#1 金色の少女①
翌朝。土曜日の朝である。
特に部活動をしているでもない當真にとって、週末は絶好の寝坊日和なわけで、特に金曜日の夜から土曜日にかけて言えば、それこそ夢の“ゴールデンタイム”なのだ。
が、しかしだ。
當真自身、かつてこれほどまでに寝不足を感じたまま土曜日の朝を迎えたことはなかった。
當真探偵事務所のあるビルの3階部分、つまり當真の生活住居となっているそこは、父親の部屋と當真自身の部屋、あとはトイレやお風呂場と言った水回り部分を除けば、小さなフローリングの居間があるだけの小さな居住区にはなるのだが、父と息子男二人でかつ父親が仕事柄そこまで在宅することもないので、特に住みにくいほどの狭さや、ましてやパーソナルスペースが侵食されるようなことなど、生まれてこのかた當真は感じたこともなかった。
部屋を出て、眠気眼におそるおそる居間に視線を向ける當真。
“いる”。もちろん、“いる”。
真ん中に小さなテーブルがあり、その上にもたれるように、自身の白いローブの裾を器用に枕にして幸せそうに眠る、金髪の外国の少女の姿が、そこにはあった。
もちろん、季節は春先とはいえ流石に夜はまだ肌寒いので、部屋のタンスの奥にしまっておいた布団をかけてあげたことを、當真自身ちゃんと覚えている。
が、しかしだ。やはり、いまだに目の前の景色が現実かどうかあやふやで、この“ゴールデンタイム”が現実かどうかを立証する為に、當真は思考を巻き戻すことにした。
時を遡る事、数時間前。
殺気立つような表情で救難信号を放つ目の前の金髪少女、正直困惑でしか感情がない當真は言葉を見失って、ただただ状況の整理に脳内で言葉が大渋滞していた。
(なんで外国の子が?っていうか“ヘルプミー”って、言ったよな?)
グウウウウウウウウウウウウ。
「!?」
獣の呻き声、いや、そんな違和感としか感じずにはいられなかったのは、その音が目の前の華奢な外国の金髪少女のお腹から鳴っているとは思えなかったからだ。
「・・・え、なに、どゆこと?」
「ヘルプ!!ミー!!ハングリー!!アイム!!ハングリー!!!!!」
間髪入れずに叫ぶ金髪少女。ご存じ、勉強が決して得意ではない當真だが、目の前の少女が何を求めているのかは、その分かりやすい英単語でもしっかりとした。“分かってしまった”のなら、見過ごす事は出来ない。
すぐ側に置いてあった弁当を一つ持ち出し、當真は金髪少女に差し出す。
「・・・あー、とりあえず食べる?」
その後。手振りとボディランゲージ、たどたどしい英単語を駆使し、三階の居住区まで金髪少女を案内し、自宅なのに見知らぬ金髪少女を目の前にした不可思議空間で共に弁当を食し、空箱になった金髪少女の弁当を片付けるために台所に向かい、この後の行動指針に悩みつつ居間に戻ると、もうすでにテーブルに突っ伏して幸せそうに眠る金髪少女の姿がそこにあった。
ここまでが、約一時間弱。
あまりにも展開が高速で怒涛すぎたワケで。とりあえず當真は深く思考することを一旦やめることにした。今日は少年にとっていろいろありすぎた、なので、思考の放棄。ひとまず金髪少女が風邪をひかないように布団をかけ、自身も早急に眠りにつくことにした。
そして思考と時が戻る。目の前の景色、放棄した思考と現実に向き合う當真。
(うん。まあ夢ではないよな、流石に。どうするかなぁ・・・迷子なのかな、とりあえず正蔵さんに相談してみて・・・)
手にしたスマホに視線を向けようとした、その時。
目の前で眠っていた金髪少女の瞼がゆっくりと開き、透明な青の瞳と見つめあう形となった。
昨晩はあまりの突然の不可思議の来訪に、そんな余裕は一切なかったが、今なら分かる。
窓から差し込む太陽の光で、そのキメ細やかな白肌はより透明感を伝え、寝顔からの横顔でも分かる、分かりやすく目の前の少女が、世間一般で言うところの“美少女”だ。
(国が違うからかな、なんか、こう改めて見ても、外国の女の子ってお人形さんみたいだな・・・や、それよりも、)
「あー、えっと・・・ぐっもーにん?」
とりあえずの挨拶の精神から、眠気眼を手で擦る金髪少女にたどたどしく声をかける當真。
が、しかし、
「うん。おはよ。」
「!!!?」
混乱の加速。その見た目から発せられた、愛らしい声質。そして、聞き慣れ親しんだ言語。
「おは、おはようって、え、日本語・・・」
「ねえねえ。トイレはどこ?」
「あ?はい、廊下でて突き当り、です」
「そっか。ありがと。」
あまりの出来事に明らかに自身よりも年下であろう少女に対し思わず敬語で受け答えをしてしまう當真。そんなことも気にもせず満面の笑みで礼を告げ、足早にそそくさと居間を出ていく金髪少女。そして、その小さな背中を呆然と見送る當真。
放棄した思考を再開した途端に、再び少年は現実で迷子になった気分になった。
数分後。何事もなかったように、テクテクと当たり前に居間に戻って来た金髪少女。ここからどうやって切り出そうかと當真が悩んでいると、
グウウウウウウウウウウウウ。
もはや聞きなれてしまった空腹を告げる轟音が、少女のお腹から謳われた。
「・・・あの、」
「ねえ?」
金髪の少女が、その愛くるしい表情を前面に押し出すように最上級の笑顔で當真を見つめてくる。
「ん?」
「お腹がね。空いたんだよ?」
捨てられた子犬のように、その青い瞳を煌めきさせながら告げる金髪少女。ひとまず、自身の疑問から目を背け、當真は一言告げた。
「・・・なんか、じゃあ作ってくるから、待っててください、うん」
「わーい。」
台所に立ち十数分。慣れた手つきで余っていたホットケーキミックスと卵、牛乳を搔き混ぜつつ生地を作り、その間にフライパンを一度熱して温める。
フライパンにバターを溶かしいれる間、わずかに宙に視線を向け、思考を走らせる當真。
(見ず知らずの外国の女の子が家にいて、しかも日本語ペラペラ話せるし、というか朝ごはんも用意してあげてるこの状況・・・え、なにこれ、ドッキリなの?どこかにカメラある?アニメの世界なの?ラノベ?)
バターが熱で溶け、漂う香りで思考を一旦止め、生地をフライパンに流し込む。いい香りと共に、徐々にホットケーキの生地と當真の疑念は膨らんでいく。
(そういや結局バカ親父からも連絡ないしな・・・ああもう分かんねえ、なんかこのフワフワした感じ吹き飛ばすような“魔法”使えねえかな)
もちろん。そんな都合のいい“魔法”などないし、“魔法”に頼りたくなるのがこの世界でも現実逃避の一種なのだ。
ホットケーキを手早く裏返し、裏面が焼かれるまでの間に、使った調理道具の片づけと、お客様用のお皿を手早く準備する當真。
普段からこうした“家事全般”を担っている彼にとっては、さして日常の風景のままである。
頃合いをみて、火を止める。用意したお皿に焼き立てフワフワのホットケーキを移すと、冷蔵庫から業務用パックのバニラアイスをスプーンですくいホットケーキの上に乗せ、ハチミツをその上からかけると完成だ。
フォークとナイフを片手に持ち、もう片方の手で作り上げた朝食を居間で待つ金髪少女の元へと届ける當真。
「あー、こんなもんしか作れねえけど、よかったら・・・」
「わーい!!いただきますなんだよ!!」
俊敏な動きで當真からホットケーキとフォークを受け取ると、息つく間もなく食べ始める金髪少女。
小さな口いっぱいになるまで頬張り、瞬間で目尻を下げながらニコニコで食べ続ける金髪少女の姿を目にし、あっけにとられると同時に、どこか愛くるしい気持ちになる當真。
(美味しそうに食べるな、この子。バカ親父にはない反応だから新鮮・・・というか、懐かしいな)
不意に頭によぎったのは、懐かしき思い出の風景。“大切だった人の笑顔”が思い返されるような・・・
「ぷはー。ごちそうさまでした。です。」
「もう!?早くねッ!?」
可笑しな語尾はひとまずスルーして、丁寧に手を合わせ空になったお皿に向かってお辞儀をする金髪少女に対し、思わず叫ぶ當真。
「んー。ちょっとまだ腹八分ん目くらいですが。」
「うおおい!?わがままなの!?美味しそうに速攻で完食したと思えば不服ありなの!?」
流れるようにツッコミを入れる當真を、笑顔で見上げてくる金髪少女。その表情だけを見てしまうと、状況がどうであれ、思わず鼓動が早まってしまうのも、當真が健全な男子校高校生であるが所以である。
思わず視線を外し、会話を“不自然”にごまかすように、當真は疑問を目の前の金髪少女にぶつけた。
「というか待って!そもそも“キミ”は日本語話せるの?!というかそれ以前に一体・・・」
「“キミ”、じゃないよ?」
早口で慌てふためく當真の言葉を、少女の愛らしい声が制止する。思わず、視線をもう一度、金髪少女に向ける當真。
青色の瞳と、目が合う。金色の少女が、笑顔で続きを謳った。
「『パレット=セブンデイズ』。わたしの名前はパレットなんだよ?“ないと”?」




