#15 魔法の名と、七つの鍵④
“蹴り”。
その行為における破壊力を測るにあたって重要となってくるのは、単純に“蹴り脚”の威力そのものである。
では、その威力を生み出す上で重要となってくるのは、なにか。
“蹴り脚”のスピードを出し来るために重要な腰の回転、それを熟す為に持って生まれた“身体操作能力の高さ”、それは言うまでもない。
だが、それ以上に重要なのが、0から100へと身体中の力を余すことなく蹴り脚へと伝導した際に、その全てを一点で支えきる“軸足”である。
「・・・・・かッ、はっ・・・・・これ、が、お前の、本当の“魔法”なの、か・・・?」
「へェ。喋れんのか、お前?なかなかやるじャねえか?“コレ”喰らって、こんな短時間で意識取り戻したヤツは久しぶりだな・・・だがよォ、それは“不正解”」
朦朧とする意識の中で、両の手で必死に体を支え起こしながら呟く陣内。
その姿に、この残酷な幕間の最中で、初めて敬意を示すアイド=ゼクスブリックは、ゆっくりと陣内の元へと歩みを進める。
「なァ?“蹴り”ッてのはよ、“軸足”がいかに蹴り脚の威力を逃がさねェように、大地を“掴める”か、ソコが重要なんだよ」
「・・・!?」
上半身のみを起こしその場に座り込み、視線を上げる事しか出来ない陣内の眼前に立ち止まり、自身の右脚を軽く右手で叩くアイド=ゼクスブリック。
「俺の右脚は、蹴り脚の威力を一ミリも逃がさねェほどに、大地を“掴め”るし」
そして。アイド=ゼクスブリックは、その右手の五指を不気味に鳴らし、声を続ける。
「俺の右手は、全てを“掴み”、握り潰せる。敬意を表して、お前には教えてやるよ、俺の【魔法名】をー」
不敵な笑みと共に告げられる、それは銀色の亡霊の持つ、“特別”。
「【Greifen Universum】」
“白銀の亡霊”の存在意義となる、その言葉の理が示すのは、【全てを掴む使者】。
まるで、亡霊からの死の宣告。
その言葉に、その理の真意を見出すこともなく、陣内の心は恐怖という感情しか受け付けなかった。
「記憶したか?冥途の土産だ、大事に持ッて逝けよ?」
右手を振り上げるアイド=ゼクスブリック。向けられた矛先は、陣内の首元へと向かう。
その右手は、陣内の意識を、いや、命の刻限を掴む為に振り下ろされた凶刃。
抵抗、する事などまるで無意味。
陣内の本能が“諦め”を全身に叫び、彼の瞼が反射運動の如く視界の扉を閉じた、
その瞬間
“ソレ”は、唐突に現れた、
「!!?」
ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッッッ!!!!!!!
“ソレ”は。唸る轟音と共に、突如として現れた仄暗い大気の壁、いや、巨大な“嵐の塊”だった。
ゼロに等しかったアイド=ゼクスブリックと陣内との距離を、一瞬にして引き裂いた“ソレ”は、まるで現実の世界に無理矢理“リアルすぎる”3D映像を組み込んだような、超常現象そのもの。
そして。アイド=ゼクスブリックの中の防衛本能が、“久しく”彼の脳に働きかける、“距離を取れ”と。
突如として現れた“嵐の壁”は、自然法則をまるで無視したように不自然に蠢き、陣内の周りを覆い、包み込む。
まるで、何人たりとも触れさせないかのような、強靭強固な大気の鎧のように。
「こ、れは・・・まさか・・・」
陣内が重い瞼を開き、自身を包み込む超常現象をその視界に捉えた瞬間、
「・・・へェ、面白ェじャねえか。こんな平和慣れした小さい島国にもいるんだな、」
アイド=ゼクスブリックは距離を取り、眼前に広がる超常現象を視界に捉え、そしてその超常現象の“発生源”を自身の背後から感じ取った瞬間、
「【セカンド】の魔法使役者がよォ?」
そこにいたのは、ひとりの少女だった。
肩にかかるくらいの赤髪を風に靡かせながら、右手を突き出す少女。
私立王凛女学院の制服に身を纏い、綺麗に整った容姿にも、どこかあどけなさを残すような、そんなひとりの少女。
「二度は言わないわよ。怪我をしたくないなら、そこから離れて」
緋色 楓。その右手に、“特別”を有するひとりの少女が、そこにいた。
アイド=ゼクスブリックは、ゆっくりと振り返る。
目に映ったのは、見た目は小さな島国の、ただの女子中学生となんら変わりのない一人の人間。
ただし。
その少女の声に、気配や空気感、そして何よりも、その“特別”に。アイド=ゼクスブリックは微塵の驕りも油断も持たなかった。
ただただ冷静に、その瞬間に少女を“敵”と見做す、そしてゆっくりと口を開く。
「・・・離れるッて、どこまで?お前の方まで近づけばいいのかよ?」
「そうしてもらってもいいけど、その瞬間、結局あなたは怪我をする事になるけど、いい?」
「はッ。見た目によらず好戦的だなァ、お前?」
右手の五指を不気味に鳴らすアイド=ゼクスブリック。
その赤い眼光は、背後の嵐の壁に守られた陣内から、目の前の楓へと、すでに標的を切り替えていた。
ゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾクッッッッッッッ。
まさに氷塊の中に突如押し込まれたかのような、全身を覆いつくす寒気、いや、恐怖による悪寒を楓は一瞬にして体感する。
それは、アイド=ゼクスブリックが楓に差し向けた一瞬の殺気、だがこれまでにはない強敵に見据えた“本気”の亡霊の警戒心の現れ。
その一瞬で、楓の周りの空気は残酷なほどに冷たく様変わりした。
が、次の瞬間。
本能の感じるままに最大の警戒心を持って、楓がいち早く先手を放つ。
と言っても、単純にその右手をスッと振り上げただけの行為。
だが、それに対し、アイド=ゼクスブリックが一瞬疑念を持ったことも事実。
その一瞬の最中、アイド=ゼクスブリックは背後の大気が淀むのを、震える空気の振動を肌で察知した。
背後に淀む風切り音が、瞬く間に大きく鳴り、広がっていく。
陣内を包み込む嵐の塊が、その範囲を爆発的に拡張していく。
そして嵐の塊だったものは、その鋭さをどんどんと加速させていき、触れるアスファルトをまるで切り刻んでいくように膨張していく、
それはまさに“風の刃の結晶群”。
その脅威を一瞬で看破したアイド=ゼクスブリックは、右脚に力を注ぐ。
「チッ!!」
ミシリッッッ。
アイド=アレセイズは自身に近づく“嵐の刃”を避ける為に、一気に距離を取る。
一瞬にして、目の前で巻き起こる超常現象に対して立ち竦むパレット=セブンデイズの元へとアイド=ゼクスブリックが移動した頃には、轟音と破壊音と共に、仄暗い嵐の刃が、聳え立つ巨大な壁の如く、この辺一帯の通りを完全に二分に断絶させていた。
アイド=ゼクスブリックとパレット、楓と陣内のいる空間を、完全に遮断するのは、“魔法”を介した自然現象が生み出した、不自然な巨大な嵐の刃の壁。
「陣内さん!!大丈夫!?」
「・・・やっぱり、この“魔法”、楓ちゃん、だったか・・・また、君はこんな、危険な所に顔をだしてっ・・・グハッ」
「今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ!?」
吹き荒れる嵐の中、陣内の元へと駆け寄り、その体を支える楓。
楓に身を委ねながら、陣内は通りを蠢く嵐の壁へと視線を向け、呟く。
「・・・しかし、楓ちゃんの“魔法”は、流石に凄いな・・・あの、アイド=ゼクスブリックを前にしても、一歩も遅れを取らなー」
「ー違うっ!!アイツ、全然本気じゃなかったわよ。一瞬、見せた殺気が尋常じゃなかったし、正直勝てる気が全くしない・・・私の“コレ”が数分も持たない事だって、多分アイツはもう見抜いてる!“あの子”を助けるためにも、今はまず!!とにかくここから逃げて、立て直さなきゃ!!私ひとりでどうにか出来る相手とは思えないっ!!」
いつになく声を荒げる楓の姿に、陣内は一瞬で言葉を詰まらせた。
緋色 楓は、中学生とはいえど、その“特別”な“魔法”と母親譲りの正義感溢れる勝気な性格が災いとなって、これまで数々の死線に自ら飛び込み、そして陣内の心配と警告をよそに幾度となくそのその死線を潜り抜けてきたことを、陣内は知っていた。そして、彼女の信念ももちろん知っている。
その少女が見せた、緊張感や焦り、そしてその信念に抗う事になったとしても、“退く”事を選択した、その“意味”。
陣内は、その瞬間に改めて、自身が対峙していた銀色の亡霊の脅威を実感した。
だが。彼は“嗅ぎ分けて”いた、嵐の壁の先にある、“敗北の結末”を。
「・・・だ、大丈夫だ、楓ちゃん。もうすでに、ヤツの“悪意”も、気配も遠ざかっているよ・・・この国を守る警察官として情けないが・・・その数分の間に、ヤツはきっと“あの子”を連れて、その姿を消しているよ・・・くそ・・・グハッ・・・」
「陣内さん!!?とにかく救急車呼ばないと!!」
一方。アイド=ゼクスブリックは目の前の嵐の壁に目をやり、一度右膝の埃を払うような仕草を見せた後、不敵な笑みを浮かべつつも、その壁に背を向け歩き出していた。
対照的に、いまだ戸惑いを隠せずその場に立ちすくむパレット=セブンデイズ。
「やりあッてもいいが、わざわざ“アレ”が消えるのを待ッてやる義理もねえしな。それに、お前を引き渡すのがそもそも“契約”だからな」
歩きだし、呟くように話すアイド=ゼクスブリック。
そして、その言葉はパレットに再び恐怖と緊張感を呼び戻す。
「さて、“契約”通り、お前はおとなしくついてこいよ、時間も迫ッてんだ、スマートにいこうぜ?」
恐怖でパレットの心を“掴む”アイド=ゼクスブリック。そこに、最早微塵の希望もないパレットは、言われるがままにアイド=ゼクスブリックの後に続き、重い足を動かす。
歩き出す最中、ふと、アイド=ゼクスブリックの脳裏に、ひとつの疑念が浮かび上がった。
それは、瞬間の最中に飛び出した、金色の少女の叫び。
(・・・コイツ、あの時、なぜ俺の選択が“右手”じャなく“左脚”の蹴りだッて『分かッた』んだ?一瞬たりとも見える筈はねェ早さだッたはず・・・【七つの鍵】の・・・“魔法”、か?)
一瞬。後方を歩くパレットに視線を向けるアイド=ゼクスブリック。その冷たい視線に気づくこともなく、虚ろな表情を浮かべながら歩くパレット。
(・・・まァ、どうでもいいか。俺は“契約”を全うするだけだ)
離れることで遠ざかる轟音、そして通りを遮断する嵐の壁が消える頃には、アイド=ゼクスブリックとパレットの姿は消えていた。
悍ましい惨劇の幕間が、春の嵐と共にようやく終わりを告げた。




