第9話 哀伝さんと任務
【第三部】推しは私が救うー終ー
交易使者の見習いである私は、今日も上司の哀伝さんとともに外回りの任務へ向かう。
向かう先は、この国の紙を支える二つの店。
ひとつは紙屋・福紙堂の諭作さんのお店。
もうひとつは予備の取引先である、てふ紙屋・煎承さんのお店だ。
私はアニメで見たとき、思わず息を呑んだことがある。
この二つのお店──福紙堂とてふ紙屋で扱われている「奉書紙」だ。
この奉書紙は、桂ノ国では特別な紙とされている。
そもそもこの国では、紙の扱いそのものが極めて厳重だった。
他国との文書のやり取りなどに使われ、偽文書を防ぐため──購入できるのは、お殿様である栄善さんか、家老の茶々蔵さんだけと決められている。
そしてその中でも「色奉書」と呼ばれるものは、文書や贈答に正式に使用される奉書紙の一種だった。
そのため、諭作さんの福紙堂でも、煎承さんのてふ紙屋でも、奉書紙は厳重に金庫で管理されているらしい。
……なのに。
綿花はその奉書紙の中でも「色奉書」を使い、朽葉ノ国へ情報を流していた。
よく考えれば、あまりにも不可解な話だった。
……それに。
無断で使用すれば、厳しい罰が下される。
それほどの危険を犯してまで、綿花は色奉書を使っていたことになる。
私も最近、座学で学んだからその重みは重々承知だった。
……なんでなんだろう。
そんなことを考えながら、私は廊下で哀伝さんを待っていた。
遅いな……何してるんだろ。
どうしよう、もう一回トイレ行っとくべき!?
なんて考えていると、廊下の奥から茶々蔵さんの大きな声が響いた。
「こりゃ、待たんか哀伝ー!」
「嫌だよ〜だ〜」
……またやってるんすか!?
茶々蔵さんが哀伝さんを叱りながら追いかけ回している光景は、たまに見かける日常だ。
無理もない。
哀伝さんは、この城一番のやんちゃ坊主と言われるくらい、昔から自由すぎるのだから。
「何やってるんすか〜!行きますよ、哀伝さん!」
「ぷはははは〜、ごめんごめん」
そんな会話を交わしていると、茶々蔵さんが腰をさすりながら痛そうな声を上げた。
「……あたたたた。わしゃ腰が痛いんじゃ〜。哀伝、お前さんが昔、栄善を悪の道へ誘ったあの日からじゃからのー!」
拳を振り上げながら言う茶々蔵さん。
その姿がどこか小さく見えて、思わず可愛いと思ってしまう。
可愛い、可愛い、茶々蔵さん!!萌え萌えきゅん♡
「茶々蔵さん、大丈夫ですか?哀伝さんなんかに構ってたらいけませんよ!」
「ほほっ、歌羽は優しいのぉ」
「ちょっと歌羽〜、それってどういう意味〜?」
……哀伝さん、あなた少しは反省しなさいよ!
私の可愛い茶々蔵さんが可哀想でしょ!(誰)
だけど哀伝さんって、幼い頃からずっとこんな感じだったよね。
無邪気というか、自由というか。
──まあ、私はアニメで見て知ったんだけどね。
哀伝さんは幼い頃、栄善さんに「こっそり町へ抜け出した者は英雄になれる」なんて、とんでもないことを吹き込んだ。
そして、それを信じた栄善さんを連れて、本当に町へ抜け出した。
……いや、信じる栄善さんも栄善さんなんだけど。
だけど、そんなところも最高っすよ栄善さん!
当然、その一件はすぐに発覚した。
茶々蔵さんはてんてこ舞いになり、その騒動の影響で腰を痛めた──なんていう話まで残っている。
茶々蔵さんの中では、それが「悪の道へ誘った」出来事として残っているらしい。
けれど、その出来事がきっかけで、思いがけない出会いが生まれた。
町へ抜け出したその先で、団丸さん、七左衛門さん、そして雲祈さんの三人と出会う。
すぐに打ち解けたのか、気づけば哀伝さんと栄善さんは、こっそり抜け出したはずの町から、三人を連れてお城へ戻ってきていた。
そのとき、杏歌さんが哀伝さんに喝を入れる姿を目にした雲祈さんは、強く心を惹かれ、そこから杏歌さんへの憧れが芽生えた。
その後も哀伝さんと栄善さんは凝りもせず、こっそり町へ抜け出し、お城へ戻ってきては三人と遊び、次第に仲良くなっていった。
そして栄善さんは、茶々蔵さんに頼んだ。
三人を、お城へ迎え入れてほしいと。
身分にとらわれず、人柄と才能で人を選ぶ。
それが、栄善さんが掲げた方針だった。
身分制度を変える架け橋として、その信念を何よりも大切にしていた。
貧しい立場の中で生きてきた栄善さんだからこそ、その思いは揺るがない強い意志となり、今もなお栄善さんの中に息づいている。
結果として、団丸さんと七左衛門さんは、その力を認められ、見習いとしてお城に迎えられた。
この出来事がきっかけとなって、今の“人柄や才能を重視した人選”の流れが生まれた。
雲祈さんは家の事情ですぐには入城できなかったけれど、それでも──縁はちゃんと続いていた。
杏歌さんも言ってたけど、人との出会いって、本当に何があるか分からないよね!
茶々蔵さんもなんやかんや言いながら、哀伝さんたちが元気に過ごしている姿を見るのが嬉しいんだよね。
──蛍火さんは、それができなかったから。
「ごめん、ごめん。冗談だよ、茶々蔵。大丈夫?痛くない?」
「あぁ、もう大丈夫じゃ。心配かけてすまんのう」
二人が小さく笑い合ったのを見て、空気がふっとほどける。
「じゃあ歌羽、任務に出ようか。茶々蔵〜、行ってくるからね〜」
「あぁ、哀伝も歌羽も、気をつけて行ってくるのじゃぞ」
「行ってきまーす!」
そして私たちは、いつも通りの賑やかな一歩を踏み出した。




