138.ヘラクレス1
地球暦AD1000年の南米ペルーのナスカ地方で行われた宇宙人格闘技親善大会で準優勝したヘラクレスは憤慨しながら格闘技場のロッカールームを目指している。
「いつになったら解放してくれるんだ、言われた通りにしたじゃないか」
独り言が勝手に出て『しまった』の表情をして口を手で塞ぎ周囲を見渡した。
誰も居ないことを見届けると安堵のため息を漏らしてまた歩き出す。
ヘラクレスは八百長を強いられていた。
おまけにリバイヤサンに睡眠薬を嗅がせる事もやらされている。
その理由は妻子を人質に取られているからだった。
アドウェルはヘラクレスを脅迫する時、直接会わずに秘匿メールで一方的に指示を出しているので身元はバレていない。
『お前の家族は預かった。こちらの指示通りに従えば無事に再会できる』
ヘラクレスにはその事実を確認することだけが許されていた。
(何かの間違いだろうそれとも全く身に覚えはないけれど悪質な嫌がらせだろうか)
そう思って気楽に妻と息子へ連絡するけどどちらとも繋がらない。
これはと思い仕事を中断してアパートメントに戻る。
何事もなければ職場にトンボ返りするつもりでいた。
まあ、晩ご飯を食べて戻っても1時間のロスで済むだろうと思っている。
時刻は21時になっていた。
寝るにはまだ早い時間だ。
だけど全ての部屋を探しても何処にも居ない。
買い物に出たのだろうと結論付けて待つことにする。
キッチンでコーヒーを入れてるとリビングテーブルの上で何かが点滅してるのに気付く。
近付いて見ると親善格闘技大会の出場カードとその上に携帯録音機が置かれて再生ボタンが点滅している。
不吉な予感を抱きつつ再生させると、謳い文句も定石通り言われるまま従う他に道はないことを悟った。
あとは上司に散々罵られながらも日頃の行いが良かったのもあり無事に無期限の休暇を取ることに成功して現在に至っている。
「約束は果たしたぞ、今度はそっちの番だ」
控え室の指定された自分のロッカーに向かって言うが当然返事はない。
「くそ!」
腹いせにロッカーを蹴たぐると扉が開き中から野球のボールが転がり出てきた。
「ボールじゃないな、これは確か一回限りの使い捨てホログラフィーか」
ボールを手に取って調べながら呟く。
周囲に人が居ないことやカメラ類の設置が無いことを確認して床に叩きつけて割る。
淡い光が立ち上ぼり仮面を被ったアドウェルの姿が浮かび上がって喋りだす。
『やあ準優勝おめでとう、今君に直接会うとくびり殺されかねないのでこういうやり方を使わせてもらう『嘘は付かない、約束は守る』は私のモットーとしてるところだから破らせないで欲しいでは本題に入ろう。妻子の元へ行きたければ今すぐこのホログラフィーが消える前に自分のロッカーに飛び込め。何? 『こんな狭い所に入れる筈がない』だと、やってみなくちゃ分からないだろう』
ヘラクレスは『ロッカーに飛び込め』の言葉を聞くと同時に水泳選手顔負けの要領でロッカーに頭から飛び込んでいた。
(どこも痛くないぞ扉の所で空間移動したんだろうな、ここは海かな出口が崖でなくて良かったもんだ)
本物の海にダイブしていて真昼の太陽の下、一つしか見えない陸に向かって泳ぎ出す。
陸に上がると今度は高台目指して歩く。
(次はどうすればいい?)
高台を目指しながら次の行動を考える。
(大丈夫、皆とは直ぐに会える。もしかしたらあいつらもこの頂上に居て私が来るのを待っているかもしれない、そしたら3人で酒を飲もう。もし酒があればの話だけどな)
良いことだけを考えるようにしてマイナス思考が浮かんでこないようにする。
高台の頂上は少し開けた台地になっていて家とは呼べなくても立派な小屋が見えた。
「ヘーベ! アレク!」
妻と息子の名前を叫びながら扉を開けるけど中はもぬけの殻になっている。
(人が生活している様子がある。やっぱりここで待っていたんだ。しばらく待つしかないかな)
小屋の屋根によじ登って待っていると草をかき分けて歩いて来るヘーベの姿が見えた。
「ヘーベ無事だったか? すまなかった巻き込んでしまって」
「ええ無事です……けど何に巻き込まれたのでしょうかねぇ? 朝、目が覚めたらアレクと二人でここの芝生で寝てたのですよ。二人とも時空変異か何かに巻き込まれたんじゃないかと思ってました」
ヘラクレスは少し安堵する。
「アレクも無事なのか」
「ええ、アレクは食料を取りに行ってます。もうすぐ帰ってくる筈ですよ」
ヘーベはそう言いながら水が入った水筒を手渡す。
「アレクが帰ってくる前に火を起こさないといけませんの」
小屋の前に設置されている竈の灰をかき分けて燻っている木片に息を吹き掛ける。
火種が赤く甦ってくると良く乾燥した枯れ葉を置いて炎を上げていく。
「て、手際がいいな」
ヘラクレスは感心しながらどれくらいの期間ここで生活してるんだろうと思った。
「ただいま」
草むらの中からアレクの声がする。
アレクは誰か他の人が来てる気配を遠くから察知していた。
お母さんが『秘密の言葉』を喋った時には直ぐに攻撃できる体勢で近づいて来ている。
「お帰りアレク、お父さんが帰ってきてるわよ」
「お父さん! お父さん怖かったよー、もう死んじゃったんじゃないかって……」
アレクがヘラクレスに飛び掛かっていく。
「もう大丈夫だからすまなかった。巻き添えにしてしまって」
ヘラクレスはもう十分に大きく育った息子を抱きしめる。
「起きてしまったことをいろいろ悔やんでも仕方がないでしょう。これからのことを話し合って決めましょうよ」
この状況でこう言うことを平然と言ってのけるヘーベが強い女性だと改めて思う。
「先に食事の用意をするね、今日は猪を捕ってきたから」
アレクは当たり前のように『うんうん』と頷き獲物の猪を掲げて見せる。
「す、凄いな、猪を素手で捕まえたのか」
アレクが武器を持っていないのを見て言う。
「素手でも捕れるけど最近は罠を使ってる何てったって楽だからね、今日のは落とし穴に嵌まってたから竹槍で止めを刺したよ」
(竹槍とは何とも時代遅れな)
「お父さんバラすの手伝ってよ」
アレクが腰の後ろで横向きに取り付けている鞘からセラミック刀を取り出す。
「どれくらいここに居るのかな」
「さあ、僕は数えてないけど長いよお母さんが数えてたと思う。でもずーっと暖かい日が続いているから良かったよ」
猪をバラしながら話をする。
「他に行こうとは思わなかったんだね」
ヘラクレスは良い決断をしたと感心した。
安全さえ確認できればそこを拠点に留まることで体力と精神面に余裕ができて生存の確率が高くなる。
ただそれは捜索隊が来てくれればの話だけど。
「何となくだけど、ここに居なくっちゃいけない気がしたんだ」
アレクが言う。
「その理由があるのかい」
ヘラクレスが更に聞く。
「小屋の中にと言うかこの小屋自体、僕たちが宇宙旅行で使ってるスぺーステントを改良した物みたいなんだ。それに武器になるものはなかったけど上等のキャンプ道具一式が揃っていたんだ、このセラミック刀は武器かも知れないけど藪を切り開く時には必要だものね、だから誰かが僕たちをここに閉じ込めるのが目的ではないかって思ったんだ」
「ここが他の誰かの持ち物だとは思わなかったのか?」
「お母さんがそう思ってたみたい。だから、あまり手を触れずに待ってたほうがいいって言うんだ。僕は従うしかなかったよ」
「それで誰も戻って来なかったんだな」
「そうだよ2日も小屋の外で野宿したよ暖かかったから良かったんだけど、でも3日目に雨が降ったから小屋の中に入れてもらったのさ、鍵は最初から掛かってなかったしね」
「それからは小屋の中で生活したんだろう」
「小屋の中には電気もガスも水道もなかったんだ。だからキャンプ道具を借りて雨の日以外は屋外で生活してるよ」
「そこの竈はアレクが作ったのか、良くできてるな」
「お母さんが知恵を出してね、僕は言われるままに作ったんだ、罠の作り方も教えてもらったんだよ」
「お父さんと結婚する前までお母さんはレスキュー隊に所属していたからね、そういった知識は豊富なんじゃないかなあ」
「へえー、その話は知らなかったな今度詳しく聞かせてもらおうかな」
「楽しくないことのほうが多かったみたいだからあまりしつこく聞くんじゃないぞ」
「だったら聞かないや」
アレクはキッパリと返事する。
話しながらでも手は動かしていて今日の晩ご飯分は解体できたよう。
あとは焼くだけだ。
「お母さん持っていくよ」
「こっちも準備いいわよ」
「その前に、ト、トイレはどこかな?」
ヘラクレスは食事の前に用を足したいらしい。
へーべが薄暗くなってきた草むらを真っ直ぐに指差す。
ヘラクレスは考え込みながら用を足している。
「ここがもし無人島だったら生態系に悪影響を与えるな」
アレクから渡されたキャンプ用品のスコップで後始末をしてから2人の元へ戻る。
無人島? での食事は終わった。
「じゃあ、出発しようか」
辺りは既に真っ暗闇になっていた。
竈より立ち上る炎が3人の顔を赤く照らし何とも言えない表情を浮かび上がらせる。
「お父さん正気の沙汰じゃないよ」
アレクが無駄だと知りつつ異議を唱えた。
「こんなに暗くなってから動こうとする訳を聞かせて下さい」
(さすが我が妻、夫の方針には従うが理由を聞かせろと言う)
「私たちをここへ閉じ込めようとした人間が何を考えているのか分からないだろ、そいつがここを用意したと思うのが一番普通だ。だったら皆が揃ったいま私たちはここを離れるべきじゃないのかな」
「あなたが巻き込んでしまったと言った元凶の人が関わっているのですね」
「そうだ、私をお前たちと再会させた後に何かする心算かも知れないからな、直ぐにでもここから離れたい」




