130.桃源郷14
昴くんが地球を懐かしむ気持にどっぷりと浸かっているとアイリーンが扉の無い入り口から入って来て声を掛け現実に引き戻す。
「ここへ向かって来てる妖精さん達は新しく建造されるドーム内で生活するってことでいいのよね」
アイリーンはきれいに片付けられたテーブルに頬杖をついて座り『少しくらい残してくれてても良かったのに』などと小さい声で愚痴をこぼす。
「そうだね公園のように整備してここで働いている地球人から生気を分けて貰う施設を、たぶん教会みたいなものだとは思うけどそれを建造するって説明だったね。ここでもいいんじゃないかって話しもあったけど結局、生気を誰から分けて貰えるのかってのが解決されなかったからね」
「そうよねー、このドームは移民船が到着する度にトランキライザーが振り撒かれてるのよね」
「いや、それは違うから第二次世界大戦後の日本でDDTが振り撒かれたようなことはしないから、妖精さんが死んでしまうよ、ここで使用されてるのは低濃度の亜酸化窒素ガスって言ってたでしょう」
「ああ、うちが『笑気ガスじゃないんだあ』て言ったら同じものですよって笑われたんだよね」
「誰も愛鈴を揶揄して笑ったりなんかしてないと思うよ、最近被害妄想気味なんじゃないかなあ」
「そりゃあ最近は冷蔵庫の奥深くで新聞紙にくるまれたまま忘れ去られた大根みたいに表舞台に出してもらえなくて腐ったりもするわよ」
「何かなあその陰の籠った具体的な喩えは……大根が嫌いだったの?」
「そうね、うちの母親が農業実習生だったって話はしたよね、あれの良いところは売り物にならない野菜を貰って帰れるって事なんだけど冬になるとアパートの中が大根だらけになったのよ……って、この話はもういいわ終わりにしましょうね、そうねここ最近は美味しいスウィーツを食べた記憶がないわねルナターミナルで食べた巨大パフェが最後だったかしら懐かしいわね~」
(愛鈴は美味しいものを最近食べてなくてご機嫌がナナメなのか?)
「ここでは美味しいものが食べられなかったからね、スターキッドに戻ったら美味しいものを食べようね」
アイリーンの表情がパアーッと明るくなった。
「ねえ、あれを作って食べても良いのよね」
(愛鈴の言う『あれ』とはアルコール入りパウンドケーキのことなんだろうなあ、あっそうだ)
「愛鈴、僕が作ってあげるよ絶対美味しく作るから期待してていいよ」
「わかったわ絶対だからね」
(エントリーさんに頼めば食品アルコールの代用品くらい沢山あるよね)
「約束するよ、そして話を戻すとここの下層で働いている人をこのドームへ来させるとヤク中に戻ってしまうしね」
「そうよねー、昔ママが禁煙した人の目の前でタバコを吸うと再び喫煙者に戻ってしまうので気を遣うって言ってたわ、それと同じよね」
「同じかどうかは分からないけど結局下の人達はここへは戻って来れないってことだから、別にドームを造る様になったんだよ」
昴くんはだいぶ話がそれたなと思いながら話す。
「それでここの下層では1万人が働いていて家族を持って普通に生活してるって言ってたかしら」
アイリーンが話を続けてくれた。
(1万人ってどのくらい多いのかしらね……確か東京ドームの収容人数が5万人とかって聞いた覚えがあるわ、だったらそんなに大人数でもないのよねぇ~、でも1万人よ)
アイリーンがぐるぐると考えていたら昴くんの話し掛けてくる声が聞こえてきた。
「地球人の移民が始まってから200年が過ぎてるって言ってたよね、その間移民船エム08一隻でずーうっと往復してたんだってね」
昴くんはいつ終わる計画だったんだろうかと考える。
「そうよ、地球防衛基地へ招待された子供達と基地で働き終わった地球出身者の中から希望者を募って100人になったら出航するんだって聞いたことがあるわ、だから不定期船よね」
(そういえばあの時のエム08はあの後どうなったのか九論が何も言わないから少し不安だわ、他にも色々聞きたいことがあるけど今は無理ね他に考えなきゃいけない事が沢山ありすぎよ)
「さてと昴くん、ここへ向かってる妖精さん達のことはもうこれ以上考えなくて大丈夫よね、だったら次に考えないといけないのはガルメニ艦隊に乗っていた妖精さん達に生気を与えた地球人がどこに居るのか探さないといけないのよね」
「そうだよね、どこから連れて来られたのかも気になるところだけど今はどこへ連れて行かれたのかが重要だね」
窓際の椅子に座っている昴くんとの話しに夢中になっていたアイリーンがふっと何かを思い出したように振り返る。
そしていつの間にかコントロールルームの境界線上に表れこちらを見守ってる九論に視線を移す。
「何かな? そのまま昴くんと話せば良かったのに何かを期待してるのかな」
九論が呆れた顔をして言う。
昴くんがこそこそとアイリーンに耳打ちした。
「九論に喋らせていいの長くなるよ」
「チッ、修行よ修行、有難いお経だと思って聞きましょう」
薄紅色になった顔を少し曇らせて答える。
昴くんとアイリーンがひそひそ話をしてる間に九論が『ゴホン』と咳払いを1つして話し出す。
「アステロイドにある地球防衛基地を襲ったガルメニ艦隊だが調査の結果ガルメニ星人というものは実在しないことが判明した・・・」
九論が息継ぎをする隙に昴くんは話に割り込む。
「だったらロースさんはガルメニ人の脱け殻を被っていたと言ってたけどあれはどこの誰のものだったんでしょうか」
「昴くんもなかなか核心を突く様になったな、それを言ったら話が早く終わってしまうので最後まで大人しく聞いてもらえるかな」
「わかりました」
昴くんは目論見が外れてがっかりした。
(ちぇっ、話の腰を折ればだらだらと長い話を聞かなくて済むと思ったんだけどな)
「元副司令官だったヘンナの故郷カシオペア座カフ星人の先祖達が遥か昔に人喰ガルメニ星人という架空の存在を作り出して航行する宇宙船を彼等が襲った様にして略奪行為を・・・」
九論は自分のペースで話を続ける。
(話し掛けるタイミングが悪かったのかなあ、九論に相槌を打たせてこっちのペースで話を進める方向へ持ち込みたかったんだけどなー)
「ねえ愛鈴……」
「ス~~」
アイリーンに声を掛けたけど、返事は寝息で帰ってきた。
(この子ったら九論が話し始めて最初の1小節で寝ちゃってるよ~、でも目を開けたまま寝てるってすごい特技だと思うなー)
「・・・ヘンナが副司令官までのし上がられたのもその辺の陰謀があってのことだろう・・・」
九論の話し方が低い声で抑揚を付け1/fゆらぎを持たせた喋りになって聞こえてくる。
(なんだか九論の話し声が子守唄に聞こえてきたよ……僕も眠いや)
昴くんもアイリーンの隣に移動した椅子で座ったまま眠りに落ちた。
二人の安らかな寝顔を見ながら九論が近づく。
「見よう見まねでやったが結構うまくいったなエントリーに礼を言おう」
九論……いや、イノマンの顔がニヤリと微笑む。
「少し可哀想な気がします」
エントリーが入ってきて昴くんの頭を撫でながら言う。
「本当に可哀想な目に合わないようにするためだ『親バカ』と言ってもいいぞ」
イノマンが両手を広げ肩の辺りで上下に動かす。
「このままコールドスリープさせて帰るのですか」
シュタインも直ぐ後から来て残念そうに声を掛ける。
「なに、今だけ繋がってるコスモトンネルを使って帰れば1年足らずで冥王星だ」
「用意周到なのですね、それと……本当の事は教えなくて良いのですか」
エントリーも名残惜しそうに言う。
シュタインが目を細め下を向いて話し出す。
「僕は時々実感するんだよ真実は小説よりも本当に残酷なんだってね、用済みになった地球人を何時までも生かしておくカフ星人じゃないだろう、それでも彼女は自分の目で確かめると言って飛び出して行くに違いないね。まあ父親でなくても引き留めるさ、か弱い少女ということもあるけど銀河を救った英雄でもあるからだよ。それに早く地球防衛基地に戻ってやらないと何もかもが中途半端なままで飛び出して来てるのだからオビスも落ち着けないだろう。ただ彼女に理由を話すと『見せものなんかにはなりたくないわ』と言うだろうから丁度いいのかもしれないな」
「銀河を救ったと言うのは大袈裟だろう」
イノマンが今度は一回だけさっきのポーズを決める。
「いえいえ、あの時アイリーンさんが地球防衛基地を救わなかったら、そしてヘンナ私兵艦隊を壊滅しなかったら、カフ星人が率いる北の蛮族集団が東の辺境宇宙を制圧して直ぐにいて座方面の中央宇宙も侵略していたはずです。銀河の救世主と言っても宜しいんじゃないですか」
どうやらエントリーさんもシュタインさんと同意見みたいだ。
イノマンは何も言わず顳顬に手を当ている。
(とてもこいつらの耳には入れたくない言葉だな。まあ基地に戻れば分かるだろうけどその前に冥王星だな)
「それと話は変わるがあの仮説はもう立証されたのかな」
イノマンが勿体振って聞く。
「正式にはまだです『カフ星人と地球人の遺伝子が同じである』と言う検証結果はそのまま残っているのですが公表されてません。どこかで政治的圧力が掛っているのでしょう。当然私たちがこの事を知っているのも極秘です」
エントリーの目が笑っている。
(カフ星人が太陽系に執着する理由か……)
イノマンは一寸だけカフ星人に同情して赤い恒星の向こうにある太陽系に目を向けた。
遠い過去まだ地球上に人類と呼べる生き物は誕生しておらず恐竜たちが我が物顔で地上を闊歩するようになると宇宙人の時間遡行による地球観光がピークを向かえだす。
その頃地球を訪れる一般的な宇宙人は品行方正で規則を良く守り大人しく見物するだけの観光をして元の時代に戻って行く。
その中に北方星域の蛮族と言われ始めたカフ星人の姿もあった。




