170.ヘラクレスの雲孫1
アイリーンが戦艦母船ラス・アゲルティのヘラクレス艦長へインカムを使って通信したのが5時間前のことだった。
ミーティングルームでの遣り取りをかなりのハイペースで終わらせた後レヴィは艦長に連れられてどこかへ行っている。
残されたレヴィ以外の四人は(この場合はロボちゃんも含まれるのだけど)イオラオス船長の案内で立食パーティー会場に行き、みんなの前で挨拶こそさせられたもののほぼ満足して食事を楽しんだ。
ミーティングルームでの説明時にこの宇宙船には戦艦としての機能を指揮するヘラクレス艦長と母船機能を維持管理するイオラオス船長の二人が居てお互いの協力の元で運航しているとのことだった。
昴くんの『戦艦母船って何なんだろう』という謎はこの話を聞いて解消したよう。
さっき貰ったばかりの緊急時避難経路図を眺めだす。
(へー、外側が戦艦で内側が母船なんだ、バイオ牧場まで備わってるのかあ~)
歩いて見に行けそうにないので図面上から戦艦母船の機能を想像して堪能している。
立食パーティが終わった後に通された部屋は艦橋の真下中央にある4つの寝室を持つエグゼクティブルームだった。
まあ、約束通りと言えばそれまでなのだけどアイリーンはいつもの様にはしゃぎ出している。
「こんな所でお風呂にゆっくりと入れるなんて思ってもいなかったわ~」
アイリーンは部屋に入るなり浴室を探し当て入浴していた。
バスタブの縁にアゴを乗せて寛いでいる。
熱いお風呂に浸かって興奮状態も冷めたよう。
(しかしねー、よく世間は狭い狭いって言うけどさあ~、意外に宇宙も狭かったのよね~、レヴィは大丈夫かしら……)
「愛鈴そろそろ上がったほうが良くないかなあー、のぼせてしまうよ」
一人で長風呂しているアイリーンを気遣って昴くんが声を掛けるけど返事が返ってこない。
(どうしようレヴィはまだ戻ってきてないしアシュラは船内探索に出掛けてしまったままだよ~)
昴くんは困惑した表情で脱衣籠で番をしているロボちゃんを見る。
「昴くんが何を言いたいのかはわかりますけどイヤですからね、錆びてしまうじゃないですか、自分で見に行かれたらいいんじゃないですか声を掛けながら入れば何も問題ないと思いますよ」
お願いする前に拒否られてしまった。
(なむさん! 怒られないようにお願いします)
「愛鈴入るよ、大丈夫だよね、寝てたりしてないよね」
(返事がない?)
昴くんが思いきって扉を開ける。
何しろ自動扉だから少しだけ開けて様子を伺うということができない。
「愛鈴、居ないの……ナゼ?」
(まさか裸でテレポートしたとか言わないよね)
恐る恐る浴槽の中を覗き込むと丸くなったアイリーンが沈んでいる。
「愛鈴!」
昴くんが慌てた様子で自分が濡れるのもお構いなしに湯船の底から引き上げた。
「あれ? なんだこれ」
違和感があった。
直接アイリーンに触れてない。
彼女は強めの弾力がある白濁色したシャボン玉の中で眠っているみたい。
「愛鈴起きてよ、目を覚まして」
情け容赦なくゆらす。
「う~ん、なんで起こすのよー、気持ち良かったんだから」
「何の気持ちがいいのか分からないのだけど一回起きようよ、それからまた寝ていいからさ」
昴くんは脱衣場まで来ると抱えていたアイリーンを床に置き棚にあったバスタオルとバスローブを鷲掴みにする。
その時彼女は丸いシャボンの中から今こそ抜け出ようとしていた。
今度こそ丸裸なのは間違いない。
手にしたタオルとローブを投げ渡し浴室の外に出てしばらく待つとアイリーンが出てくる。
「これいいでしょう」
さっきの強めの弾力があるシャボン玉を手に持って自慢げに言う。
「新しいアイテムみたいだね、誰に貰ったの」
気まずい雰囲気にならないように言葉を選ぶ。
「レヴィよ、つい最近脱皮した時の抜け殻を細工したんだって」
「脱皮? 抜け殻……レヴィの?」
「フフ、レヴィが脱皮するんだってことあなた知らなかったのよね」
アイリーンが自慢気に言う。
「愛鈴は知ってたの?」
「まあ確かにうちも全然全く知らなかったんだけど、初めて教えてもらった時にはそれは驚いたわ」
「誰だって驚くと思うよ、僕も凄く驚いてる最中なんだしね」
(そういえばどこかで鱗を持つ種族は脱皮することによって大きく成長するんだって聞いたことがあるような……どうだったかなあ)
「レヴィって成長したんだね」
思わず口走ってしまう。
「昴くんあなたって最低だわ、いつもそういう目で見てたのね」
「ち、違うよ愛鈴誤解だよ、ほら体が大きくなる時に脱皮する種族っているじゃない、それに伴って能力値も増加するんじゃないかって思ったんだ。脱皮した後でならあの歌声で敵を簡単に服従させられたんじゃないかなあ」
「そうね、うちも深くは聞かなかったわ、恥ずかしいだろうと思ってね」
「そうだよね良くくれたと思うよ、でもレヴィにとって恥ずかしさのレベルは最初に貰ったウロコと同じなのかもしれないね」
(彼女が持ってる僕たちとの親密度も恥ずかしさに影響するんじゃないのかなあ)
「この前、基地の表層でレヴィが走ってたでしょう」
(ああ『裸で』だったよな、あの時も全く恥ずかしいって思ってなかったみたいだったけどもしかしたら恥ずかしいって感情を持ってないのかなあ)
昴くんはアイリーンの誘導するような言い回しに気付いた。
だから十分に警戒して声に出してはいない。
彼女はチッと言った様な表情を浮かべ続きを話す。
「あの時の雑談……レディーストークって言うのかなあ、その中でうちはそれこそ何も無い宇宙空間に身一つで出たことがあるの、だからうちのほうが凄いのよって自慢話をしたのよ」
アイリーンの声が小さくなっている。
「みんな驚いただろうね、それとも無謀なことをするんじゃないって怒られたんじゃないかい」
ここで昴くんは口を挟んだ。
「心配されたわ、どんな理由があったにせよそんな無茶は絶対にしないようにって言われたわ、レヴィなんか『アイリーンは普通の女の子なんだから死んでしまってもおかしくなかったのよ』って半泣きになっちゃったんだから」
「その通りだよ、もしその時僕が傍に居たら絶対にそんなことはさせなかっただろうからね」
「どうせいつものダメだよ攻撃をするんでしょう」
「縛るかもしれないな」
「これからは変態昴くんと呼んであげるわ」
アイリーンは話をしながら貰った抜け殻を一度広げ水気を取って今はくるくると巻いている。
「それってどうするの?」
(多分宇宙空間でも使えるのだろうな、いいなあ~)
物欲しそうにしてはいけないと自分に言い聞かす。
「レヴィがね、これをいつも身に付けておきなさいって言うの、だからこうやって巻いて……こうしてリストバンドにしていれば良いんじゃないかしら」
「鈍い銀色に光って凄くきれいだよダークシルバーって感じだね」
昴くんは褒めなくてはいけないんじゃないかとの衝動に駆られて思わず言ってしまう。
「ありがとう。素直に受け取っておくわ」
「そうしておけばいつでもどこででも直ぐにバルーンが作れるね」
「そうね、何かレヴィはもっと色々あるのよって言ってたみたいだけど、へへっ良く聞いてなかったわ、でもこうやって……」
アイリーンがそう言いながら昴くんに密着して腕を振るう。
するとリストバンドが前方に飛び出し『パッ』と言った感じで広がりアイリーンと昴くんを包み込む。
「やっぱり上手く行ったわ、こうなるんじゃないかと思っていたのよね」
「凄いね、でもこれって何の意味があるのかなあ」
「このまま宇宙空間に出られたらロマンチックじゃないかしら」
「いやいや僕は宇宙服を着らずに宇宙空間に出たいとはこれっぽっちも思わないから絶対に忘れないでよ、この際だから言わせてもらうと僕は宇宙服を着てても宇宙空間には出たくないからね」
「そうね、昴くんは基地の表層に居るのもイヤイヤだったものね」
「認めるよ僕は君ほどには宇宙を好きになれないかも知れないからね」
「まだまだ先は長いわ、うちは宇宙と同じくらいには昴くんが好きよ、あなたも・・・」
「う~っ、ゴホンエロホン十八禁」
ロボちゃんの中からスターキッドAIが言う。
「全く、いつもいつもこれからって時にじゃまをしてくるのね」
(あまりにも静かだからロボちゃんは気を利かせてシャットダウンしてるのかと思ってたわよ)
「ロボちゃんはまだ何も言ってないけどさ、この中って物理的な密閉空間だよねアシュラやレヴィが戻って来る前に出ようか」
昴くんが急にそわそわしだす。
「もう、小心者なんだから」
アイリーンが残念そうに言ってバルーンを畳み込んでいく。
「でもね昴くん、宇宙の中でうち達が生活できる所ってどこも密閉空間なんだよ、そこが広いか狭いかの違いなんだからねわかってる?」
「わ……わかってるさ、それにしてもレヴィの様子を見に行かなくて大丈夫なのかなあ」
船長に連れられて行ったまま連絡もして来ないので心配になる。
「ただいま戻りましたあ~」
アシュラの声でアシュラが言いそうにもない言葉を聞いて二人は顔を見合わせる。
「アシュラさんお帰りなさい」
(お帰りなさいってのも何か変なんだけどさ)
「お帰り、あまり遅いから心配したんだからね」
心にもないことを平気で言う。
「レヴィも一緒なのよ」
(アシュラの口調、やっぱり変なんじゃないのかなあ)
「ただいま戻りました。遅くなってしまいまして心配されましたでしょうか」
(レヴィはいつもと変わらないのね)
「あなた達どこで一緒になったのよアシュラは散策してくるって言ってたよね」
「アハハ、散歩のつもりで出ていったら艦橋に出たのよねー」
「ここって艦橋にしか行けないのかなあ」
昴くんが聞く。
「一度艦橋を通ってからではないと何処にも行けないみたいよ」
アシュラがあっけらかんと言う。




