162.コバルトの妖精4
アイリーンと昴くんレヴィとアシュラそれにピエロを加えた五人はスターキッドの倉庫で作業台に乗っているコバルトに宿った精霊を前にして話をしている。
身の回りにある物に人が長い年月意識を傾け生気を注ぎ続けるとそこにスピリッツが生まれ、やがて精霊に進化し最終的には妖精の姿に成長するのだけど、それは水、風、空気といった固体でなくて目に見えづらいものも含まれているとレヴィが話をした。
「風はわかるけどさあ、空気に感謝の気持ちを伝えるかなあ」
アイリーンが小首を傾げる。
「朝起きた時に『今日も一日良い日でありますように』とお祈りして、寝る前に『今日も一日無事に過ごせたことに感謝致します』とお礼をするでしょう。その気持ちは回りを包んでいる空気にも伝わっているのです」
レヴィが分かりやすい一例を挙げて説明した。
「だから空気にスピリッツが生まれるんだね」
昴くんは納得する。
「うちも毎日挨拶や感謝はしてるつもりよ、でもスピリッツの気配すら感じたことは一度だってないわ」
アイリーンが反論した。
「長い長い年月が必要なのです。それこそ何世代も掛けて同じ場所で感謝の気持ちを伝えるとそこで正気を得た核がスピリッツへと変化するのです」
「一朝一夕では成し得ないってことだね」
「そうなのです。アイリーンさんにも理解して頂けたでしょうか」
「そうねわかった気がするわ、でも何故そんな妖精さんが地球を逃げ出すのよ」
レヴィが困った顔をする。
「それから先は私が説明しよう」
ピエロが高揚した口調でもう我慢ができないと言ったふうに話を引き継いだ。
「中世の北欧で錬金術が盛んになり始めると術士は四元素の中でも基礎となる金属を求め・・・」
(ピエロの話が長くなりそうだよ、どうしようか)
昴くんがアイリーンにこそこそと話しかける。
「ピエロさんはイノマン博士のクローンなのですからそのお話も素晴らしいはずです。有り難く聞かなくてはなりませんことよ」
レヴィが二人に注意を促す。
「・・・」
アシュラは黙って聞いている。
「彼女には注意しなくていいの、あの人は黙って聞いているフリをしてるだけじゃないかしら、今は何も見てない聞いてない考えてない時の目をしてるわ、近くに寄ると『カタカタカタ』って音が聞こえてくるんじゃないかしら」
アイリーンが指を振りながら言う。
「アシュラさんはポラリスと一緒に考え事をしているんだと思うよ」
昴くんが庇うように言った。
「おまえ達に人の話を真面目に聞こうとする気持ちはあるのかい」
ピエロがもう我慢がならないと言ってくる。
「ごめんなさい、これからちゃんと聞きます」
昴くんが素直に直ぐ謝った。
「それなら宜しい。それでだ錬金術士にとってコバルトは厄介者だったんだ、当時はまだその価値や存在すら知られてない未知の物質だったからな、だから悪戯好きの妖精コボルトが遊び半分で仕事の邪魔をしていると言っていたんだ」
ピエロが息継ぎしたところで昴くんが口を挟む。
「コボルトって言ったら土属性の妖精ですよね」
「よく知ってたね、コバルトは金属なのに何も知らない当時の人が土の妖精であるコボルトと名前を付けてしまったんだよ、コバルトにしては相当嫌だったんだろうね地球を飛び出すほどだからね」
「それがここに居る理由なんだね」
昴くんは納得した。
「悲しい波動を発している理由はそれなのでしょうか、人々が土の妖精コボルトと思い込み強い思念を送り続けた結果、コバルト金属の中にスピリッツが誕生して精霊へと進化し悲しみに耐えきれず宇宙へ飛び出してしまったのでしょうか」
レヴィが聞いてくる。
「その通りです。今は悲しみに沈んで薄い青色をしていますけど、純粋なコバルトは銀白色なんですよ」
「シルバーホワイトってカッコいいじゃない。シーちゃんとホーちゃんではどっちが良いかしら、ああっ、銀ちゃんも捨てがたいかもしれないわね」
アイリーンがコバルトの精霊に名前を付けようよと昴くんに意見を求めてくる。
「どれも嫌なんじゃないかと思うよ」
そう言う瞳は諦めの色が濃ゆい。
「ブルーが良いのではないかと提案します。今の色そのものですし、何より話し掛け易い名前が一番いいと思います」
アシュラが名付け親になろうと参加してくる。
「だったら…… 」
「愛鈴! ダメだからね」
(ブーちゃんとか言い出したらどうしようかと思ったよ)
昴くんの心配性が始まった。
「わかったわよ」
アイリーンが珍しく無理強いせずに引き下がる。
「いつになったら人型になるのですか、そうすれば愛着が沸くでしょうし名前も付けやすいと思うのですけど」
アシュラがそう言いながら両手で宙に描く姿がいかにも女性だった。
昴くんはそれを見てたじろぎかけたけど踏み留まり質問にして返す。
「ちょっと聞きたいのだけどさ、フレア族妖精のロースさんは男性タイプだったよね、コバルトは金属なんだしさこのまま妖精になった時にはやっぱり男性タイプになるんじゃないかなあ」
「それは違いますのよ、精霊が妖精に成長する時にどちらのタイプになるのかは決まるのですけど、それは属性によって決まるのではなく、変化する時にほんの少しの間だけ繭の状態になりましてよ、その繭になっている間に浴びる生気の質と量によってタイプが別れていきますの、妖精さんには性別がありませんので、女性タイプとか男性タイプになりますわね、そうそう、中性タイプの妖精さんがたまに居らっしゃりますわ」
レヴィが正しい妖精の進化論を教えてくる。
(今ここには女性が三人、でも生気を分け与えられるのは地球人だけだって聞いてたから愛鈴だけかなあ、あっ、レヴィは準妖精って言ってたから生気以上のものを与えそうだよね、アシュラとピエロさんは地球人のクローンなんだけど生気って与えられるのかな、しかしピエロさんは分けてくれないような気がするよね)
昴くんがコバルトの精霊を何とか男性タイプの妖精に成長させられないものだろうかと一人悶々としているとアイリーンが話し掛けてきた。
「そうだわロースさんが使ってた宇宙服がまだあったわよね、それを着せてみましょうよ」
アイリーンがロースさんのキーワードで思い出したように言う。
「ロースさんが着ていた宇宙服かあ、何だか懐かしいや炎属性と金属だったら相性が良いかも知れないね、それに最初の頃はロースさんたちの精霊獣フレアホースの気配がするとも言ってたしね」
「そうと決まれば善は急げね」
昴くんが自分のロッカーに返却されていた宇宙服を持ってくる。
そしてまだストレッチャーに横たわっているコバルト色の塊を袋ですくうようにして入れた。
「結構丁度いい大きさだったわね」
「あとは頻繁に話し掛けてたら良いんだよね。でも僕が思うのにさあもう既に覚醒してるんじゃないかなあ、さっき掴まえようとしたら逃げてたよね」
コバルトが入った宇宙服を作業台から下ろして自分の横で抱えながら言う。
(自分で立ってくれないかなあ)
「そうね、ここはもう一度レヴィの出番かしら」
レヴィの背中を叩く。
「わかりましたわ」
レヴィが精神統一を始めると周囲に水色の空気が漂う。
「わあ、なんだか海の中にいるみたいだわ」
アイリーンが両手を広げくるくる回りだす。
「ちょっと待ってもらえますか」
ピエロの声がした。
「コバルトへのお供え物を持ってきました」
そう言いながら小瓶を差し出す。
「見覚えがあるんじゃないかな」
「そ、それは……」
アイリーンがお酒と間違えてスポンジケーキにたらし込んで食べた人の生気が詰まっていた瓶をピエロが手にしている。
「中身はカラになってたよね」
昴くんが不思議に思う。
「数滴だけ残ってましたよ、それに瓶の蓋を開けたままにしていたことがあるでしょう」
「き、記憶にないわね」
アイリーンが顔を背けて言う。
「瓶から逃げ出した中身があちこちに淀んでましたよ、それを少し回収しました」
背けた顔を戻して茶色の小瓶を目を細めて良く見る。
「一杯になってるわね」
「お供え物と言ったら酒ですからね、アルコールで薄めました。あそこから1本頂きましたよ」
天王星守備隊レッド隊長から貰ったケンタウロス族のお酒と書かれた箱を指差す。
「お供え物がお酒だけとは限らないと思うのだけど」
昴くんは話が脱線するのを防ぎたかったのであまり会話に参加しないようにしていたのだけど、ピエロがお酒にあまりにも固執しているような気がして思わず言ってしまった。
「何か言ったかしら」
アイリーンが白々しく聞く。
「ピエロさんがアル中になってしまうんじゃないかと心配なんだよ」
アイリーンはピエロの話しにうんうんと頷いて賛成の意思表示をしているところだった。
「ごもっともな意見だわ、でもね神々が飲むのはネクタルってお酒らしいじゃない、それに神社にはお酒の樽が幾つもお供えしてあるわ、だからお供え物って言ったらお酒で間違いないと思うの、お供え物をしてお祈りし終わったら皆でお酒を飲むのよ……そうねやっぱり何かおつまみも必要よね」
「わかったよ、でもお酒は飲めないからね、そう言うことだったら休憩室に行ってから儀式を始めたほうが良くないかなあ」
昴くんが自棄気味になって言う。
「このコバルトは僕が連れて行くよ」
宇宙服の腕を持って肩に担ぐ。
(お、重い)
これで休憩室まで歩くのは無理かもと思っていると宇宙服の右手がピエロのほうに差し出される。
「ねえピエロ……コバちゃんがお供え物を要求してるみたいだわよ」
「コバちゃん……って誰?」
昴くんは恐れていたことが現実になったと感じた。
レヴィとアシュラは顔を見合せクスクスと笑う。
ピエロはイノマンのポーズを決めた。
スターキッドはまだアステロイドベルトを抜けていない。




