151.反乱12
アイリーンが操縦席から立ち上がり『いざ行こう』と言ってポーズを決める。
「『いざ行こう』ってドンキホーテじゃないんだからやめてよねそれに柄杓で船に水を汲み入れるのは日本の船幽霊のことだからね、西洋のおとぎ話には出てこないよ」
昴くんは頭を抱えた。
九論はいつものお手上げポーズを決めている。
「アイリーンさんはここで歌ってて下さい。私が唄う歌声が影響を及ぼさないようにバリケードの役目をしてもらいます」
「何かデリケートじゃないって言われてるみたいで嫌だなあ」
アイリーンが応じた。
レヴィが懐から丸い板の様な物を取り出して九論と昴くんアイリーンそれぞれにニ枚づつ渡す。
「これは人魚のウロコだな、レヴィのものか」
「そう、コールドスリープから目覚めた時に抜け落ちたのを取って置いたのです。色々な使い途があります。それで今回は間違えて私の歌声が聞こえてきた時に両耳に当てて下さい。洗脳効果が消えて代わりに心地よい気分になりましてよ」
〈僕は貰えないのですか?〉
「あら、スターキッドAIさんに耳がありましたら渡しますけど」
〈いつも皆の声を聞いているじゃないですか、一枚だけで良いので欲しいです〉
「わかりました。一枚をコクピットの集音器に取り付けますから、他の回路を切って下さいますか」
〈ありがとう、嬉しいです〉
アイリーンはまだ歌いたいと思う気持ちは残っているけど、それ以上にレヴィのウロコが気になり、手に取ってしげしげと見つめている。
(これは凄くレアなんじゃないかしら……きっとウルトラレア以上の値打ちがあるわ )
「アイリーンそれを手放そうなどと考えていたらバチが当たるぞ」
九論はアイリーンが考えそうな事を先読みして脅しをかけておく。
アイリーンは瞳を輝かせたまま、ふるふると首を振ってウロコを宇宙服のポケットに素早くしまう。
昴くんはどの辺のウロコなんだろうと思いながらポケットに入れる。
「どうやって行く気かな」
九論が聞く。
「イノマン先生のテレポートマシーンがありましたけど使わせてもらえますか」
「貸すのは構わないが、レヴィはマリンの艦橋を知らないだろう。目的場所へ無事にテレポートできる確率がかなり低くなるから賛成はできないな」
九論がお手上げのポーズをする。
竪琴を持ったままのレヴィが沈み込んでいく。
「戦艦マリンの艦橋ならまだ覚えている。昔のままなら大丈夫……送れる」
存在を忘れられたかのように静かに佇んでいたロースさんが言ってきた。
「そうだね、ロースさんは僕と一緒にマリンの艦橋へ何回か行ったことがあったよね」
「送れるって、シューウォッシュ・ナビをする気なのかしら、レヴィだけ跳ばせるの?」
アイリーンが疑問符を付けて聞く。
「大丈夫、本当は一緒に跳ぶほうが易しい。だけど着いた途端に戦いが始まったら足手まといになるから行かない」
「戦いが始まったらって、それこそレヴィが危険だよ他の方法を考えようよ」
昴くんが心配する。
「大丈夫、レヴィは……海王族は強い。戦艦マリンがもっと近くに居ればそのまま宇宙へ飛び出して装甲を破り艦橋に行くことさえできる。でも、それではマリンを破壊することになるからお勧めできない」
(ロースさんってレヴィさんのことをよく知ってるみたいに話すけど何でだろう)
「お勧めできないって…… わかったわレヴィとはケンカしないようにする。でもそれでは乗っ取りに失敗した時はどうするのよ帰ってこれないんでしょ」
今度はアイリーンが心配しだした。
「その時は竪琴の戦闘能力を試します。それにロースさんが言われましたように内側からでも装甲はぶち破れましてよ」
(ぶち破るって……お姫様じゃなかったのかなあ)
〈やるなら殺るで早くやりましょうよマリンが目の前に迫ってますって〉
スターキッドAIが悲鳴じみた声を上げる。
地球防衛基地があるアステロイドベルトでこれから繰り広げられようとする戦闘は戦艦5隻に対しスターキッドだけで立ち向かおうとする無謀なものに思えた。
宇宙港爆発の余韻がまだ残る地球防衛基地へ向け北方星域の戦艦5隻が突き進む中、スターキッドは最後尾に位置する戦艦マリンへ再接近している。
「これだけ近ければシューウォッシュ・ナビも安全安心正確にできるわね、本当はうちもレヴィと一緒に行きたいのだけどさっきの話が本当なら足手まといになるだけだからここから見守って応援してるから、だから無理はしないのよダメだと思ったら直ぐに戻ってきてね、約束だからね」
「大丈夫です。では行ってきます」
アイリーンがレヴィの安全を心配するように言ったのに対して余りにも簡素な返事が返ってきた。
彼女の顔は皆に心配を掛けたくないと言わんばかりに笑っている。
「戦艦マリンの艦橋に向けてシュー・ウォッシュ!」
いつの間にかシュー・ウォッシュナビの起動係になったような昴くんの号令でレヴィの姿が掻き消えてゆく。
戦艦マリンの艦橋は慌ただしかった。
指揮卓では青白い肌をした艦長が何を今さらと言いたくなるような分厚い戦艦マリンの取扱説明書を広げ、読み上げながら部下へ指示を飛ばしている。
まあ、彼らがいつも乗っている艦とは使い勝手が違いすぎたのだろう。
その指揮卓で指揮棒を振っている艦長の真横にレヴィが突然出現し、驚く暇も与えずにドルフィンキックで撥ね飛ばす。
そのまま指揮卓の上にバランス良く腰掛け竪琴を弾きながら歌い出した。
竪琴から最初に発せられた『ポロン』の音でマリンのコンピューターはフリーズして次の『ポロリン』で静かにブラックアウトする。
艦橋に居た軍人達はレヴィが竪琴に合わせて唄う最初の言葉『ここに』で硬直し『愛があるのなら』で自我を放棄した。
たとえ言葉の意味は通じなくても歌声で精神感応させている訳だから効果に影響を与えない。
レヴィは通信士に基地のポラリスとマリンのコンピューターをダイレクトリンクさせる指示と艦内スピーカーのボリュームを最大にする指示をを与えてから竪琴を弾くのをやめた。
それから声を大きくして更に歌い続け『静かにおやすみなさい』と歌いきった時には艦内で働く全ての人が隔離部屋の中で深い眠りに落ちていく。
ポラリスはアシュラにより支配されだしたのでその遠隔操作によって戦艦マリンはスターキッドをドッキングさせた。
「それじゃあね、九論はレヴィと一緒にマリンの操艦を宜しく頼むわうちはあいつらのお腹から小型艇が出てくるのを待つわ……いつまでもは待たないけどね。何かあったら直ぐにAちゃんロボットで教えてよ、そのために貸したんだからね」
スターキッドは戦艦マリン艦橋近くのハッチで九論とロースさんフレアホースさんを降ろしてから戦艦4隻の元へと向かう。
最後尾にいたマリンは他の艦からは大きく引き離れている。
「Aちゃん、ちゃんとロボちゃんと接続してるでしょうね」
〈九論がボリュームを下げてなければアイリーンのお腹の音までしっかり聞こえてる筈ですよ〉
「あーっ、そういうこと言うんだ、人が考えない様にしてたものをよくも思い出させてくれたわね。オートレンジでクレープとバニラシェイクを二人分用意しなさいよ、それで許してあげるわ」
〈わかりました。直ぐにご用意させて頂きます。お二人分で宜しかったですよね〉
スターキッドAIが理由もなく丁寧語で返事した。
「僕は要らないから一人分に変更していいよ、愛鈴はこの状況で良く食べれるね感心するよ」
「『当たり前だの』じゃない、昔から言うでしょう『腹が減っては戦はできぬ』ってね、昴くんもちゃんと食べなくてはダメよ」
「そうだね心掛けるようにするよ、今は無理だけどね」
〈このまま敵との交戦可能領域に入っていいですか〉
「待って、ギリギリ一歩手前で戦艦の周りを回ってみて小型機を出さないかしら」
アイリーンは戦って楽に勝てる相手と交戦したいと考えていた。
「でも本当にレヴィって凄かったんだね竪琴と歌声だけで戦艦マリンを奪取してしまうんだもんね」
「そうなのよね、前方に居るカシオペア艦隊って言ってたかしらポラリスとは繋がってないから中の様子が分からないし……本当は小型機なんか積んでないんじゃないかしら」
アイリーンが不安な気持ちを抱き始める。




