第5話 日常という名の疾走
【第三部】推しは私が救うー終ー
やっほ〜。
この世界にトリップして、交易使者として日々励んでいる天音歌羽だよ。
そんな私は、ただいま絶賛・全力疾走中。
なぜかというと……トイレに行ってるから!
ちなみにこの世界では、トイレのことを厠って言うんだって。
昔のトイレの呼び方と同じだよね!
まずは軽く自己紹介。
特技は走ること。
とにかく走ることが大好きで、陸上もやってたんだ〜。
だから脚力には自信あり。
「歌羽はおいらに続けー!がははははー!」
「ははははは!負けないっすよ、団丸さん!」
そんな感じで、訓練好きの団丸さんとは意気投合して、よく一緒に訓練している。
──ただ、この世界に来て、いろいろと問題が出てきた。
それは、トイレが遠い・少ないこと。
私ね、トイレがとてつもなく近いんですよ!
若いからって油断しちゃいけませんよ。
五分に一回は行きたくなるんだからね。
応援上映のときだって、必死に我慢してたんだから!
お城の作法や決まりを学ぶ座学の最中なんて、何度トイレに立ったことか。
そのたびに、上司の時雨さんには「てめぇ、何回行けば気が済むんだ!」なんて言われる。
だから私も「仕方ないでしょ!生理現象なんっすから!」って言い返したら──なぜかその後、時雨さんが謝ってきて。
気づけば私まで一緒に謝っていた。
……なんやかんやで、ゴリラとはそれなりに仲良くやっている。
部下になって改めて思ったけど、信じられる?
こんな酒飲みの酔っ払い野郎が、交易奉行なんてさ。
仕事中もアニメで見た通り、お酒飲んでるの!
もうね、臭いったらありゃしない!
今は見習いだから、哀伝さんに教わりながら一緒に外回りしてるんだけど、そのあと、報告書をあのゴリラに出すわけですよ。
──で、だいたい酔ってる。
もうね、毎回こっちが必死っすよ。
……そりゃ隙もできるよねって話。
だから綿花にも、そこを突かれたんだ!
──って、何の話してたんだっけ?
あーせっかく推しの世界に来たのに、脳内が時雨さん一色にー!!
あっ、そうだ、そうだ!
問題の話だった!
私はですね、どうやら叫ぶ癖があるらしいんです!
この世界に来て、初めて小袖デビューをしたときのこと。
「ぎゃあーーー!!小袖、初小袖ーー!!」
歓迎会で、羽田家の家紋をもらったときのこと。
「ぎゃあーーー!!こっ……これは、羽田家の家紋ではありませんかーー!!栄善さんとお揃いー!!」
「歌羽、静かにしなさい!」
「ぷはははは!歌羽、面白すぎなんだけど!」
そのたびに、杏歌さんに喝を入れられる。
……あ、そういえば。
その歓迎会で、栄善さんが養子だと知ったときの、雲祈さん、大納さん、蒼月さんのあの空気。
あれは──アニメで見るより、ずっと重たかった。
思わず息を呑んで、声も出なかったくらい。
……普段あんなに穏やかな人たちが、あんな顔するんだって、ちょっとだけ思った。
その話は、ごく限られた人だけが知っている秘密だった。
外に漏れれば、この国の立場に関わる──そんな重要なこと。
そういえば栄善さんは、身寄りがないと知った茶々蔵さんに、このお城へ迎え入れられたんだよね。
アニメでは知ってたけど、実際にその場で聞いたときは、なんか重みが違うというか……
栄善さんが、身分制度に苦しんでいたなんて、いまだに信じられないな。
……そう思うと、ちょっと胸が重くなる。
でも、落ち込んでる場合じゃないか。
そして、最大の問題がひとつ──居場所を間違えることだった。
……じーっと、誰かの視線を感じる。
「……ん?なんですか、大納さんに蒼月さん。そんなにじっと見つめて。あっ、もしかして私に惚れちゃいました?」
なんて、呑気なことを言っていたら──
「歌羽……あなたは交易使者ではなかったかしら? ここは勘定班である私の書斎よ」
「……え?」
柚寧さんの言葉が落ちた、その瞬間。
襖が勢いよく開き、別の声が書斎に響いた。
「歌羽てめぇ、なかなか帰ってこねぇと思えば何してやがる!てめぇの書斎はこっちだろ!」
「ぐぇっ!」
次の瞬間、時雨さんに首根っこを掴まれ、交易の場へと引き戻される。
これはもう治りません。
生まれつきなのでどうしようもないです。
あっ、そうそう。
私と雲祈さんは、音音組なんて呼ばれるようになっていた。
きっかけは、杏歌さんだった。
「あぁ〜杏歌様〜今日もお美しい〜♪あぁ〜杏歌様〜私の杏歌様〜♪」
気持ちよく歌っている雲祈さんに、私は思わず言った。
「なんか雲祈さん、ミュージカル俳優さんみたいですね!」
「ぬ?“みゅーじかる俳優”とは、歌羽さん、それは何でございますか?」
雲祈さんをはじめ、皆さんが興味津々な様子でこちらに視線を向ける。
「えっと、こんなふうに歌ったりして、人に幸せを届ける人のことっすよ!あぁ〜トワさん〜早く来て〜私のトワさん〜♪」
「ほほーぅ。人に幸せを届ける人のことをおっしゃるのですね!なんて素敵なのでしょう!あぁ〜杏歌様〜私の杏歌様〜♪」
気持ちよく歌っている私たちに、杏歌さんの怒鳴り声が飛んできた。
「そこの音音組うるさいのよー!今は会議中でしょー!!」
「もうやだな〜杏歌さん、“組”なんて渋いっすよ〜ははははは〜!」
杏歌さん曰く、天音と雷音──苗字に“音”が入っているからなんだって。
そんなこんなで、日々私は騒がしく楽しく過ごしているのであった。




