#18 迅雷風烈 ①
夕闇を過ぎた先の夜の道中、天候は晴れ。時刻は午後十時を過ぎた頃か。
月や星模様が照らす“光”を遮るものも、喧騒さえもまるでない空間、無音が“響き渡る”程の人の気配の無さ。
それは総じて、置き去りにされた自然の中に存在する廃墟地帯を意味する。
赤紫動物公園。
かつて一世を風靡する程の人気を誇った、国内でも有数の動物園の閉園が決まった昨年、その街頭のモニターに流れるニュースを“流れ見”した楓は、ほんの少しだけの“寂しさ”と“懐かしさ”を感じ取ってはいたものの、特にその後、気に留める間でもない“日常”を過ごしていた。
楓や當真の住む街の中でも、郊外に位置する区域に在るその場所。最寄駅からの直行バスなど“もはや”存在しておらず、駅から静かな住宅街を抜け、徒歩で三十分程のその場所までの距離を、肩を並べ歩いていく楓と當真。
「・・・けど、本当に“赤紫動物公園”で合ってるのかしら?すでに誰もいる気配がなさそうなんだけど・・・」
目的地に辿り着くまでの道のり、最寄り駅に降り立った瞬間でさえ少なかった人の気配が、ここまでは“ほぼゼロ”で。時間帯、関税な住宅街であったことを差し引いても、もうすぐそこに辿り着くであろうこのタイミングまで、誰一人ともすれ違う事が無かったのだ。楓が不安を口にするのも、無理はない。
「俺も今まで行ったことなかったから知らなかったけど、こんな郊外にあったんだな、赤紫動物園って?でもまぁ、“見た”から間違いねえよ。双葉カエデが“行きたい場所”で見せてくれたスマホに映ってたし!」
楓の不安を払拭するように、自身の記憶に見えた“情報”を口にする當真。
そう、双葉カエデとの“初めての邂逅”、ビルでの火災事件でうやむやになってしまっていたが、その直前に當真が彼女から“街案内”を頼まれた時に見せられた双葉カエデのスマートフォンに示された行き先こそ、赤紫動物公園だったのだ。
「・・・アンタ、勉強とか出来なそうなのによく憶えてたわね、そんな一瞬の事?」
「流れる様にディスるの、やめてくんない?まぁ、否定はできねえけど・・・去年、閉園が決まった時に連日ニュースになってたし、双葉に行きたい場所で見せられたのが今は稼働してない“赤紫動物園”だったんだ、違和感つーかインパクトがあったから憶えてたんだと思う」
言葉の終わりと同時に、立ち止まる當真。その隣に並び立つ楓。
二人の視線の先、そこに広がる“廃れた入場口”。目に見える入場ゲートの幅は十数メートルだが、そこから拡がっていく敷地全体を囲う壁の端は、二人の今いる場所からは見切る事は出来ないほどに拡がっていた。
入場口に掲げられた、“看板”があったであろう場所にはもはや“その名”を示すものなど何もない。植えられた木々の手入れなども放置されているのか、自然の無法地帯が広がる景色の中、無作為に張られた規制テープが相まって、空間丸ごと“異質な疎外感”を、楓や當真の二人は感じ取っていた。
吹き付ける夜風、気配がないゆえに響く“無音”の感覚。それらが目の前の廃墟を中心に、ヒシヒシと伝わってくるのだ。改めて、楓は込み上げる“不安”を口にする。
「・・・・・本当に、ここで合ってるの?」
そこに乗る感情は、不安と、それ以上の“焦燥”。思わず視線を下げ自問自答する楓。
繋がったわずかな希望にも、絶対の確信が得られないままに、だが、それ以外の道筋がなかったことも事実。それゆえに、ここが“不正解”でった場合が過った事で、楓の胸中に込み上げてくる感情の一番はそれだった。
だが
「おーい!見てみろよ?嵐ガール?」
「ッ!?誰が嵐ガール・・・」
その言葉、声に“条件反射”するように視線を上げる楓。隣にいたはずの當真の姿が、数メートル先の“かつての”入場口近くにあり、何やらその手に持ちながら楓を呼び寄せていた。
駆け出し、當真の側に近寄る楓。當真が差し出したのは、入場口周辺に張りめぐらされていた規制テープ、の“切れ端”だった。よく見ると、その切断面は、“不可思議”に切り捨てられているような、まるで“焼け焦げて”切られたような・・・
「これって・・・」
「あぁ、間違いない。この中に双葉も、パレットやくれはもきっといる!行こう!!」
先導するように、未だ残った規制テープを掻い潜って動物園内へと進む當真。
その背を見送り、一呼吸。揺らいでいた不安や焦燥感を掻き消すように、両手で自身の頬をパチンと打ち鳴らし、楓も當真の後に続いて動物園内へと突き進む。
広がっていく敷地内の景色、どこに視線を向けても“鮮明”な思い出の景色はない中で、ただその景色の面影に、楓の中の“懐かしい感情”は、徐々に全身へと溶け込んでいくような、内側から蘇っていくような“不可思議”な感覚で。
スマホのライトを照らしながら先を歩みを進める當真の後に続きながら、目に映る情景と、その“感覚”に言葉を発することなく楓は没頭していた。
そして、徐々に思い返されていく。“双葉くれは”との“始まり”の景色ー
「なぁ?くれはと初めて会ったのが、ここだったんだよな?どんな感じだったんだ?」
ふいに。その景色に入り込んでくる声、言葉。視線を向けると、周囲を見渡しながらも振り返り、楓に向かって声をかける當真と目が合う。
「どんな感じって・・・別に・・・というか私の小さい頃の話なんて興味あるの、アンタ?」
気恥ずかしさを紛らわすように、思わず言葉尻を濁す楓。しかし
「ん?そりゃ気になるだろ?」
“自然”。あまりにも淀みなく、さも“当然”の如く“そう”切り返してくる目の前の少年に対し、楓の鼓動が思わず高まったのは言うまでもない。
鼓動を、そして“熱”を落ち着かせるように、ゆっくりと思い起こされた自身の“過去”の景色を語り始める楓。
「・・・アンタさ、何年も前の話なんだけど。この動物園で“動物が脱走した”ニュースって、覚えてたりする?」
「ん?・・・あー、なんか昔“そういうの”あったような気も・・・するような・・・何だっけ、“ホワイトタイガー”だっけ?なんか“檻”が壊れて・・・それで、確か・・・」
當真の脳内に、奥底から引きずり出されていく“懐かしい”ニュースの景色。人気動物園での動物の脱走は、当時確かに大きなニュースになったような・・・
(なんだっけ・・・なんか、“そう”じゃなくて、他にすごい“インパクト”のある見出しがあったような・・・)
思考を巡らせる當真。楓の言葉をきっかけに思い起こせる程に、何か“特別なインパクト”がそのニュースには在った事を、体は覚えているようで、戸惑いを少し見せる當真に対し、気に留めることもなく言葉を続けていく楓。
「そうそう。その日、新たにこの園に加わった“ホワイトタイガー”をさ、移動用の檻に入れて園内で“お披露目移動”してたんだけど。その途中で檻が“突然”壊れちゃってさ。その頃はまだここも人気施設だったし、大勢の人が一気にパニックになっちゃって。檻の中で大人しかった“ホワイトタイガー”も園内のパニックの状況に興奮して“暴走”しだしてさ・・・あ、」
當真同様に、自身の“記憶”を巡り引き出しながら、徐々に“過去”の景色が楓の脳内でも鮮明に蘇っていく。言葉にしながら、思い起こされる数年前の“始まり”の瞬間。
(“そういえば”・・・私が“魔法”を使える“きっかけ”って・・・)
「ん?なんだ?どうした?」
呼び起こされる“始まり”のその瞬間に思考が追いつくタイミングで、言葉の続きを留める楓に対し、當真が疑問に思いながら、少し近づき、楓の顔を“無自覚”に覗き込む。
「ッ!!?ち、近いわよ!?バカ!!!!!!」
ビュッッッッッッッ!!
「ぐへっ!!!!?」
吹き荒れる“いつも通り”の“暴風”に、問答無用に勢いよく吹き飛ばされる當真。
横転し悶える少年を尻目に、表情を見られぬようにそっぽ向きながらも、楓は話の続きを喋り出す。
「・・・“暴走”したホワイトタイガーが、逃げ始める人達を追いかけ始めてさ。そんな状況で“一人の女の子”が運悪くこけちゃって、動けなくなったところを狙われてー」
「あ!!そうか!!思い出した!!確かその襲われそうになった“女の子”を直前で救ったのが、同じくらい“小さな女の子”だったってやつだ!!“小さなヒーロー現る”って見出しで・・・え、待て待て、もしかして・・・!?」
當真の呼び起こす“記憶”の景色が鮮明になり、そして、瞬時に當真は“理解”し、驚愕の視線を楓に向ける。
「まぁ、そうね。その運悪く狙われた“小さな子”がくれはで、そこに居合わせたのが、まあ、私なんだけど。でも、このニュースのー」
視線をゆっくりと當真に“戻し”ながら、言葉をたどたどしく続ける楓に対し、
「へえ!!あれ、お前だったのか!!小さい頃から“そういうとこ”は全然変わんねえんだな。なんか、でもさ、そういうとこもお前“らしい”じゃん?ははは!」
小さい頃から“変わらず”に。そうした行動を起こす幼少期の楓の姿が“容易に”想像できたのか、悪戯な笑顔で“自然と”微笑み返す當真。
言葉と同時に、目が、合う。一気に鼓動が高まっている事を“本能的”に感じ取り、すぐに當真に背を向ける楓。
(ほんとに!!コイツは!!なんでっ!!!“こう”なのよ!!!?)
「ん?なんだ?どうしたんだ、嵐ガー・・・」
ビュッッッッッ!!!!!!!
「ぐへっっ!?なんでぇ!????」
無造作に無言のまま楓が“右手”を払い、吹き起こす“暴風”は、無慈悲に無防備なままに當真を吹き飛ばすと同時に、楓の“熱”を冷ます“風”でも在った。
一呼吸。楓は思い返される“事実”を、當真に向かって説明し始める。
「・・・そのニュース、表向きは“私”が助けたみたいになってるけど、実際、最終的に“ホワイトタイガー”を止めたのは、私の“母親”なのよ?私は“一瞬”足止めしたくらいだし、“初めて”その時“魔法”が使えたからさ、“今”みたいに使いこなせてたわけでもないし・・・メディアはこぞって“子ども”だった“私”の方ばっかりフューチャーしてたけど、実際は私が“ヒーロー”って訳でもー」
「“その瞬間”に救けに来てくれたんだ、それだけで十分にお前は“ヒーロー”だろ、くれはにとってもさ?」
「!!」
「だからさ。今度も“救け”ようぜ!くれはとパレットをさ!!」
「・・・そうね。行きましょ、二人を“救けに”!!」
歩みを進めながら、自然と告げる當真の言葉に。頷き言葉を返したその先、楓はもう、これ以上言葉を発する必要はなかった。自身の行動の“起源”を再確認し、その背を後押しするのに“十分すぎる”理由だったから。
足音と同時に静寂が流れていく。言葉を交わすわけでもない。ただ、互いに歩みを進めていく中で、ゆっくりとこの先の“未来”に向けた心構えを整えていく楓と當真。
ルートを導かれていたわけではない、だが、園内の奥へと歩みを進めていく中で、二人の視界が“ぼんやり”とその“光”の元へと辿り着く。
動物園内の最奥のスペース。他のスペースよりも広いその場所は、来場者が観覧する場所よりも低い位置にあるスペース。
大地をくり抜き、来場者が上から見下ろすような形で観覧できるその場所は、獰猛な動物であっても安全にかつ自然な姿で観覧できるように作られたスペースで在り、かつてこの動物園内でも“人気”の動物たちがシーズン毎に様変わりでこのスペースで“観覧”することが出来ていた。
そして、件の“ホワイトタイガー”が移動させられている途中で“暴走”したのも、“この場所”の前である。
つまりー
「よかったー?ちゃんと来てくれてさあ?流石“ヒーロー”ちゃんだね?安心したよ!!」
午後十一時ジャスト。楓と當真は“その場所”に辿り着き、そのスペースの中央に視線を向け降ろす。
周囲が夜闇に包まれる中、“不可思議”に、このスペースの周囲を囲む電灯“だけ”が灯され、その広大なスペースに光を灯していた。
スペースの先に佇む、赤のメッシュを煌かせる“黒髪”で“小柄”な、そして“赤い雷光”を自身の周囲に“不可思議”に漂わせるその人物の発する、不敵な始まりを告げるその声に。
右の拳を握りしめる黒髪の少年、そして、“右手”に力を込め“風”を纏い始める赤髪の少女。
唸りを上げ始める赤の“雷光”と緋色の“風”が揃い、互いに共振し、静寂を切り裂くように“始まりの歌”を奏で始めるのであった。




