#13 Re:ハイド アンド シーク①
『怪盗』。
その言葉を意味するもの、それに値するものは、この魔法の在る世界の“前”から、存在はしていた。
ただし、それは空想の中の偶像でしかない、“非日常”な存在でしかなかった。
なぜなら、現実の世界において、わざわざその名を冠する事で生じるメリットなど無いに等しいからだ。
何かを“盗み出す”というその“犯罪行為”において、どのような情報であれ露呈する必要などない。それによって、“失敗する”リスクが生じては元も子もない。
それは、“魔法”が生まれてからも変わらなかった。
“魔法”を使っての犯罪、魔法犯罪者が年々増加する中で、もちろん世界としてもそうした犯罪に対し、“魔法”によってその対抗する術を磨き上げてきており、平和の均衡を保つための努力を惜しむ日などなかった。
ゆえに。『怪盗』などという、聞こえだけインパクトのある犯罪の“名”が、世界に知れ渡るなど、それこそ“想像”の中だけにしか存在しない“物語”だった。
それが、“魔法”の在る世界での“常識”であり、“日常”であった。
だが。
“ひとりの男”、その“名”が。この世界に、『怪盗』の“名”として産声を上げ、そんな“常識”を一瞬にして覆した。
ルームズ=アルシャロック。
『今世紀最後の大怪盗』と呼ばれる、【S級魔法犯罪者】の一人である。
魔法が生まれた“あの日”。
同時に彗星の如く、この世界の“物語”に現れた彼は、“魔法”が生まれる前の世界、“旧世界”史に名を遺す、数多のの名品、美術品、遺品。世界中に点在するそれらを、世界を股にかけ幾度となくその手に盗み出す。
そして、それだけでは終わらない。
彼は、“盗みの結末”を、インターネット上の特殊サイト、『ルームズ・ブック』という彼の持つ個人サイトにアップロードし、“盗んだ証”としてその“全て”を、全世界へと公開し続け、世界中の警察機関の信用を奪い続けると同時に、世界中の人々からカルト的なコミック・ヴィランとしての人気を確立するという、まさに“非日常”の“物語”を“日常”の景色の中に描き出したのだ。
空想で描かれる『怪盗』のような、犯行予告など一切しない、そして、その『犯罪』の手法さえ分からない。誰にも、その“過程”を『見られた事がない』。
彼の“犯罪”を“見れる”のは、『ルームズ・ブック』という、全世界の誰もが読者に成れる『本』での“結末”だけ。
誰もその姿、顔などは“見たこともない”、その正体の不明さから、世界中の警察機関の間では、『百の“顔”を持つ男』というコードネームでも呼ばれるようになっていた。
そして、彼が『怪盗』として起こす“犯罪”は、その“経歴”を増やす度に、世界中のトピックス、注目を一手に“盗み”出し、いまや【S級魔法犯罪者】の“顔”として、その“名”を全世界に響き轟かせていた。
ゆえに。世界から見れば平和なこの島国の人間であっても、その“名”を知らない者はいなかったであろう。
ただし。その“存在”が、この国に“実在”するなどといった“非日常”を想像する者も、同様にいなかったであろうが。
少年の世界が、再び、動き始める。“非日常”の続きは、ここから。
「・・・ここ、は?」
當真の意識が、ゆっくりと現実世界に戻って来る。視界に映り込んだのは、“見慣れない天井”。そして
「當真くん!?気がつきましたか!?」
すぐ側の、その声に。當真がゆっくりと視線を向けると、心配そうにこちらを見つめる担任、二之宮 愛理の姿がそこにあった。
心配そうな様子でこちらを見つめる二之宮の表情は、普段の学校での明るく人懐っこい彼女の人柄の良さを全て掻き消す程に、焦燥感で満ちていた。
「二之宮、先生・・・?あれ、ここ、どこ・・・」
「学校の保健室ですよ?でも良かった、教室で倒れてる“二人”を見つけた時はどうなることかと思いましたが」
「二人・・・・・ッ!!?パレットは!!?」
思い返される邂逅と景色。當真は体を叩き起こし、状況に思考を追いつかせる。
「大丈夫ですよ?ほら?」
當真を落ち着かせるように両手を肩に添え、すぐ隣のベッドに視線を向ける二之宮。
その視線の先には、静かな寝息をたてて眠るパレットの姿があった。
「救急車も呼んだんですが、眠ってるみたいですよ、パレットちゃんは?そして、當真くんは“気を失っていて”・・・救急隊員の方の話では病院に運ぶほどの大事ではないとの判断で、二人とも保健室に運んでもらったんですが。でも、本当に心配しましたよ!!一体、何があったんですか?」
真剣な表情で當真を見つめる二之宮に対し、隣で眠るパレットの“安全”を知った今、當真の思考が真っ先に思いついたのは、“もうひとりの少女”と、そしてー
「そうだ!!先生!!大変なんだ!!アルマが・・・“ルームズ”に!!連れてかれた!!!」
「アルマちゃん?待って、ルームズって、あの“怪盗”で有名な?!え、っと、ど、どういう事!!?」
焦燥感と不安で壊されそうな感情を吐き出すように、當真は目の前の二之宮に教室での邂逅を話し始める一方で、そのあまりにも“非日常”な登場人物とその事象に、當真の話が終わる頃にも二之宮の表情から困惑の感情が消える事はなかった。
「・・・當真くん、『大前提』としてあなたの言葉を“私”は疑わない。私の大切な生徒ですから。その上で、“客観的な立場”から、“冷静に”ひとつだけ聞かせてほしいのだけど、」
困惑の表情の先、二之宮のその言葉に“嘘”がないことは、その目を見れば當真にも分かる。その上で、まっすぐと當真に向き合い、告げるのは“現状への認識”だった。
「世界中でも有名な【大怪盗】でも、一般人の私たちが“見たこともない”ルームズ=アルシャロックが、こんなアジアの国にいて、“ひとりの女の子”を・・・美術品や宝石じゃなくて、“人”を“盗む”・・・その“理由”って、一体何ですか?」
「“理由”・・・」
言葉が、喉元で留まる。當真は二之宮に経緯を話す過程において、アルマの“魔法”に関しては極力話すのは避けていた。
アルマがこれまで過ごして来た“日常”。それはきっと、その“魔法”が公にされて来なかったから“過ごせた日常”でもあり、それをアルマ自身がいないこの状況で當真の口から告げてしまう事に抵抗があったからだ。
「・・・・・」
口をつぐむ當真の、その表情を見つめ、二之宮は言葉を続ける。
「當真くん。“話せない理由”を、“あえて”ここで私が聞くことはしないです、でも、聞いて欲しい。今、この“現状”で、“気を失っていた男子高校生”と、もうひとりは“眠っていた女の子”・・・確たる“理由”や“証明できるもの”がなければ、その訴えは“夢”を見ていたとしか捉えられかねないのが、現実だと思うの」
「!!」
「それに。これは警察に言っても、きっと同じ。二週間前の、話題になってた“不法入国者の消失の件”以来、この国や、特にこの街の警察という組織は、ルームズ=アルシャロックなんて世界中の誰もが知るような【魔法犯罪者】が関わっているとすれば、慎重にならざるをえないと思うの。こんな直近で、二度も大きな失敗をする事を、“大人”や“世間体”という“世界”は許さないのだから。だから、“曖昧”や“不確か”な“理由”では、警察はすぐには動いてくれないですよ、きっと?」
「それは・・・」
実際に。それが現実的に起こりうる『未来』であることを、當真も二之宮の言葉を聞きながら理解していた。
世界中に知れ渡ったその“名”も、その“存在”を“日常”のすぐ側に受け入れられる程の環境は、この“平和慣れした”国には、残念ながら無い。
そして、公にはなっていないが、當真自身も当事者でもある、二週間前の“白銀の亡霊”の、その“結末”によって。この街の警察組織が、慎重に動かざるを得ない現状では、當真の“見た景色”だけでは、決して状況が動き出すことはないだろう。
(くそ・・・どうすれば・・・でも悠長にしてる場合じゃねえのに・・・)
焦り。静かな保健室に響き渡る、壁掛け時計の秒針が、煩わしい程に五月蠅く聴こえてくる、當真は自身のクシャクシャになった黒髪を掻き乱すように頭を抱え、必死で思考を巡らせる。
このままでは、状況は一転もしない、他の誰にも『知られることのない』、最悪の『未来』しか當真には想像出来ないで・・・・
パチン。
その瞬間、鳴らされたのは、二之宮の指の音。そして、當真の思考と視線を定める様に、當真の目の前には、“不可思議”に浮かび上がった、水の入ったコップがひとつ。
「落ち着いて。まずは水を飲んで、深呼吸しましょう」
言葉と視線、そして二之宮のその“魔法”によって現れた目の前の景色に、焦り、困惑し、逸る意識を“リセット”される當真。
コップを手にし、水を一口。そして深呼吸し、當真はゆっくりと顔をあげる。と同時に、“ムギュッ”と。
當真のその両頬を、両手で挟むように掴む二之宮。
「うぐッ!?にゃにをー!?」
「當真くん。“ちゃんと前向いて”。“ひとりじゃないから”!!」
それは。真剣な表情で當真を見つめる二之宮の、まっすぐな言葉。
「“理由”は聞きません!!でも、私はあなたの“先生”だから、私は私が“在りたい”自分でいます!!大切な生徒が困っているなら、助けるのが“私”の在り方なんです!!」
當間の視線が真っ直ぐ定まったのを確認すると、二之宮はゆっくりと當真の両頬から手を離す。そして
「私に何が出来ますか?何をして欲しいですか?そして、當真くん自身は、どう在りたいですか?」
二週間前の“あの日”もそうだった。目の前の“小さな”この人の言葉や信念、想いは、當真の“行動”の“礎”の“大きな”ひとつとして、心に在る。
當間は改めて、目の前の恩師の言葉に向き合い、そして自分がすべきこと、いや“そうしたい”願いを言葉にする。
「先生!俺の話を信じてほしい!俺は、アルマを助けたい!!」
目の前の少年の“在り方”を、その“願い”を受け止めると、一呼吸、二之宮は言葉を紡ぎ出す。
「分かりました。警察には、私から連絡します。“まだ”大人同士の方が、“夢”なんて話だけでは終わらないと思うから」
パチンと。指を鳴らし、机に置いてあったそメモ用紙とペンを、その手に“持ってくる”二之宮。
「當真くん、あなたは警察が動くに値する、確たる“理由”、“証明”を探しましょう。見た景色や言葉だけではない、アルマちゃんが“実際にいなくなってしまった”という“事実”の証明が必要です。アルマちゃんが行きそうな場所、いそうな場所、その全部にあたって探してみてください。何か進展あれば、私にすぐに連絡してください」
メモ用紙に自身の連絡先を殴り書きし、當真に手渡す二之宮。そして、當真の“指針”を“導く”ように、ゆっくりと説明を告げると、今度はピンク色のスマートフォンをその手に取りだす。
「分かりました!あっ、パレットは・・・」
二之宮の言葉にベットから抜け出した矢先、視界に入ったのはもう一人の少女。だが
「パレットちゃんなら警察に連絡した後は、目を覚ますまで私が見てますから。お互い、出来る事全部やりましょう」
「・・・二之宮先生、ありがとう」
當真は一歩を踏み出し、駆け出す、
空想のような“非日常”の“物語”を謳う『大怪盗』の手から、『オッドアイの少女』を、その“日常”の“物語”を取り戻すために。
勢いよく走りだす教え子の背中を、その目の前では見せなかった心配そうな表情で見送った二之宮は、一呼吸、そして側で眠りつく金色の少女を見つめながら、握りしめたスマートフォンを手に、自身の出来る事を行動へと踏み出す。
こうして、『オッドアイの少女』を巡る『かくれんぼ』の二幕が、その始まりを告げるのであった。




