#7 来訪者②
仕事柄、と言えば聞こえがいいのだが。
父親が特殊な仕事であった為に、當真自身も小さい頃から“そういう現場”には行き来していたし、前日の騒動も含め、父親の旧友でもある陣内正蔵にも、それこそ飽きるほどに“それ”を実際に見させてもらっていた。
そう。つまり當真は、“本物の警察手帳”を知っていたのだ。
だからこそ、そのちょっとした疑念でさえも、特別な違和感に感じてしまった理由である。
「あいつ、そんな遠くには行ってないと思うんだけどな・・・手掛かりはねえけど、かといって無視できる状況でもないし」
気掛かりを言葉にして呟きながら、とにかく思いつくままに足を走らせる當真。
そう、彼は知っていた。
ああいう“ニセモノ”の警察手帳を使ってまで、特定の人物を探すという事は、つまり、事件の被疑者を探すためと言う理由でさえ口実であり、その実パレット自身が狙われているということである。
それは、あくまでも推測の域を過ぎないのも事実。しかし、そうした推測でしかない状況と言えど、その直前まで笑顔であった少女が追われているかもしれないのだ。
それを、ただ何もせずに家でじっとしているなどといった愚直な選択肢は、當真の中にはなかった。
走り出して数分。
商店街の中央の噴水広場の前に辿り着いた當真は、人だかりが出来ている場所に気がつく。
そこは、世界数多の楽器メーカーを取り扱う、商店街随一の大型店舗のひとつである『美影楽器店』の前であった。
どうやら店頭での店頭での実践販売を行っているようで、人だかりの中心には、いかにも高そうな白のグランドピアノが設置されていた。
銀盤の前にいるのは、この街でも有名なプロピアニストである、美影 奏吹であった。
腰まで伸びた黒髪、華奢できめ細やかな白肌を包み込む朱のドレス、凛と佇む少女。
美影楽器店の一人娘であり、當真自身も幼いころからの顔なじみでもある奏吹は、数年前に『ある理由』で世界に見つかり、高校を中退しプロデビューを飾ったという、いわばこの街のシンデレラストーリーを体現したような存在で。
現在、ワールドツアーの合間を縫って帰省しているという話を、絶賛家出中の父親から聞かされたのが、二日前の事であった。
「奏姉ちゃん。またおじさんに体よく客寄せに使われてんだなぁ、」
そんなことを呟きながら、人だかりの近くから奏吹の姿を見つめる當真。と、ちょうどその時。
奏吹の姿勢が、視線が、そして呼応するように人だかりの全ての呼吸が、白のグランドピアノに向けられた、気がした。
演奏が始まる。謳う様に、囁くように。
曲名が何かだなんてまるで分からない、ただ、奏吹の流れるような静かな演奏姿、まるで壮大な草原の中に引き込まれるような音の響き。
そして、“目に見えるはずのない“音の調べが、視界に映る景色に“彩り”を与えていくという“正真正銘の事象の事実”が、この人だかりにいる全ての人に訪れていた。
旋律と同時に訪れる色彩の現像化。フィクションではないその“非日常”も、いまこの世界では“日常”に起こりうる“ただの事象”のひとつにすぎない。
ただ、その“日常”が、走り出して荒ぶっていた當真の呼吸を落ち着かせ、その場所に足を止めずにはいられない理由になったのは言うまでもない。
奏符の華奢な両の手が、時間の経過も忘れてしまうような世界観を音に乗せ、現実に聴き手に“彩りを見せる音”を生み出し、そして演奏の上手い下手という次元を超えて、彼女の奏でる音は、癒しに似た効果もあるかのように、周囲の人だかりの呼吸や心音を落ち着かせていくのであった。
音が止まる。曲の終わり。物語の終わり。見える景色が、日常の世界へと舞い戻る。
そして、一気に拍手喝采の嵐が巻き起こる。
そう。彼女が世界に見つかった理由。それは
「お姉さん。『音を視覚化する』“魔法”が使えるんだねえ。すごい!こんな素敵な“魔法”、初めて見たんだよ!!」
「!?」
その、明るく聞き慣れてしまった声に、當真の視線と心が一気に掴まれる。
踏み出そうとした足の向きを、再び人だかりに向けるのには、十分すぎる理由ではあった。
「お?ウチの生演奏は初めて見たんかな?そうやねん!テレビとかCDとかじゃ体験できへん、リアルだからこそ“見れる”のがウチの“魔法”だし“音楽”やねん!!すごいやろ!?」
演奏している姿からは想像も出来ないくらいの、あっけらかんとした喋り口調と笑顔を見せる奏吹。
母親の影響である関西弁鉛のその口調も、ギャップとして彼女の人気を高めた要因でもある。
「うん。音に“魔力”を込めて、色をつけて、それを聞いた人たちに見せる。“魔法”自体もすごいけど、それをピアノの演奏しながら同時にやれちゃうなんて!お姉さんの“魔力操作”のレベルは、英国でもめったに見れないんだよ!!すごい!!」
「“魔力”?・・・まあ、よう分からんけど、外国の子にもめっちゃ褒められてるんや!やっぱり音楽は国境を超えるに間違いはないな!!というわけで、今、ウチ、絶賛ワールドツアー中でな、今度の日本公演もみんな見に来てやー!まだちょっとチケット買えるみたいやし、あ、せや、ついでにウチの店でなんか楽器買うてくれてもええんやで♪」
自身の告知だけでなく、しっかりと実家の商売にも繋げようと周囲の聴衆に明るく振る舞う奏吹。
“魔法”やピアノの演奏だけでない、こうした人懐っこさこそが、彼女の真の魅力であると言っても過言ではないだろう。
「ほんで、あなたも良かったら、またウチの音楽を聴きにおいでな?外国の“可愛いお姫様”?」
ウインクをしながら満面の笑みを向ける奏吹の姿に、自身に向けられたわけでもない周囲の若人たちの心は鷲掴みされたのは言うまでもないし、そして
「え、可愛いお姫様かあ。わたし、かわいい?えへへ」
「褒められて分かりやすく浮ついてるんじゃねえですよ、パレットさん」
人だかりを掻き分け、分かりやすくニコニコで浮ついているパレットの肩に手を置き、なだめる當真。
「あれれ?ないと?なんでここに?・・・あっ、わかったんだよ。わたしが可愛いお姫様だから、恋しくなって追いかけてきちゃっ・・・」
「違う!!!!どこまでポジティブなんだよ!!?」
その能天気さに思わず声を大きくする當真。
そして、そんなパレットと當真のやり取りに、もちろん奏吹も気がつく。
「あれー?その声・・・あ!夜坊?わー!!久しぶりやん!!めっちゃおっきなったなー!!」
勢いよくこちらに駆け寄ってくる奏吹。そして、そのまま海外ドラマのテンションで當真にハグをしてきた。
「ひっ!!?ちょ、そ、奏姉ちゃん、や、やめろって、」
戸惑う、というよりもドギマギや表情が分かりやすく挙動に出ている當真に対し、隣人のパレットはやや冷たい視線を送る。
「あれあれ。ないと。なんか、とってもデレデレしてるんだね?わたしの時とは全然対応が違うんだよ?ぷんぷん。」
「いやもう!お前のそのキャラ設定はなんなんだよ!?というか待って、それどころじゃなくて!!パレット、お前さー」
慌ただしい状況の中、先程の“ニセモノ”の警察官の話をしようと、當真が一呼吸を置いた瞬間。
「おい!!ちょっと道を開けてくれ!!そこの少女、動くなよ!!」
喧騒を突き抜けるその声に。當真はいち早く気がつく。
声は、當真たちを中心にして、おそらく数メートル先であろう。周囲の人だかりもざわつき始める。
「っ!?くそ!!おい!!パレット!!行くぞ!!」
迷わず。當真は眼前でキョトンとしている金色の少女の手を取り、半ば強引にその場から駆け出す。
「ひゃ!!ちょっ、ないと!?」
「言いたいことも聞きたいことも山ほどあるけど!とりあえず走るぞ!!」
「ありゃりゃ。夜坊、大胆な愛の逃避行かい?ひゅーひゅーやなあ(笑)」
そんな奏吹の茶化した言葉が届かない程に、勢いよく駆け出す當真とパレット。
何かが、少しずつ、動き出した。




