第6話 小さな違和感の始まり
【第三部】推しは私が救うー終ー
私は、ずっとひとつだけ気になっていることがあった。
それは──まだ綿花の姿が現れていないことだった。
本来なら歓迎会の時点で、綿花はすでにこのお城に仕える交易使者として働いているはずだった。
だがこの時点では、綿花の姿はどこにもなかった。
綿花は、その歓迎会の中で、栄善さんが養子であるという事実を知ることになる。
さらに、後に現れるトワさんが無断でこのお城にいたことも知る。
──無断でお城にいたことは、重罪にあたる。
それは、トワさんだけの話じゃない。
あの日、私がお城にいたこともまた同じ意味を持つ事実だった。
その後、夜更けの会議で栄善さんが朽葉ノ国との縁談を断る意思を持っていることまでも明かされていく。
その縁談の相手は、幼い頃からの許嫁──朽葉ノ国の姫、五十嵐小梅。
その決断には、ある目的があった。
縁談を権力から切り離すこと。
それは、この国が一つの力に偏らない形へと変わり、誰もが自由に生きられる道をつくるためのものだった。
桂ノ国と朽葉ノ国は長年にわたり、互いに支え合う関係を築いている。
桂ノ国は海に面した沿岸国であり、朽葉ノ国は山に囲まれた内陸国。
塩と米。互いの不足を補い合うことで、その均衡は保たれてきた。
しかし、その均衡の結果、桂ノ国は朽葉ノ国に依存する構造となっていた。
その弱みを突くように、綿花はこの国の機密を静かに抜き取り、朽葉ノ国へと流していた。
──その歪みは、やがて国の均衡を揺るがしかねない状況へと変わっていた。
そして、その果てに栄善さんはひとつの決断を下す。
この国の人々を守るため、縁談を受け入れるという選択を。
そこまで考えたところで、私はふと思った。
──なんで綿花は、そんなことをしたんだろう。
路傍斬りも朽葉ノ国で現れていた。
小梅姫もまた、その国の姫だ。
そして華礼の式──殿と姫が国の人々へ婚礼の挨拶を行う道中。
その途中で、路傍斬りは再び姿を現し、杏歌さんを襲った。
朽葉ノ国に関わる出来事ばかりが、やけに重なっている。
胸の奥に、拭いきれない違和感が残る。
もしかすると綿花は、あの国と何か関係があるのだろうか。
綿花も路傍斬りも、最後には自ら命を落としている。
それほどまでに、守らなければならない秘密があったということなのだろうか。
師走の冬至。
栄善さんの御誕辰祭の夜、小梅姫は嫉妬に狂い、トワさんに刃を向けた。
その刃からトワさんを庇い、栄善さんは命を落とし──トワさんもまた、その後を追うように姿を消した。
……思い出すだけで涙が滲む。
そもそも、綿花を連れてきたのは時雨さんだし、交易使者として入るはずだったなら、今その役目に私がいるということは──もう綿花は来ないのかもしれない。
──もしかして。
私が来たことで、アニメの歴史、変わっちゃった?
それってすごくない!?
私、もう救っちゃったってこと!?
私はこの先で、杏歌さんが再び路傍斬りに襲われることや、栄善さんが小梅姫に刺されて命を落とすことを、まだ誰にも話していない。
私が来たことで何か展開が変わるかもしれないし、まだ起きてもいないことを伝えて不安を煽りたくはなかった。
──助けて。
この世界に来るとき、誰かがそう呟いた気がした。
あれは、トワさんの声だったのかもしれない。
私の推しであるトワさんが、助けを求めた声だったんじゃないかって、勝手に思っている。
待っててくださいね、トワさん。
あんな悲しい思い、もうさせませんから。
綿花はとりあえず来ない。
なら朽葉ノ国に偽文書が届くこともないはず。
だとすれば──縁談は動かない。
そうなれば、杏歌さんたちが朽葉ノ国へ向かい、再び路傍斬りに襲われることも、小梅姫がこのお城に来て暮らし始める未来もない。
あとは、私ができることを全力でやるだけ。
ぐっと拳を握り締め、空へと突き上げる。
「やるぞー!私が救うんだー!!」
──私は、まだそれを“救い”って呼んでいた。
本当の始まりは、別の顔をしてやってくるなんて思いもしないで。




