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そんな魔法ならいらない  作者: door
Chapter 1:The Golden Fateful Encounter
16/64

#10 来訪者⑤

現実。


テーブルの角に、項垂れるように自身の体を持たれかけさせ座り込む當真と、彼の側に佇むパレット。そして、少し距離を置いて二人を退屈そうに見下ろすジャック=シュクルテルの姿がそこにはあった。


四度の特攻。


しかし、その一度たりとも當真の拳がジャック=シュクルテルに致命的なダメージを与えることはなかった。


時間にしても二分弱、時間稼ぎにしても全く足りない、それぐらい一方的な展開。


「威勢の割には何の“魔法”も使ってこねえし、コイツ、『ゼロ』かよ・・・まあ、こんな平和ボケした国のクソガキにしてはタフだった方じゃねえの?てか、血ィついてるわ、汚えな。おい、お前、なんか拭くもの持ってねーの?」


自身の拳を面倒くさそうにブラブラとさせながら、後方に佇む男に声をかけるジャック=シュクルテル。


後方の男は両手を軽く挙げて、そんなものは持っていないという事をアピールする。


「ちっ。使えねえなあ、お前も。まあ、いいや。ほら、さっさと“ソイツ”、連れて来いよ」


近くのテーブルに備え付けられていた紙ナプキンを大雑把にあるだけ掴み取り、自身の拳の血を拭き取りながら、當真とパレットに背を向けて出口へと向かおうとするジャック=シュクルテル。に対し、少年は、振り絞り、声にする。


「・・・なん、で・・・?」


「・・・はあ?」


枯れるように絞り出されたその声に、苛立つように振り返るジャック=シュクルテル。その蔑んだ目には、もはや當真に対する敵意すらない。


それは、純粋な疑問だった。日常では考えられない程の傷を負い、正常な思考を保つことさえ簡単には出来なくなっていた今の當真の、単純な思い。


「なんで、こんな事、平気で、出来る、んだよ・・・人を傷つけて、小さな女の子を追いかけて・・・普通じゃ、ねえよ!?」


當真の叫びに対し、ジャック=シュクルテルは苛立ちながら、自身の右手に握りしめた紙ナプキンの塊に力を込める。


瞬間。ジャック=シュクルテルの右拳が、また“不可思議”な“空気”に包まれる。


そして、當真に投げ捨てられる、“不可思議な空気の塊を帯びた紙ナプキンの塊”。


勢いそのままに、項垂れる當真の腹部近くに放たれた、ただの紙ナプキンの塊・・・だが



ドッッッッッンンンンン!!!!!!!!!!



「ぐっっっはっっっ!!!????」


到底ただの紙ナプキンの塊からは生じない、重すぎる“衝撃”が當真の腹部に伝わり、衝撃が伝わると同時に、思い痛覚が當真を襲う。まるで、重い鈍器で殴られたような、暴力の塊。


「俺の“魔法”はよお、『右手で触れたものに“衝撃”を加える』って“魔法”でよお、直接殴っても何倍にも衝撃を与えられるし、こうやってただの紙屑でも弾丸みたく出来るんだけどよお。俺にとっては、こうやってお前みたいなクソガキを痛めつけることだって、なんら特別でもなんでもねえのよ?」


歩み寄ってくるジャック=シュクルテル。腹部への衝撃で呼吸さえままならないまま、視線を向ける當真に対し、ジャック=シュクルテルは言葉を続ける。


「“普通”って、ナニ?お前の価値観なんてまるで興味ねえのよ?理由なんて、金になるから。それだけに決まってんだろ?ただそれだけだ、別に仕事の内容なんてどうでもいいんだよ」


告げられる言葉に、まるで温度を感じ取れない。


當真は目の前の男に対し、抱ける感情が限りなく少なくなっていくことを刻一刻と感じ取っていた。


「まあ強いて言うなら、ソイツが狙われてるのはソイツの“存在”が“特別”だからみたいだが」


「・・・“特別”?」


ジャック=シュクルテルの言葉に、一度は抱いた疑念を思い返す當真。


確かに、パレットの“魔法”の持つ“意味”に、ある懸念をすぐに抱いたのも事実。ただ、“特別”という言葉が、當真の思考を少しずつ混乱させていく。


パレットの“魔法”自体に、果たして“ここまで”の状況を生み出す価値があるのかという事に、単純に疑問が生まれたのだ。


それとも。當真がまだ知らない“理由”がそこにー


「・・・まあ、ソイツがどんな奴であろうが、正直関係ないけどな。俺にとってはソイツはただの“荷物”と一緒だからな。荷物を依頼主に渡す、それで金を貰う。郵便配達と一緒だよ、クソガキ?でも。まあー」


言葉を区切り、不敵な笑みを當真に向ける、ジャック=シュクルテル。


「それでもこういう仕事をしてるのは、やっぱり力の誇示と快感を得られるからだろうよ。金以外の理由なんてものはそれで十分なんだよ。なあ?理解したか?クソガキ?くくく」


その言葉。悪意に満ちた言葉。


映像やフィクションの中の悪役が、いかにも言いそうな安っぽくて、だが、もっともらしいその言葉。そんなもの、現実にはありえないと思っていた。


だが。ここは、現実で。


目の前の軍曹顔の男は、嘘偽ることなく、疑問を持つこともなく、淡々と笑いながら、その言葉を口にしているのであった。


もともとするつもりなどなかったが、譲歩の余地など皆無。


(価値観が、微塵も違うんだな、こういうのが現実なんだな・・・ああ、もう、考えるのも、いいや)



その、瞬間。



當真の中で、何かが、“切れた”。



理性、抑制、言葉で表現することは難しいが、“それ”は確かに“切れて”。


そして、少年の脳内は、驚くほどに鮮明に現状の情報をクリアにする。


体を、起こす、ゆらりと。


少女の手を、振り払う、ゆっくりと。


見つめる先は、ただ、ひとつ。



「・・・へえ。どうしたって死にてえみたいだな、クソガキ?極力大事にするなってっていうのが依頼主の希望だが、ここまでくりゃ、こちらも“敬意”を払わなきゃだよなあ。くくく」


ジャック=シュクルテルは右手を自身の胸元にあてる。


右手を中心に、不可思議な“空気”が、徐々に広がっていき、そして、ジャック=シュクルテルの全身を包み込む。まるで、空気の層を身に纏っているような景色。


「これで、俺は全身が“衝撃”を纏った弾丸になったわけだ。どこに触れても、お前がダメージを負う。まさに“逃げ場”なし。光栄に思えよ、俺様が本気で殺してやる時にしか使わないんだからなあ。くくく」


笑いながら、側のテーブルにジャック=シュクルテルが手を添える。瞬間、



ドッッッッ!!!グシャッッッ!!!



ジャック=シュクルテルの手が触れた先から、テーブルがひしゃげていった。


「やっぱり殺すときは、直接その快感を肌で味わわねえとなあ。いまさら“後悔しても遅いぜ?”くくく」


不気味な笑顔、君の悪い声、言葉。


だが、もはやそれらの全てが當真には届かない。


いや、そもそも届いたとしても、それを理解するつもりがない。


ただ、目の前に敵意を向ける事しか、しない。


「・・・なんだあ?えらく落ち着いてるようにも見えるが?そっちから来ないなら、こっちから行こうか?まあ、それで、あっけなくジ・エンドだがなああ!!!」


言葉の終わりと同時に、ジャック=シュクルテルは踏み出す。


その一歩は。これまでにないほどの速さで。そして。振りかぶる、右腕。突き出した右腕、その拳が勢いよく空を切る音が



ヒュンッッッッッッッッ!!!!!



いや、違う、“本当に空を切るだけとなった”!!!???


「!!!?」



それは。先程までの光景を、そのまま立場だけを逆転させて再生しているようだった。


勢いよく突き出されたジャック=シュクルテルの一撃。


それは嘘偽ることなく、殺意を持った、“触れるだけ”で決まる必殺の一撃。


だが。その拳が突き出された瞬間。


そこにいるはずの當真の姿はそこにはなかった。


ただ単純に。造作もなく躱す當真の姿が、そこにはあった。


そして。躱した瞬間。交叉するかの如く、當真の右拳が伸びる。


今度こそ、間違いなく、届く。握られた拳が、ジャック=シュクルテルの右頬へと。



ゴッッッッッッ!!!!!!!!



「グギャッッッ!!!?」


右拳が、鈍い痛みを叫んでいる。だが、そんなことを當真は最早考えもしない。


歩みを、眼前の敵へとゆっくりと向ける。


一転、ジャック=シュクルテルは“まだ気づいてはいない”。そして、怒りの赴くままに叫ぶ。


「おいおいおいおい!!たまたま躱せて!!“ラッキーパンチ”が当たったくらいでえ!!えらい悠長だなあああ!!クソガキがよオオオオオ!!?」


躱されたことも、反撃を受けたことも。ジャック=シュクルテルにとってプライドを傷つけられたようなものだった。


見知らぬ国の、誰とも知らないような子供に、自身の渾身の一撃を躱されただけでなく、逆に反撃を受け、なおかつ一歩退かされてしまったのだ。思考を感情が凌駕してしまっても仕方がない。


怒号と共に、突撃を仕掛けるジャック=シュクルテル。繰り出される、怒涛の連撃。


だが。しかし。



(・・・見える、いや、なんだろ、この感覚・・・“嫌な感覚”が、“分かる”・・・?)



當真は、ジャック=シュクルテルが両の拳を繰り出す瞬間から、もはやそれにしか神経を集中していなかった。


だが、それ以上に。自分の意識とは関係のないところで、感覚が研ぎ澄まされていくのを感じていた。


理屈も、理由も分からない。さっきまで膝も笑っていたし、全身を駆け巡る痛み、口の中は血の味しかしないし。自分の感覚を言語化するのも難しいはずなのに。



それでも。“そこ”が、その“場所”は、その“空間”が、“嫌”だという感覚だけは、鮮明で。何よりもクリアで。



だから。叫ぶ本能に従う。迷わず、そこを、“否定する”。


「じゃあ。こっち、だろ?」


「なッ!?」


それは曲芸師の演劇の如く、いや、まるでお互いに動きが制約されている舞台上であるかの如く。


縦横無尽に放たれるジャック=シュクルテルの連撃を、その拳の行き先とは“正反対”の空間へと躱し続ける當真。


いや、むしろ、ジャック=シュクルテルの拳が當真の元に辿り着くよりも随分早く、まるでその先の結果を拒絶するように、その攻撃の矛先から自分自身を華麗に外している當真。


一瞬でも躊躇したり、その選択肢を誤るだけで、その一撃が必殺になりかねないこの状況下で。當真は、ほんの一瞬すら止まらない、迷わない。


この状況、もはや困惑するのは攻め続けるジャック=シュクルテルの方であった。


「なぜだなぜだなぜだ!!?なんで当たらない!?なんで躱される!!?」



「・・・躱してんじゃねえよ。否定してんだよ」



放たれた渾身の右ストレートを、半身で躱す當真。


勢いあまって前かがみになるジャック=シュクルテルのその右腕を、當真は右手で触れ、いなすように振り払い、ジャック=シュクルテルは体勢を崩される。


そして。ようやく、その瞬間に、ジャック=シュクルテルは、あることに“気がつく”。


いとも簡単に、自身の右腕に當真が“触れている”という、その“違和感”に。



(そもそも・・・なぜ俺に、“容易く”触れてられるんだ、コイツ?“魔法”を纏ってるんだぞ?触るだけで、“衝撃”を喰らうはずじゃ・・・!?)



ジャック=シュクルテルが不可思議なその“違和感”に思考が辿り着いた瞬間、


それと同時に、全身に悪寒を感じる。


想定では決して知る事のなかったであろう、その“拒絶”にも似た感情。


視線を上げる、そこに見えるのは、すでに振りかぶった先に放たれた當真の右拳が、コマ送りのように自分自身に向かってくる景色。


「ちょっ、待っ・・・」



「“後悔しても遅いぜ”、だっけ?」



ガキンンンンンンンンンンンンッッッッッ!!!!!



當真の咆哮と共に放たれた右の拳。


触れる、伝わり鳴り響く、軋む音。


それは、どこにでもいるような平凡な男子高校生の、ただの拳にしかすぎない。


だが、全身全力、怒りと言う名の感情の全てを乗せた一撃、


そしてゼロ距離に近いこの状況で放たれた一撃、


それは、必殺になるといっても過言ではない一撃として成る。



軍曹顔の男の巨躯は宙を舞い、一方で少年は自身の拳の勢いを最早自身の両の脚では支えきれず、前方に倒れ込み、両者互いにそのまま床に平伏した。



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