第31話 見えない記憶
【第三部】推しは私が救うー終ー
私と雲祈さんは、てふ紙屋の煎承さんのもとへ向かっていた。
両手いっぱいに麻袋を抱えた雲祈さんに、私は声をかける。
「雲祈さん〜麻袋、少し持ちましょうか?」
「いえ!私は大丈夫です!歌羽さん、お気遣いありがとうございます!」
本当に元気だなぁ……
外交使者である雲祈さんは、一昨日の会議で決まった朽葉ノ国からの塩の増量対応のため、麻袋の手配を担当していた。
そして交易使者である私は、荷まとめ用の紐の調達役。
それぞれの任務に分かれて動いている形だ。
塩職人のだん吉さんのもとへ、雲祈さんがこの麻袋と紐を届けることになっている。
一見すると効率が悪い気もするけれど、それぞれの役割に適した分担らしい。
こうして国を支える仕事の一部に関わるだけでも、冬を越すための食料の備えがどれほど大変かが身に染みて分かる。
アニメを見ていた頃は、「尊い!」とか「綿花このやろぉー!」とか、そんなことばかり考えていたのに……今は皆さんへの見方が少し変わっていた。
描かれていたのはほんの一部で、その裏側では、この国を守るために多くの人たちがそれぞれの任務を抱え、日々動いている。
まさに、尊敬の念だった。
けれど──その一方で、私はずっと気になっていたことがあった。
少し迷ったあと、意を決して口を開く。
「単刀直入に聞きますけど、雲祈さんって綿花のこと知ってるんですか?」
「……え?」
雲祈さんの声が、一瞬だけ途切れた。
それはいつもの明るく陽気な雲祈さんとは違う、戸惑いを含んだ反応だった。
「雲祈さんって、綿花の名前を出した途端、妙に神妙な顔になりますよね。もしかして、何か隠してます?」
問いかけると、雲祈さんは視線を落とし、しばらく黙り込んだあと、静かに口を開いた。
「……私にも……分からないんです……」
「……分からない?」
思わず聞き返す。
「はい。歌羽さんに出会って初めてその名を聞いたときから……なぜか分からないのですが、懐かしいような……それでいて、大切な何かを忘れているような、そんな感覚があったんです」
言葉を重ねるほどに、雲祈さんの声は少しずつ弱くなっていく。
その表情は、さっきまでの明るさとはまるで別人のように揺れていた。
私はそれ以上、言葉を返すことができなかった。
だって、そこに立つ雲祈さんが──ひどく悲しそうで、どこか苦しそうに見えたから。




