#-2 プロローグ③
商店街を少し抜けた、裏路地。
白い制服に朱のラインがポイントで入っているのは、私立王凛女学院の中等部の生徒である証なのだが、少女たちは混乱の最中、逃げ道の選択を誤っていた。
両隣の廃ビルに挟まれたこの裏路地、行き着く道の先は行き止まりとなっており、抜け道もなく、また普段から人通りも少ない場所に位置するため、助けを叫ぼうにも人の気配もほとんどない。
三人の少女の内、真ん中に位置する黒髪で三つ編みおさげの眼鏡の少女が、自身だけ一歩前に立ち、残る二人を庇う様に自身の背後に移動させ、強い視線を眼前の男たちに向ける。
「あなた達、いい加減にしてくださる?これ以上つきまとうと、ただじゃー」
「ただじゃあー?はあ?そもそも先にぶつかってきたのは、そちらさんではないですかねえ?」
言葉を遮るように、三人組の男のリーダー格のような長髪の男が声を荒げる。その怒号に、背後に匿った二人の少女が小さな悲鳴をあげる。
「そもそも、それもあなた方が道端を横柄に闊歩してたわけですし、ぶつかったことに対してはきちんと謝罪をー」
「ほらほらほらー?その子がぶつかったことで、俺の大切な友達が大けがしちゃんたんですよ?なあ?」
「あー、いてーいてー。これ、腕折れってかもなー(笑)」
眼鏡の少女の言葉を再び遮り、仲間内の男はヘラヘラと笑いながら右腕をぶらつかせる。
「だからさー。慰謝料だよ慰謝料。君たち、その制服ってことは“オージョ”の子たちだろ?お嬢様じゃん。俺たちは優しい大人だからさー、払うもん払ってくれたら問題ないわけよ?なあ?」
「ふざけない・・・ッ!?」
シュッッッッッッ!!!!!!
長髪の男が不意に右手を振り下ろすと、そこから“何か”が放たれ、それは空気を裂き、瞬間で眼鏡の少女の制服のスカートまで届き、そして、コンマ数秒後、スカートの裾が僅かに“切れ落ちた”。
そう、それはまるで、“刃物で裂いたような”現象。
「!?」
眼鏡の少女が視線をスカートの道に落ちた切れ端に向けると、そこには不可思議に地面突き刺さった“トランプ”が一枚。
「俺はさー、どんな紙切れでも『鋭利な刃物に変化』させられるんだよね。この“魔法”の何が便利かって、時間が経てばただの紙切れに戻っちゃうからさ、こうやって普段はトランプとして持ち歩けるし、職質とかされても何の問題もないわけよ?でもさー」
再び、長髪の男が右手を投げ下ろす。
ヒュッッッッッ!!
「!?ーッ、痛ッ!?」
放たれたトランプは勢いそのままに、眼鏡少女の頬をわずかにかすめる様に放たれる。
一瞬先、眼鏡の少女は自身の左頬に痛みが走り、切り傷から雨粒が流れるように赤い血が零れ出した。
「こうやって立派な“凶器”になるんだよねー。次は手元が狂って“しっかり”当てちゃうかもなあ(笑)」
「ひゅー!かっこいいねえ!『マジシャン』じゃん」
「は?おいおい、“魔法”がある世界でそれはもう“死語”だろうが?(笑)」
「あははははははは!ウケる!!」
何が面白いのかはまるで理解できないが、こういう“力”を誇示することでマウントを取るような連中の思考回路を理解しようとしても無駄であり、そもそも現状追い込まれているのは事実・・・怯える二人の少女を背に、眼鏡少女は冷静に思考を巡らせていた。
制服にしまってあるスマホに触れながら、眼鏡少女は逸る鼓動を落ち着かせるよう自身に言い聞かせる。
(もう少し・・・時間を稼げればきっと・・・)
「ほらほらほら?さてさてお嬢様たち、どうするよ?素直に慰謝料払うか、それともお前たちみたいなガキでも買いたがるヤツらにでも売りさばいてやろうか?」
「!!?」
笑いながら、一歩、一歩、少女たちに詰め寄る男たち。
(どうしよう・・・一か八か・・・“使う”・・・?)
眼鏡の少女は、自身の右手に視線を向ける。そして
「あー。はい、あのー、ストップストップ。その辺で“やめときな”って。“ヤバい”事なるからさ」
「!?」
ふいに。その声が、男たちの少し後方、路地裏の入口あたりから飛んできた。その場にいた六人の視線が、おのずとそちらに向けられる。
「・・・・・ああん?何だお前?」
男たちの低い威圧的な返しが、木霊するように路地裏に響く。
「んー、ほんとあれだな、やってることもそうだけど、見た目通り、典型的な悪党って感じのリアクションするんだな、あんたたち?」
この状況においても、その声色は特に緊張やブレる様子も微塵もなく、淡々としていた。
寝ぐせのようなボサボサの黒髪を掻きながら、その少年、當真 夜は言葉を続けながらゆっくりと歩みを進める。
「一応ね、確証あるまでは“お友達”?の可能性もあったから様子見しようとも思ったんだけどさ、もうそんな雰囲気でもねえし」
「何だ、クソガキ・・・お前らの“知り合い”か?」
視線を少女たちに戻し、睨みつける長髪の男。に対し、眼鏡少女も混和に似た感情で、ただ素直に呟いた。
「・・・ぜ、全然、“知らない”」
「はあん?」
「まぁ、そりゃそうだよ。俺もその子たちの事は今日初めて見たし」
両手と口角を少しだけ上げ、そう告げる當真。どこか余裕に見えるその口ぶりに、男たちの苛立ちも徐々に熱を上げていく。
「だったら他人じゃねえか。関係ねえクソガキは痛い目見る前にとっとと消えな」
「いやいや、正確にはあなた達全員に道中ぶつかって来られて無関係って訳ではないしー」
シュッッッッッッ!!!!!!!
長髪の男は勢い任せに少年に向かって腕を振り、その手から刃と化したトランプが弾丸の如く少年に向かって放たれる。
「いいいいぃぃッ!?」
“間一髪”。少年は体勢を崩しながらも、その凶刃を避ける、が、そのままその場に不格好に跪いた。
「ダサい奴だな。ヒーロー気取りのクソガキの戯言に付き合ってるほど暇じゃねえんだよ?ああん?怪我する前にお家に帰んな」
「・・・そんなわけにもいかねえよ、」
「はぁ?!」
當真は片膝に手を当て、そしてゆっくりと立ち上がる。
「今日言われたんだ、大事なのは“自分がどう在りたいか”ってさ。俺はさ、見ず知らずだろうが他人だろうが、“ヤバいって分かってる”のに見過ごす事なんて出来ねえ」
引き笑いながらも、まっすぐと視線を向ける當真。
その言葉に。眼鏡の少女は握りしめた自身の右手からゆっくりと力が抜けていくのを感じた。
「・・・かーッ!何を格好つけんてんだが!!この状況分かってんのか?大人とガキ、三対一、つーかタイマンでもお前みてえなガキに負けるとは思わねえけどさー」
両手にトランプを複数枚持ち、そして地面に投げ捨てる長髪の男。持ちろん、刃と化したトランプたちは地面に突き刺さる。
「相当な“魔法”でも使えるってか!?ああん?!」
三人の男たちは一歩ずつ、肩で空を切りながら當真の元に近寄ってくる。
一歩、二歩、三歩・・・距離がもうすぐ、ゼロになる直前
「いや、俺は“魔法”は使えないけど、でも言ったよな?“ヤバい事なるって分かってる”のに見過ごせないって?」
「ああん?何言ってー」
當真は一呼吸の間を置き、言葉を続けた。
「“ちゃんと“忠告したからな、“あんた達”に?」
ヒュウウウウウウウウ!!!ザザアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンン!!!!!!!
「!!!?」
突如として。それは、空気を伝ってくる轟音、そして衝撃音が男たちの後方、少女たちの前から飛んできた。
思わず振り返る男たち。何か、砂埃が不可思議に舞い上がり、ただひとつ言い切れるのは、“何か”がそこに落ちてきた・・・いや、“飛び降りてきた”!?
砂埃が舞う中、少しずつ、その“何か”の輪郭が、影が、その“人”となりが徐々に鮮明になっていき
「クッソ、なんだっていうん・・・!?」
影の主が、ふいに右手を軽く掲げると、突如として、周辺に“風”が吹きだし、そしてみるみると砂埃周辺に“風”が収束されていった。そして、瞬く間に、そこに一人の少女の姿を認識するに至る。
「ごめん。光、あなた達も。遅くなった」
その少女は。肩にかかるくらいの赤みがかった髪を、その周辺に“不可思議”に収束された“風”になびかせ、眼鏡少女たちと同じ白い制服を身に纏った一人の少女。
鮮明になるその姿を目にし、男たちは、気づく。そこにいるのは
「お、おま、お前、まさか」
その端正な美貌もさることながら、それ以上にこの街で、いや、この国でも“彼女”を知らない者はそうはいないだろう。
「『楓』さまああああああ!!!!きっと来てくれるって信じてましたわああああああ!!!!」
先程までの緊張しきった、どちらかと言えば大人びていた眼鏡の少女、光がまるで赤子のように叫びながら、少女に飛びつき、そして残りの二人も駆け寄っていた。
その様子を見ながらも、男たちの一人が、おそるおそる言葉を口にする。
「おい、“オージョ”で“赤髪”で“楓”って・・・まさか、まさか・・・?」
慌てだす男たち。二、三歩ゆっくりと後ずさりして距離を取りながら、“こうなるであろう”と思っていた景色を見つめ、當真は心の中で呟いた。
(やっぱり来るよなぁ、そんな気がしてたんだよな。あの制服見た時からさ。もう大丈夫だろ。なんせこの街の、いや、この国でも数えるしかいない程のー)
赤髪の少女は抱きつく眼鏡少女、光をなだめようと肩に手をかけ、そして気づく。
「ちょっと!?光、あなた、顔に怪我してるんじゃー!?」
「あっ、大丈夫です、かすり傷みたいなもので・・・」
赤髪の少女が。勢いよく振り返る。その表情から、怒り以外の感情が認識できない程に殺気立ち、視線を男たちに向けているのが、當真の位置からもよく分かった。
(あ、ヤベえなこれ。完全にキレてるよな、アイツ)
「アンタたち。いい大人が女子中学生追い回すだけでも許されないのに、女の子の顔に傷までつけたワケ?」
言葉の端々に怒りが滲み出ており、赤髪少女の怒りに呼応するように、先程まで吹く風なき周辺の空気が、轟轟と荒ぶっていく。
「おいおいおいやばいって、アイツってほらー」
「うるせえ、なにビビッてんだよ、所詮あんなガキひとりー」
長髪の男が十数枚のトランプを手にし、そして叫びながらその全てを赤髪の少女に向けて放つ。
「どうってことないんだよおおおおおおー
ーブウオオオオオオオオ!!!ザザザンッッッッ!!!!!!!!
赤髪の少女が右手を挙げる。すると、放たれた刃の弾丸となったトランプたちが赤髪の少女に届くまでもなく、轟音と共に吹き荒れた“風”の壁によって、地面に叩き落される。
「ーひぃぃぃぃッ!!?」
赤髪の少女が、掲げた右手をまっすぐと男たちに向ける。
轟轟と、そこら中一体の“風”が、空気が、彼女の右手に集まっていく。砂塵を巻き込んでいるのか、周辺との空気圧の違いからなのか、とにかく、少女の右手に非日常としか思えないような、不可思議な“風の塊”が在る事、そう、その場の誰しもがそう認識していた。
「やばいやばい」「おいこれって」「クソがああああああ」
「その腐った根性叩き直してやるわ!!!“ぶっ飛べ”ええええええええええ!!!!!!!」
咆哮。瞬間。収束された“風の塊”が、轟音と共に解き放たれる、“風の巨大砲丸”。まさにそれは、常識を超えた超常現象の景色。
緋色 楓。【緋色の暴風】の名を冠する“魔法”を使う彼女こそ、この世界でも数少ない、【レベル・2】の魔法使役者のひとり。
彼女の右手は、【風を自在に操る】。
「「「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ」」」
解き放たれた風の砲丸は、少女たちに与えた恐怖や理不尽を全て吹き飛ばすように、男たちを巻き込み路地裏を爽快に突き抜けていった。
・・・ただし、もちろん。その男たちの数歩先にしか後退していなかった當真が、その余波に巻き込まれたのは、言うまでもないのだが。




