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コナユキの故郷に行こう

 父様に許可を得てから二週間後、わたしたちは馬車に乗って屋敷を出た。

 ちょっと古いけど頑丈な箱形馬車を二頭の馬が曳いている。

 御者台には父様の従者を務めているアカヤナギが座っている。

 馬車の中にはわたしとコナユキが並んで座り、その対面にリンドウとアオムラサキが座っている。

 アオムラサキはリンドウの乳母で、わたしたち姉妹の家庭教師もしている才女だ。

 いつもキリッとした顔を保っていて、笑っていても目がマジ、みたいな超クールな人。

 教師としてはなかなか厳しくて、わたしたちはこの人にはなかなか頭が上がらない。

 今回はリンドウの侍女としてついてきてくれている。

 本当は御者兼従者のアカヤナギだけを供にするはずだったんだけど、リンドウがわたしたちに同行したいといいだしてゴタゴタあった結果、父様が許可を出す条件としてアオムラサキも連れて行くことになったのだった。

 ちなみに、アヤメお姉ちゃんは軽い鎧にマントという騎士の姿で馬に乗っていて、わたしたちの馬車に併走している。

 こうやって護衛役を務めるのが、今回の旅の課題のひとつなのだ。


「わたし、旅は初めてだからたのしみです!」


 リンドウが窓の外を熱心に眺めながら言う。

 ここはまだ屋敷からそう離れていない森の中なので、そんなに目新しい景色じゃないはずだけど、生まれて初めての旅行にテンションが上がってるのか、なんでも新鮮に見えるらしい。


「そうだね。わたしも旅は初めてだからうれしいよ」

「カナエ姉様は父様と泊まりがけで森に入ったりしてるじゃないですか」

「あれは訓練みたいなものだからね。たぶん、リンドウもそのうちやると思うけど」

「あと、こんなにたくさん馬車に乗るのも初めてです!」

「まあ、ちょっと揺れが激しいけどね」


 馬車の車軸の上には板バネが入ってて、多少は揺れを抑えてくれているけどここだと道が悪い。

 すると、わたしたち姉妹の会話にコナユキが自然な感じで入ってきた。


「たぶん、森を抜ければもう少し揺れなくなると思うよ。このあたりは特に道がでこぼこしてるから」

「そうでした。コナユキさんはここまで旅をして来た経験者なんですものね。コナユキ先生です」

「先生はやめてよぅ」


 この二週間ほどで、コナユキもかなりうちの家族に溶け込んできている。

 特にリンドウとは仲良くなったみたいだ。


「クルッ」


 突然、わたしの肩に乗っていたイナリが身体を起こして、窓の外を見た。

 わたしもイナリが見ている方の窓を覗き込む。


「どうしたの、イナリ」

「カナエ!」


 反対側の窓から、アヤメお姉ちゃんが声をかけてきた。

 さっきまでお姉ちゃんはもっと前を走っていたはずだけど、今は馬車の真横にぴったりと馬をつけている。


「どうしたの、お姉ちゃん!」

「何かが森の中にいる。馬車についてきてるみたいだ!」

「それって、盗賊とかそういう人達かな!」

「いや、多分狼か何かだ。あの中を馬は走れないからね! しばらく窓を閉めてじっとしてて! アカヤナギはこのスピードを保ってね。絶対速度を落とさないように!」


 そう言って、アヤメお姉ちゃんは馬車の後ろを回って、逆側に馬を移動させた。

 わたしは窓を閉めるために身を乗り出して、そのついでに目を凝らして森の中を見る。

 木々の枝葉の隙間からキラリと見慣れた光が覗いた。


「カナエ姉様……」


 不安そうにリンドウがわたしの方を見る。


「大丈夫だよ、リンドウ。たぶん狼だと思うけど、襲ってくる感じじゃないから」

「姉様は狼さんの気持ち、わかるんですか?」

「まあ、なんとなくだけど。殺気がないというか、様子を見に来ただけって感じがするというか」


 なんだかいいかげんな説明になっちゃったけど、しかたがない。

 本当のことは言いづらいんだよね。

 だって、あれ、知り合いだもの。

 あの狼は、いつもわたしを森の王の御所まで案内してくれる雪走りの中のひとりだ。

 頭の上の光の輪が見えたから、たぶん間違いない。


「クルッ」


 イナリがリンドウの膝の上に飛び乗って、長い身体を丸めて座る。

 緊張しなくても大丈夫だって、態度で伝えようとしてるみたいだった。


「ほら、イナリももう警戒を解いてるでしょ。大丈夫だよ」

「じゃあ、アヤメ姉様も大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫」

「クルッ」


 リンドウはようやく安心したのか、微笑みを浮かべて膝の上のイナリの背中を撫で始めた。

 わたしは鎧戸を下ろした窓の方をもう一度見る。

 たぶんあの白狼は、しばらくこの地を離れるわたしとイナリをお見送りに来てくれたんじゃないだろうか。

 ここ最近は、あの魔物の女騎士を警戒して森にも行ってなかったから、ちょっとご無沙汰だったし、一匹だけとはいえ姿を見られて良かった。

 さすがに白狼みんなが見送りに来てたら大事だったけど、その辺は自重してくれたようで助かった。


「白い毛皮が見えましたね。もしかしたら雪走りかもしれません」


 唐突にアオムラサキが冷静な口調で話しかけてきた。


「雪走りって、白い狼さんのことですよね」

「そうです。雪走りについては前に授業でお教えいたしましたよね」

「はいです。普段はあまり人前に姿を現さない狼で、群れを作らないのです」

「よくできました。その通りです。お屋敷に図鑑がございますから、戻ったらご本を見てみましょう」


 そう言ってアオムラサキが微笑む。

 本好きのリンドウもそれを見てうれしそうに笑った。

 暫くして、森を抜ける頃になってから、やっとアヤメお姉ちゃんから声がかかって窓を開けることが出来た。

 もう白狼の気配は消えている。

 もしかしたら、あの白狼は森の中の護衛を買って出てくれたのかもしれないとちょっと思った。

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