第4話 芥の離別
「着いてきて。見せたいものがあるの」
音を司る女神ピューニャは、一言だけいうと、背中から伸びる6本の不気味な手が手招きをする。
裸足で歩き出すピューニャの後を、大雉の姿のレイシャルはあきれて見つめていた。
ウェルムの森には、また濃霧が立ち込め霧に包まれた幻想的な森に戻る。
ピューニャの姿が途端に見えなくなる。
レイシャルは、先ほどよりも小さな範囲の大気をあやつり、徐々に自身の周りの精霊たちを魔力へと変換してその姿を人型に変える。
銀色に輝く髪。
特徴的なのは、左肩から翼が骨格と溶け合っている。
翼は宝石のように白色から青、そして金へと色を映す。
反対側の右腕は肩から先がなく、初めからその先はないかのような断面で欠如していた。
空の色の衣をまとう、その姿は神々しくもどこか美しい。
レイシャルはピューニャの後を風に導かれて進んでいった。
森の斜面をくだっていると、森に生息していた動物たちが警戒しながら顔を出す。
気づいたら、レイシャルの後ろを距離を取りながら小動物や鳥が付いてきていた。
「ねえ、レイシャル」
前方の方からピューニャの声が降ってくる。
今回ばかりはレイシャルも反応せざるを得なかった。
「どうした」
先を促すと、ピューニャは言葉を続けると、
「さっきはごめんなさい。ひどいことを言ったわ」
反省した声色が聞こえる。
レイシャルとピューニャは言葉の水かけでよく小さな不和を生んでいる。
全能神に対する忠誠心とやり方に違いもあるため、理解できない部分はありつつも、全能神に造られた存在であるお互いをできるだけ尊重してきたつもりだった。
ピューニャはどちらかというと、冷静で俯瞰した態度を取ることが多く、それがレイシャルの感情を逆なでししまうことが多々ある。
「ピューニャが謝ることは何1つない。……謝る方は私のほう。我を忘れて大気を動かしてしまった」
レイシャルの頭に白い小鳥が止まる。
慈しむように、レイシャルにあまえていた。
「……」
ピューニャは無言で、レイシャルの話を聞いている。
ピューニャの多腕にも、いつのかまにか小動物が登っていて、多腕と戯れていた。
「そのことで話があるの」
霧が晴れた場所で、ピューニャとレイシャルは立ち止まった。
開けた木々の真上には、満月が伺っている。
「レイシャル。この星の生命維持のために、すべての大気の大調節を行いましょう。どうも神宣の後から、歪が生じて時間経過とともに徐々に大きくなってきている。早急に対処しなければ、この星は今にでも死に絶えてしまうわ。全能神を探すのはその後でも遅くはないでしょう」
「……わかりやすく教えてもらえるか。まったく言っていることが理解できていない」
「いいわよ」
レイシャルは風を呼び出してみると、近くの空気が揺れて、風がレイシャルを通り抜ける。
これまでと何も変わらない。
「状況としては、あなたの無意識でこの星に空気が停滞している場所がある。緊急措置としてその場所に生物が近寄らないように私が精霊魔法を使っているわ。」
「なるほど?」
「神宣が原因だとしても、どうしてだ?私は今まで調節なんてしたことがない……」
「これは私の予想だけれど。全能神がそういった理や環境の循環調整を担っていたんじゃないかしら」
レイシャルとピューニャが話し込んでいると、小鳥、小動物、鹿といった森に住む生き物たちが、2人の女神に傍に寄り添ってきた。
「おい、こいつらは」
「ちょっと待って」
やたらと体をこすりつけてくる鹿。つんつんとくちばしでつついてくる鳥。
どの生き物たちも目と体で何かを訴えてきていた。
「レイシャル、この子たちはいいから集中してみて。ウェルムの森北西部入口!歪があるの分かるかしら」
小さな体のピューニャがりすに囲まれて埋もれていく。顔の位置に鹿がずぽっと鼻を入れてピューニャの体は完全に見えなくなった。
あいかわらず多腕は小動物たちと遊んでいて、体の持ち主であるピューニャを助けようとはしない。
「な、なんなんだ」
レイシャルの脇を無理やに鼻を通す狐は羽毛に囲まれて気持ちよさそうにうっとりしている。
「ちょっと!あなた達、助けて頂戴!」
ピューニャが多腕に助けを求めるが、動物たちに骨抜きにされている6本の腕たちはピューニャを気にすることはなかった。
「ピューニャ、私にはわかる。お別れを言っているんだこの子たちは」
今まで近寄ったことも触れ合った事がないのに、この森の木々もレイシャルに気を許していた。
感情の部分でレイシャルは温かみを感じ、動物たちの顔つきを見て言いたいことが分かったようだった。
レイシャルは鳥は好きだが森の動物たちはどうでもよいと思っていた。
そんな女神に対して動物たちは感謝とお別れをいいに近くまで寄ってきている。
感謝もお別れも、もらう資格がないというのに。
「そんな顔をするな。君たちの住処は私たちが守る」
レイシャルの左腕翼に顔を寄せる狐に触れ合いながら、女神の慈愛のほほえみを浮かべる。
大気が少しゆらめき、この星の行く末を嘆くようだった。




