160.コバルトの妖精2
スターキッドのコクピットでは四人のクルーたちによる今後の航海予定と道中で発生が想定されるトラブルの対処方法などについてミーティングが開かれていた。
そのはずだったのだけど、いつの間にか雑談会になってしまっている。
「スターキッドAIのロボくんも居るんだから僕たち全員で五人だよね」
昴くんが唐突に意味もない独り言を大きな声で言い出していた。
そして今はどうしてこんなに遅いスピードで航行しているのかその理由を聞いている。
「そうよ高速で移動してる最中に今のは何だったのかしらっていちいち引き返してたらいつまでたっても目的地に着かないわ、それなら最初からゆっくり飛んでたほうがましだと思うのよね」
アイリーンが操縦席を回転させ正面モニターで流れゆく隕石をぼーっと眺めながら言う。
(愛鈴は操縦席をあっち向けたりこっち向けたりしてるけどさ、その内退屈しのぎで回転させて遊び出したりしなければいいんだけど)
昴くんは不安な気持ちを持ったまま話し出す。
「そうだけどさ、目に付いた物は何でも報告していいって言っても、ここにある隕石についていちいち報告しないだろうしさ、多分不審物とかだろうけど何を基準にして不審物だと判断すればいいのかなあ」
「わかってるわよ、報告しなければいけない物を見たらピピってインスピレーションが働くの、そういった時は報告するわ」
アイリーンが眠そうな声を押し殺しながら言って操縦席をグルグルと回転させている。
アシュラのほうを向いた所で丁度止まって目が合ってしまう。
「アイリーン、あれなんかはインスピレーションが働きませんか」
通信席で暇を持て余していたアシュラが正面モニターに今流れ込んできた景色を指差している。
アイリーンは振り返り見て目を見張った。
「わあ、きれいなコバルト隕石ね、Aちゃんちょっとだけでいいから止まってよ」
「止まれと言われればそりゃあ止まりますよ、命令ですからね。でもそうやって無駄な時間が積もり積もっていかなければいいのですけどと進言しておきます。しかしまあ、何と言いましょうか最後の帳尻合わせはスピード調整で何とでもできますけどね」
ロボくんが皮肉っぽく言ってくる。
「無駄じゃないわよ失礼なAIね、ねえレヴィあれってどれくらいの大きさかしら」
「あれは小さく見えてますけど結構大きいですわよ、このスターキッドとほぼ同じ大きさですね」
「丸ごとは無理ね少し欠片が欲しいのだけど何かしらいい方法がないかしら」
「愛鈴の少しってどれくらいの大きさなの」
昴くんが不安げな表情をして腕を広げながら聞いてくる。
「そうねえ10m四方もあれば満足するかしら」
「やっぱりだ10m四方の大きさを少しって言う人は少ないと思うよ1m四方にしようよ」
「仕方ないわね昴くんの許可が下りたんで早速切り取りましょうか」
(良かったわ~、最近の昴くんは何かに付けて厳しいから絶対に『ダメだからね』って言われると思ったのよ、だから大目に吹っ掛けたんだけどさ作戦が実ったわね)
「アイリーンあれを艇内に持ち込むのはお勧めできません」
思わぬ所でアシュラの反対にあってしまう。
彼女はコバルト色した物体が見つかった時からレヴィの横にある環境監視補助席を引っ張り出して腰掛けて組成解析を行っていた。
「アシュラが言うんだったらちゃんとした理由があるのよね」
(まだ『ダメだ』とは言われてないもんね)
「今は分析途中なのではっきりとは言い切れないのですけど、あれがコバルトかどうかはまだ分かっていません。そうだとしても放射性同位体になる筈なのです。ただ私達がまだ知らない未知の同位体でどの様な特性を持っているのか不明なのです。イノマンにも協力をお願いしているところなのですからもう少し待ってもらいたいのです」
アシュラ達の頭脳を持ってしても直ぐには解明できない。
だからどうしてもおかしな喋り方になってしまっていた。
「あれは放射能を撒き散らしてるのですか」
昴くんが目を細めてモニターを指差す。
「今のところ放射線は出てません。危険はないと思います」
「じゃあ、何が危険だから持ち込めないって言うのよ」
アイリーンがイラつき始めている。
「それが分からないのが問題なんです。今の状態なら安全ですとしか言えないのです。未知の物質は神の領域と一緒なのですよ、良く言うでしょう『触らぬ神に祟りなし』って」
「アシュラあなたいつからAちゃんの信者みたいになっちゃったの」
(スターキッドAIが何か新興宗教みたいなものを始めたんなら入ってみたいな)
昴くんはニヤついた。
「アイリーンそれは僕のことを勇者として褒めているのですよね、まさかアシュラさんに向かって臆病者だなんて決して言わないですもんね」
ロボくんが両手を胸に当てながら言ってくる。
「あら、あなた達は同じ穴のムジナじゃなくて」
「はい、そこまでにして下さい」
昴くんが手際よくロボくんとの間に入りエスカレートしそうになる会話を中断した。
「愛鈴は言い過ぎだから二人に謝るんだよ」
「ごめんなさい……謝ったわよ」
アイリーンがアシュラに頭を下げている時に少し唇を尖らかす。
それを見た昴くんはしかめっ面で応じる。
「それと今が安全な状態なら倉庫の外部ハッチに一番近い場所でコールドスリープカプセルに入れて保管すればいいんじゃないですか。設定をマイナス273℃にしとけば物質は完全停止状態になるんでしたよね」
知ったかぶって言う。
「全てではないですけど、そうですねそれだったらいいかも知れませんですね」
アシュラが妥協した。
「イノマンからの連絡がポラリス経由で入りました。やはり現物が無いことにはどういった物なのか返事ができないと言ってます。ただ、もしもコバルトの同位体なら、医療から兵器まで利用できる有り難い物なので基地のほうから回収に向かわせるそうですから発振器を打ち込んでいて欲しいと言ってます」
通信席に座っていて自分の役割を思い出したアシュラが言う。
(イノマンだったらこの岩石からコバルト爆弾なんて朝飯前に作っちゃうんでしょうね)
アイリーンは何も考えず軽い気持ちで恐ろしいことを想像している。
「わかったって伝えといて」
「イノマン先生は若い頃にお金や仲間を欲して大量殺人兵器など作ってしまった過去がありますけど、今では心を入れ替えられてましてよ、それからは人命を重んじていらっしゃいますわ」
レヴィはアイリーンの顔色から良からぬことを思っていると考えイノマンを庇った。
「そうかしらね、あのおやじがそう簡単に心を入れ替えるとは思えないのだけど」
(ああ、そうですわねお変わりになられたのはアイリーンさんと一緒に行動されるようになってからだと思いますわよ。私はイノマン先生にコールドスリープから目覚めさせていただいた後で千年の空白を埋めるために色々とお勉強しましたわ、先生が暫く留守にすると言われてテレポートマシーンで出ていかれてからの過去について調べましたの、それでアイリーンさんが先生からとても愛されていることがわかったのですわ)
レヴィは口に出すと口論になりそうな気がしたので自分の中で思うだけにした。
「あと、ここまでの行程では他の宇宙船と一度もでくわさなかったってのも一緒に報告しといてね。どうせオビス司令官たちの側に居るんだろうから伝わるわよね」
スターキッドが地球行きの行程をゆっくりしている理由のもう一つに星籍不明の宇宙船が道中に居ないか検索するのも含まれていた。
「スパイがまだ他に居るかも知れないってことだよね」
昴くんが心配しながら聞く。
「スパイとか敵の残存艦とか、ただの物見船とか色々ですね」
アシュラが返事をした。
「それでは私があのコバルト塊の一部を削り取って参ります。倉庫に回収する準備はお願いしてて宜しいですわよね」
レヴィが立ち上がり背伸びをしながら言う。
「ちょっと待って、レヴィが出ていかなくても他に方法があると思うよ」
昴くんがコクピットを出ていこうとするレヴィの手を取って引き留める。
その目は何がなんでも宇宙空間へは出ていかせないと言っているみたい。
「わかりましたわ、昴くんは絶対に許してくれそうにありませんね、それでは仕方がありませんのでコア抜きドリルミサイルを使いましょうか」
レヴィは退屈しのぎができたんだけどなあと言った表情をしている。
「それはなあに? 初めて聞く名前なのだけど」
アイリーンの声がフルフルと震え出しそうになっていく。
「イノマンじゃなくて……九論さんが冥王星で開発されました兵器……じゃなくて工作機械、そう、掘削工具ですわ」
レヴィは笑い出すのを堪えながら言う。
「掘削工具ねえ~、その言い訳には少し無理があるんじゃないかしら、それはそうと冥王星にある研究所での出来事ならイノマンでいいわよ、うちの九論はまだ真っ白のままなんだからね」
(『まだ』って付けたのはこれから黒に染まるのを前提に言っているのだろうか)
昴くんは自分も『まだ』に含まれるのかなあとぼんやりと思った。
「出発前に倉庫が一杯になるほど色々な物が詰め込まれたけどさ、その中にはイノマンが開発したあれやこれやや、まだうちが知らない何かが一杯あるんじゃないかしら」
アイリーンは期待と不安の天秤が自分の中で揺れ動いているのを心地よく感じている。
「アイリーンさんが喜ぶような品物は無かったと思いますわ」
レヴィがズパッと言う。
「即座に断言するところが怪しいわね。でもまあいいわ、いつかはわかることだしね」
倉庫の中で眠っているあれやこれやが、これから先の行路で表舞台に出てこないことを昴くんは切に祈っていた。




