#13 魔法の名と、七つの鍵②
夕暮れ時と呼ぶには、まだまだ早い頃合い。まだ日も高く、周囲の空気感も含めて明るい。
心なしか、街のどこを見渡しても活気が溢れているかのような、浮かれているかのような、そんな春の日差しが注ぐ道中。
そんな陽気な心持も影響しているのか、街中を歩く銀髪と金髪の異国人の事を気にかける人など誰もいなかった。
「・・・・・」
金髪の少女、パレット=セブンデイズは、数歩先を悠然と歩く銀髪の青年の背中を、ただじっとみつめながら、その後ろについて歩いていた。
いや、正確に言うならば、そうする事しか出来なかった。
(ただ歩いているだけなのに・・・この人、全然“隙”がないんだよ。)
前方を歩く銀髪の青年は、何の警戒もすることなく、ただただ悠然とパレットの前を歩いていた。
しかし、自身の周りにまとわりつく“妙な緊張感”によって、その場をから駆け出す事さえ出来なかったのだ。
(・・・“魔力”の・・・残滓だけでも、聞こえる・・・この人の、“怖さ”みたいのが・・・)
脳内に直接語りかけるように、パレットがそうした“言葉”を聞き取ったのは、きっとその“正体”が、青年の“魔力”の残り火のような、ひとすじの“空気感”に畏怖の感情を抱いたからで。
「・・・あ、あの。どこに、行くの?」
そうした重苦しい空気にも感情にも耐えきれず、パレットは震える声で銀髪の青年の背中に向かって言葉を投げかける。
だが。何一つ状況は変わることなく、歩み続ける銀髪の青年。
「・・・なんで、わたしなんだろ・・・わたしの“魔法”って、そんな“特別”なのかなぁ・・・」
俯き、思わず不安と疑問の全ての感情が言葉になって零れるパレット。
独り言にしかならない程の少女の呟きに対し、銀髪の青年、アイド=ゼクスブリックはふいに足を止める。
振り返るアイド=ゼクスブリック。赤く冷たい眼光をパレットに向け、そしてここまで固く閉ざされていた口を開く。
「・・・お前、自分が追われている理由、本当に分かッてねェのか?」
「理由?そんなの分かんないに決まってるんだよ?そもそもわたし、ちょっと記憶喪失だし。」
パレットの言葉に、アイド=ゼクスブリックの無表情の中にも少しだけ色がついた、気がした。
「あァ?記憶喪失?・・・なるほどな、どうりで話がスマートに進まねェワケだ・・・なァ、教えてやろうか?お前が追われてる理由?」
「えっ?」
自身の中の疑念を晴らす少女の一言に、思わず不敵に笑みを浮かべたアイド=ゼクスブリック。
そして、その一言に、再び歩き出したアイド=ゼクスブリックの後ろを追いかけるしかなくなったパレットも、続くようにゆっくりと歩き出す。
「お前、この世の中にいくつの“魔法”が在ると思う?」
「・・・・・いっぱい?」
呟くように問われたアイド=ゼクスブリックの言葉に、パレットは歩みを止め、少し考え、簡潔に答える。が、そのあまりにも幼稚な返答に、思わず質問を投げかけたアイド=ゼクスブリック自身も足を止め、顔だけ振り返り、冷たい視線でパレットを見下す。
「な、なんなのその目は?完全にバカにしてるでしょ?そ、それならあなたはいくつ在るか正確に知ってるの?」
「いや?分からねぇがー」
「ーほーらほら!?あなたも結局分かんないんじゃん!!だったらわたしと一緒じゃん!!」
腰に両手をあて、小動物の様に頬を膨らませてプンプンと不満をアイド=ゼクスブリックにぶつけるパレット。
その反応に。“一瞬”、アイド=ゼクスブリックの口元が緩んだ・・・かのようにも見えたが、地団太を踏み続けるパレットが、そんなことに気がつくはずもなく。
アイド=ゼクスブリックは一呼吸をあけ、話を続ける。
「今や世界中のほとんどのヤツが“魔法”を使えるようになって、レベルに問わず、ありとあらゆる“選択”の場面において“魔法”が在ることが当然みてェになッてて・・・“魔法こそが世界の全て”になッてるつッても過言でもねェ」
歩き出すアイド=アレセイズ。歩みも、その言葉も、生まれ育った母国を思い出させるようで、パレットに“重い”という印象を与える。
「じャあ、ここで一つ『仮説』だが。もし、“全ての魔法を自在に選択できる”人間がいたら、ソイツはどうなると思う?」
「どういう事?なんだよ??」
振り返り、両手を軽く広げて、質問を投げかけるアイド=ゼクスブリックに対し、警戒しつつもパレットも素直に疑問を投げ返す。
「つまり、だ。『状況によッて、その都度自由自在に魔法を選択して使える人間』がいたら、どうなるかッって事だ」
「??どういうこと?なに言ってるの?じゅもん?というかそんな人、いるわけないじゃん!?だって!!」
パレットが言葉の続きを、あえて表現するにも至らなかったのは。
この世界の、全ての魔法使役者において、『絶対的唯一の法則』が、よもや世界中の人々に認知されていたからだ。
それ、すなわち、『“魔法”は“ひとりにひとつ”』という法則である。
この法則“自体”は、何か確たる立証されたわけではない。
しかし、この法則を否定する実例が現時点で世界中を見渡してもいまだ実在していないという事が、この法則を裏付ける確たる理由となっている。故に、それが“絶対的”であり“唯一”の、“魔法”の在るこの世界での法則。
「・・・まァ、そうだな。そんなヤツいるはずねェッてのが世の中の正論だろうな。この世の全ての“魔法”を手にし、自在に扱えりャあ、簡単に言えば“この世界を支配できる”ッて事だからな」
アイド=ゼクスブリックの説明を聞きつつも、パレットは未だに彼が何を言いたいのかが理解する事が出来ないでいた。
自分自身が記憶喪失であるということももちろん関係あるが、目の前の銀髪の青年が、どこにこの話の着地点を持っていくのかが、まるで想像できなかったからだ。
しかし
「ーじャあ、その夢みてェな『仮説』を『現実』に創造出来るとしたら?」
鼓動が。早まっていく。
「え?」
「つまり、お前が追われる理由も“そこ”に在るッて事だよ」
加速する。鼓動と、緊張と、不安が。全て仄暗く少女の心を包んでいく。
「・・・どういう事、なんだよ?ほんとにもう、あなたの言ってること、よく分かんないんだよ・・・?」
パレットの理解はまるで追い付かない、ただ体中を駆け巡る感情と疑念が、彼女の表情をみるみる暗くしていく。苛立ちにも似た色が、彼女の声を染めていく。
そんな少女の焦燥を掻き消すように、アイド=ゼクスブリックは、言葉を告げる、
「『the Seventh Beginning』ー“七つの鍵”」
それは、今はまだ、誰も知る由のない、“この世界の全てに繋がる言葉”。
「・・・ななつの、かぎ?」
ただ、繰り返す事しか出来なかった。その言葉の意味を、パレットが理解する事など出来なかったから。
そして。アイド=ゼクスブリックは応える、簡潔に、冷静に、淡々と言葉を選びながら。
「“この世の全ての魔法を手に入れ、この世界を支配する”」
「えっ?」
「そんな夢みたいな『仮説』を『現実』に立証する為に必要な計画の“鍵”、その一つが、お前なんだよ。そして、それがお前が追われている理由だ」
「・・・・・」
静寂。虚無感。そして進みだす金色の少女の思考。だが、決して理解が追い付かない現状。
アイド=ゼクスブリックは無造作に言葉を続ける。
「なんだお前、スマートじャねえかと思ッたら、一応考えること“自体”は出来るんだな?・・・なァ、お前さ、想像出来てないんだろ、自分が歩む末路ッてヤツを?でも、それ、間違ッてねえよ。お前はあくまで“鍵”のひとつ、夢みたいな『仮説』を『現実』に立証する為だけに使われる、いわば“道具”みたいなもんだからな。想像出来ない事が正解だ」
困惑する心情を、いとも簡単に見透かされ、虚ろな表情を見せるパレット。冷静に見下ろしながら、呟くアイド=ゼクスブリック。
ふたりの周りには、たくさんの春景色が在るはずなのに、この小さな空間だけがまるで別次元のように、凍りついていくような、そんな感覚がパレットに襲い掛かる。
自らその感覚を振り払う為に、パレットは懸命に質疑をアイド=ゼクスブリックに投げかける。
「で、でも、そもそもどうやって?“全ての魔法を手にする”って言ったって、そんな非現実的なこと・・・そんなの、出来るはずがないんだよ!?それに、わたしの“魔法”だって、“全ての魔法を識る”事は出来ても、手に入れるなんてー」
「ーお前さ、その“魔法”、本当に“そんなモノ”なのか?」
「・・・え?」
「ッてかよ、お前、“いつ”、その“魔法”使えるようになったんだよ?」
連鎖する、想定外の銀髪の青年の切り返しに、混乱だけが加速する中、少女は言葉を紡ぎながら、思い返す、
「“いつ”って・・・そんなの、英国で・・・魔法学校に・・・」
脳内に映像がフラッシュバックしていく、途切れ途切れ、リプレイされていく“過去”・・・だが、
(・・・・・“いつ”・・・・え、わたし、わたしの“魔法”をどうやって使えるようになったんだっけ・・・あれ、“わかんない”・・・?)
「・・・記憶喪失ッて、言ってたッけなァ?つまりお前は“まだ”自分の“魔法”の事、忘れてんだよ?だから“使いこなせて”も無ェんだろうしな」
「!!?」
アイド=ゼクスブリックの言葉に、衝撃を隠せないパレット。だが、ふいに思い返す、
(もしかして、ないとの“魔法”が分からなかったのも・・・それが、原因?)
今日と言う日の朝の、少年との出来事が脳裏をよぎり、パレットは眼前の青年の言葉が、より重たく、ただ事実として受けとめざるをえなくなっていた。
ただし
「まァ、別に“それ”自体も大した問題じャねえんだけどな。そもそもお前が“何かする必要”すらねェんだからよ」
「・・・え?」
その先の、その言葉が、少女の心を恐怖と言う名の感情で踏みにじる一歩となる。
「必要なのは、お前の“血”、だからな?」
「!!!?」
アイド=ゼクスブリックの言葉の真意は、まるで理解できない。
ただ、それがどうしようもない程に悍ましい意味を持つであろうことは、パレットにも嫌でも想像できた。
「お前は“鍵”で、いわば“道具”であって。お前が何かする必要なんてねェんだよ。“ヤツら”が欲しているのは、『全ての“魔法”の始まり』と言われている『アダム』と『イブ』の“血”なんだからよ」
踏みにじる恐怖の足音が、一歩一歩ずつ、パレットの心に大きく響き渡ってくる。
そんな心境など気にすることもなく、アイド=ゼクスブリックは言葉を続ける。
「『七つの鍵』ッてのは、魔法の在るこの現代において、色濃くその“血”を受け継ぐ“七つ”の器。簡単な話、その全てを手にすることが『仮説』を『現実』に立証する唯一の『手段』ッて話・・・まァ、その手段の過程で“道具”がどう“扱われる”かなんて事は、俺にも知る由もねェがな」
“空白”。
そう、アイド=ゼクスブリックの冷たい口調から淡々と届けられる言葉の先にパレットが感じた感情は、そう表現する事しか出来なかった。
彼が何を言っているのか、なぜ自分が追われているのか、そして自分がこの先どうなってしまうのか。
ただ、どんな未来の結末を想像しても、そこに自分の姿は想像できない。
ゆえに、“空白”。
(ほんとに・・・もう、どういうことなんだよ・・・気がついたら今日になってて。記憶は曖昧で。信じていた自分の“魔法”でさえも、あやふやで。誰かに追われている理由がそれかと思えば、必要なのはわたしの“血”で・・・もう、ワケわかんないんだよ・・・どうしたらいいの、わたし?)
心も感情も踏みにじられた恐怖の先に訪れた“空白”の中で、困惑や不安、そして混乱にも近い思考だけが感情となって、パレットの体中をグルグルと駆け巡る。
理性が、まるで抑止できない、心が困惑でバラバラにされていくような感覚に陥ってー
ーそんな中
ふいに。“とある少年”の顔が、パレットの心の底から脳裏へと思い返されてきた。
それは。ほんの“一瞬”の、想像。
それは。出逢ったばかりの、少年であった。
寝ぐせかお洒落なのかも分からない、クシャクシャの黒髪で。
見ず知らずの自分に、夜ご飯も、ホットケーキも、フライドポテトもご馳走してくれて。
その手を取って、街中を走り回って一緒に逃げてくれて。
そして。
危険を顧みず、傷だらけになりながらも、最初から最後の瞬間まで必死で拳を握って、闘ってくれた少年。
パレットの脳裏に“一瞬”で浮かんだのは、そんな一人の少年の顔。そして、想い、言葉。
それは。少女が、自身の中で騒ぐ思考を冷静に対処させるのに、十分すぎるほどの勇気を与えてくれた。
小さなその手を強く握りしめる少女。
言葉を問いかける、それが今、少女に出来る唯一の“闘い”。
「“ヤツら”って、誰?」
「・・・あァ?」
思いもしなかった少女のリアクションに、少しだけ苛立ちに近いような感情を声に乗せて聞き返す青年。
「ぜんっぜん!あなたの話は理解出来ないんだよ?でも、あなたは冗談とか言いそうにもないし、現実にわたしは追われていて、関係ないはずのあの人もあんな風に傷つけられてしまってて・・・だから、どんなにあなたの話をわたしが“理解”できてなくても、現状は受け入れて“納得”するしかないんだよ!」
つい、一瞬前まで、思考は怯え、戸惑いしか見せていなかった眼前の少女が、今は自身の現状を受け入れ、あまつさえ情報すら聞きだそうとしている。
そんな少女の強い意志を、言葉と、そして表情から“何か”汲み取ったように見せたアイド=ゼクスブリックが、言葉を返す。
「・・・へェ。意外に逞しいじャねえか?だが、そもそも俺がお前の疑問に答えてやる義理はねェー」
「ーほんとにそう、なのかな?」
「・・・はァ?」
被せる様に言葉を遮ったパレットの言葉に、アイド=ゼクスブリックは嫌悪感を表情と言葉に示す。少女の発言の真意、意図が見えない。
一方で、そんなアイド=ゼクスブリックの冷たい視線など気にも留めず、パレットは言葉を紡ぐ。
「だって!あなた、わたしが追われている理由を“わざわざ”教えてくれたじゃない?」
「!!?」
それは。現状を語る上で冷静かつ簡潔な一言だった。
しかし、単純に思えるパレットが抱いたその感情は、アイド=ゼクスブリックから完全に“間”を奪った。
少女の疑念は、続く。
「あなたはさ、仕事でわたしを追いかけていたんだよね?だったらその理由をわざわざわたしにこうやって話す必要ないと思うんだよ?それこそ、さっき言ってたみたいに、あなた達にとってわたしはただの“荷物”同然なんだから」
「・・・・・」
そして。少女は告げる。救いにも似た一縷の“疑問”を。
「ずっと気になってたの。あなたの言葉、空気、滲み出る“魔力”・・・なんだかそこからは、“本音”じゃない何かがわたしには“聞こえる”気がしてて・・・ねえ、あなたって、本当はー」
パーーーーーーーーーーンッ!!!!!
それは。パレットの言葉を、周辺の空気を、容易く切り裂く高音。
テレビや映画、そうしたシーンでは最早“当たり前”にもなってきた、胃の中まで響くような“銃声”そのものであった。
音の発生源は、パレットとアイド=ゼクスブリックの、わずか後方の集団の中。
一瞬の静寂の後、辺りを一瞬にして悲鳴と混乱の渦が埋め尽くす。散りじりに、その場から声をあげ逃げ出す周辺の人々。
パレットも、銃声の元へと振り返り、目を凝らす。
「・・・・・あァあァあァ、悠長に話なんてしてんじャなかッたぜ。スマートに事は運びたかッたんだがなァ」
首を傾げ、面倒くさそうに自身の銀髪を右手で搔き上げ、そして不敵な笑みを浮かべるアイド=ゼクスブリック。
その赤い瞳は、すでに混雑する人込みを掻き分けて、銃声の主を、いや、その正体すらも捉えていた。
そして。悍ましい惨劇の幕間が、始まりを告げる。




