120.桃源郷4
コクピットに入ってきたアイリーンは少し大人びて見えた。
ネグリジェパジャマを着たままでやって来てるせいかもしれない。
地球防衛基地の繁華街で新月さんと一緒に買ったパジャマを見せびらかしたかっただけだろうと思う。
「愛鈴おはよう、朝ではないけどね良く寝れたかなあ、でも起き抜けの挨拶が『大嫌い』ってのはどうかと思うのだけど」
昴くんは少しビビリながらアイリーンが『大嫌い』と言う理由を探す。
(愛鈴の雰囲気が変わってる様に思うのはなぜなんだろうパジャマだけのせいじゃないこの違和感は……)
「愛鈴その胸どうかしたの! 腫れ……いや大きくなってない?」
アイリーンは両腕を前で組んでいたので直ぐに気付くべきだったのだが意識が拒否してたみたいだ。
組んだ腕の上でおっぱいが……たわわに実っている。
「あなた達うちを勝手にコールドスリープさせたでしょう、うちだけ大人になってしまったじゃない」
アイリーンが誤魔化されないわよと睨んできたけどその表情がまた可愛い。
「してないよ、したかったけど今みたいに怒り狂うんじゃないかと思うととても勇気が持てなかったからね、それにコールドスリープしてたら時間が止まった状態なんだから大きくならないし、おまけに僕たち2人はロースさんに成長しない不老の呪い、じゃなくて加護を受けてるんだから姿は変わらない筈だよ」
「そうよね、でもこの胸見てよ何年も経たないとこんなに大きくなる筈ないのよ、寝てる間に何年も経ったんだとしか思えないわ」
アイリーンは勝手にコールドスリープさせられたことには怒っていたが胸が大きくなっている事は嬉しいので笑顔で怒気を放っている。
(愛鈴がかなり混乱してるみたいだよ)
「もしかしたら寝てる間に光学擬態とかしてないかなあ」
昴くんはアイリーンの理性の糸が切れて言うことを聞かなくなる前に納得させるように話しだす。
「夢の中で光学擬態をしたんじゃないかって言いたいのかしら」
「昼寝なんか滅多にしないでしょう、しかし昼寝のせいにしてしまうと他にも色々と怖いことが起きそうで嫌だよね」
「そうよね、それでうちは何時間寝てたのってあっあれは何? 恒星よね」
アイリーンが少し落ち着いて周囲を見渡すと暗赤色に輝く星が全面スクリーンに映し出されているのに気付く。
〈プロキシマケンタウリです。地球人類の移民先ですよ、昴くんとロースさんとフレアホースさんの3人でシューウォッシュ・ナビをしたのです〉
スターキッドAIがここぞとばかりに話に割り込んできた。
「びっくりしたわー、うちが『3年寝たろう』になっちゃったんじゃないかと思ったわよ」
アイリーンは大きくなった胸をゆらしながら言う。
結構なボリューム感があり昴くんの目が釘付けになっている。
「ああそれ『三年寝太郎』だよ、多分愛鈴が思っている意味とも違うと思うからね」
(愛鈴は絶対に冗談で言ってるんだよね、深い意味を持ってたなら僕も考え直さないといけなくなるのだけど……)
「昴くんはこれを光学擬態だと思う?」
アイリーンが聞いてきたけど昴くんは自分の考えをまとめるのに忙しかった。
(良かった。寝てる間に異世界へ行ってたのではなさそうだね1つの仮定としてあの訳が分からない生気の結晶を飲んだ事で幽体だけ異世界へ行って何年も過ごしてから肉体に戻ってきた時点で体型が変化したってのも考えてみたんだけど違ってて良かったよ)
昴くんは少し安堵する。
アイリーンの質問にはスターキッドAIが答えた。
〈実際に肉体が変化してますね光学擬態ではないです。多分あれのせいだと思いますよ、あの不思議な小瓶の中身を飲んで寝る前に胸のことを思いながら寝込んだとか夢の中で胸肉が大きくなったりしてませんでしたか〉
スターキッドAIはアイリーンの身体をスキャニングしながら言う。
「嫌なことを聞くわねそれこそ乙女のスカートの中を覗くようなものよ、それでも言わなきゃダメかなあ、そうよね原因究明のためだものねじつわねこの前からいっぱいキスしたでしょうだからもうそろそろ大きくなってもいいんじゃないかって夢の中で期待してたように思うわ」
アイリーンが開き直って言い放つ。
「何でキスしたらその、そうなるって思ったの」
(キスで胸が大きくなるってそんな話しは聞いたこともないけど、しかしスターキッドAIも胸肉って言い方もないと思うけどなあ)
昴くんはアイリーンの情報源を知りたいと思って聞く。
「まあわりと昔から思っていたことなのだけどね白人系の人達ってキスが日常の挨拶でしょう、だから胸が大きいんじゃないのかって答えに至ったのよ」
昴くんはある意味納得したものの返事に困った。
(いや違うと思うんだけど具体的な理由が思い付かないしデリケートな問題なので迂闊に返事するとヤバい気がする)
〈アイリーン、人の外見の決まりかたは遺伝子に組み込まれたメモリーによるものですから自然下においては母親に似るのですよ〉
スターキッドAIが青くなってる昴くんに助け船を出す。
「それならそれでいいのだけど、うちの母親は大きかったわよ」
「愛鈴さっきも言ったように僕たちには不老の加護が、いや違うよね愛鈴がさっき食べた正気の結晶のせいだよきっと愛鈴の望みを叶えてくれたんだと思うよ、きっとそうだよ」
(不老の意味についてはもう一度良く考えよう、成長は普通にするのかもしれないしな)
昴くんは短絡的な考えをしてはいけないと思った。
「じゃあもう一度食べて元に戻してもらう、こんなんはうちじゃないから」
アイリーンが大きくなった胸を持ち上げながら言う。
昴くんはまたしても目のやり場に困りキョロキョロしながら話し出す。
「あの瓶は中身が空っぽになっていたよ、僕もおかしいとは思ったんだけどあの時は半分しか使わなかったよねだから残りが消えたとは思いたくないので蒸発してしまったんじゃないかなあ」
(瓶の中身は人間の正気を濃縮結晶化させたものだと言ってたよな、まさかでも意思を持ってたりしないで欲しいよ、しかし愛鈴の胸が……ねえ)
「あの瓶は一本しか無かったんだよね」
昴くんが確認するように聞く。
「ロースさんが座り込んでいた後ろの棚に一本だけ立っていたのよ目にした瞬間ビビってきたのこれはきっと高級品だってね、それで持ってきたのざっと見た感じあの小瓶は一本しかなかったわ」
(もう一度隅々まで探さないといけないわね)
アイリーンは自分で誰より先に見つけて隠さないと決して自分の物にはならないと確信している。
「そうだよね人間の正気の結晶を詰め込んでる小瓶なんかが何本もあったら怖いよね、イノマンはあと何本持っていたのかなあ」
昴くんはあの小瓶一本にどれ程の正気が詰まってるのだろうかと考えた。
「帰りにでも冥王星のイノマン研究所を訪ねるのもありだよね、九論も居るだろうしさ」
昴くんが思い切って言ってみる。
「何本もあれば箱詰めになってるはずだわ、うちはあれが唯一の一本だと思うのよ」
アイリーンが俯いて諦めモードに入っているとロースさんが近付きいきなり胸を触った。
「大丈夫、まだ固定化されていないから『元に戻れ』と望めば元に戻る」
(ロースさんの言い方だと祈りによって得られた結果はキャンセルできるんじゃないかと思えるな)
昴くんは今の疑問を聞いてみる。
「ロースさん例えばシュー・ウォッシュナビでここまで来たけどもと居た場所に戻りたいと願えば戻れるのですか」
昴くんがそんなことができるならこんなこともできるんじゃないかと思ってロースさんに聞く。
(しかしこれって本当に厚かましいことだよね)
「できない。シュー・ウォッシュナビは祈りの行使によって精霊獣が強制的に行うもの。だからやり直しはできない。アイリーンの胸は自らが望んだ事によって肉体が変化した結果、最近覚えた言葉で言うとクーリングオフができる」
「外部要因が関わってないなら白紙に戻せるってことですか、新しい言葉を覚えて使うなんてロースさんはユニークな妖精さんだったんですね」
『クーリングオフとは少し意味が違うんじゃない』と言い出せない昴くんだった。
「一人になって生きていくと新しいことを覚えられて毎日が楽しい。いろいろと大変ではあるけど」
(ロースさんが生き生きしている様に感じるのだけど何だか疲れてそうにも思えるなあ)
実際のところロースさんとフレアホースさんはシュー・ウォッシュナビでここまで来るのにエネルギーを消費してしまいかなり疲れている。
「じゃあ、ロースさんがこの胸を元に戻しちゃうの今からここで?」
アイリーンがちょっと寂しそうに聞く。
「アイリーンが次に寝る時、元の大きさになるように願いながら眠りにつくといい目が覚めた時には元に戻っているはず」
ロースさんではできないらしい。
「分かったわそうする」
アイリーンは次に寝るまでの間だけだったら思う存分今の大きさを堪能しようと考えた。
(へっへっへっ、いいこと思い付いちゃった)
アイリーンがにやけ顔になっていることに気が付いた昴くんは『火の粉は自分の方へ飛んで来る』と言う事を体験しているので緊急避難を試みる。
「僕は倉庫に行ってロースさんの居場所を作ってくるからね、君はここで周囲の監視をしてるだろう」
(プロキシマケンタウリが見えてる状態でコクピットを無人にはできないだろうから愛鈴はここに留まるはず)
昴くんはロースさんと一緒にコクピットを出て行きかけた。
「そういうことだからAちゃん後は任せたわよ」
〈了解です。後は任せられましたから安心して行ってらっしゃい〉
アイリーンはあっさりスターキッドAIに自分の業務を丸投げする。
「え~っ、ついて来るの? 1人で大丈夫だからさー」
昴くんは当てが外れそうになり慌てた。




