139..ヘラクレス2
暗い夜空に星がよく輝いていた。
小高い丘の頂上付近にある小屋なのだから周囲の景色がよく見えるのを昼間見て知っている。
「今はさぞかし周囲からよく見えてることだろう」
ヘラクレスが独り言のように言う。
(この山小屋自体アドウェルが用意したものと考えるべきだろう。だから長居は無用だ)
ヘラクレスが焦っている様子を見せた。
「わかりました。ここから離れましょう、ただし荷物を纏めるだけの時間は下さいね。猪の肉も持てる分は持って行きたいですからね」
「よし、手分けして早く終らせよう」
ヘラクレスはヘーベとアレクが荷物を纏めている間、小ぶりの木を根こそぎ引き抜き持って来て竈の廻りに三つ横たえ大きな葉っぱを掛ける。
「これでカムフラージュになってくれるといいんだがな」
「遠くから見たら僕たち三人が火を囲んで寝てる様に見えるよ」
アレクが意味を理解して安堵の言葉を掛けた。
(気休めでもありがたいな)
ヘラクレスは心の中で感謝する。
「では目立たないようにして行こうか」
ヘラクレスが先頭に立ち少し間を置いてヘーベ、アレクの順番に用を足したのと反対側の草むらへ消えて行く。
真夜中の見知らぬ土地での行動は良く訓練された兵士でもきつい。
ヘラクレスはそこのところを十分理解しているので無理はせず、谷へ下りきった所で一休みする。
「谷間はあまり好きではありませんわ」
ヘーベが辺りを気にしながら言う。
「ジメジメしてるからだろう、お前は昔からナメクジが嫌いだったな」
「違いますよ……」
「敵に襲われたとき逃げ場が限られるからだよねそれに戦いが始まれば最初から不利な立ち位置になってるよね」
アレクが言う。
「お前たちどこでそんな戦略を勉強したのかね」
戦士として感心している。
「私たち4週間も野生の動物たちと戦っていたのですよ、そのくらいの知恵は直ぐに身に付きましてよ」
「1ヶ月か長い間苦労を掛けたな」
「苦労じゃないよ本物のサバイバル生活ができたと思ってるし、お父さんともこうして会うことができて今は楽しい気分になってるよ、ここに来てだいぶ体力も付いたからね、だから大丈夫歩こう」
アレクは元気だよと腕を振ってアピールした。
「どちらへ向かわれます。このまま谷を下って海に出ますか?」
ヘラクレスは考えた。
(私が最初に海に落とされてから北に陸地を見つけて泳いだんだ。だからもしここが島だとしたら南端に上陸したことになるんだな、そのまま北の高台を目指して登り今は北側の斜面を下りきっている。西から東に谷が続いているけど水は流れていない。東に進むと海に出るのならここは島だと思っていたけど半島になるのかも知れないな。まあどちらにしてもあまり関係ない話になるけどな。でも今は……)
「いや、こちら側の斜面を上って少しの間でいいからあの小屋を監視していたい。奴が現れるかも知れないしな」
三人は少し休んで、下りてきたのとは反対側の山を登り始めた。
「奴って言うのは僕たちをこんな目に遭わせた張本人のことでしょう、誰だか分かってるのですか」
「いいやヒューマン族なのは確かなのだが直接には会ってないしホログラフィーの時はお面を被っていたから誰なのかまではわからない、巨大化したリバイヤサンに薬を嗅がせて何をしようとするのかも分からない、あの時リバイヤサンに駆け寄って行ってた少女は多分娘だろうけど何をされるのかも分からない。即効性の睡眠薬と聞いていたけど完全な昏睡状態になっていたな、死んでなければいいけど」
ヘラクレスが心苦しそうに言う。
「僕たちもこれからどうしたら良いのか分からない。分からないだらけだね」
アレクはできるだけ軽い口調で言い、気分を和らげようとする。
「リバイヤサン父娘を助けたいですね。あなたが一役買ってしまってますものね」
ヘーベは雲を掴むような話の中でそんなことができるのだろうかと思いながらも言ないと気が済まなかった。
「そうだな、その為にもまず私たちが生き延びなくてはいけないな」
登っている山の山頂が見えてきたのでそこまでは行かず適当な場所を見繕い持って来たスコップで穴を掘りビバークする。
これもやはり持ってきた猪肉を焼いて食べ終わると、へーべとアレクは緊張の糸が切れたように眠りに落ちた。
ヘラクレスは逆に緊張が高まり眠れそうにない。
上空から見られないように気を付けて穴の外側付近に腰を下ろし目を閉じて休む。
多分眠ってしまったのだろう、ほんの少しの間だけ目を瞑っていた感覚しかないのに空が朝焼けみたいに明るくなっている。
「アレクほら起きて見なさい朝日が昇って来るよ」
向かいに見えるさっきまで居た小屋の屋根がさらに赤く輝きだす。
「お父さんあれは朝日じゃないよ~、朝日は西から昇ったりしないよ」
アレクはまだ眠い目をこすりながら言う。
次の瞬間強い光が射し轟音と地響きが続けて起きて両方の山が沈んでいく。
山が低くなるに連れて谷が埋まりほぼ同じ高さになった頃になって地響きが収まる。
「みんな無事か!」
ヘラクレスが叫ぶ。
「お母さんも僕も大丈夫だよ」
アレクがヘーベを庇いながら土の中から現れた。
「頂上付近に居て良かったわね、下の方に居たかと思うとぞっとしますわ」
「ああ、本当に三人とも無事で良かった。私だけで小屋があった付近の様子を見てくるから待っててくれないか」
「私たちも行きます。もう離れ離れになるのは嫌ですからね」
へーべが断固とした表情をして言う。
「そうだよ~、一緒に行こうよ」
アレクが置いていかれないように手を取ってくる。
「わかった一緒に行こうか」
ヘラクレスがアレクの手を優しくほどきながら言う。
「山が崩れて平地になってるから楽に行けるよね」
「足場が悪くなっているからな、そんなに楽ではないと思うぞ」
「あの光、何だったんだろうね小屋に爆弾でも仕掛けてあったのかなあ、爆発のタイミングがドンピシャリだったね」
「私たちを陥れた張本人が時々見ていたのだと思うぞ。私が合流したのを確認した上で三人が寝ている時を見計らってやったのだろう」
「逃げてる時を見られなくて良かったね」
アレクが安堵の吐息を漏らす。
「いやいや寝ている姿をカムフラージュしている時を見られたほうが不味かったと思うぞ」
「まあどちらにしても私たちがあの場に居たと思ってもらえて良かったですね」
ヘーベが話を終らせる。
そろそろと歩き爆発した小屋の近くまで来たので三人とも気配を殺し忍び足で歩き出す。
小屋があったと思われる場所に近づくと囁く様な声が聞こえてきた。
「ちっ、思ったより破壊力が強かったな、これじゃ死体も見付からないじゃないか」
アドウェルが独り言を言いながら爆発現場に居る。
「見つけたぞ! お前だな待ちやがれ」
誰であれ、犯罪者が逃げ出す時の早さと言ったらオリンピック短距離選手もたじろぐに違いない。
ヘラクレスが茂みから出てくるや否やアドウェルが反対方向へ猛ダッシュで逃げ出す。
ヘラクレスも必死で追い掛けるがなかなか追い付かない。
だいぶ遅れてヘーベとアレクも追ってきてる気配がする。
持久走だなと思って諦めずに追い掛けていく。
すると前を走っていた容疑者の姿が突然スーッと消えた。
「しまった逃げられたか」
ヘラクレスは焦った。
このまま逃がしたらこっちの起死回生のチャンスがなくなってしまう。
「うわっ、トンネルだ!」
思わず飛び退く。
トンネルと思った穴の底で追い掛けていた容疑者が倒れている。
「ハアハア、落とし穴? アレクが掘った獣用の罠か」
程なくして後ろの二人が追い付いてきた。
「ハアハア、罠に嵌ったんだね、死んでるのかなあ」
アレクはヘラクレス程ではなくても息が荒い。
「ピクピクしてるだろう、まだ死んではいない」
「止めを刺す?」
平然と恐ろしいことを言う。
「ダメよアレク活き造りにして証人になってもらいましょう。賠償金もしっかり貰わないといけませんよ」
ヘーベも残酷なことを言ってきたけど、それより二人は息も切らさず平然としている母親に驚いている。
「こいつは格闘技大会の主催者じゃないか偽名でなければアドウェルと言ってたな」
「あなた、あのアドウェル家でしたらカシオペア座イプシロン星に居城を持つ大富豪で独裁者だと聞いてますわ、確か四男坊があちこちで放蕩を繰り返して家名に泥を塗っていると噂されてます。その方でしょうか」
「多分そうだろうよ親善大会そのものが罠だったんだと思う、陥れたかったのはリバイヤサンだろうがいい迷惑だ」
「そんなものにどうして出場なさったのですか」
「私の端末にメールが届いたんだ。表題が『家族を預かった』になってて直ぐお前たちに連絡をしたけど通じなかった。それで家に帰るとテーブルの上に親善大会出場カードと録音端末が置いてあって事細かく指示されてたんだ。それが大会前日のことだったので会社を休んで出るしかなかったんだ」
(指示されたロッカーの中に小瓶があって『睡眠薬だギブアップする時に相手に嗅がせろ』とも書いてあったとかは言わなくてもいいよな)
「お父さん、あの大会は出場者400人で4日間戦い抜くんだったのでしょう。決勝戦の相手がリバイヤサンって確定してたんなら398人の選手が八百長してたんですか?」
「いや、八百長しなくても参加者全員を選抜して私たち二人より強い選手を除外したんだろうな、リバイヤサンと私がいれば十分に大会目玉の役目は果たしただろう、ただお前の言う通り決勝戦だけは八百長だったな」
「でも無事にこうして会うことができて良かったですわ、この方がここまで来るのに使った何かがありますよねそれを使って帰れないでしょうか」
「そうだな、じゃあこいつの目を覚まさせるか」
ヘラクレスはそう言うとアドウェルを片手で摘まんで引っ張り上げた。
ここがどの時代の何処であろうと三人には既に関係なくなっている。
ヘラクレス親子はもうすぐ元の時代の自分達の家に帰れるのだから。




