132.リバイヤさん1
イノマン研究所に到着した3人は地下室にある隠し通路を通って更に地下に降りて行く。
「だいぶ前の事だけどあの時は連れて来てくれなかったよね」
「ああ、あの時のままだったら今回も連れては来なかったさ、あの後改造してな、どうしても匿う必要が出来たからな」
((匿う?))
アイリーンと昴くんは何かの聞き違いだろうかと思った。
九論が扉を開けると中から蒸気が吹き出してくる。
「お客さんを連れてきた。すまないが少しスチームを切ってくれないか」
(スチームってことはサウナにでも改造したのかなあ、あっアロマのいい香りがする)
昴くんが考えていると水蒸気の向こうから可愛らしい声が聞こえた。
「お帰りなさいイノマン先生、お食事にします? お風呂にします? それともワ・タ・シ?」
真っ白い物干し竿で乾ききった洗濯物みたいに揺らめく蒸気の中から水色の長い髪をたなびかせ豊満な胸をさらけ出した全裸の女性が姿を現す。
「昴くん! 目を閉じて、見ちゃダメ!」
アイリーンが叫ぶ……それより早く昴くんの顔面に平手打ちが飛んできた。
冥王星のイノマン研究所地下にある秘密の隠し部屋。
そこには美人の人魚が住んでいる。
「痛~い、愛鈴いきなり酷いよ~」
顔面ごと目つぶしを喰らった昴くんが文句を言う。
目の前に現れた全裸の女性は昴くんが受けた惨状にビックリして声も上げずに立ち尽くしていた。
「あなたこれを着なさいな」
アイリーンが宇宙服の襟首に手を突っ込みバスローブを引っ張り出して人魚の胸にあてがう。
女性がバスローブを身に付けると足元でダブついている。
見かけよりも小柄で見た目も幼く見えた。
(うちより大きいんじゃないかしら)
宇宙服の襟元から自分の胸を覗き込み見比べる。
「うちはアイリーンあなたのお名前を教えてくれるかしら」
(本名は教えなくていいよね、ややこしくなるし昴くんが呼んでくれてるからそれでいいや)
「私のことはリバイヤ……って呼んで下さい」
人魚娘が九論を気にしながら言う。
「リバイヤが名前でいいのよね、じゃあリバイヤさんね」
「そう呼んで頂けたら嬉しいです」
「わかったわ、これから宜しく。ねえ九論この際だからイノマンでもいいわ『今は九論だからな』と言って逃げられるのはもう嫌だからねそれで着陸前にエム08が見えたわ、まだここにあったのねうちはてっきりアルファ星との定期航路に復帰してると思ってたのだけど」
「今は冥王星駐屯隊員達の居住用宇宙船としてここに常設されている。一番の老船だったのだが全ての任務を終了したからな」
「そうよねC2へ地球人を移送している最中に分解なんかしちゃったら大変だものね、あれもそうかな任務と言えばあのコールドスリープカプセルNo.100はもう下ろしちゃったのね」
「彼女を降ろせなかったなら、まだ現役で頑張り続けないといけなかったかも知れないな」
「彼女? いま九論は彼女って言ったわよね、もしかしてあの中で寝てたのがリバイヤさんだったって言うのかしら」
アイリーンはそんな筈がないと言いたげにブルッと身震いした。
「そうだ」
九論が無慈悲に言う。
「でもあの時はムー大陸とアトランティスを海に沈めた極悪非道の海王族リバイヤサンが南極でコールドスリープさせられてから移民船エム08に乗せられたって聞いたわ、イノマンが迂闊に解凍して食べられてしまったらどうしようって本気で心配したんだからね」
「大丈夫だそんなへまはしない、No.100は解凍出来たし私も無事だ。ただ大幅な歴史の修正が必要になってな彼女がその真実を知る生き証人になってる」
「それは大変じゃない何だかは分からないけど、そんな重要参考人は必ずと言っていいほど悪の組織に命を狙われるわ」
アイリーンは鼻息を荒げた。
「だからここで匿っているのだよ迂闊には外へ出せないからな。このことを知っているのはまだアンバ隊長だけだ」
「そうなのねうちも知ってしまったからには……ここも危ないんじゃない秘密はいつかバレるものよ、それにあなた達いつも『ナイショのことなんだけど』って話を皆で回してるじゃない既に誰かの耳に入ってるかもよ本当に危ないわ」
「アイリーンがスターキッドでオビス司令官の所まで連れて行ってくれないか」
「うちも結構な確率で臨検に引っ掛かってるわ見付かったら何て言えばいいのよ」
「海王族のお姫様がお忍びで遊びに来てることにすればいい、元々閉鎖的な種族だから本当のことを知ってる人はいないだろうお前とも見た目が一緒の年頃だからな、それにあの事件以来海王族は海王星で鎖国していて誰も近づけない……」
九論の話が長引きそうだったのでアイリーンが手を上げて話の途中で割り込む。
「九論はどうするのよリバイヤさんの説明はうちには無理よ、だから一緒にオビスのおっちゃんの所へ行ってくれるのよね」
「オビスのおっちゃんとは司令官のことでいいのかな」
九論は疑問を引きずらない。
「そうよ、うちにとっては優しいおじさんだからね、それで付いてくるのよね」
「いいや、この研究所を閉鎖しようと考えている。このままだとアンバ隊長たちが巻き込まれてしまうからな、必要な物を運び出した後で破壊する。表向きは研究所がイノマンと共に爆発したでいいだろう。アンバ隊長とオビス司令官には爆破の事を伝えているので事後処理は上手くやってくれるはずだ」
「ここがなくなったら寂しくなるわね、それにあなたはどうするのよ」
「まあ、いつかは閉めようと思ってたからいい頃合いだろう、私は身を隠す訳だからどうするかは言えないなフフフ、宇宙海賊になるのも案外面白いかも知れない」
「やめてよねパパ、冗談でも言ってはいけないことよ」
「わかった分かった、だからその呼び方だけはやめてくれ」
「本当に分かってくれたんでしょうね、約束だからね」
アイリーンは本気で怒りだす一歩手前の表情をした。
「そろそろ宜しいでしょうか」
リバイヤさんが恐る恐る聞いてくる。
「何が? どういうことかしら」
アイリーンがトゲのある声で聞き返す。
「フェ~ン、アイリーンさんが怖いです~」
「ごめんごめん、泣かないでよー悪かったからそれで何が言いたいの……でしゅか」
(しまった。優しく言い直そうとして舌かんじゃったじゃない)
アイリーンは赤面した。
「くっ、クックックッ」
話に割り込めず、ずぅ~っとアイリーンの後ろに居た昴くんが声を殺して笑う。
「お食事の用意が整ってるのですけど」
「そうだった忘れてたわ、すごいことに気付いたわ怒りは食欲に勝るってね」
「それではこちらへどうぞ」
リバイヤさんに誘われるまま蒸気によるスモッグが晴れた奥へと進んでいく。
開け放たれた玄関引き戸があって三和土で靴を脱ぐようになっている。
玄関だけ見れば日本の純和風建築の様だ。
「宇宙服だから靴を履いてないのよ、だからこのまま上がっちゃっていいのよね」
(もし宇宙服を脱いでくれって言われたらその下は何も着てないのを覚えてるよね)
昴くんが心配になる。
「私も靴なんて履いてないです。いつものことなので問題ないです」
リバイヤさんはそう言ってそのまま上がっていく。
九論が靴を脱いでスリッパに履き替えている。
「なんだかなあ~」
昴くんはなんとも言えない不思議な気持ちに包まれていく。
不思議なことは他にもあって広すぎる三和土に上がると正面が襖扉になっている。
リバイヤさんがその前で横座りをして扉を開けた。
しかし昴くんは目敏く見抜く。
(リバイヤさんは正座ができないんだ、ふくらはぎの上にお尻を乗せようとすると……あれは脚と言うより尾ひれだよなツルンってな感じで逃げてるよ)
今にも吹き出しそうな表情をしている。
襖が音もなくスライドして開くと畳部屋になっていてその中央に6台の座椅子に囲まれたちゃぶ台が姿を現す。
アイリーンは食欲よりも好奇心が勝るとは絶対に認めたくなかったけど思わず聞いてしまう。
「ねえ、あなた人魚さんでしょ鱗あるし、その……何で2本足なの」
「すみません、普通にみんなも2本足なんです。泳ぐ時にはこうやって足を閉じると……ほら」
「すごい! 尾ひれになった」
昴くんが感嘆の声を上げる。
さっき顔面パンチを喰らってからはリバイヤさんを見ない様にしていたけど会話の内容が気になって2本足が尾ひれに変化する瞬間を見ていた。
「うち達にもドルフィンキックって泳ぎ方があったよね」
アイリーンが気にした様子もなく昴くんに聞いてくる。
「ちょっと違うと思うよ」
昴くんは首を傾げている。
(『どこが違うのよ』って聞かれたら何て返事すればいいんだろう。『リバイヤさんはイルカじゃないよ』って言ったらまた叩かれそうだな)
「あなたがたの足に鱗があったら同じ事ができますよ、これは鱗が交互に重なり合うことによって一本の尾ひれに見えてるだけなのですから」
「へえ~、そうなんだ」
昴くんは感嘆した。
そしてアイリーンを納得させてくれたことに心の中で感謝する。
「さあどうぞ、お座り下さい。お食事にしましょう、お口に合えば宜しいのですが」
「掘りごたつだあ~」
昴くんが感嘆する。
「もう昴くんったらいちいち驚かないのこれで3回目よ、お上りさんみたいに見えるわよ」
「わかったよ~、もう口に出さない」
昴くんがシオシオのパーになっていく。
円卓の掘りごたつの下はリバイヤさんの膝下と同じくらいに掘られている。
アイリーンがいつものニヤつき顔をした。
「わかったわリバイヤさんあなた高所恐怖症なのね普通のイスには座れないんでしょう」
「アイリーンそんなことはないでしょう、あんまり酷いことを言うと嫌われるよ」
昴くんが指摘する。




