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そんな魔法ならいらない  作者: door
Chapter 1:The Golden Fateful Encounter
26/66

#20 守るモノ×壊すモノ⑤

呼吸が、荒くなるのも無理はない。


當真にとって、現状その行為は、痛みを同時に伴うものと化していたからだ。


呼吸する度に軋む体、加速し脈打つ鼓動が告げるのは、目の前の敵に対する最大限の警鐘。


「くっ・・・近づいても当たらない、離れても避けられない・・・どうすりゃ・・・?!」


だが。背後の少女を連れて逃げ出すには、微塵の隙も手段もない。


まさに、八方塞がり。


當真の意志は決して揺るがないが、それでも全身を徐々に侵食していく焦りが、必要以上に當真の体をその場に縛り付けていく。


コツコツ、と。


両手を広げ、右手の五指を不気味に鳴らしながら歩み寄るアイド=ゼクスブリック。


空間的なモノではない、襲い掛かる重圧は、ただの圧倒的な圧迫感。


(だめだ・・・何も思いつきもしねえし、そもそも考えてる暇もない、とにかくまずは距離を詰めて、あの“右手”に掴まらない事だけをー)



「掴まれなけりャ、とりあえず大丈夫だ、なんて思ッてねえよなァ?」



ミシリッ。



當真が一歩を踏み出そうと、体重をその足に掛けた瞬間、見透かしたかのようにその不協和音は奏でられた。


當真の視界から、白銀の亡霊が、“消える”。



「掴む必要ねェんだよ、」



ゴッッッッッ。



當真は突然、自身の腹部に衝撃を受ける。


ほんの一瞬の間、遅れるように伝わる痛み。


その声に反応する間もなく、激痛と、圧し潰されるような閉塞感によって、當真は呼吸すらままならない。


「かっ、がはっ!!?」


「“敵”にもならねえ、場違いな『ゼロ』相手に、そもそも“右手コレ”を使うまでもねェ、」


それは、単純な膝蹴りだった。ただし、常人の目には決して映ることのない高速の衝撃。


痛みの蓄積された當真の身体にとって、いかに体重差があろうとも、その一撃は、先刻の【C級】魔法犯罪者の一撃とは、比べ物にならない程の苦痛を与えるものであった。


だが


(でも・・・好都合、だ。“右手”を使われないんなら、こっちにだって・・・)



ミシリッ。



再び、視界から消える亡霊。


が、すぐにその姿を現す。そこは



「まァ、あくまで“直接”は、な?」


アイド=ゼクスブリックは、この空間の屋根を支える、十数本の支柱の内の一本の側に立っていた。


そして、そこに添えられる、“右手”。


「せいぜい抗ッてみろよ、ヒーロー?圧倒的な破壊ッてヤツによォ!?」



バギリッッッ。



セメントの支柱が、いとも簡単に割れる。


そして、その五指から“魔法”が流れていくかのように、支柱を亀裂の波が隆々と走っていき、その波紋の行き先は、天井を覆いつくす穴開きの天井版。


が、次の瞬間、當真は自身の頭上から、雪崩のように舞い落ちる“壁”を目の当たりにする。


「ああああああああああああああああ」



ゾォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンンンンンンン!!!!!



工事中でそのほとんどが崩れかけていたとはいえ、人一人をいとも簡単に覆いつくしてしまう膨大な“質量”の壁が、轟音と共に當真を圧し潰しにかかる。


舞い上がる、粉塵。防御不能な、瞬間の雪崩。



「・・・・・ちッ、あッけねェ」


瓦礫の山を背に、両の手をズボンのポケットに入れたまま、不機嫌そうな表情のままパレットの元へと歩き出す、アイド=ゼクスブリック。


(所詮、『ゼロ』・・・直接“潰す”までもねェ・・・)



と。



アイド=ゼクスブリックは、目の前の少女の違和感に、気がつく。


そこに本来在るべきは、悲壮感や虚脱感を有した表情で在る“べき”・・・だが



「にゃ、にゃぁいとぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」



ガッ、ガラッ、ガガシャァァァァァァァァ!!!



涙ぐむ少女の叫び声。そして、人為的に崩れ落ちる、いや、雪崩を掻き分け、猛烈に駆け寄る足音。


終曲ではない、それは転調を紡ぎ歌いだす行進曲。


「なッ?!」


「うおおおおおおおらぁぁぁぁぁ」



ヒュッッッッッッ、スッザッッッッッ!!!



アイド=ゼクスブリックは振り向き様に、間一髪その視野に捉えた、その右拳の軌道を躱す、最小限の動きで。


しかし、それはむしろ、亡霊が反応出来うる限り精一杯の“回避”行動であった。


目の前にいたのは、ボロボロの少年。終わったはずの、そう見限ったはずの少年。


だが。


突き出した拳は、間一髪で躱されたとはいえ、アイド=ゼクスブリックの頬を擦るに至る。


コンマ一秒の静寂。アイド=ゼクスブリックは体感する、そして思考が駆け巡る。


常軌を逸した警察官でさえ、自然現象をその右手で自在に操る『セカンド』の魔法使役者である少女でさえ、


決して触れることなく届かなかったその距離、


そこを超えてきたのが、目の前の、小さな島国の、何者でもない、ただの『ゼロ』の少年ー



「ざッけんな、あァァァァん!!?」



ミシリッッッ。



零から百への起伏、昂り、怒号。


それは、亡霊が見せた、感情の現れ。


叫ぶ不協和音、瞬間、當真は目の前のアイド=ゼクスブリックの存在を見失う。


と、認識する間もなく、訪れたのは背面からの衝撃。


「がはっ!?ぐっー」


「まだまだまだだぜ、ヒーローォ!?ああァッ!?」



ミシリッ、ガッ。ミシリッッ、ガガッッ。ミシリッッッ、ガガガッッッ。



顎、右脚、左脚。止まる事を知らない衝撃の連鎖。當真は一切の受け身を取る事もなく、反応する間もなく、ただただひたすらにダメージが蓄積され続けていく。


呼吸すらままならない、視界に捉える事などもちろん出来る筈もない。


まるで、映像をスローモーションに動かしているかの如く、當真の身体が上下左右に不可思議に揺らめき、そのまま力なく倒れ込もうとする、のと同時に、當真の眼前に姿を現す亡霊。


秒速の世界の中で、上体を不気味に傾けるその姿。右手を自身の右膝に添え、力強く踏み込むアイド=ゼクスブリック。



「終曲だ。啼きもせず堕ちろ」



ズザァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンンンンンンンンンン!!!!!



大地を踏み割る軸脚、続く轟音、響くは空間を裂く衝撃。


目にも映らない速さで放たれた亡霊の左の脚撃は、倒れ込む當真の身体を、まさに言葉そのままに“丸ごと”吹き飛ばす。



ゴッ、ゾォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!!



パレットのすぐ側を、人間砲弾と化した當真が過ぎ去る。


無論、それは少女の目がその姿を捉える間もない、一瞬の出来事。


音が、少女の体感世界に追いつく頃には、當真は言葉のないオブジェのように、パレットから少し離れた場所に倒れ込んでいた。


「え・・・・やだ、ないと!?ねぇ、ないと、目あけてよ!!!」


寄り添い叫ぶパレット。だが、どんなに言葉をかけようと、体を揺すろうと、當真はピクリとも動かない。


(当たり前だ・・・今までどれだけの人間を“壊して”きたと思ッてんだ)


アイド=ゼクスブリックは、右膝を払う様に手をやり、そして呼吸を整え、整然とその様子を眺めていた。


そして、憐み、少女に告げるのは、終わりへの絶望。


「スマートじャねえな。『ゼロ』のガキが喰らって、気を保ッてられるような生半可な一撃じャねえんだよ、諦めー」



「ーっは、がはっ!はぁ・・・死ぬ、かと思った」



「ッ!!!?」


アイド=ゼクスブリックは、自身の眼を疑った。


それは。決してありえるはずのない光景。


だが、嘘のない現実の世界が、そこには存在していた。


「な、ないと!?よかったんだよぉ、ほんと、もぅ、しんじゃったのかとー」


「死なねえ、よ。はぁ、っつても、本気で危なかったけど・・・」


ダメージは決してゼロではない、むしろしっかりと蓄積され続けている。


ふらつきながらも、そのボロボロになった体をパレットに支えられながら、立ち上がる當真。


それは、“終わったはずだった”未来。


だが、アイド=ゼクスブリックの目の前には、“終わらなかった”現実の景色が広がっていた。


右手の五指を不気味に鳴らし、その現実を受け入れ、アイド=ゼクスブリックは沈黙の中“冷静に”思考を巡らせる。


(何だァ?普通に考えりャ、これは“ありえねェ展開”、だ・・・そういや、コイツ、あの三下野郎とやッてる時も、確か・・・)


思考を巡らせる眼前の亡霊に対し、當真は荒ぶる呼吸をようやく落ち着かせることが出来た。


亡霊が何を考えているかは分からない、ただ、少なくともこの先“同じ展開”は決して望めない事だけは間違いない。


圧倒的窮地が、見えない重圧となって當真の心を侵食していく。


「・・・このままじゃ、られるのも時間の問題か・・・くそっ」


「ないと・・・」


拳を握り、見据える正面の脅威に対し、もはやそうした弱音に近い言葉しか出てこない。


そうした當真の焦りを、すぐ側で感じ取ったパレットは、當真の握りしめられた拳に、そっと、自身の手を優しく添え、耳元に寄り添う。


意を決し、告げるのは少女の“秘策”。


「ないと。わたしの言う事、信じてくれる?」


「・・・?」


アイド=ゼクスブリックは、目の前で耳打ちするパレットと、それを受けつつ警戒を見せる當真の姿を捉えながらも、ただひたすら冷静に、自身との対話を続ける。


それは、次の一手を、確実に“終わり”にする為の、亡霊の思考。


(・・・ガキだとか『ゼロ』だとか、そんな“前提”や“先入観”で、こんな結果になッてんなら、それこそスマートじャねえ。冷静に、目の前の事象から考えてー)


不気味に鳴らし続ける右の五指を止めるアイド=ゼクスブリック。


鈍く光る、赤の眼光。亡霊が、ようやく目の前の少年を“敵”だと認識した、瞬間。


當真はいち早く、その冷たくも強烈な殺気と同時に、全身を駆け巡る“嫌な感覚”を受け取った。


當真の心は、その正体が絶望への重圧であるということを、すでに“分かっていた”。


「・・・パレット、分かった。もう、下がってろ」


當真はパレットを自身の背後に匿う様に、アイド=ゼクスブリックの前に立ち塞がる。


目の前の脅威と恐怖の象徴に、震える拳を、強く握り締める當真。


そして、背中越しに、少女に聞こえるように呟いた、“秘策”に対する少年の答を。



「信じるも何も、始めから一ミリだって疑ってねえよ」



「ないと・・・」



その言葉は、意志だ。


揺らぐことない心を、この世界に具現化する為の、少年が紡ぐ歌。



「俺が、自分がどう在りたいか、自分で決めたんだ、お前を助けるって。だから、その為の手段があるなら、たとえそれがどんなに不確かだろうと、“迷わない”。だからさ、頼んだぜパレット」



「うん!!」



當真の言葉に想いに、力強く頷くパレット。金色の少女もまた、この先の闘いを見据え、その視界に亡霊の姿をしっかりと捉える。



「・・・おい、作戦会議は終わりか?」


「ああ。わざわざ待ってくれてるなんて親切な亡霊さんだな?このまま見逃してくれてもいいんだぜ?」


だが。そんな當真の嫌味など全く気に留めることもなく、アイド=ゼクスブリックは自身との対話の中で芽生えた、ひとつの疑念を口にする。


それは、終わりを完遂する為に、亡霊が晴らすべき疑念。



「なァ、お前、本当に『ゼロ』か?」



「・・・・・」


當真の表情が、一瞬、曇る。言葉の真意を捉えられなかった為か、それともー


「三下野郎との一戦でも、さッきの落盤を切り抜けたのも、俺の一撃をまともに喰らッて生きてられんのも、『ゼロ』のガキが、“運よく”切り抜けられる状況じャねえ、例えばー」


見据える、亡霊の赤い眼光。


その疑念は、ひとつの確証へと導かれる。



「“魔法に関わるモノ”を“躱す”事が出来る“魔法”、とかなァ?」



ジリジリと迫りくる圧力。


実際に、両者の距離は変わっていない。だが、アイド=ゼクスブリックの當真に対する認識の差が、局面を緊迫の渦中へと映り変えていく。


「・・・っー」


「ーまァ、正解が何であれ、実際は“もう”関係ねェけどな。無意識だろうが、切迫した状況に追い込まれて、“たまたま”そうなッてんのかも知らねェが・・・俺はもう、お前が“そういう奴”だッて認識した、だから王手チェックメイトだ」


アイド=ゼクスブリックは、“右手”を突き出し、不気味に五指を鳴らす。



「“躱す”暇は、“一瞬”も与えねェ。掴んで、潰す。お前の願いも想いも、全部壊す。さァ、どんな作戦があるかは知らねェが、五感全てで、てきを最大限警戒しろよ?ヒーロー?」



眼前の少年を“ヒーロー”だと本意に認識した亡霊ヴィランに、最早“油断”も“驕り”も、微塵もない。


その“過程”における、最善最速の“一手”を、亡霊は告げる。



一瞬の、静寂。當真の小さな呼吸音でさえ、大きく反響する空間。


呼吸が、落ち着きを取り戻し、そしてー。



ミシリッッッ。



アイド=ゼクスブリックの姿が、消える。互いの距離が、一瞬にして、ゼロに近づく。


さらに。



ミシリッ、ザッ、ミシリッ、ガッ、ミシリッ。



大地が削られていく音と、その都度響きわたる不協和音の連鎖。



アイド=ゼクスブリックは、“敵”を確実な“一手”で葬る為に、幾つかの過程を織り込む。


それは、たとえ残像すら目の前の少年が捉えきれていないこの圧倒的な状況において、万が一にも、その“一手”を“躱されない”為の、偽装。


“敵”に対する、亡霊の驕りなき最善手。


そうした秒速の世界の中で、アイド=ゼクスブリックの眼が捉えたのは、握った拳を解き、力を抜き、ダラリと両腕を下ろす少年の姿だった。


それだけではない、“目を、閉じている”・・・?!



「はッ。結局“諦めた”かァ!?あァ!?だッたら、お望み通りー」


當真の側に降り立つアイド=ゼクスブリック。の“右手”が、勢いそのままに伸びる、その矛先は、當真の首元へとー。



「これで終わりだ、クソ野郎(ヒーロー)



ガッッッ、ギッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!



それは、瞬間の交錯の狭間で生まれた、静寂を破壊する音。



物語の結末は、誰もが予期している以上に、儚くも、一瞬にして訪れ



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