迷宮でのはじめての戦い
どうやら魔物であるらしい古びた兜は、部屋の中央でふんわりと宙に浮いている。
ぱっと見の印象ではそんなに早く動くように見えないけど、さっき受けた攻撃は鋭かった。
ふつう魔物の頭の上には、不気味な色に光る輪っかが見えるのに、こいつに関しては兜の内側からほんのりと漏れ出しているくらいだ。
存在に気付いていなかったら不意打ちを食らっていたかもしれない。
イナリ教えてくれて助かった。
「でも、どんな攻撃だったのか、わからないんだよね」
「クルッ」
もしかしたら部屋の暗がりに武器か何かが隠れているのかも。
「死角があるのが良くないのか」
わたしは頭の上の光の輪を静かに廻す。
魔力が身体を巡り、それを指先に集めた。
「これでどうよ!」
腕を大きく振り、指先から光の玉を三つ放出した。
これは攻撃じゃない。
さっきまで持ち歩いてたのと同じ照明のための玉だ。
なるべく固まらないように、部屋の隅に向かって送ったから、一気に部屋が明るくなった。
ついでに光源が複数になることで、落ちる影が薄くなる。
これで物陰に隠れてても見つけやすくなっただろう。
「キュッ」
イナリが鳴くのと、攻撃を受けるのが同時だった。
今度はちゃんと相手が見えた。
「短剣?」
いや、正確に言えば宙に浮いた金属製の籠手が短剣を握っていて、こちらに斬りかかってきていた。
肘から先の部分はない。
ガントレットと短剣だけ。
一瞬、視線を送ると、兜はまださっきと同じ位置にふわりと浮いていた。
兜自体が魔物なのかと思ってたけど、もしかしたら目に見えない透明の魔物が兜と籠手をつけてるのかな。
だとしたらものすごく手が長い魔物だけど。
「試してみるか」
わたしは素速くサイドにステップし、籠手に斬りつける。
宙に浮いた籠手はくるりと回転して、短剣でこちらの刃を受け流した。
「だよね!」
予想したとおりの動きだったので、その力を利用して、籠手と兜のあいだの空間を斬りつける。
しかし、なんの手応えもない。
「やっぱり、違うのか」
でも、なんとなくカラクリはわかった。
籠手が回転する瞬間、その内側から不気味な色の光が見えていたのだ。
たぶん、こいつらは別々の魔物で、兜が注意を引きつけた所で、短剣を持った籠手が死角から攻撃するってコンビネーションなんだろう。
だったら各個撃破すればいい。
「だいたいわかった」
わたしは頭の上で廻る光の輪をさらに加速させる。
手に持った短剣に魔力を集めた。
そして半身になって素速く籠手の魔物の方に踏み込む。
同時に短剣を振り上げ、斜め上から斬りつけた。
籠手がこちらの攻撃を剣で受けようとしたところを、巻き込むようにして跳ね上げる。
「まずひとつ!」
籠手の根元側がこちらを向いたタイミングで、左の掌打を打ち込む。
密かに左手にも魔力を纏わせていたので、その魔力を押し込むようにして、籠手の中にいる何かを叩いた。
一瞬、跳ね上がるように籠手が震えると、短剣を手放した籠手が床に落ちた。
「あれは、虫かな?」
「クルッ」
籠手の内側から、コガネムシのようななにかが数匹、ポロリと転がり落ちてきた。
これが魔物の本体だったんだろう。
籠手を操るために指の部分に入り込んでいたに違いない。
だから外から見たら光の輪が見えなかったんだ。
たぶんあの兜も同じ仕組みになっているはずだ。
甲冑の魔物かと思ってたけど、操り人形みたいなものだったらしい。
タネがわかってしまえばなんてことはない。
残りの兜は元々陽動役なんだろうから、たいしたことは出来ないだろう。
一応、伏兵を警戒しながらも、わたしはあっさりと兜の中に隠れていた虫の魔物も倒すことができた。




