163.コバルトの妖精5
スターキッドはコバルトを回収した後、遅れた時間を取り戻そうとアステロイドベルト内を少しだけ速く飛行している。
「この子の呼び方『コバちゃん』に決めたんだね」
昴くんは宇宙服に身を包んだコバルトを右肩に抱えたまま確認した。
「そうね、思わず口から出てしまったわ、だからもう『コバちゃん』に決まりね」
「宜しいと思います」
レヴィが賛成する。
「さっき言ってた名前よりは良いのではないでしょうか」
アシュラも意義を言わない。
「・・・」
ピエロは無言で小瓶の口を唇に当てている。
「あんた何でお供え物を飲んでるのよ!」
アイリーンが絶叫した。
ピエロが指を差してあっちを見ろと促している。
そこでは例の小瓶の中身を飲みたがっている精霊のコバちゃんが宇宙服のヘルメットグローブと悪戦苦闘していた。
(いつの間にピエロから貰ったんだろう)
それに気付いた昴くんがヘルメットグローブを開放してあげる。
宇宙服の中に押し込められていたコバルトの塊は少しずつ人の形を取り始めているように見えた。
その口元へ瓶の口を近付け一気に飲むのかと思って見ていたら、頭から中身を掛け始める。
「ええっ!」
アイリーンと昴くんは驚きの声を上げた。
「もしかしたらこれって飲み物じゃなかったのかもしれないね」
昴くんがアイリーンを見ながら言う。
アイリーンはイノマンのポーズを決めた。
人の生気を頭から浴びたコバちゃんは少し元気になった様に思え自分で歩き始める。
まだ昴くんの支えは必要みたいで二人は二人三脚みたいな歩きで休憩室へと入って行った。
「ここで何をするんだったかしら」
アイリーンが言う。
「コバちゃんにお供え物をしてお祈りするんだったよね」
「お供え物はもう使ってしまったからな、それでも空になった瓶をコバちゃんの前に置いてお祈りをするといいかもな」
ピエロがアイリーンの肩に手を置いて言う。
「お祈りってどうすればいいのよ」
ピエロを見上げた。
「やり方はいろいろあるけどな、まあ、この際だから精神感応のやり方を教えよう」
そう言って彼は二人を前にしてレクチャーを始める。
お供え物を頂きお祈りを受けたコバちゃんはそのまま休憩室で休ませている。
ピエロが言うところでは小瓶から抜け出た生気がまだ漂っているので休憩室は居心地が良い筈だと言うことだった。
休憩室でコバちゃんを一人にしないためにレヴィとアシュラを残してアイリーンと昴くんはコクピットに戻っている。
そこで隙間時間を利用したスターキッドAIの外部端末ロボット『ロボくん』による自由学習が始まった。
アイリーンは4歳になる直前に、昴くんは中二の冬休み前日に宇宙へと連れ出されていた。
だから二人とも十分な教育を受けているとは言い難い。
特にアイリーンは宇宙人達があの手この手で勉強をさせようとしても途中で中断したりさせたりすることのほうが多くまともな教育は受けていなかった。
だからスターキッドに乗っている時は機体を統括管理している人工知能のAIが事ある毎に興味を引き付け教えている。
スターキッドAIによる学習は『時間になりましたのでこれから勉強を始めます』と言ったカリキュラム学習ではなくて『ちょっと良いですか』で始まる自由学習形式で行っていた。
今回もアイリーンが興味を示したコバルトに絡めてスターキッドAIが二人のディスプレイ画面にメンデレーエフの周期表を表示して科学について教育をしている。
「鉄Feは磁石にくっつくって知ってたけどニッケルNiやコバルトCoも強磁性体だとは知らなかったよ」
昴くんが今回の成果を言う。
「シルバーホワイトのコバルトがコバルトブルーの顔料になってるって凄いしコバルト爆弾にもなるのよね」
アイリーンも今回に限っては楽しんだみたい。
「コバルト60っていう放射性同位体が癌治療に使われるんだってのは知ってたけどね」
「自然界にあるのはシルバーホワイト色したコバルト59だけだって、じゃあ、さっきうちが拾ったあの未知のコバルトは誰かが人工的に作ったのかしらね、色もライトブルーだったし」
スターキッドAIから今聞いたことを復唱している。
「二人とも僕が言ったことを理解してるみたいですね」
「うん、面白かったよ」
「じゃあ、終わりにしましょうか」
スターキッドAIがロボくんを通して言う。
二人のディスプレイも通常画面に戻りアステロイドベルト宙域を映し出している。
「トンネルを使えたんならとっくに着いてるのにね気配すらなかったわね」
アイリーンが残念そうに言う。
「火飛びトンネルって言ってたよね、もう随分昔のことのように思えるけどあれはまだ……」
昴くんが頭の中で計算しているけど現実世界との時間差が発生しているので表現が難しくて言い淀む。
「一般世間では2年が経過してますけど昴くんたち二人の実時間は1ヶ月程ですね、正確な時間が知りたいですか」
ロボくんが助け船を出す。
「別にいいよ大丈夫だよ、そうだねヘンナ私兵艦隊との戦いが終わってC2に着いたのだってロースさん達のシューウォッシュの関係で数日だったし帰りは1年掛かったけど僕たち二人はコールドスリープしてたから実際の時間経過は0なんだよね」
昴くんは言いながらさっき聞いたウサギとカメの話しを思い出していた。
(本当はカメさんがテレポートなんかしちゃったりしててさあ、まあそんな話はないけどね)
アイリーンと昴くんがコクピットでスターキッドAIからの学習を受けている間、レヴィとアシュラは休憩室でコバちゃんの話し相手をしていた。
ただコバちゃんは話さないので二人がコバちゃんを挟んで雑談をしている。
「アシュラは錬金術について何か知ってますか」
「私も人に話せるほど正確なデータは持っていないのです」
「アシュラは記憶ではなくてデータと仰るのですね」
「そうですよ~、つい先日までクローン培養槽の中に居たのですよ、目覚めてから時間を掛けて学習できたレヴィが羨ましいです」
「それは悪いことを言ってしまいました。謝りますね、すみません」
「別に謝らなくても良いわ、ただ私の頭の中には地球防衛基地メインコンピュータの最重要データとアイリーンに関する事しか入ってなかったのですよ、だからだと思うのだけど皆の会話になかなか入れないのです。もし私が変なことを言ったら指摘して下さいね」
「承りましたわ、そう言う理由があるのでしたら全面的に協力させて頂きます。私には気軽に話し掛けて下さって結構ですよ、そのほうが早く馴染むと思いましてよ。そうですね練習の意味も含めて暫くはコバちゃんに話し掛けてみては如何でしょうか」
「そうしようかな、コバちゃんをまだ一人にはできないし私が専従の付き人になれないかキャプテンに聞いて来ますね」
アシュラはコバルトの精霊が妖精へと進化する過程に立ち会いたかった。
「キャプテンって? ああ、アイリーンのことですね、あの様な態度を取られますとついつい忘れてしまいますわね。でも、もう寝てると思いますわよ。明日になさったらいかがでしょうか」
「そうですね、それじゃあ先にレヴィが休んで下さい。私はまだ眠くありませんのでコバちゃんの様子を見てます」
「わかりましたわ、それじゃあ先に休ませて頂きます」
レヴィが出ていった後、静かになった休憩室でアシュラはじっとコバちゃんを見ている。
宇宙服に身を包んだコバルトは少しずつ思考を取り戻していた。
暖かい空気の中を優しい言葉が行き交っている。
しかし記憶の中の情景は優しくも暖かくもなかった。
・・・
(銀鉱石にしては軽いな)
「この辺りの銀には全部コボルトが取り憑いてるみたいだぞ、もうこの坑道はダメだ、やり直そう」
採掘坑の最深部で坑夫の親方が叫ぶ。
「ここまで掘ったのを放棄するのか」
「なあ、このまま渡しっちまおうぜ安く売っても何もないよりはましじゃねえか」
一番若いそして厳つい坑夫が言う。
「こんなもんを錬金術師に渡そうものなら俺たちがどんな目に遭わされるか知れたもんじゃねえ」
「すげえ銀鉱石なんだ、何とかなんねえのか」
「とりあえず上へ運ぶぞ、これだけの物だ錬金術師じゃなくても欲しがる物好きが居るかも知れねえ」
1500年代の北欧でも西欧の影響を受けてルネサンスが盛んになり始め錬金術師ばかりではなく、なんとか師と名乗る者が増えてきている。
・・・
「ダメだ、こいつもコボルトが取り憑いて居やがる」
溶鉱炉の前で鍛冶師が頭を抱え悶えている。
溶鉱炉の中では石炭が真っ赤になって燃えていた。
石炭と一緒に銀鉱石がそのままの状態でゴロゴロと転がっている。
本来なら真っ赤に燃えた石炭の熱で銀鉱石の中から銀が融解し出銑口から流れ出してこなければいけない。
「なあ親方、これは本当に銀鉱石で間違いないんだろうか」
鍛冶師の弟子が聞く。
「ああ、西欧の坑夫から直接買い取ったからな……くそっ! あいつら騙しやがったのかよ文句の一つも言わないことには腹の虫が治まらねえ」
親方が火掻き棒を掴んで出ていこうとする。
「親方やめてくれよ奴らだって……」
「何を抜かすあいつらは最初から俺たちをはめようってしたんだ」
「どうして」
「西の国は錬金術師の縄張りだ、それを販路を広める為だとか抜かしやがってコボルト憑きの不良品を持ってきやがったんだ。俺たちはハメられたんだよ」
「だからと言ってあんな遠くまで仕返しに行ってたら割りが合わないんじゃないですか」
「こいつぁ損得の問題じゃねえ、プライドってもんだ。それによ、他の者まで同じ目に遭わないとは限らないだろう、二度となめたまねができねえように教えておかねえといけねえなぁー」
それから2週間程したある日、晴天が続いた西欧の銀鉱山で大規模な粉塵爆発が起きて多くの坑夫達が生き埋めになったと新聞で報じられた。




