迷宮の探索と間取りのなぞ
わたしは壁に空いたふたつの穴を交互に見る。
どちらも大きさは扉サイズで、よく考えてみれば最初に見た階段へ続く通路そのものだ。
ここにミカヅキとアカツキがいないということは、ふたりともこの中に入っていったんだろうか。
「そんなことってあるかな」
「クルッ」
イナリが何って感じで鳴く。
「元々なにか発見があったら報告するって決めてたし、わたしに何も言わずにいなくなるなんて変でしょ。それに、イナリもわたしも今まで気付かなかったってのもおかしいし……」
やはりあの大きな本は魔法の道具で、それがこの状況を作り出したのだろうか。
たとえば人をどこかに移動させるようなものとか?
だったらなんでわたしだけ残ってるんだろう。
そこがちょっとおかしい。
もしかしたら、とわたしは思った。
ミカヅキとアカツキは読んでいた本の世界に入ってしまったんだろうか。
ぽっかりと開いたこの穴の先には、それぞれの本の中の世界が広がっているんだろうか。
あまりにも空想的だけど、もしそうだとするなら、今のこの奇妙な状態を説明できなくもない。
つまり、わたし自身もまだ読んでいた本の世界にいるってことだ。
流石にそんなことはないと思うけど、少なくともこの奇妙な状況を前にして、違うと言い切れる気もしなかった。
「どっちの穴からも、何の音も聞こえないね」
「クルッ」
わたしは荷物を背負ってから、魔力の明かりを手元に寄せた。
とりあずミカヅキが読んでいた本の穴に向かうことにする。
もしこの穴の先に彼女がいるなら、ロクサイと一緒の可能性が高い。
わたしはロクサイを守る約束をしてるし、やっぱりいろいろ不安要素がある方に行くべきだろう。
もっともこの先にミカヅキがいるって保証はないんだけどね。
わたしは左手を明かりに添えて、壁に開いた穴の中を照らした。
この先は幅の狭い通路になっていて、そのまま下りの階段に繋がっている。
一歩足を踏み入れると、いかにも地下っぽい湿った空気の匂いが漂ってきた。
壁も床も石造りで、オレンジ色の明かりを受けて、てらてらと濡れたみたいに光っている。
何が現れてもいいように、警戒しながら進む。
もし魔物が潜んでいるのなら、明かりを持っているこちらはとても目立つだろう。
だからといって真っ暗闇にしてしまうわけにもいかない。
あらかじめ警戒して進むしかないな。
ゆっくりと階段を降りると、広めの通路に出た。
道は左右に伸びている。
「いきなり選択肢だね」
独り言が思ったよりも大きく響く。
わたしは声を少し落とした。
「どっちに行こうかな」
「ルッ」
こちらに合わせてイナリも小さく鳴いてくれる。
さすができる細長栗鼠はちがうな。
指先で眉間の辺りを軽く撫でてあげると、うれしそうに耳の辺りをぐりぐりと押しつけてきた。
ひとしきりイナリを愛でた後、しばらく通路の左右を観察してみたけど、何も見えないし聞こえない。
とりあえず進まなくちゃ話にならないし、だったらどちらに行ってもよさそうな気もする。
とはいえ何かあって逃げてきた時、階段の入り口で剣を振りやすいのは右方向の通路だ。
利き手側に空間が開けてるからね。
薄い理由だけど、最初の様子見だしまあそれくらいの根拠でいいかな。
「よし、右に行くよ」
「ルッ」
明かりをかざしたまま、慎重に通路を進んでいく。
分かれ道はなかったけど、時折通路が右に折れていたり左に曲がっていたりする。
なんでこんな構造になってるんだろう。
迷宮だから?
古い坑道とか地下墓地みたいな場所が深く広がっていって迷宮になったのかなってなんとなく思ってたけど、もしかして迷宮であること自体が目的の場所なんだろうか。
ミノス王が作らせた迷宮みたいな。
そんなことを考えながら進むうちに大きな扉に行き当たった。
他に分かれ道はなく、ここを開けるしかない。
とりあえず魔力の気配を探る。
近くに魔物がいる感じはしないけど、油断は出来ない。
しかたない、開けるか。
わたしは右手で短剣を抜き、左手で明かりを天井近くに送ってから、扉に手をかける。
「イナリ、気をつけてね」
「ルッ」
すばやく扉を開けて、入り口から距離を取った。
何の反応もない。
扉の奥は暗くてよく見えないけど、生き物の気配は無いようだった。
明かりを室内に送り込んでから、慎重に進む。
むかしは何かに使われていた部屋なのかな。
棚やテーブルが置かれているけど、荷物は片付けられたのか、中はがらんとしている。
木で出来た簡素な椅子が数脚あって、部屋のあちこちにばらばらに置かれていた。
部屋の奥には出口があったけど、入ってきた側とは違ってこちらには扉がない。
「キュッ」
イナリが部屋の隅を見ながら鋭い声で鳴く。
その視線の先には椅子がぽつんと置かれていて、その上に古びた兜がひとつ載せてある。
特におかしな所はないけど。
瞬間、妙な気配を感じて反射的に短刀を振り上げた。
腕に鋭い衝撃が加わる。
素速く後ろに飛びのき、目を凝らす。
ごくうっすらと魔力の気配を感じた。
椅子の上辺りに、ぽっかりと先程の兜が浮かんでいた。
たぶん、これは魔物だ。
その証拠に兜の内側から不気味な色の光が漏れ出ていた。
たぶん、こちらから見えないように光の輪が隠されているんだろう。
こういうパターンは初めて見たな。
「いま、何かで斬りかかられた?」
「キュッ」
どうやら兜がぶつかってきたわけじゃなさそうだ。
わたしには見えない何かで攻撃されたみたいだった。




