118.桃源郷2
〈思春期の二人ですからね〉
スターキッドAIがいつものようにからかってくる。
昴くんはそれを無視した。
(下手に受け答えすると不利になるばかりだよ)
「2人とも聞いてよロースさんが居たのよって、Aちゃんはもう知っているわよね」
アイリーンがロースさんをおんぶして来て言う。
その手には小ぶりの瓶がしっかり握られている。
「ロースさん大丈夫なの……かなり弱ってるみたいだけど」
昴くんが心配そうに声を掛けた。
「うちらの傍に居てもらった方が良いと思うのよ、回復が早くならないかしら」
アイリーンも心配そうに言う。
「ねえ愛鈴…… 君がキスしたら元気になるんじゃないかなあ」
「昴くんはうちがそう……何度もロースさんとはいえ他の男の人とその……キスしても平気なの、そんなことを言う昴くんはちょっと悲しいかも」
(ロースさんは妖精なんだから男女の区別って無いんじゃないのかなあ~)
「ごめんよー、そんなに気にしてるなんて思わなくてさ人工呼吸みたいなものだと思っていたんだよー」
(へえ~、いいこと聞いたわ憶えてなさいよね)
昴くんはアイリーンの口許がつり上がっていくのを見て背筋に悪寒が走った。
「この前キスした時にうち達少しだけだけど若返ったじゃない、また何か影響があるかも知れないわだから迂闊にしないほうがいいと思うの」
「そうかもしれないね、じゃあさ何かこうロースさんが元気になりそうな事をしようよ」
「そうね、お祈りだけじゃないってのは分かったし、だったら宴会よね美味しいものを食べたら元気が出るわ丁度お酒も持ってきたことだし」
アイリーンはおんぶしていたロースさんを昴くんに預ける。
アイリーンの両手は自由になり昴くんはロースさんを右脇に抱え込んでいるので彼女の行動を阻止できなくなってしまった。
「愛鈴良く聞いて、飲酒は駄目だって言ってるよね」
「フッフッフ、昴くんあまり頭が固すぎると世の中の楽しみ事の99%は損をするわよ、確かに未成年の飲酒は駄目よ、でもね、お酒をこうしてスポンジケーキに垂らしてっと」
アイリーンはそう言いながらオートレンジで作っていたスポンジケーキに倉庫から持ってきた小瓶の中身を半分ほど垂らし込む。
「ラム酒入りパウンドケーキって言うじゃない、これは飲酒じゃないのよ食べるんだから違法行為にはならないいわゆる法の抜け道ってやつよね、ほら食べてごらんなさいよ絶対に美味しいんだから2人でお茶会を初めましょうよ」
〈4人ですよね~〉
スターキッドAIが遠慮がちに小さい声で言う。
「本当に始める気なのだったら休憩室に行こうよ」
昴くんがロースさんを抱えたままなのでアイリーンはスポンジケーキの皿と洋酒の小瓶を手にして休憩室へと移動する。
テーブルの上で小さく切り分けた洋酒が滴るスポンジケーキをスプーンに載せ無言で昴くんの口許へ持ってゆく。
「良い香り美味しそう、でも僕は食べないよスターキッドの副操縦士として絶対に飲酒運転はしませんから」
「なに屁理屈こねてるのよばかばかしいにも程があるわ」
(何よ、一緒に食べましょうって言ってるのに昴くんのいけず)
「ロースさん食べるかなあ、元気になるかもしれないわ」
アイリーンが昴くんからロースさんの口元へスプーンを移動させた。
昴くんは透かさずスプーンからロースさんを遠ざける。
そう、遠ざけるつもりで腕に力が入った。
横に抱えるようにして支えていたのだから当然その身体は引き寄せられぐったりしていたロースさんには抵抗のしようもなく昴くんと唇を合わせる形になる。
無理な抵抗をすればロースさんが傷付くのではないかと思い昴くんはそのままの体勢を受け入れた。
「やるじゃない」
アイリーンの冷たい言葉が柔らかい心に深く深く突き刺さっていく。
スターキッドは太陽から200億Kmの彼方まで離れた所で恒星間飛行速度に設定されている光速の80%へ到達していた。
アイリーンはスポンジケーキに冥王星産と思われる洋酒をたっぷり染み込ませたお菓子を作っている。
お菓子は食べ物なので日本の法律で禁止されている未成年の飲酒には当てはまらないというのが言い訳だ。
だが昴くんにも食べさせて共犯者にしようとしたアイリーンの魂胆は失敗に終わる。
ロースさんの方へ向けていたスプーンを昴くんより阻まれたので仕方なく自分の口にパクッと包み込む。
2人は東域宇宙和平維持連盟があることは知っていたけれどそこに連盟規約があることは知らなかった。
いや、アイリーンは教育を受けているので知っていないといけない……筈なのだけど。
そこには『成人に達していない者は保護対象となりいかなる場合も危険にさらさせてはいけない』の1文がある。
つまりアルコールを摂取する事により成長に危険が及ぶことが考えられる種族においてはそれを禁止しているのだった。
「ふぁー美味しいよ~、口の中に広がる清涼感がたまらないわ~、今にも身体が宙に浮きそうよ昴くんはケーキよりロースさんの唇が好きなのよね、お付き合い方を考えようかしら」
アイリーンがニンマリと昴くんを見つめる。
「酷いよ愛鈴、事故だし自分の意思じゃないし僕だってロースさんの唇より多量のお酒が入ってないスポンジケーキならそっちがいいに決まってるよ」
昴くんの言葉に反応するようにロースさんがピクッと動く。
「分かった昴くんがそう言うなら私は離れる。何とか一人でも立っていられるくらいには回復したから、今までありがとう」
ロースさんがよろよろと昴くんから離れる。
「まだ危ないから支えてるよそれにくっついてた方が回復が早かったよね」
(フレア族妖精のロースさんは地球人の生気を分けてもらってエネルギーとしているんだよな、まあしかしものは言いようで『人の生気を吸って生きている』なんて言うものなら妖精ではなく妖怪扱いになってしまうかもね3度も唇を吸われたことだし…… あれれ愛鈴?)
昴くんの目の前に立っているアイリーンが大きくなっていくと思ったら床から足が離れて宙に浮き出す。
「何よこれ重力安定装置の故障じゃないでしょうね」
〈故障したのはアイリーンだけの様です元々壊れかけてたのでしょう、他は全てオールグリーン正常です。何か変なもの食べませんでしたか? って言っているそばで今まさに食べてますよね〉
(誰が壊れかかってるってのよ後でとっちめてやるんだからそれよりも)
「これはただの洋酒入りスポンジケーキよ、良いお酒を飲むと宙を舞う気持ちになるって聞いたことがあるけどより良いお酒を飲むと本当に宙に浮くのね」
「愛鈴そんなこと絶対にないからこれは異状だから、直ぐに吐き出して……ちょっと待って吐き出すと逆効果になるってこともあるから」
昴くんはアイリーンが持ってきた小瓶を手に取って見る。
(何か書いてあるといいけど瓶の表面のギザギザ模様は文字かも知れない)
「スターキッドAIはこの文字みたいなのって分かるかなあ解読して翻訳できる?」
昴くんが室内監視カメラの前に小瓶を差し出す。
〈カシオペア座アシード星人の古代記号文字で瓶の中身について書いてあります。う~ん地球人の言葉には翻訳が難しいみたいです。ざくっと言うとこの中身はハチミツみたいなものですね。ただし蜜蜂を妖精に入れ換えて想像して下さい〉
(え~っ、そんなー、なぞなぞみたいに言われても困るよ~)
「蜜蜂が花の蜜を集めて出来たのが蜂蜜。妖精さんは何を集めてるのだろうか? 人間のオーラ、感情、カオス、混沌」
昴くんが腕組みして考えてるがなかなか分からない。
(座禅でもして考えてみようかなあ)
「何よ妖精さんでしょう、悪しきものに触れられるわけがないじゃない清浄な人の生気を集めてるのよロースさんが昴くんから吸い取ったみたいにね他に何か考えられて」
(それを今考えてるんじゃないか)
「そうだね人間が持つ正の力、ライトエネルギーを集めているのかもね」
昴くんが答える。
「そうよそれに昴くんの中にはキャプテンライトの魂も溶け込んでいるのよ……」
(そうか、だから融通が効かないんだわ)
アイリーンは全てを納得した。
「ライトエネルギーを集めてできた栄養剤みたいなものって言ったら納得できるわ」
アイリーンが宇宙服を脱ぎ始めている。
「ちょっと愛鈴、何してるの!」
昴くんが反射的に止めに入った。
「頭がぐるぐるして暑いのよ、ちょっと1枚だけ脱がせてよ」
アイリーンは昴くんを引き剥がそうと突っ張っている。
「愛鈴はその宇宙服1枚しか着てないでしょう、おまけに『宇宙服の中はいつも裸よ』って言ってたよね僕も男だから頼むからやめてよね」
「昴くんが男だからってなんでうちが我慢しないといけないのかしら、う~っ身体の中でなんかこう……得体の知れないエネルギーが渦巻いてるわ、今にも口から吐き出しそうよゴ○ラみたいに」
アイリーンが昴くんの腕と闘っているとロースさんが近づいてきた。
(ロースさんまだ元気ないわねやっぱり昴くんだけのキスだけじゃ物足りないのかしらねぇ~)
冗談半分酔った勢い半分でアイリーンの唇がロースさんの唇に微かに触れて離れようとする。
その短い行為が通り過ぎるのをロースさんの手が阻んだ。
アイリーンの顔はロースさんの手によって固定され唇が再びロースさんのものとなる。
昴くんが直ぐに気付いたけど気が動転して動けない。
(美形の妖精さんと愛鈴のキスなんて、じっくり見るのは初めてだけどなんて倒錯的なんだろう)
短いキスをしている間ロースさんの身体が象牙色から薄桃色へとみるみる変化していく。
「ぷはーっ、ロースさん、同意がないキスは犯罪になるんだからね」
アイリーンは怒ったような口調で言う。
「でも愛鈴が先に手を……じゃない唇を出したんじゃないロースさんがそれほど悪いとは思えないよ、それにロースさんかなり元気になったみたいだし良かったんじゃないかなあ」
昴くんがいつものように悪気もなく言う。
それを聞いたアイリーンがジト目で睨んできた。




