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魔法使いの弟子と騎士の剣

 次の日、朝食を食べ終わってから家を出て、白狼に送ってもらい再びたそがれの魔女の屋敷にやってきた。

 門を通って屋敷までの道を歩いていると、どこか少し離れたところから耳慣れた音が聞こえてくる。

 ぶんぶんと棒か何かが空気を切り裂く音だ。

 気になって横道に入り音のする方に向かうと、背の低い女の子が剣を振っているのが見える。

 たそがれの魔女の弟子のひとり、アカツキだ。

 たぶん剣術の訓練をしているんだろう。

 アヤメお姉ちゃんは毎日同じようなことをしてるし、わたしも剣術の修業をするときは型の反復訓練をする。

 とはいっても、アカツキが繰り返している型はマゴット家で教わる剣術とはずいぶん違っている。

 わたしたちの剣術はどちらかといえばディフェンシブで全力で攻撃したりしない、距離をとりながら細かい攻撃を繰り返すタイプだ。

 一方、アカツキの動きは高く構えた剣を勢いよく振り下ろす、攻撃力重視の剣に見えた。


「お前、そんなところで何してんの?」


 わたしが見詰めているのに気付いて、アカツキが動きを止め、声を掛けてきた。


「お邪魔しちゃってすみません。ちょっと通りかかっただけなんで」


 軽く頭を下げるとアカツキはこちらに向かって大股で歩いてきた。

 でも、背が低いからそんなに速くはない。

 ハンゲツに聞いた話では、ここにいる三人の弟子は皆十五歳くらいだそうだ。

 年齢から考えると、アカツキはかなり背が低い。

 もちろん十歳のわたしほどじゃないけど。


「昨日の感じだと、お前、結構やるよな」

「やるといいますと?」


 アカツキの言葉にちょっと身構えてしまう。

 もしかしたらまた勝負みたいな話になるんだろうか。


「剣術に決まってるだろ。実はちゃんとした教わり方してるよな」

「まあ、そうかもですけど。アカツキさんの方もしっかりした剣術を使いますよね」


 わたしがそう言うと、アカツキはうれしそうに笑い顔を作った。


「元騎士様に習ったからな!」

「ああ、そんな感じですね。引退された騎士の方に習ったのなら納得です」

「いや、そうじゃない。今でも現役だよ。騎士をやめて傭兵やってるってこと」


 なるほど。

 騎士は基本的に下級が多いとはいえ貴族階級だ。

 だから貴族でなくなれば騎士ではなくなる。

 なんらかの理由で家を出たり、家自体がなくなったりしたのかもしれない。


「傭兵の方に習ったんですか」

「どこの国だかしらないけど、外国から流れて来たって言ってたな」

「もしかして、魔法と剣術を組み合わせるのも、その外国の剣術のやり方なんでしょうか?」

「いや、それはここに来てから学んだことだ」


 もしかして、剣術に魔法を取り入れるためにここに来たのかな。

 だとしたらとてもシンプルな目標だ。

 なんとなく魔法使いって人たちは、魔法を極めたり真理を探究したりする為に勉強しに来てるんだと思ってたけど、必ずしもそうじゃないのかもしれない。


「あのさ、時間があるならちょっと手合わせしてくれよ」


 アカツキが明るくそう言ってきた。

 自分としてはあまりがっつりとはやりたくないけど、ちょっと付き合うくらいならむしろ望むところだ。

 元々、弟子の三人とはコミュニケーションをとろうと思ってたわけで、これがきっかけになるなら手っ取り早い。


「いいですけど、魔法はありですか?」

「魔法なしでいこう!」


 わたしは荷物を下ろすと、さっきアカツキが剣を振っていたあたりまで歩いていった。

 ある程度アカツキから距離をとってから、腰に差していた短い剣を抜く。

 お互い相手に向き直ったところで同時に構えた。

 わたしは右手に持った剣を前に突き出し、右足が前になる形で半身に構える。

 アカツキは両手持ちの長剣を肩の位置に構えた。

 どうやら昨日持っていた魔剣とは違うもののようだ。

 

「クルッ」


 首に巻き付いた状態で、イナリが警戒の声を上げる。

 アカツキの構えから危険な気配を感じたのかもしれない。

 剣術の手合わせは寸止めが基本だ。

 そうでなければ訓練用の木剣や、刃を潰した剣を使う。

 今は両方とも真剣。

 しかも、どちらも防具は着けていない。


「大丈夫だよ、イナリ」


 わたしは小声で言う。

 たしかにあの構えからは本気を感じるし、重い長剣を振り下ろして、当たる前にピタリと止められるのか不安はあった。

 でも、前回の手合わせでは魔剣で戦ってたわけだし、それに比べればまだましだ。


「それじゃ、いくぞ!」


 合図をしたアカツキは、すぐには動かない。

 タイミングを計ってるみたいだ。

 たぶん最初の一撃を重視してるんだろう。

 だったら、それを避ければ有利になるかな。

 うーん。

 こういう場合、選択はふたつ。

 相手に攻撃させてから、その隙を突いてこちらから一撃入れるか。

 もしくは、相手が攻撃する前にこちらから仕掛けるかだ。

 間合いは向こうの方が広い。

 不用意に近づけば、相手が先に攻撃できるようになる。

 普通の流れなら、間合いに入った瞬間にアカツキが剣を振り下ろしてきて、それを受けるか、避けるかする。

 受ければ止まってしまうけど、避ければこちらのチャンスになる。

 そういう流れだ。

 でも、もしこれが実戦だったら、わたしは自分が先制攻撃する方を選ぶだろう。

 相手の呼吸を読み、タイミングを見定めて、相手が動くその半拍前にタイミングをずらして踏み込む。

 そして、アカツキが剣を振り下ろす前にこちらが仕留める。

 速度とタイミングの読みが必要になる。

 それでも、相手を待つよりは筋が良い。

 なぜならアカツキは初撃の技を鍛えているように見えるからだ。

 わざわざ相手の得意なことをさせる必要はない。

 それに、こちらから仕掛ければ主導権を握ることが出来る。


「ハアッ!」


 間合いに入った瞬間、アカツキが剣を振り下ろす。

 わたしはあえて実戦とは逆の手法を選んだ。

 そもそも、相手に何もさせずに圧勝するのもよくない。

 ちゃんと勝負を成立させつつ、こちらの力も見せたいのだ。

 その為に初撃の機会をアカツキに与えることにした。

 歩法で剣の軌道を避けつつ一歩踏み込む。

 斬撃の隙を突くつもりだったけど、気配を感じて半歩身体を引いた。


「フッ!」


 剣と剣が打ち合わされる音が響く。

 アカツキの剣が斜め下から斬り返され、わたしがそれを胸に引き寄せた剣で受けた。


「速いですね」


 わたしは打ち合わされている剣の勢いを逸らし、その場で回転するような歩法で斜め上に打ち払う。

 さらに勢いを利用して斬撃を放つ。


「むっ!」


 アカツキが一歩下がって避けた。

 距離を離されないように踏み込みながらの連撃につなげる。

 数合、剣が打ち合わされる。

 そして、そのリズムをずらした。


「ハッ!」


 力はいらない。

 半拍タイミングを早めた素速い突きを、アカツキの喉元に突きつけた。

 相手の動き出す直前の重心移動が始まるわずか前を狙った突き。

 それよって、アカツキは動き出しを止められたのだった。


「うーん。やっぱりやるな。お前」


 構えを解いて、ちょっと悔しげな顔でアカツキが言った。

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