魔法使いの弟子たちとお昼ごはんのたたかい
わたしが再び一階のホールに戻ってくると、先程と同じく玄関の扉前にハンゲツが立っていた。
こちらに気付いた彼女が手を軽く上げて近づいてくる。
「お師匠様にカナエさんを案内するようにいいつかりました。お屋敷の中がどうなってるのかお教えしますね!」
背の高い彼女はわたしに話しかける時ぬっと背中を曲げて視線を合わせようとしてくれる。
たぶん親切な子なんじゃないかと思う。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「では最初にカナエさんの部屋へお連れしますね。その後に食堂とか生活に必要な場所を案内します」
そう言ってハンゲツはにっこりと笑った。
「思ったより大きなお屋敷で、なんだか迷子になりそうですね」
わたしはハンゲツの後をついて廊下を進んでいく。
壁には燭台があって二階の廊下よりは随分と明るかった。
「実際、迷子になった人もいるらしいですよ。造りが複雑だし、部屋数も多いですから。わたしも知らない場所が沢山ありますし、実は全部は説明できないんです」
突き当たりにあった階段をのぼると左右にずらっと扉が並んだ廊下に出る。
どうやらこのあたりが弟子達の住む部屋がある区画らしい。
「ここがカナエさんのお部屋です。廊下を挟んで反対側がわたしの部屋ですから、何か困ったことがあったら、いつでも訪ねてきてくださいね」
「助かります。とはいえ、わたしは通いなんであまりこの部屋は使わないかもしれません」
「え、カナエさん、毎日ここに通ってくるんですか?」
ハンゲツがすごく驚いた顔をする。
「はい、ちょっと実家から出られない事情があって……」
「もしかして、おうちはマゴット領ですか」
「そうなんですけど、やっぱり通いって珍しいですよね」
「わたしは初めて見ました。まあ、マゴット領からだったら通えるとは思いますけど」
こんな森の奥に屋敷があるんだから、普通に考えれば弟子は住み込みなんだろう。
もしかしたら人によっては、通いなんて本気で学ぶ気がないって思われるかもしれない。
わたしは自分の部屋の扉を確認してから、廊下の奥の方を見た。
「ミカヅキさんとアカツキさんの部屋もここにあるんですよね」
「そうですそうです。ついでにお二人の部屋もお教えしておきます」
ハンゲツはあっさりと残り二人の部屋も教えてくれた。
それからわたしたちは、普段どんな生活をしているのかとか、最近ここで何があったのかとか、色々話を聞きながら屋敷の中を歩き回った。
建物の造りは複雑で、どこになにがあるのかいまいちわかりづらかったけど、なんとか普段使いそうな場所は憶えることが出来た。
そうやってひと通り説明を聞き終わった頃にはお昼時になっていたので、ハンゲツと一緒に食堂に行くことにした。
「ここではみんな一緒にお昼をとることになってるんです」
「へえ、そんな決まりがあるんですね」
魔法使いっていうと、個人主義というか自分勝手というか、とてもフリーダムな印象だったからちょっと意外だ。
「お昼ご飯だけはお屋敷の使用人さんに作ってもらえるんです。まとめて料理してまとめて出されるんで、必然的にお昼は一緒に食べることになるんです」
「なるほど。朝と夜はどうされてるんですか?」
「どっちも自分で作って食べるので、バラバラなことが多いですね。偶然食堂で鉢合わせることもありますけど」
さっき調理場を案内してもらったから、料理する時はたぶんそこを使うんだろう。
マゴット家だと夜もしっかりとした食事をとるけど、ここでは昼ご飯が一番ボリュームが多くて、朝と夜は簡単なものを食べるだけなんだと思う。
食堂に足を踏み入れると、そこには既にミカヅキとアカツキが席に着いていた。
「お、来た来た!」
「そんなところに突っ立ってないで、はやく座ったら?」
食堂の中央には大きな円卓があって、同時に沢山の人が食事をとれるようになっているらしい。
でも今は二人しか座っていないから、とてもがらんとして見える。
わたしが空いていた椅子によじ登ると、その横にハンゲツが座った。
「もしかして椅子の高さが足りないですか? クッションを持って来ましようか?」
「大丈夫です。いつもこれくらいの椅子を使ってますから」
「つらかったら無理すんなよ! なんだったらオレのクッションを貸してやるぞ」
そう言ってアカツキが大きな声で笑う。
たしかに彼女はわたしほどじゃないけど背が低かったから、ここからは見えないけど椅子の上にさらにクッションを敷いているのかもしれない。
「お待たせしました」
ドアの方からそんな声が聞こえたので振り向くと、メイドさんが大きなワゴンを押して部屋に入ってきた。
メイドさんといっても前世のメイド喫茶で見たようなかわいい服装じゃなくて、シンプルなロングスカートに地味なエプロンを着けたいかにも使用人さんって感じの人だった。
なんとなく影の薄い雰囲気で、軽く目を凝らすと頭の上に妙な色の光の輪が見えた。
普通の人よりもさらに輪は小さくて、これだと魔法なんかは使えなさそうだ。
でも、色合いがちょっと見たことがないようなくすんだ色だった。
もしかしたら、人間じゃないのかもしれない。
じゃあ何なのかといわれてもわからないけど、とりあえず今直接聞くわけにもいかないので、どこかのタイミングでそれとなくハンゲツあたりに訊いてみよう。
「どうぞ」
メイドさんは慣れた手つきで配膳を進めていく。
目の前にはシンプルな野菜のスープとちょっと堅そうなパンが置かれた。
みんなで神様に祈るとか、いただきますって言ったりするのかと思ったら、自分の前に皿が置かれたそばからそれぞれバラバラに食べ始めていた。
特にそういう作法はないらしい。
「じゃあ、わたしもいただこうかな」
木の匙を手に取って、作りたてらしく湯気を上げている野菜のスープを掬う。
野菜と一緒に塩漬け肉が煮込まれていて、ちょっとしょっぱかったけどちゃんと旨みが出ていて思ったよりもおいしかった。
次にパンを手に取る。
見た目通り堅かったけど、クルミが練り込まれていて香ばしい。
力を入れて小さくちぎると、肩の上のイナリの鼻先に持っていく。
イナリが小さな手でパンを掴んで食べ始める。
一生懸命口をもぐもぐさせているから、結構気に入ったのかもしれない。
今度は少し大きめにパンをちぎって、わたしも食べてみることにした。
思ったよりも堅くって噛みちぎるのに苦労する。
よく見るとみんなパンをスープに浸して食べていたから、わたしも同じようにしてみる。
確かにこうすれば堅いパンも柔らかくて食べやすい。
「そういえば、お師匠様から聞いたんだけど」
突然ミカヅキがわたしに向かって話しかけてきた。
「迷宮の課題、あんたが仕切るんだって?」
どうやらわたし課題について、既にたそがれの魔女から話があったらしい。
これはちょっとやりづらくなったなって思った。
いきなり新入りが仕切るってことになると反発があるだろうと予想していたのだ。
もし皆に周知されなければ、なんとかうまいこと立ち回るって手もあった。
皆で話し合って、全員一緒に迷宮を攻略した方が得だって結論に誘導する方法もとれたんだけど、こうなってはそれも難しい。
「そうですね。ただ、わたしが仕切るっていうよりも、皆さんで一緒に迷宮を攻略する際のお世話役を仰せつかったって言った方が正確かもしれません」
とりあえず変に対立することだけは避けたい。
その為には、今はわたしがリーダーになったって体にはしない方が良いだろう。
とはいえ単純に否定をするのも筋が悪い。
誰がどんなことを言っても、なるべく正面から否定はしないようにしておく。
大事なのは、みんなで同じ問題に挑戦している、というイメージを共有してもらうことだ。
そうすれば自然とまとまっていくはずだ。
「オレもその話聞いたけど、まあバラバラにやっとけばいいだろ。誰かが最奥の間を見つけたら、そいつが皆を案内して最後だけ全員揃って課題を終えれば同じ事なんだし」
こんどはアカツキがちょっとめんどくさそうに言った。
でもそれだと困るんだよ。
誰かひとりが最奥の間に先にたどり着いたら、わたしのミッションは失敗なんだから。
でも、その話は今はできない。
なぜなら、これはわたしだけの都合だからだ。
「えっと、だったらこれからはお昼ご飯の時間に、皆さんが集めた迷宮に関する情報を持ち寄って共有しませんか? その方が課題を終えるのも早くなると思うんですが」
各自勝手に進められても困るので、試しにそう提案してみる。
とりあえず、皆が集まって課題について話をする時間を作りたい。
今はバラバラでも、最終的にはチームになってもらわないと。
「それって、必要?」
ミカヅキがあっさりとそう言った。
ちょっと考え込むように、アカツキが匙を持った手の動きを止める。
「うーん。まあどっちでもいいかな」
「いらないでしょ? 別に」
一方ミカヅキはぜんぜん興味なさそうだ。
すると、ハンゲツが軽く身を乗り出した。
「じゃあ、何か危ないこととか、どうしても注意が必要なことがあったら、それをここで教えあうっていうのはどうでしょう」
取りなすような感じでそう言ってくれたのは、わたしに気を遣ってくれたのかもしれない。
皆もそれだったらいいかって雰囲気になる。
ハンゲツの心づかいはありがたかったけど、もうちょっと協力体制をとれるようにしたいところだ。
わたしはスープをすすりながら、今後の方針を考える。
やっぱり魔法使いは個人主義が普通みたいだ。
それをなんとかしてチームとしてまとめなくちゃいけない。
これはなかなか遠い道のりかもしれないと思った。




