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たそがれの魔女の迷宮に入ること

 分厚い樫の木の扉が重苦しい音を立てて開いた。

 その向こうは真っ暗で、部屋の壁に掛けられた燭台の明かりが、わずかに手前の床をオレンジ色に照らしているだけだ。


「ねえ、その明かりはどのくらい保つの?」


 ミカヅキがわたしの手の上の光の玉を見ながら訊いてきた。


「消そうと思わなければいくらでも」

「いくらでも?」


 眉をひそめて、疑わしげな表情でこちらを見られてしまった。

 もしかしたら普通の魔法だと時間制限が厳しいのかもしれない。


「まあ、いいか。なら明かりはあんたとわたしで担当しよう」


 みんなで迷宮に潜ることにいい顔はしてなかったけど、いちおうミカヅキもチームとしての役割分担を考えているらしい。

 いや、この場合はチームじゃなくてパーティかな。

 ミカヅキは自分の背負い袋にぶら下げていランタンを取り外すと、燭台の火を使って明かりを灯した。

 前衛役のアカツキには余計な荷物を持たせず、後衛役のミカヅキと付き添いという名目のわたしを照明担当にするってことみたいだ。

 明かりはひとつでもいいんじゃないかとも思ったけど、わたしが魔力で作ったものをあまり信用していないのかもしれない。


「よーし、それじゃあいくか!」


 明るくそう言ってアカツキが扉の向こうに足を踏み入れる。

 わたしはなるべく前を照らせるように手を挙げて光源を頭上に送った。

 部屋の向こうは石造りの通路になっていて、ちょっと湿気ったような、冷たい空気が漂っている。

 うーん、ダンジョン。

 いや、入った経験ないけどね。

 前世で子供の頃に入った鍾乳洞とか、あんな雰囲気だ。

 通路の幅は思ったより広い。

 屋敷の廊下の倍以上はあった。


「ここから先はどうなってるんですか?」

「そうだな。暫くこのまま進むと下りの階段に続く部屋に出るな。それまでは分かれ道もないから迷いようがない」


 どうやら本番はその部屋に着いてかららしい。

 特に取り決めはしなかったけど、自然と先頭がアカツキ、その後ろがわたしとロクサイ、最後尾がミカヅキという並びになった。

 こうしてみるとロクサイの鹿の角はなかなか立派で、十分以上に頼もしさを感じる。


「クルッ」


 わたしの首の周りでマフラー状態になっているイナリが小さく鳴いた。


「そうだね、イナリにも期待してる」


 指先で顎下をコリコリ撫でると、イナリは満足げに鼻を鳴らした。


「ほら、あそこが階段に続く部屋だ」


 暫く進んでいくと、特に何事もないまま、話に聴いた場所に到着した。

 部屋といっても扉はなく、通路の先が大きな部屋に繋がっているだけだ。

 ただ、部屋への入り口部分が数段下がるように段差になっている。

 部屋が暗くていまいち奥が見とおせなかったので、少し魔力を増やして光の玉の明かりを強める。


「妙ですね」


 わたしは部屋の奥を見ながら言った。


「どうした?」


 アカツキがこちらには視線を向けずに言葉だけで訊いてきた。

 既に手は背中の長剣に掛かっている。


「何かもやみたいなものが見えませんか?」

「いつもと変わらないみたいだけど。ちゃんと階段の入口が見えるでしょ?」


 ミカヅキがわたしの横までやってきて部屋を覗き込む。

 部屋の奥に暗い出口が三つ開いていて、どうやらその奥がそれぞれ階段になっているらしい。

 でも、私が言っているのはそれじゃない。

 他の人には見えないんだろうか。

 わたしは静かに頭の上の光の輪を廻した。

 魔力が身体を巡っていく。

 意識して目を凝らす。


「魔力ですね。この部屋全体を覆ってる感じです」

「お前そんなのが見えるのか」

「わたしたちには見ないけど、魔法使いの作った迷宮なんだから、薄く魔力が漂ってるってことなんじゃない?」


 そういうことじゃない。

 わたしはアカツキを追い越して、部屋の入り口の段差を降りた。

 魔力に覆われた空間に入る。

 やっぱりそうだ。

 これはたそがれの魔女の屋敷の周りに張り巡らされていた結界に似ている。

 でも、この迷宮を守っているとかそういう感じじゃない。

 何かを隠している感じ。


「ちょっと、勝手に先に行かないでよ!」

「ミカヅキさん達は止まってください」


 わたしは手を前に挙げて、魔力の流れを意識する。

 前みたいに力尽くはよくない。

 流れを読んで、鍵穴に鍵を差し込むみたいに、自分の魔力でこの仕組みを解体する。


「うーん、むずかしいな」

「あんた、何やってんの?」

「あともう少しで……」


 ゆっくり静かに手に魔力を集める。

 空間に満ちる魔力の流れを組み替えるように。


「何この魔力……」


 ミカヅキも状況に気付いたみたいだ。

 部屋全体の魔力が複雑に対流し、わたしの手の先がその中心になる。


「よっと!」


 瞬間的に強めに魔力を送ると、何かが割れるような鋭い音が響いた。


「うわっ!」


 入り口に立った二人が腕を掲げて頭を守るような体勢をとった。

 でも、複数の魔力が干渉して空気を揺らしただけで、何かが爆発したとかそういうわけじゃない。


「なんだ、あれ?」


 アカツキが部屋の奥を指さす。

 その先を見ると、階段への入口があった場所には大きな扉がはめ込まれていた。

 しかも扉はひとつだけじゃなくて、三つあった階段に繋がる入り口全てが、美しい装飾が施された金属製の扉によって塞がれていたのだった。

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