#11 “偽り”の証明①
「ふわぁ・・・ねむ・・・」
いつもより“寝つけなかった”夜が幸いし、いつもよりも目が早く覚めてしまったが故に、教室に辿りつくやいなや、自身の席に覆い被るように座り込むと、大きなあくびをひとつ。楓は、ふと、隣の“空席”へと視線を向ける。
始業のチャイムまで十数分。特に気に留める程でもなかったのだが、その“空席”を眺めている間に、思考は自ずと意識してしまっていた。
(くれは、“まだ”来てないのかしら?昨日も“気がついたら”いなくなってたし・・・ほんと自由奔放というか、転校二日目にして“遅刻”とかしないわよね、流石に?)
思い浮かぶ、悪戯そうに“ははん?”とニヤつく“隣人”の表情に、少しイラっとしながらも、楓は教室の壁に掛かった時計に視線を向け直す。
始業まで残り十分・・・五分・・・三分・・・ゼロ、
鳴り響く予鈴のチャイムに合わせて、周囲のクラスメイトも各々の席に向かっていく。ただし、“隣人”はいまだにそこに現れてはおらず・・・
(いや、ほんとに遅刻してんじゃないの?くれは?)
楓は自分事のように、少し溜息をつきながらも、教室前方の扉が開き、凛とした姿勢のまま歩み入って来る担任、市ノ瀬 絆に視線を向ける。
咳払い一つ、教壇に立った市ノ瀬はいつも通りの硬い表情のままクラスメイトの点呼を取り始める。
「・・・次、緋色」
「は・・・い、ふわぁ」
「・・・なんだ、その気の抜けた返事は?」
思わず耐え切れなくなった欠伸の影響で語尾が浮ついた楓に対し、厳しい視線と言葉を投げる市ノ瀬。楓も背筋を改めて伸ばし、姿勢を正す。
「す、すみません!!」
「いついかなる時でも凛としなさい!じゃあ、次は・・・双葉は“欠席”だから、北城」
(え?休みなの、くれは?!)
市ノ瀬の言葉に、思わず眠気の残像が吹き飛ぶ楓。もちろん市ノ瀬はそんな様子など気にも留めることなく、続け様にクラスの点呼を取り続ける。
(転校してきて早々に休みだなんて・・・風邪?いや、あの“能天気”に限って、それはないか?)
双葉のキャラクターに対して割と“失礼”な思考を巡らせる楓だったが、彼女以外のクラスメイトも一瞬の心配を脳裏によぎらせるも、深く気に留めるには至らず日常の朝の景色の中を過ごしていた。
「よし。じゃあ出欠確認は終わりだな。ところで一限だが、数学の有栖先生が急遽休みになったので自習になる、」
「やっー」
教室中に響き渡る歓喜の声
「ーが、もちろん“魔法規格検査”期間の遅れを広げる訳にはいかないので、私が“特別課題”を作ってある」
を一瞬にして掻き消す王女様の一撃に、ぬか喜びさえ出来ない王凛女学院中等部三年C組の面々。
一時間目のチャイムが鳴り響く中で前方より配られてくる“文字が敷き詰められた問題用紙”を手に取り、教室中の溜息が一斉にシンクロする中で、ふいに
「各自、この時間内で出来る限る進めるように。残った分は宿題になるからな?・・・緋色、あなたはちょっと私に付いて来てくれるか?少し“別件”があるんだが?」
市ノ瀬は表情を変えず、ただ明確にその視線を楓に向けて届けたその言葉に、楓は握りしめたプリントを掲げながら立ち上がり、
「えっ!じゃあもしかして、私はこの課題は免除ー」
「ーなわけないだろう?お前は丸々“宿題”としてやってくるんだよ?さあ、みんなは凛と自学自習を進めるように。緋色、ついてきなさい」
「・・・はぁい」
二度目のぬか喜び未遂を経て、一足先に教室を出ていく市ノ瀬を追うように席を立ち、教室の外へと向かう楓。
廊下へと出ると、一切の躊躇もなく早歩きで進む市ノ瀬の背を必死で追うように、少し小走りでその後を追う楓。
隣の教室ではいつも通りの“日常”の風景が時を刻むのを横目に、楓の心情はどこか、少しだけ“ざわついていた”。
理由は分からない、だが、よくよく考えてみればこの状況も“日常”ではあまり起こりえない状況であるのも確か。それゆえの胸の“ざわつき”・・・そんなことを思い浮かべていた楓の視界に、現実が唐突にその“理由”の答え合わせをしてくる。
市ノ瀬が歩みを止める、そこは普段生徒はあまり立ち入る事のない、来賓用の応接室の前。
(何?どういう事?)
立ち止まった市ノ瀬から数歩後ろで、楓も歩みを止め、疑念を思考する。が、すぐに
「緋色、入ってくれ。中で“待ってる”から」
「?はい、じゃあ、失礼します、」
不思議そうに促されるままに応接室の扉を開け、中に入っていく楓。そして、その後に続く市ノ瀬。
初めて入る応接室は、広さだけなら楓たち学生が日常を過ごす教室の、おおよそ半分ほど。敷かれた絨毯の上に大きめの木目調の机を挟むように、見た感じ“堅苦しそうな”ソファが向かい合って配置されており、その片側にはすでに“待ち人”が座っていた、
一昨日から合わせて連日出会うとは想像もしていなかった、“魔法規格検査”にて楓の担当をした“黒スーツの女性”だ。
「え?びっくりした!?」
「こんにちは。緋色 楓様、まさか連日こうしてお会いするなんて、びっくりですよね?・・・・・ひとまず、どうぞお掛けになってください」
黒スーツの女性に言われるがままに向かいのソファに座る楓。そして、向かいのソファに黒スーツの女性が座ると、その隣に市ノ瀬も背筋を伸ばしたまま綺麗“すぎる”姿勢で座る。
(えっと、なに、この状況?この緊張感?地獄の三者面談?)
他の生徒たちは教室で授業中でもあり、もちろん賑やかさなど皆無。そのあまりにも静かすぎる応接室内の空気と、目の前の景色とこの状況の“非日常”具合に、楓も思わず背筋を正し息を呑む。
「・・・緋色は、確か、双葉とは仲が良かった、か?」
ふいに。言葉を切り出したのは市ノ瀬だった。そして、この状況に置いて、黒スーツの女性がいるにも関わらず、発せられた最初の言葉が“それ”だったので、楓も少し想定外の感覚に戸惑いつつも、
「双葉って・・・くれは、ですか?えっと、仲が良いといいますか、まあ昔近所に住んでたので、幼馴染?ではありますけど・・・小さい頃にあの子が引っ越してからは、会ったのは昨日がそれ振りだったので・・・仲が良いかって言われると、少し“まだ”言い切れない、ですかね?」
脳裏に双葉の事を思い浮かべつつも、あくまで客観的な視点での意見を伝える楓に対し、市ノ瀬と、そして黒スーツの女性の表情が、僅かながらに“硬く”なるのを楓は感じ取る。
「そうか・・・ではー」
「市ノ瀬先生。私から話を続けさせていただいても大丈夫でしょうか?」
「?」
市ノ瀬の言葉を遮るように、黒スーツの女性がいつになく真剣な面持ちで言葉を切りだした事に、楓の思考と感情はより困惑で彩られていく。
市ノ瀬は少し楓に視線を向けつつも、僅かに乗り出していた身を引くように姿勢を少し引き直し、口を噤む。その様子を受け取り一呼吸、黒スーツの女性が続けて口を開く。
「緋色 楓様、いえ、ここではこの国でも数少ない『レベル・2』の“魔法使役者”の“意見”としてお聞きしたいのですが、よろしいですか?」
「えっと・・・何ですか?」
「昨日の双葉さんの“魔法”を見て、率直に、自身と“同じ”レベルだと思いましたか?」
質問の意図が分からない、それが今の楓の率直な感情だった。
だが、この状況に置いてこの質問を楓に対して投げかけること“自体”に意味があることも、少なからず本能で理解する事は出来た為に、楓も“まっすぐ”と本音を言葉にして返す。
「・・・・・一個人として、中学生の私がそれを“判断”するものでもないと思うんですけど?“魔法”のレベルなんて、国や世界が定めた“基準”に当てはめる“だけ”のものじゃないですか?」
淡々と“事実”を告げる目の前の中学生に対し、黒スーツの女性は表情をより“硬く”、曇らせる。
だが、
「緋色、“そういう”のはもちろん私も、こちらの方も理解している。言われなくても、だ。だからお前に聞きたいのは、『レベル・2』であるお前が、その目で、肌で、直接感じ取った“感覚”を聞いているんだよ。だからお前は“思うままに”、質問に対して答えてくれたらいい」
市ノ瀬の諭すような言葉に、楓も少しだけ冷静に心を落ち着かせながら、昨日その目で見た景色と、自身が感じた“本能”を思い起こしながら、自身の“右手”に視線を向ける。
双葉の“魔法”をその目にした瞬間の、“右手”が“不可思議”に“疼く”、あの感覚は・・・・・
「・・・昨日の“検査”は“特別”でしたので、検査内容の結果としては“そう”判断できるのですが、米国とのデータベース間での確認や、この国の魔法機関での承認体制も含め、“まだ”公の“事実”としては受けられていないのが現状です・・・“だからこそ”、『レベル・2』である緋色 楓様のご意見を聞かせて頂きたいのです」
黒スーツの女性の真剣な表情に、楓は一呼吸、そして応える。
「・・・少なくとも、私は生まれてから自分以外の“魔法”で、あれ以上の“感覚”を憶えた記憶はないです」
「つまり・・・・・“同等”で、あると?」
「まぁ、“近い”と思える感覚は在りました。でも、それが一体?」
「・・・・・やっぱり、」
楓の答に対し、黒スーツの女性は少し俯き、まるで予見していたこの現実に対し、何か思考を巡らせていた。そして、口を閉ざしていた市ノ瀬が打って変わって、言葉を紡ぎ始める。
「緋色。今朝、双葉が欠席すると教室でも話したと思うが、それは正確な情報ではないんだ」
「・・・え?」
「こちらの方が今朝、学院に来られて“事情”を話した後に、双葉の下宿先へと私が確認の電話をしたんだが、下宿先の管理人からは『早い時間からすでに“学校”へ向かった』と聞かされてな・・・つまり、消息不明、音信不通なんだ、現時点で」
「・・・ええ??」
張りつめた緊張感が一瞬にして瓦解するように、思わずその場に立ち上がり叫ぶ楓に対し、凛としたまままるで動じない市ノ瀬は言葉を続ける。
「“事情”ゆえにまだ“確定”していない状況に置いて、大事にするわけにもいかなかったのでひとまずは“欠席”扱いにしたのだが・・・そうか、緋色の“感覚”を聞いて、おそらくー」
市ノ瀬が隣に座る黒スーツの女性に視線だけを向ける。その視線を追うように楓も言葉を零しながら視線を追いかける。
「待って待って!“事情”って何?くれはに何がー?!」
「ー昨日、緋色 楓様に少しお話した件ですが、“魔研”で少しあったっていう、」
「あの、なんか“公”になってないって・・・」
「はい。実は、一昨日の夜、魔研の“データバンク”兼、主要検査稼働におけるメインコンピューターが、『電磁障害』により起動不可の状態になったんです」
楓の心臓の鼓動が、一瞬にして加速すると同時に、
「国内や諸外国からの電磁ハック、サイバーテロの可能性ももちろん検討されているのですが、“魔法規格検査”が行われる本年度のこの期間に置いて、各国の“魔法機関”が例年以上の厳戒態勢やセキュリティ強化を行なっている状況での、その可能性は限りなく『ゼロ』に近いのです。リスクが余りにも高すぎる・・・・“ある条件”を除けばですが」
“嫌”な“ざわつき”が、楓の胸を強く締め付けていく。
「“魔研”で起きた事象が『魔法犯罪』であった場合です。ただし、国のトップレベルのセキュリティをも凌駕できる“魔法”・・・つまり、『レベル・2』相当の“魔法”であれば・・・」
黒スーツの女性が視線を楓に向ける。予期していた“嫌”な展開をなぞる様に着実に進んでいく時間、そして
「今、この国おける『レベル・2』の“魔法使役者”は僅か。そして、“昨日”の時点では“電気”に関わる“魔法使役者”において、その“レベル”の者は『ゼロ』・・・“でした”。でも、今、ひとつの仮説に、強い“確証”がついてきたのです・・・分かりますか、」
この応接室に辿り着いてからの、意図の見えなかった“質問”の“意味”が、繋がり、楓の脳裏に浮かぶ“答”、だが、息と同時に楓が言葉を“呑みこんだ”のは、図らずとも直前に、楓自身が感覚を言葉にして“証明”してしまったからだ、
自身と同じ『レベル・2』の“魔法使役者”であると、『彼女』の事を。
「双葉 くれは。我々“魔法機関”としましては、彼女を『電気』を操る『レベル・2』の“魔法使役者”、そして今回の『魔法犯罪』の『重要参考人』として捉え、警察機関と共に捜索していきます。つきましては、緋色 楓様、“同じ”『レベル・2』として、我々の捜索にご協力お願いできますでしょうか?」




