166.カシオペアの残敵2
敵戦艦のどてっ腹にぶつかる寸前でのテレポートとか、スターキッド目掛けて突進してくる光の精霊に頭から突っ込んで行くといった無謀な賭けを繰り返したアイリーンは疲労の限界に達して操縦席でぐったりしている。
「愛鈴ほら深呼吸してごらんよ」
昴くんがロボくんを押し退け操縦席の横に屈み込んでアイリーンの手を握り声を掛けた。
「光の精霊はどうなったのかしら、かなり分断したんじゃないかと思うのだけど」
手を握り返しながら苦しそうに笑みをむける。
「いま外の状況がどうなっているのか教えてもらえますか」
昴くんは環境監視席に着いているアシュラに聞いた。
「え~っと、先ほど突入して引っ掻き回しました一本の光エネルギーに凝縮していた光精霊がバラバラになってその一部がスターキッドの回りを取り囲んでます。精霊を拘束していたと思われる鎖の破壊に成功して自由になったのでしょうか、攻撃はされてません」
「精霊拘束具の破壊が目的で飛び込んだ訳じゃないと思うんだけどなあまあ結果オーライかな」
昴くんは少し安堵する。
「あとピエロさんとレヴィが入ってるバリアの周囲をビーコンを打ち込んでいたコバルト隕石が細かく砕けた状態になって取り囲んでます」
「えっ、それって何でだろう間違いじゃないよね」
「ビーコン信号を信じるのなら間違いありません」
「ピエロさんが自分達を守備するために呼んだのかなあ」
「ピエロはテレポートできるけどアポーツを使えるって聞いたことはないわ……テレパシー、精神感応なら使えたかしらでもコバルト岩石に精神があるとは思えないわね」
「アイリーンは大丈夫だよね、ちょっと休憩室のコバちゃんを見てきてもいいかなあ」
(もしかしたらコバちゃんが呼んだのかも知れない)
「そうねうちもそう思うわ、きっとコバちゃんが呼んだんじゃないかしら」
「じゃあちょこっと行って見てくるよ……あっ、コバちゃん居たんだ」
昴くんが立ち上がり振り向くとコクピットの出入口の横の壁に、そう、何時もならピエロが立っているその位置に昴くんの宇宙服を着込んだコバちゃんが立っていた。
「コバちゃんここに居て大丈夫なの」
昴くんが聞く。
「・・・」
言葉は聞こえないけどコクンと頷いた。
「ピエロさんを守ってくれたんだね」
宇宙服がコクンと頷く。
「ここのコバちゃんとあちらのコバルト隕石は一心同体と言うことでしょうか」
アシュラはその昔イノマンが研究していた双子の同時性といった論文を思い出す。
「そうだよ元々同じ身体だったんだからね、その一部がここにあるんだからコバちゃんが助けてくれたんだよ」
昴くんはそんなことは知らずに言う。
「それでレヴィは大丈夫なのかしら」
アイリーンが聞いてきた。
(ピエロさんの心配はしないんだね)
昴くんが二人の心配をする。
「緊迫した様子は感じられません、でも早く迎えに行ったほうがいいと思います」
「そうよね、そうしましょうか」
アイリーンはそう言って体勢を整えようと立ち上がった。
「あっ……」
そのあと昴くんにもたれ掛かってぐったりする。
「愛鈴、大丈夫? 返事して!」
昴くんは狼狽えた。
「スー、う~ん、シャワー……浴びたい」
寝息と共に寝言みたいな返事が帰ってきた。
(立ったまま寝れるの? すごく疲れてるんじゃない、それにお腹が空いたじゃなくてシャワー……本当に大丈夫かなあ)
昴くんは操縦席をリクライニングさせリラックスモードに設定してからアイリーンを横にする。
「ピエロさんここにテレポートで戻って来れないかなあ」
昴くんがアシュラに聞く。
「もう少し近づかなければなりませんね」
ディスプレイを指差して言う。
スターキッドが光の精霊に突っ込んだ場所はピエロ達に危害が及ばないようにかなり離れていた。
だからそこは敵戦艦の側になっている。
「圧縮光エネルギー弾検知、回避します」
ロボくんが突然緊迫した音声で言う。
「ロックオンされてなかったよね」
昴くんが聞いた。
「スリーポイントシュートを打ってきたんじゃないですか」
ロボくんが言う。
「射程外から撃って当たれば儲けって感じかなあ、あれは精霊じゃないよね」
昴くんが一抹の不安を感じる。
「一般的な光圧縮弾です。でも一斉射撃を行ってますね、数が多いです」
スターキッドは回避行動と言っていたけど実際は逃走していると言ってもおかしくない。
(まあ、確かにスターキッドに追い付くことはないだろうけどさ)
昴くんは考えた。
「ロボくんあっちの弾は追尾しないと思うよ、だから避けながら戦艦に向かおうよ」
「・・・」
ロボくんは返事しない。
「スターキッドAIはわかるよね、逃げていたんじゃ勝てないよ」
「昴くんは不戦勝って言葉を知りませんか、このままピエロさん達を回収して逃げ切ったらこっちの勝ちになるんですよ」
「でもそうしたら奴ら防衛基地に向かってしまうんじゃないかなあ、基地の皆を危険な目に合わせたくないよ」
「昴くんの言うことはもっともですが、基地にはまだ味方の戦艦がたくさん残ってますよ、ポラリスに連絡してますのであちらで対処してもらったほうが利口です」
(まあ確かにスターキッドの火力ではあの戦艦を破壊することはできないよな、おまけに3隻だしね、でもこのまま逃げたんじゃ敗けじゃないかなあ、後で『不戦勝』なんて愛鈴に言ったら絶対に怒りだすよな)
昴くんは操縦権を副操縦席に切り換えて操縦桿を握る。
「昴くんが操縦桿を握ったところで手動操縦には切り替わりませんよ」
横でロボくんが勝ち誇って言う。
「そうだったね、一度試してみたかっただけだからね」
「満足しましたか」
「満足なんかはしないけどさ、ねえ、一度だけでいいからあの戦艦に立ち向かおうよ、後で何もせずに逃げたと言われるより、一番槍を撃ち込んで果敢に攻めてから戦術的後退をしたと言ったほうがスターキッドの株が上がると思うよ」
「僕の評価が上がって多くの人々から尊敬されますでしょうか」
「もちろんだよ」
昴くんはAIに勝ったと思った。
「ペイント弾を一発撃ち込むだけでも評価はされますかね」
「Zの落書きをしてやろうよ」
「東郷元帥のZ旗ですよね」
「怪傑ゾロのトレードマークだよ~敵の士気を高めちゃったらダメでしょう」
昴くんとロボくんがもつれあって話をしている間に敵の先頭を進んでくる戦艦が目前に迫っていた。
「ペイント弾発射」
昴くんが命令する。
スターキッドが敵戦艦の鼻面付近にZの文字を描けるように工夫してペイント弾を数発発射させた。
「命中しました。ご希望通りZの文字に見えます」
アシュラがニッコリして報告する。
その時のスターキッドは既に機首を返してピエロの回収に向かっていた。
「何ともはや全くいい結果に至らなくてお詫びの申しようもありませんことですわ」
レヴィが心苦しそうな声を出して言う。
「レヴィさんはそんなに卑屈にならなくていいと思いますよ。単身で敵に向かっていったのですから勇者だと思います。ただちょっと相手との相性が悪かっただけですよ」
昴くんが一生懸命になって慰めようとしている。
「私も昴くんと同じ意見です。レヴィは良くやったと感心しています。ご褒美をあげたいくらいですよ」
ピエロがすごく珍しく褒め出しているとレヴィの頬が赤く染まっていく。
だけどピエロの話している表情は今まで見たこともないくらい歪んでいた。
そしてあり得ないことにその場で膝から崩れ落ちる様に腰を下ろす。
そして両手で腕を掴み苦しそうに震え出している。
「ピエロさん、どうかしましたのどこか痛めたりしたんじゃないですか」
レヴィが心配そうに隣に屈んだ。
「気にしなくて大丈夫ですよ、少し疲れただけです。それよりこれをアイリーンに飲ませて下さい」
ピエロがズボンの後ろポケットから茶色の小瓶を取り出してレヴィに手渡す。
「お酒ですか?」
昴くんは怪訝な顔をして聞く。
「栄養剤だよ……昴くんにはハイポーションって言ったほうが通じるかな」
「ハイポーションってアニメか何かで使ってる良く効く回復薬ですね、お酒じゃなかったんですか」
手にした小瓶を見ながら言う。
(さすがに手作りみたいだな……)
昴くんが妄想の世界に入りそうになった時声が掛かる。
「そうだね話をしようか・・・」
そう言ってピエロが話し出す。
ピエロが最近いつも飲んでいる酒だと思っていたものは延命を目的としてイノマンが作ったハイポーションだと言う。
ピエロは既にクローン体の寿命が大きく過ぎていた。
だから基地で密かに活動しているフリープラネットで育成されていたイノマンクローンに記憶と幽体をコピーさせ新田剛として基地で活動することになる。
コピーが終った後の体は本来解体されるのだけど南極まででいいからピエロとしてアイリーンと行動を共にしたいと強くイノマンに頼み込んでここまで来たのだと話す。
「僕が死んだらこの体は分解してほしい……」
最後にピエロが言う。
「絶対嫌だからそんなことを言わないで下さいよ、愛鈴が元気になってからもう一度怒られて下さいね」
昴くんが半べそ状態になっている。
「これは戻します。大切にして飲んで下さい」
そう言って手に持ったままになっていた小瓶をピエロに握らせた。
少し回復したアイリーンが倉庫のカプセルベットで寝ているピエロを怖い顔をして見下ろす。
「コールドスリープさせたほうが良かったんじゃないかしら」
「僕もそう言ったんだけどさ、それに耐えられる体力が残ってないって返事してたよ」
「やっぱりコールドスリープって大変なのね」
「目覚める時に体力が残ってないとそのまま永眠してしまうんだって」
「嫌なことを言わないでよね」
アイリーンがカプセルベットの前で膝をついてる昴くんの頭を軽く小突く。
アステロイドベルトの最終端で始まったカシオペア艦との戦いはまだ始まったばかりだった。




