早速アイリーンのおちょくりが始まった。
(『嬉しい筈がないでしょう』と言ってやりたい、面倒事が2倍になるんじゃないかと不安でしょうがないよ~、誰か助けてー)
昴くんがストレスを抱えだす。
「大丈夫だと思いますよ、だってアイリーンは自分のことを『うち』って呼んでるでしょう、さすがに私は自分のことをそんなふうには呼べませんですわ」
アシュラが優しい笑みを浮かべている。
「そうよね、だったら自分のことを『ボク』って呼べばいいじゃないのかしら」
アイリーンが茶化す。
「私は最初から『私』ですよ、それよりこの船のAIと話した内容は聞きたくはないのかしら」
アシュラが腕を伸ばして指を振っている。
「その言い方と仕草には無理があるわね、あなたわざとうちの真似事をしてるでしょう」
「そうね今はまだ少しだけぎこちなく見れるかもしれないけど直ぐに慣れると思うわよ、それでねラスから聞いた話なんだけど」
アシュラが話し出すと直ぐにアイリーンが手を上げてストップの合図を送った。
「ラスって誰よ?」
「あっ、ごめんなさいね、この船のAIよ、最初に自分の固有名称はラスだって名乗ったのよ、カシオペア座の出身だって言ってたの」
「カシオペア? 敵じゃん! スパイじゃん?」
アイリーンと昴くんが異口同音に言葉を放つ。
「違うわよ、初代ヘラクレスが口止め料、いえ和解金としてカシオペアの大富豪から貰ったそうよ、他にも色々貰ってるみたいだったわね」
「口止め料?」
「和解金?」
再びアイリーンと昴くんが同時に言ってレヴィを見る。
「以前にお話ししましたでしょう、今となってはあまり思い出したくもないことですわ、過去の忌まわしい格闘技大会で私の父リバイヤサンとヘラクレスさんが闘った後のことなんですから」
レヴィが何とも言えない申し訳なさそうな態度をとってもじもじと話し出す。
(初めて冥王星でレヴィに会った時の話でいいんだよな、レヴィはリバイヤさんと名乗っていてムー大陸とアトランティスを海に沈めた大罪でコールドスリープカプセルを冷凍監獄に代用して眠らされたのが千年前、それを移民船エム08に積み込んだまま月日が過ぎて最後に冥王星でイノマンが解凍して目覚めさせたでいいんだよな)
昴くんが記憶を呼び起こす。
「あの時は私と父のことしかお話しできませんでしたわよね、先程までヘラクレスさんから私と父が知りようもないお話しを聞かされましたの・・・」
レヴィがいつもにも増してゆったりと話しだす。
痺れを切らしたアイリーンが途中で聞き返してしまう。
「あなたのお父さんが格闘技大会で優勝したのって八百長だったの?!」
「八百長だったのは決勝の時だけだったらしいのです。その時に対戦相手だった初代ヘラクレスさんが負けるようになっていたそうです。負ける直前に眠り薬を嗅がせて自由を奪った上で自分からギブアップしたそうですよ、八百長と眠り薬以外のことは以前にお話しした通りですわ」
レヴィが冥王星での話を端折ったのでアイリーンも記憶を思い出さなくてはいけなくなった。
(え~っと、確か動かなくなったお父さんのリバイヤサンに駆け寄って行ったら大会主催者がやってきて優勝賞品の授与式を行いますって言って過去へタイムトラベルさせられたのだったわよね)
曰くのある古い記憶を呼び覚ますのは嫌だろうなと思った。




