第20話 聖地巡礼の旅―想いの在処―
【第三部】推しは私が救うー終ー
──風が、一度だけ強く吹いた。
「……歌羽? 泣いてんのか?」
背後から聞こえた声に、ようやく現実が少しだけ戻ってくる。
振り向くと、団丸さんがきょとんとした顔でこちらを見ていた。
その顔を見た瞬間、ふっと力が抜けた。
ぷっ。
なんか団丸さんって、こういうときちょっと可愛い。
いつもは、推しであるトワさんと栄善さんばかりを目で追っていたから気づかなかったけど……団丸さんって、素直すぎるくらい感情が表情に出る人なんだなって思った。
気づけば、涙の名残を残したまま笑っていた。
「ははははは〜。ははははは〜」
さっきまで、溢れんばかりの涙を流していたのに、気づけば笑いがこぼれている。
それにつられるように、団丸さんも一緒に笑い始めた。
「がははははー!歌羽が笑ってると、おいらも嬉しいぞー!」
団丸さんの、なんとも素直すぎる反応に、結局また笑ってしまった。
しばらく笑い合ったあと、団丸さんが勢いよく拳を掲げる。
「たくさん笑ったから腹減ったな!穏花処でも団子を買うぞ!行くぞ歌羽ー!」
「えいえいさー!」
そのまま流れに乗るように、私たちは穏花処でお団子を買い、岸辺の席へと腰を下ろした。
団丸さんが穏花処で買ったお団子と、さっきいただいた山茶花団子を並べていく。
「いいか歌羽!山茶花団子と山茶花は特別だからな!心で感じて食べるんだぞ!」
その言葉に、また笑いがこみ上げてくる。
……でも同時に、少しだけ胸の奥があたたかくなった。
だってそれ、杏歌さんが団丸さんに言っていた言葉だから。
昔もらった言葉を今も変わらず大事にしているんだなって思うと──なんだか、すごく団丸さんらしいと思った。
「もちろんっすよ!心で感じて味わって食べますね!」
そう言うと、団丸さんは満足そうに微笑んだ。
岸辺の山茶花を眺めながら、山茶花団子を口に運ぶ。
「……ん!美味しい……美味しいっすね、団丸さん!山茶花団子!」
もちもちとした食感に、黒糖のまろやかな餡。
山茶花に囲まれたこの景色の中で、山茶花を模した淡い色のお団子が静かに目の前にある。心で感じながら味わうその一口は、まさに格別だった。
思わず、また涙がこぼれる。
「あ〜美味しいー!幸せー!」
ふと団丸さんへ目を向けると、視線が合う。
団丸さんは一度こちらを見て、それから山茶花の広がる景色へと目を向け、嬉しそうに呟いた。
「これが“格別なひととき”なんだな!」
短い言葉だった。
それでも、アニメを見ていた私には、その想いがまっすぐ伝わってきた気がした。
「そうっすね!これが格別なひとときですね!」
思わずそう返すと、私たちは顔を見合わせて笑い合った。
──蛍火さんは、この景色を見たかったんだよね。
アニメで何度も見た場面が、ふと重なる。
雨の日に静かに息を引き取った、羽田家の次期殿。
生まれつき身体が弱く、外の景色を一度も見ることのなかった人。
一度だけ手にした山茶花団子。その箱に描かれた山茶花を見つめながら、穏花処の景色を夢見ていた姿が、今も頭から離れない。
──自分の足で歩いて、この山茶花の景色を見たい。
──みんなと一緒に走り回ってみたい。
そんな願いさえ、叶わなかった人。
蛍火さんは山茶花団子が好きだった。
ただあのときは、一年に一度しか味わえない特別なもので──食べられたのは、たった一度だけ。
それでも、その一度を蛍火さんはずっと大切にしていた。
どう考えても、もう救うことはできない。
そう思うと、胸の奥が少しだけ痛んだ。
だから今、私にできることは──この景色をしっかり心に刻んで、この山茶花団子を大切に味わうこと。
……トワさんも言ってたよね。
『蛍火さんの想いも重ねて大切に味わって食べようと思った』って。
その言葉の意味が、今ならちゃんとわかる。
この景色も、この一口も──全部が誰かの想いと繋がっている。
ただ、それだけが、静かにそこにあった。




