165.カシオペアの残敵1
スターキッドはアステロイドベルトをもうすぐ抜けようとした矢先に準惑星ケレスの陰から現れたカシオペア星籍の戦艦3隻による攻撃を受けている。
アシュラは倉庫に設置されているカプセルベッドで休んでいたのだけどスターキッドAIの緊迫した艇内放送を聞いてコクピットに戻っていた。
そして環境監視席に着いているレヴィの後ろに立ってスターキッドを自動追尾している高密度エネルギー体をディスプレイを通して一緒に見ている。
「レヴィにはあれが何だか分かると思うのですけど」
ピエロが言う。
アイリーンは意味深な発言をしたピエロに興味を引いたのだけど、まだ小瓶を持ったままだったのが許せない。
「ピエロさあ、あなたいつもお酒を飲んでるでしょう。いい加減にしないとアル中になるわよ、もう既になっちゃつてるのなら治療に協力してあげるから正直に言いなさいよね」
言いながら小瓶を取り上げようとすると手品みたいにパッと消えた。
「アイリーンが怖いから目の前では飲まないようにします。だけど茶色の小瓶の中身は何だと思ってますか」
「お酒なんでしょう……カエルだなんて言ったら冗談でも許さないわよ」
腰に手を当てて言う。
「プッ……」
どこからか我慢の限界を越えた笑い声が漏れる。
「今のはレヴィかしらそれともアシュラ?」
二人に視線を移すけど、違うとジェスチャーで示す。
「昴くんかしら」
「僕じゃないよ~」
アイリーンが最後の一人? ロボくんを睨む。
「あっ、だってアイリーンが皆を笑わそうとしているのだろうと思ったのですよ、だけど誰も笑ったり突っ込みを入れたりしないからですね、その~ ごめんなさい!」
「Aちゃんが一番リラックスしてるのってなんか複雑よね、皆ももう少しゆとりを持とうよ、ガチガチだと緊急時に臨機応変な対応ができないわよ」
アイリーンがイノマンのポーズをする。
今更のことだけど、スターキッドの乗組員同士では敬称を付けないようにキャプテンであるアイリーンが提唱していた。
昴くんについてはアイリーンを除いた皆はロボくんと同じで『くん』までが名前の一部と勘違いしているみたいなので敢えて訂正していない。
しかし皆はTPOに合わせてその場にふさわしい呼び方をしているのだけどそれはそれで仕方ないと思っている。
レヴィはピエロの発言を考えていた。
「ちょっと待ってもらえますでしょうか波動解析します」
レヴィが立ち上がり席をアシュラに譲って自分は通信席へ行き言う。
「キャプテンアイリーン、少しの間だけスターキッドを慣性飛行させて欲しいのですけどできますか」
アイリーンの指示を待たずにスターキッドが慣性飛行に移った。
「キャプテンはうちなんだけどな~」
アイリーンがぼやく。
通信席でヘッドホンを付けたレヴィが光ながら追尾してきているエネルギー体に意識を集中している。
「ひどい! 許せない!!」
ほんの少し時間が経過しただけでレヴィが叫びヘッドホンを乱暴に外し立ち上がった。
「ピエロさんお願いよ今すぐ外に連れ出して」
ピエロの手を取って言う。
どうやらスターキッドの外へテレポートしたいらしい。
「今すぐと言うのは無理だろう、光速に近いスピードへ加速中なんだし戦艦が目の前に迫って来ている」
ピエロは落ち着いて言う。
「愛鈴、戦艦にぶつかってしまうよ!」
副操縦席から昴くんが叫ぶ。
アイリーンは操縦桿を握り締めたままじっと前を見つめて昴くんの声に反応しない。
「キャプテン手を離してー!」
ロボくんが情けない悲鳴を上げている。
操縦席でアイリーンが操縦桿を握った時に手動操縦へと切り替わるシステムはまだそのままになっていた。
『命のやり取りをするような緊迫した場面の時はびびりのAちゃんに任せられないわ、うちは死ぬ時に納得する理由がないと成仏できないと思うのよ』と言う当時のアイリーンが発言したことによるものだった。
「ぶつかる!!」
ロボくんが叫ぶ。
しかし誰も死への恐怖は感じていない。
昴くんは紙一重で躱せると思った。
ピエロはこのまま突っ込んでもかすり傷程度で戦艦を突き抜けられると思い、アシュラはエネルギー砲で風穴を開けてから通り抜けるのではないか、レヴィはテレポートするのではと考えている。
正解はレヴィの考えでスターキッドの先端が戦艦の外板に触れた瞬間に反対側へとテレポートしていた。
「全長が縮んだんじゃないですか」
ロボくんが泣きそうな声で言う。
「大丈夫よ1マイクロミリだって削ってないわ」
アイリーンはスターキッドが戦艦の外板に触れた瞬間でテレポートするイメージを自己暗示にかけていた。
それは無意識下で行われるもので消費する精神エネルギーは半端なものではない。
後方で戦艦が追尾してきていたエネルギー体に貫かれバラバラになって飛散していくのが見えている筈だとアイリーンは期待した。
しかし現実はエネルギー体が戦艦と同極の磁石にでもなったように接触せず滑らかに躱してこちらへ向かってくる。
「一体どういうことよ」
アイリーンが言うけど声には明らかな疲労の色がみられる。
「あのエネルギー体は光精霊の集合体なのですよ! 何か強い力に縛られ自由を奪われています。私が助けに行きます」
レヴィが言う。
「助けに行きますって、あなたは大丈夫なの? 危険なんじゃない」
「そうだよ他に方法がないか考えようよ」
アイリーンと昴くんが引き留めようとする。
「時間がありません、それにあの精霊さんは苦しんでいます。苦しみが怒りになって力が増大しています。その力はあと少しで拘束している縛りを打ち破り爆発するでしょう。そうしたらこの辺り一帯が光の奔流に呑まれて無に帰すると思って下さい」
「光の奔流って、あの時にトンネルを暴走させた時と同じことが起きるっての」
アイリーンが青ざめていく。
「そんなことをしたらあの戦艦も巻き込まれるよね」
「あの縛りには何か呪術的なものを感じます。呪術主が乗っている戦艦は無事だと思います。あの呪術は私の歌で解呪できそう……いえ解呪してみせますので行かせて下さい」
「・・・」
アイリーンは判断しかねている。
「私が一緒に行こう」
「そうね、ピエロの異次元バリアの中からだったら少しは安心できるかも知れないわ」
(ここで無理矢理引き留めたら後々でわだかまりが生じるかも知れないしね)
昴くんも暗に妥協した。
「それでは出て行きましょうか」
ピエロが言う。
「あの~、宜しかったら倉庫に寄って竪琴を取ってからでも良いでしょうか」
レヴィが遠慮がちにお願いする。
その頬はほの赤くなっていた。
その後アステロイドベルトの太陽側周縁部でピエロが作るドームの中からレヴィが竪琴を奏ながら歌っている。
レヴィが言うところの光の精霊は相変わらずスターキッドを追い掛けていた。
スターキッドは準惑星ケレスとレヴィをターンマークに見立てモーターボートレースみたいに周回している。
何度かレヴィの横を通り抜け光の精霊に歌声を聞かせているのだけど縛りの影響には変化が見られない。
当然、途中で敵の戦艦の鼻面を掠めるように飛んであわよくば衝突してくれることを期待している。
「レヴィの歌声はちゃんと聞こえてるのよね」
アイリーンが一向に効果が上がらない作戦に焦りを覚えだす。
「光の精霊だけあって速いから通りすぎるのも一瞬だよね」
「レヴィの所で減速してターンしているのですけど歌声が聞こえるのは1秒もないですよ」
ロボくんが解説した。
「そんなんでどうやって宥めようって言うのよ」
「最初は竪琴の効果で精霊を縛っている鎖を切ろうとしてるんじゃないかなあ、光の精霊を宥めるのはそれからだと思うよ」
昴くんは何と言ってアイリーンを宥めようかと考えていた。
「あの精霊はどうやって私たちに危害を加えてくるのでしょうか」
アシュラが聞く。
「一度止まって攻撃を受けてみるってのも手かも知れないわね、あんがい蚊が刺した程度なのかも知れないわよ」
アイリーンが真剣な面持ちのまま自暴自棄気味に冗談を言う。
「そんな危険な掛けはしないで下さいよ~、光の攻撃って言ったら光線銃があるじゃないですか、飲み込まれた瞬間に光が熱に変換されてどろどろに溶けるのは嫌ですからね」
今のロボくんには一切の冗談が通じないみたい。
「スターキッドは太陽の中に飛び込んでも大丈夫って聞いたことがあるのだけど」
アイリーンは遠くで輝いている太陽まで飛んでいきたい衝動に駆られる。
「言った覚えはありませんけど肯定した記録は残ってますね、でもあの時は太陽を突き抜けるだけだったと思います……」
ロボくんの変わるはずがない顔色が青ざめた。
「そうよ……その通りよでかしたじゃない。さあ、ヤルわよ」
「愛鈴、何をする気なの? 危ないことをするのはやめようよ」
昴くんが浅はかな考えを実行に移すんじゃないかと心配する。
「虎穴に入らずんば虎子を得ずって言うじゃない……」
アイリーンはそこまで言うとスターキッドの機首を光の精霊へと向けた。
最初に3隻の戦艦から2本づつ発射された6柱の光精霊はスターキッドを追従している途中で合体し1柱の姿に変貌している。
その姿はまるで巨大な白い竜のよう。
全てを一口で丸飲みにしようと迫って来る。
その先端にスターキッドは最大限まで加速して突入した。
アイリーンは突入と同時に機体をスクロールさせ精霊の中を螺旋飛行してクロス翼で掻き乱す。
精霊の最後尾から突き抜けると環境監視席に着いたままのアシュラから声が掛かる。
「スターキッドに被害なし!」
「通過時間コンマ2秒」
「艇内計器オールグリーン」
アシュラに続いてロボくんと昴くんが報告してくる。
「何とかなるものじゃない」
軽口を言っているつもりのアイリーンの表情は固く操縦桿を握っている手も小刻みに震え色を失っていた。




